1話 『動かざること・・・』
side:乙見来羽
「呼び方を変えようか?」
「……なんですって!?」
小学校を卒業して数日がたったまだ肌寒い春の日、ハルのお部屋の片付けを手伝っている私に突然爆弾発言が投げられた。
ちなみにお部屋の片付けは名目で本当の目的は、ハルのいらなくなった小学生時代の想い出の物の収集だ。もう使わないハルの教科書やハルが小学2年生の時に書いてくれた私の似顔絵や小学4年生のハルが紙粘土で作ったラクダの像等々……といった私にとって世界遺産より価値のある貴重なお宝を我が家の地下室、別名『竜宮春樹博物館』に寄贈し大切に保管するためである。もちろん博物館館長は私。
「呼び方を変えるって……例えば?」
例えば『ラブリー来羽』とか『大天使ハル』とか……もしかして『マイハニー』、『ダーリン』とか……え、そんなハル、いきなり大胆な提案……もちろんオッケーですとも!では早速、ダー
「もうすぐ中学生になるんだし名前呼びはやめて苗字で呼ぼうよ」
ぬか喜びとはこの事か。一気にテンションが下がった私はふとよぎった疑問をぶつけた。
「……誰かに何か言われたの?」
少しひきつった笑顔になったかもしれない。私の目を見てダラダラと汗を流すハル。
「誰にも何も言われてないよ、むしろ誰とも喋ってないし誰からも話しかけられないし卒業してから最近喋ったのって父さんと来羽だけだよ本当に!」
ハルの口から悲しい事実が語られる。大丈夫だよハル、私がいっぱい相手をしてあげるから。あぁ、涙がポロリ。
寂しいんだねハル。
この甘えたがりめ。私の気を引こうとわざと意地悪な事言って。私は両腕を広げ成長途中の胸を張る。さぁ、私の胸に飛び込んでおいで!
ムムッと呟き腕を組み悩むハル。どう抱きつくか悩んでいる……訳ではないらしい。
あの真剣な表情は・・・私の事で悩んでいる顔だよ、まったく……またへんな気苦労をしちゃって。
きっとハルには何か考えがあるんだろう。たとえば中学生になる私達が新しい学校、新しいクラスメイト達に馴染めるようにわざと私と距離をとろうとしているとか。確かに中学生でお互いを名前呼びする男女ってもうカップルかよって目でみられちゃうだろうし、からかわれたりするかも。
私が嫌な気持ちにならないように……そのための『呼び方を変える』か。本当ハルは私に優しいな。
「ハル、呼び方を変えるって提案だけど」
だったら私の返事は一つ。
「嫌」
「き、聞いて来羽、もう中学生なんだし……」
「絶対に嫌!」
呆然とするハル。でも私の意思は変わらない。嫌なものは嫌なのだ。そもそもなぜ偶然同じ世代に生まれた赤の他人のために気を遣わなくてはいけないのか。そんな奴らのために名前呼びを変える必要があるのか!?いやないね。1ミリもないね。
それにお互いを名前で呼び会うには大切なメリットがある。まず私がハルに名前で呼ばれて超嬉しいし超満足で超ご満悦。うん、超大事だね。
そして私とハルの仲を周囲の人々に見せつける!特にハルに群がるだろう悪い虫どもに!いや本当に大事だよコレ!
ハルは素直で可愛いくて優しいから結構勘違い女子達にモテていた。だから私はこれ見よがしにハルにくっついては虫どもを追っ払っていた。
つまり『名前で呼びあう』とは殺虫剤や蚊取り線香と同じ効果があるのだ。少なくとも私とハルにとっては。
なので私は『呼び方を変える』という提案は断固反対する!
何か妙案が浮かんだようなハルが
「じゃあ、みんなの前では苗字、二人っきりの時は名前で!」
首を横にふる私。そんな案件では私の心は動かない。まさに動かざること山の如く!
すると私の顔の前に人差し指を立て苦しむ表情で
「だったら……一週間に一回、1分間『ハグの時間』を設ける!」
「のった!!!!言質とったからね!もちろん今日からハグの時間を始めるからね!」
即座に返答してしまった私。
山は動いちゃいました。