2.始まりも突然に
主人公視点に変わります。
柔らかな日差しと草木の香り。
アスファルトの硬さもベッドのような柔らかさもない。
私は不思議な心地良さを全身で感じゆっくりと目を開けると、そこには青々とした草木が茂っていた。
――あの世……? あの世って……森なの……?
そんな馬鹿な、と、意識が戻ったばかりでぼーっとする頭を無理やり覚醒させ、少しでも現状を把握するためにきょろきょろと辺りを見回す。
――なに、あれ。
先ず目についたのは、奇妙な草だった。
どこにでも生えていそうな形だが、茎の先端が丸い蕾のようになっており、踊っているかのように左右に揺れている。最初は風で揺れているだけかとも思ったが、不規則に動いており、意志を感じた。さらに蕾の一部が時たま開いたかと思うと、そこには歯が生えていた。
――日本どころか、地球ですらなさそうね……。
こんな不思議生物は見たことも聞いたこともないうえに、その草の奥に立ち並ぶ木々はどれも樹齢数千年はありそうな巨木ばかりで、茶色、真っ黒、真っ白と色とりどりだ。茶色はともかく、真っ黒な木も真っ白な木も見たことがない。
――まるで異世界ね。何でかはわからないけど……どうやら私は生きているみたいだし、転生ってやつかな?
そういえば意識を失う前の激痛や熱さも感じない。
手や足、首など横たわったまま身体を動かしてみると、問題なく動く。
――まぁなんでもいいわ。私を縛るものはもう何もない。私は自由なんだ……!!
ゆっくりと立ち上がると、大きく息を吸い込んで一息つく。新鮮な空気を取り込んだことで、頭の中がよりクリアになっていくのを感じた。
それと同時に、何やら身体の感覚にズレがあることに気づいた。
――あれ? 私今立ってるよね?
立っている感覚はある。そこに違和感はない。
しかし、何かがおかしかった。
地面の感触を手足から感じていたのだ。
そう。手足から。
四つん這いを立っていると認識する人間はいない。にも関わらず私は立っていると認識している。そこから考えられる可能性はいくつかあるが、
まさかという思いに胸が高鳴るのを感じた。
――落ち着け、落ち着くのよ私! まだ決まったわけじゃない。ぬか喜びの可能性もあるんだから!
そうは思いつつも、九割九分九厘期待と確信していた。
どきどきしながらゆっくりと下を向くと、ふわふわの被毛に覆われた手――前足だが――が目に入った。
この時点で顔がにやけ、テンションが急上昇し小躍りしそうになってきていたが、衝動を何とか抑えて冷静さを保ち、検分を続けていく。
じっくりと観察するためにその場に座り、それから手を顔の前に持ってきてしっかりと観察する。
毛は長めで銀色、指は六本ある。具合を確かめるように動かしてみると、意外と細かな動きができるらしく使いやすい。私の想像通りなら、指の本数は前が五本で後ろが四本だ。後ろ足も確認してみると、そっちも六本ある。
――これ……多指症だわ!! 思ったより細かい動きもできるし、使いやすいかも。
しかしこれでそうと決まったわけではない。
次だ。
手をひっくり返して肉球を観察する。
肉球の色は黒く、艶がある。
銀色の被毛に黒の肉球である。
――被毛の色と肉球は似るっていうけれど……どうやら私は違うみたいね。
対照的な色合いだがそこが良い。
どうやらここは異世界のようだし、そんなこともあるのだろうと納得する。
もう片方の手で肉球を触ると、つるつるした感触とぷにぷにとした柔らかさを感じた。
九割九分九厘自信はあったが、ここで私はついに確証を得た。
同じ肉球を持つもの同士でも、犬と猫では肉球の感触が違うのだ。猫の肉球の表面はつるつるで、犬はざらざらしている。
故に、私は猫である、と。
他にも肉球がある動物がいるけれどそれはどうなんだというツッコミは無視します。
猫といったら猫なのだ。
興奮がピークに達してきたが、まだやらねばならないことがある。まだ全てを確認し終えていないのだ。
今度は爪出す。ジャキン、という効果音が出そうな立派な爪が飛び出した。これで引っ掻くなり突き刺すなりすればかなりのダメージを与えられそうだ。
今のところはそんな予定はないけれども。
爪を仕舞うと、今度は両手を使って耳、顔、髭、身体を順番にぺたぺたと触り、頭の中で全体像をイメージしていく。
最後に首を後ろに回して尻尾も確認すると、粗方の想像図が出来上がった。
見た感じ被毛は銀一色のようだ。毛艶もよく、サラサラのふわふわで触り心地も絶品だ。
視界も良好で、感触からきっと目も大きいに違いない。
なかなかの美猫なのではないだろうか。
――私が私として第二の人生を歩めるなんて素敵だわ!! しかも夢にまでみた猫になれるなんて!
嬉しさのあまりついに衝動を抑えられなくなり、辺りを全速力でぐるぐると駆け回る。
凄まじい速度で景色が後ろに流れていき、その身体能力の高さにまた感動した。
どこまで出来るのか試してみたくなり、スピードはそのままに、近くの木へと跳んだ。
巨木の幹に四足で一瞬着地すると、そのまま後ろ足で蹴って空中に跳ぶ。くるくると前転し、地面に着地する。
――なに今の……?! 流れでやってみたけれど、人間じゃないみたい!! ってもう人間じゃないわ!!
興奮は高まる一方で、もっと色々してみたくなってきた。
僅かではあるが人であった頃との感覚の違いもあるし、この身体に慣れるには丁度いいだろう。
もう一度走り出し、上へ跳ぶ。木の枝を蹴って木から木へと跳び移り、一際背の高い木を目指す。
木の幹に爪を上手くひっかけながら駆け上がり、数秒で木の頂きにたどり着くと、そこから空中へと身を投げ出した。
空中で横に身を捻ったり前転しながら自然落下していく。本来なら恐怖を感じる高さなのだが、本能なのだろうか、大丈夫という確信があった。
そのまま地面に着地すると、なんとも言えない満足感を感じた。
シンプルに楽しい。
チュートリアル的なものが欲しかった気もするが、こうして一から自分で探りながらというのも悪くない。
その後も私は体力の続く限り走り回ったりアクロバティックを楽しんだ。
ひたすらはしゃぐ猫でした。