3.光る玉と食料
ごはん。
水をたらふく飲んで一息ついていると、自然と腕が動いて顔を洗う。
ものすごく猫っぽい行動に感動した。
この流れるような動きは本能に組み込まれているのだろう。本来であれば違和感を感じてもおかしくないのだが、むしろやらないと気が済まない。
感無量である。
(さて、これで水場は確保っと。 ありがとう、みんな)
『ぬしさまよろこんでくれたーっ!』
『うれしい!』
『うれしいのー!』
光の玉はふよふよとお互い交差するように飛び回ると全身で喜びを表現しており、その光景を見ていると、すごく癒される。
(そういえば、みんなはここに住んでるの?)
『そうだよー』
『うんー』
『ちょっとまえからー』
(ちょっと前? 最近住み始めたの?)
『そうだよー! ぬしさまいたから!』
『そうなのー』
『ぬしさままってたのー』
(私を待ってた……?)
どうやら、この光の玉たちは私がいたからこの森に住み始めたらしい。とはいえ、私は今日目覚めたばかりで、それ以前の記憶はない。この世界に急に現れたのか、もともと生息した生物に私の意識が目覚めたのか、それすらわからない。
私自身のことも謎だらけだが、私を待っていたというこの光の玉たちは一体なんなのだろう。
(ねぇ、どうして私を待ってたの?)
『ぬしさまおいしいから!』
『ごはんなのー』
『おいしいのー』
三者三様の予想外の回答に私は固まった。
聞き間違いでなければ今この玉たちは私をご飯、おいしいと言い切った。
(えっ、ちょっと待って。私のこと食べてるの……?)
『うん』
『おいしいよー』
『もっとたべるー』
急にこの玉たちが怖くなってきた。彼らは現在も食事中らしい。今のところ身体に欠損は見当たらないが、自分をご飯と言われては平然としていられない。
もしかして、あどけなさで警戒心を解かせて他の生き物を食べ尽くす恐ろしい生物なのだろうか。
ただ、光の玉たちは三つとも私の周りをふよふよと漂ってはいるものの、一度も私に触れていない。一体何を食べているのだろう。
何か変化はないかと見れる範囲で身体を隅々までチェックすると、一部分だけ変化が見られた。
真っ黒だった肉球が、グレーになっている。
(肉球って色変わるっけ……?)
そんなわけない。
これが食事に関係しているのだろうか。
なんだか怖いしあんまり聞きたくないが、ここは勇気を振り絞って聞くしかない。このまま黙って餌になるのは御免蒙る。
(ねぇ……な、何を食べてるの?)
少し声が震えたが、仕方ない。
得体の知れないもののご飯にされているのだから。
光の玉たちは、ふわふわと移動しながら私の目の前に来ると、
『まりょく』
『まりょく』
『まりょくだよー』
と声を揃えて答えた。
魔力。
それは目に見えないし食べられてもわからない。
物理的に食べられているわけではないのでまぁいいか、と思うと、恐怖心が一気に薄れた。それと同時に、私に魔力があるということがわかり、今度はワクワクしてくる。後でやることが増えた。
『おいしいねー』と嬉しそうに言い合いながら魔力を食べている光の玉たちがちょっと可愛い。肉球の色が変わったくらいで、身体に不調はないのでこのまま好きに食べさせてあげよう。
肉球と魔力の関係性も後で調べないと。
それにしても、魔力を食べるこの不思議玉、一体何なのだろうか。このまま、魔力を与え続けて大丈夫なのだろうか。
『ぬしさま、ぬしさま』
『おねがいがあるの』
『おねがいー』
うんうんと頭を悩ませていると、光の玉たちからそんな声が聞こえてきた。
(お願い?)
『うん!』
『おいしいまりょくくれた』
『おれいなのー』
お礼とお願いというのがいまいち結びつかないが、悪いことにはならない気がする。
根拠は、ただの勘だ。
光の玉に続きを促すと、
『なまえちょーだい』
『かわいいの!』
『なまえほしいのー』
とのことだった。
光の玉たちは『なまえー』と言いながら私の周りをくるくる回り始める。
見知らぬものに名付けるのもどうかと思うが、魔力もあげてしまったみたいだし――というか勝手に食べられただけだけど――まぁいいか。
(じゃあ、緑の子がフィオ、赤い子がリア、黄色い子がノルで)
それぞれ思いつきで、光の玉を一つ一つ指差しながら名付けていく。
すると、その瞬間光の玉が更に発光し、眩しさのあまり目を開けていられなくなる。
両手で目を覆い光を遮ると、しばらくして光が小さくなった。
目を開けると、そこには先程まであった光の玉はなく、代わりに背中に羽の生えた小さな子供がいた。それぞれ、緑色、赤色、黄色の服を着ているため、どれが誰かわかりやすい。
『おれ、フィオ!』
『私はリア!』
『ぼくはノルー』
妖精たちは嬉しそうに飛び回り、交差する瞬間ハイタッチしている。
しばらくすると私の目の前で止まり、
『ぬしさまありがとう。おれたち、みんなとはぐれちゃって、もうすこしできえちゃうところだったんだ』
『すがたもたもてないくらいよわっちゃったの』
『でも、ぬしさまがでてきてくれたおかげでたすかったのー。まりょくとなまえ、ありがとー』
とそれぞれお礼を述べた。
話の急展開に頭がついていかない。
消えるとはどういうことなのだろうか。
魔力と名前に何の関係があるのだろう。
詳しい話を聞いてみると、どうやら彼らは精霊らしい。
最近この森に高位精霊が顕現し、その影響で生まれたとのこと。他にもたくさん生まれたが、彼らを除くみんなは高位精霊と一緒にこの地を去ったらしい。本来なら彼らも高位精霊と一緒に行くはずが、美味しそうな魔力の気配に誘われてフラフラとみんなから離れてしまい、気づいた時にはもうみんな去ってしまった後だった。生まれたての精霊は力も弱く、しばらくは高位精霊が顕現したことによる周辺魔力の高まりで生きていられるが、時間と共にそれもなくなり、力が弱くなって最終的には消えてしまう。そこで、生き残るためには他者から魔力を分けてもらい、力や加護を与える代わりに名をもらうという一種の契約が必要となる。
精霊たちによると、どうやら私は魔力が外にダダ漏れらしく、食べ放題だったようだ。さらに、はぐれた原因でもある美味しそうな魔力の持ち主も私らしい。
このまま消えるくらいなら私が外に出てくるのを待ってみようと三人で話し合って決め、待機してたらしい。その際、契約することも最初から決めていたようで、用意周到というかなんというか……幼さに似合わず強かだ。
結果として私が外に出てきたことで彼らは消えずに済み、私もこうしてあっさりと水場を見つけることが出来たのだから、英断だったと言える。
(これからみんなはどうするの?)
『きまってるよ! ぬしさまといくー』
『ついてくー』
『けいやくー』
ついてきてくれるらしい。
一人(一匹?)旅も寂しいし、話し相手がいてくれるのは嬉しい。
それに、お供が精霊というのもなんだか特別感があって良い。食事も魔力で事足りるし、自分の食料を心配するだけで済む。
(食料、ごはん、ごはんかぁ……。ああ、意識したらお腹すいてきた……)
意識した途端急にお腹が減り、きゅるきゅると腹の虫が鳴き始める。慰めるようにお腹をさすっていると、それを見たノルが徐に湖に手をつけた。
何をしているのだろうと思ったのも束の間、湖に稲妻が迸る。
やがて、水面のあちこちにぷかーっと魚が浮いてこちらに流れてきた。
ポカーンとその光景を眺めていると大小様々な大きさの魚が流れ着いた。
『ぬしさま、ごはん。たりる?』
ノルが小首を傾げながら尋ねてきた。
(足りすぎますとも……!!)
早速、大きい魚を見繕い、尻尾を咥えて草の上に横たえていく。四、五匹並べ終わると、まだ湖面に浮いている魚をどうするべきか悩んだ。
このまま放置すれば確実に腐るのでもったいないが、さすがに量が量なだけに食べきれる自信が無い。
『ぬしさま、ほっとけばもどるよ』
『きぜつしてるだけー』
そんな私を見てか、フィオとノルが教えてくれる。
その言葉通り、魚たちは順々にはっとしたかのように動き出し、水中へと姿を消していく。
生態系を破壊したわけではなかったようだ。
そのあたりはさすが精霊である。
視界の端で、草むらに横たえた魚たちもぴちぴちと跳ね始めた。
(これ、このまま食べても毒とかない?)
『あるけど、ぬしさまにはきかないよ』
『ぬしさまつよいもん』
『へっちゃらー』
毒はあるのか。あと効かないのか。
毒が効かない私の身体って一体どうなってるんだろう。丈夫すぎる。生物としてのヒエラルキーが知りたくなってきた。
(とりあえず新鮮だし、お腹空いたし、このままパクッといっちゃおうかな)
躊躇うことなく1番手前にいた魚の腹を噛みちぎる。鱗は強靭な顎の前ではないに等しいようで、ジャリッというよりもシャクッという食感に近いのでそれほど気にならない。ただし、噛めば噛むほど生臭さと血の味が口いっぱいに広がり、舌からピリッとした感覚が伝わってくる。
うん。あんまり美味しくない。
内蔵を取り出して、血抜きもして捌けばかなり美味しくなるだろうが、今は扱える包丁がない。
もごもごと咀嚼しながら、どうすれば食事をもっと充実させられるかを考える。頑張ればそのままで食べれないこともないが、やはり食べるなら美味しく食べたい。
(シンプルに焼く? 丸焼きだってあるわけだし……。火は……森燃やしちゃいそうだからいったんナシね。うーん、包丁の代わりに、試しに爪で捌いてみようかな?)
噛みちぎってグロテスクな見た目になっている魚は責任をもってそのまま食べることにし、途中血と魚特有の生臭さにギブアップしそうになったがなんとか最後の一口を飲み込む。
今の嗅覚で血生臭さはなかなかに堪える。味はともかく、臭いはかなりの減点だ。味覚は今の体向けに多少変化しているが、大半は人の時のままなのようだ。血が美味しいと感じなくて良かった。
いったん湖の水で口の中を綺麗にしてリセットし、二匹目の魚の調理にとりかかる。
食べる前にまずは爪で魚のお腹を裂く。
次に、爪を中に入れて慎重に内蔵を掻き出していく。爪が長いため、これはスムーズにできた。
魚の尻尾を咥えてもちあげ、湖につけて中を洗う。湖が血や土で濁っていくが、このくらいの量ならすぐにもとに戻るだろう。
中が洗えたのを確認して、草むらに横たえる。
わざわざ三枚におろさなくとも今の私なら骨も余裕で噛み砕けるので、内蔵の処理と血抜きだけで試してみよう。
尻尾の方からかぶりと噛みつき、咀嚼。
先程よりは断然美味しい。
多少の生臭さは仕方ないにしても、血と混ざり合っていないだけでかなりましだ。舌にピリッとくる感覚は今回もある。もしかしたら、これが毒なのかもしれない。本当に私には効かないみたいで、ちょっとした刺激にはなった。
魚自体は美味しいが、少し物足りない。調味料が恋しい。
この世界に醤油があるのかはわからないが、香辛料くらいならどこかで見つかるだろう。精霊たちならどの植物が食べれるかどうかもわかるかもしれないし、探してみよう。
捌いた魚を平らげ、お腹も少し満たされた。
まだまだ食べれそうなので、残りの魚も同じように処理して食べよう。
精霊たちのおかげで水と食料を簡単に確保することが出来、森を彷徨わずに済んだのはかなり大きい。
喉も潤いお腹も満たされたので、一旦拠点に戻ろう。そういえば、外に出た後にあの寝床に戻れるのかどうか試していなかったことを思い出した。
中に入れなかったら一大事だ。
(フィオ、リア、ノル、ちょっと確認したいことがあるから急いで帰るよ!)
フィオ、リア、ノルを連れ、来た道を早足で戻っていく。
わかりやすく木に目印をつけたので、迷うことなくスムーズに入口まで戻ってこれた。
ゆっくりと歩みを進めると、外に出る時と同様に視界がぐにょぐにょと歪む。問題なく通れるようだ。
(良かったぁ、戻れて……)
寝床がなくなったら一大事だった。
フィオたちが後をついてきているのを確認して、ゆっくりと中に入った。