4.魔法
はじめての……
寝床に戻ってくると、今度は何も聞こえなかった。一度きりシステムなのかな。
わからないことを気にしても仕方ないので、そういうものとして認識しておく。
さて、まずは一つ一つ出来そうなのことから片付けていこう。
(フィオ、リア、ノル、今からちょっとした実験するから半分からあっちには行かないでね。こっちの半分でなら好きにしてていいから。)
そう言い、中心から入口側にかけてを指差す。
『わかった!』
『なにするの?』
『じっけんだー』
フィオとリアは私の隣に浮き、ノルは私の頭に乗っかる。遊ぶよりも、私の実験を近くで見るつもりのようだ。
(魔力があるから、私は魔法が使えるのよね?)
『そうだよー』
頭の上にいるノルが答える。
そうとわかれば早速実践あるのみ。
しかし魔力があるといってもこれまでそれを使った経験がないのでいまいちわからない。
どうやって魔法を使えばいいのかもわからないので、イメージすることから始めてみよう。
森の中で火はさすがに危険なので、水の玉を作ってみることにした。
頭の中で拳大の水球をイメージし、少しずつ大きくしていく。すると、お腹を中心に、温かい何かが全身を巡り始めた。
これが魔力なのだろうか。
それに意識をとられて水球のイメージが崩れると、巡っていた温もりもゆっくりと消えていく。
うん、魔力で間違いなさそうだ。
今度は水球をイメージはせずに、先程の感覚を思い出しながらお腹に意識を向ける。そしてそこから全身に魔力が巡るイメージをした。
しばらくそのまま続けてみるが、反応がない。
やり方が違うみたいだ。
もう一度最初と同じように水球をイメージし、大きくしていく。今度はちゃんとお腹から魔力が巡り始めた。だが、イメージをやめて魔力に意識を向けるとまた消えていく。
ううむ。一筋縄ではいかなさそうだ。
それから何度も同じことを繰り返し、感覚を掴もうとするがなかなかうまくいかない。
もっとあっさりできるものと思ったのだが、そう簡単にはいかなかった。
(うーん。これじゃあ実験にすらならないなぁ……。魔力だけでも扱えるようになりたいのだけれど……)
完全に手詰まっていると、フィオとリアは私の毛を少し引っ張り、ノルが頭をぺちぺちと叩いてくる。可愛い。
(どうしたの?)
『ぬしさま、てつだう』
『わたしたち、とくいだよー』
『まかせてー』
なかなか魔法を使えない私を見兼ねたのか、手伝ってくれるらしい。
どうするのかと思っていると、精霊たちがそれぞれ私のお腹に小さな手を当ててきた。されるがままになっていると、お腹から少しずつ魔力が溢れてきて全身を巡り始める。
『ぬしさま、おれたちがながしてるまりょくのながれをおってー!』
『みちをたどればいいよー』
『れんしゅー!』
精霊たちが私の魔力を全身に流してくれたようだ。
目を瞑り、お腹の少し下のところに意識を向けて魔力の源となっている場所を器としてイメージする。
器の中に水をイメージし、そこから精霊たちが魔力を流してくれている方向に向かってその水が流れていくイメージをする。
水が全身へと行き渡ると、最初に水を流した道とは別の道をイメージして器の中へと水を戻していく。
先程よりも鮮明に魔力の道筋をイメージし、それを何度も何度も繰り返す。
やがてイメージではなく感覚的にそれを掴めるようになってくると、集中せずとも出来るようになってきた。
精霊たちの手もいつの間にか離れていて、今は私の頭上で見守ってくれている。
一旦魔力の循環を止めてリセットする。
体内の温もりが消えたのを確認すると、もう一度魔力を巡らせる。
(できたっ!!)
無事に成功できた。
下腹部から魔力がじわりと溢れ出し、身体を満たしていく。イメージしなくても魔力がしっかりと巡り始めた。
これならば大丈夫そうだ。次のステップに進もう。
フィオたちにお礼を言い、次は空間に向けてサッカーボールくらいの大きさの水球をイメージする。
すると体内を巡っていた魔力が外に向かって放出されていくのがわかる。それと同時に、私が見つめる先に同じ大きさの水球が現れた。
成功だ。
嬉しさのあまり集中が途切れると、水球はそのまま地面にべちゃっと落ちた。まだまだ特訓する必要はあるものの、要領は掴むことができた。精霊様様である。
(フィオ、リア、ノルありがとう! おかげで魔法が使えそう!)
『へへーっ』
『とーぜんよ!』
『やくにたてたー!』
フィオとノルは嬉しそうに、リアは胸を張って得意気に答える。
なんだか出会ってからずっと精霊たちには助けられっぱなしだ。彼らがいなければ今頃私はどうなっていたのだろう、と思ったが考えなくともわかる。
まだ森をさ迷っている可能性が高いし、水と食料も両方確保なんてできていないだろう。魔力にいたっては言わずもがな。
感謝してもしきれない。
右も左もわからないこの世界で彼らに出会えたのはすごく大きい。
お礼にこれからも心ゆくまで魔力を食べてもらおう。
手だと大きすぎるので尻尾をうまく使って精霊たちの頭を撫でていく。
くすぐったそうにしているが、その表情は嬉しそうだった。
(よし!みんなのおかげで魔力も使えるようになったし、本格的に実験するわよ!)
『じっけんだー!』
『やろー!』
『やるぞー!』
それからはひたすらいろいろな魔法を使ってみた。
雨みたいに水球を降らしたり、水球を氷柱に変えて降らしてみたり、地面に穴を開けてみたり、反対に高くしてみたり。魔法で木を切ったり枝を伸ばしてみたり思いつく限りに試していく。
(あぁ、楽しい……!!)
一度は使ってみたいと思っていた魔法。
それを存分に揮えるとあれば、興奮しないはずがない。
私は時間を忘れて夢中で魔法を使い続けた。
辺りが暗くなり始めるとともに、突然身体の気だるさを感じるようになってきた。
魔法を使うとそのぶんだけ気だるさも増してくるような気がする。
『ぬしさま、まりょくだいじょーぶ?』
リアが心配そうに尋ねてくる。フィオとノルも心配そうな表情をしている。
そういえば最初はノリノリだった精霊たちも途中から静かだった気がする。木魔法で遊んでいた時に『そろそろやめよーよー』とノルが言っていたのを思い出す。
(ノル、身体がだるい感じがするのは魔力を使いすぎたせいなの?)
『そうだよー。だからやめよーっていったのにー』
ノルがちょっと怒って言う。
『まりょくなくなったらたいへんー!』
『ぬしさまきえちゃう!』
『だから、つかいすぎ、めっ!』
『フィオがいつでもとめれるようにたいきしてたんだからね!』
そうだったのか。
消えるということは、死ぬということなのだろう。死ぬリスクを負ってまで魔法を使い続けたいとは思わない。人だった頃の影響なのか、どうしても気持ちが逸ってしまう。あの頃の生き方なんてする必要ないのに。
これから先まだまだ猫生長いのだから、のんびりやっていこう。
最初はかわいいお供という感覚だったけれど、いつの間にか精霊たちの立ち位置が私の保護者になってきている気がする。
怒っている姿もかわいいし、いろいろと教えてくれてもいるので怖くはないけれど。不思議と悪い気はしない。
(ごめんね。魔法使えたのが楽しくてやり過ぎちゃった。今日はもうやめるから、許してくれる?)
『しかたないなぁ』
『つぎはないからねー』
『そうなるまえに、ぼくがぜんりょくでびりってするー』
ノルが物騒なことを言っている気がするが全面的に私が悪かったので黙っておく。
脳裏には湖で魚を気絶させた時の雷が浮かんだ。
一番おっとりしているが、怒らせると一番怖そうだ。物理的に。
気をつけよう。
だんだん立っているのが辛くなってきたので、その場で寝そべると、私の頭の上が気に入ったのかそこにノルも寝そべった。
(そういえば、私の魔力が外に漏れてるって言ってたけどこれって大丈夫なの?)
『いまはまりょくつかいすぎてるからでてないよー
』
(今はってことは魔力が回復すればまた元通りってことね。それならいいか……)
このまま魔力が漏れ続けて起きたら消えてなくなっているということは無さそうだ。
安心すると、疲労感からか眠気が襲ってくる。
右手で口元を覆いながら欠伸をした。
『ぬしさまねる?』
(うーん、そうね。起きててもすることないし……。暗くなってきたし寝ようかな。)
『わかったー』
『わたしもねるー』
言いながら、フィオとリアが私の手に身を寄せてきた。私の手に左右から抱きつく。
精霊も、寝るんだ。初めて知った。
関心していると、頭上からすぴすぴと小さな音が聞こえてきた。なんだろうと思ったら、ノルが既に眠っていた。寝息だったようだ。
寝息を聞いていると眠気が加速した気がする。
(明日は何をしようかな……)
今日一日、なんだかんだでいろいろとあり、あっという間だった。
猫になれた嬉しさや新しい環境での興奮で誤魔化していたが、正直なところ不安がないわけではない。
これからこの世界で生きていかなければならないし、せっかく得た猫生をすぐに終わらせたくない。
精霊たちとの出会いがなければきっと今頃はもっと不安になっていただろう。これから先何が起こるかはわからないが、のんびり、ゆっくりとこの世界を知って楽しみたい。
(ありがとね)
私の手を枕にして眠っているフィオとリアを見つめ、微笑む。
頭の上で眠っているノルを起こさないように気をつけながらゆっくりと空いている手に滑り落とし、リアの横にそっと寝かせる。
それから目を閉じ、私も眠った。
翌朝。
目を覚ますと、フィオとリアの姿がなかった。ノルは私の指にしがみつくようにして眠っている。
気持ちよさそうな寝顔を見ていると起こすのも悪い気がしたので、体勢を少し変えて辺りを見回す。
どこに行ったんだろう。
見える範囲に姿はない。ノルがいるので放ってどこかに行くことはないと思うが、少し心配になる。
とはいえ動き回るよりはここにいる方がすれ違いもなくていいだろう。森に行けば私が迷子になる。
ノルが起きるまでこのまま待機するとしよう。
(夢じゃ……なかった。何だか変な感じ。時間に追われることもないし、好きなように好きに生きられるなんて)
これまでそんな生き方をしたことがないのもあり、落ち着かない。やるべき事が何もないというのも妙な焦りを感じる。
何か目標でも作ろう。堕落した生活を送りすぎるといざという時に困りそうだ。
そうと決まれば、まずは基本の衣食住を充実させよう。
食も住も一応の確保は出来ているが満足には程遠い。
食に関しては毎回湖の魚に電撃を与えて気絶させるのもどうかと思うし、やり過ぎて生態系に影響が出ても困る。そのうち雷耐性とか付きそうだ。
それに魚は魚で美味しいけれど毎日は飽きるし肉や果物だったり色んなものを食べたいという欲求もある。
住も、天然の更地という名の拠点はあるがまだまだ改良の余地がある。魔法を上手く使えば雨風を凌げる屋根付きの小屋を作れそうだし、小屋が出来れば草の上で寝る必要もなくなる。小屋の中に食料や予備の水を保管しておく場所を作っておけば何かあって拠点から出られなくなっても暫くは困らないだろう。
猫だし服を着る必要はないので衣は置いておく。
よし、ノルが起きたら新居作りから始めよう。
そう決めて、何処にどんな小屋を作るのか思案していると指からもぞもぞと何かが動く感触が伝わってきた。お目覚めのようだ。
(おはよう、ノル。)
『おはよー、ぬしさまー。……あれぇ?フィオとリアはー?』
(私が起きたときにはもういなかったから……どこに行ったかはわからない。近くにはいないみたい)
『そっかー。ぬしさまいるからいっかぁー』
なんとも呑気である。
ノルはふわっと飛び上がると、当たり前のように私の頭に着地した。
『ぬしさま、からだはだいじょうぶー?』
(そういえば、怠さはもうなくなってるわね。魔力はちゃんと回復してるみたい)
『よかったー。むりしないでねー』
(ふふ、ありがとう。今日からはちゃんと考えながら魔法を使うね)
『うんっ!! やくそくねー』
(約束する)
ノルは私の返事に満足したのか、上機嫌だ。
さて。
ノルが起きるのを待っている間に大体の構想は出来上がっていた。
建築なんて初めてで上手くできるかはわからないが、やってみよう。
まぁ、失敗しても魔法でなんとでも出来るだろう。たぶん。
気合いを入れて、猫生初――というか、全てにおいて初めてだが――の魔法建築に取り掛かった。