閑話-1 カイル視点
俺はダンジョンの町オルネイにあるギルドの支部長カイルだ。
昨日親友の冒険者闇夜の風のリーダー、ギルスが俺の部屋に駆けこみ、聖女様にお会いしたからダンジョンを閉鎖するように進言してきたのだ。正直な所、聖女様に会ったとか見たとかいう報告は年に1回くらいは上がってくるがほとんどが信憑性に乏しいものだ。やれ、すごい美人の冒険者がいると思って話しかけたら霞の様に消えてしまったとか、同じく美人の冒険者がドラゴン相手にひとりで戦っていたとか(報告者はそれを見て逃げ帰ったのでドラゴンを倒したかどうかは不明)、急な腹痛を一瞬で治してくれたとか色々である。ダンジョンという極限状態のなかで精神が一時的におかしくなって幻を見た可能性が高い。だが今回は事情が違う。ギルスはA級冒険者で身体も精神も強靭だ。精神的に参って幻を見る様な奴じゃない。それに彼と共に部屋に来た闇夜の風のメンバー全員が同じ証言をしているのだ。集団で幻を見たという可能性は否定できないが、彼らの様子を見ても衰弱しきっている様には見えない。何せこのチームはギルスだけでなくメンバーすべてがAクラスの冒険者なのだ。
ギルスの話によると彼らは第2層でモンスター狩りをしていた時にアリのモンスターの大群に襲われたらしい。だがそこからしておかしいのだ、アリのモンスターが出現するのは第3層だ。第2層じゃない。しかも30匹を超える大群だったらしい。この報告だけで大問題だ。モンスターが出現する階層を変えるなんて聞いたことが無い。本当だったらダンジョンに何か異変が起こっていると考えるべきだ。当然ギルス達はアリのモンスターに通用する武器を持ってなかった。アリのモンスターは表面が固く剣では倒せない。戦斧やメイス等の打撃系の武器が必要なのだ。ギルス達は逃げ出そうとしたのだが時既に遅く気付いた時には退路を断たれた後だったらしい。全員が壁を背にして一塊になってアリの攻撃を防いでいたのだが、最初にフレックがやられ、左腕を上腕部分から食いちぎられた。もうだめかと覚悟した時に聖女様が現れて助けてくれたらしい。
「あんな魔法は見たことがない。30匹からのアリのモンスターが一瞬で光の粒となって消えたんだぞ。」
「いや、それよりフレックの腕を復元してくれた方がすごいです。失くした腕をもう一度生やす回復魔法なんて聞いたことがありません。」
「俺達を守ってくれた防御結界もすごかったぞ!」
とチームのメンバーが口々に訴える。本当なら確かにすごい、人に出来る範疇を越えているのは確かだ。だが...、
「それで何か証拠はないのか? 証言だけでは上を説得するのは難しいぞ。」
「証拠ならこれだ。」
といってギルスが布に包まれた何かを差し出した。包みの中を見て驚く、中には血だらけの人間の腕が入っていたのだ。
「これはモンスターに噛み千切られたフレックの左腕だ。この刺青が証拠だ。」
と二の腕部分の入れ墨を指さすギルス。確かにそこには闇夜の風のメンバーが揃いで入れている黒い鷹のシルエットの刺青がある。そしてフレックの左腕からは刺青が消えていた。
「フレックの左腕から刺青が消えているのは、聖女様が新たに生やして下さったからだ。十分な証拠だろう。」
「そうだな....。」
としか言えない。噛み千切られた腕がもう一度生えた。信じられないが事実として捉えるしかなさそうだ。これにアリの大群を一瞬で葬った攻撃魔法、防御結界に瞬間移動を使ったという証言を加えれば聖女様が現れたとしか説明が付かない。聖女様がダンジョンに遣わされたとなると、魔王が目覚めておりスタンピードが起る可能性が高いことになる。本来第3層にしか現れないアリのモンスターが第2層に現れたのもその予兆だろう。私はただちダンジョンを閉鎖することを決意し伝令を走らせた。
さて大変なことになった。とりあえずダンジョンの閉鎖を決定したが、本当なら町全体への避難命令が必要だ。だが、あとで間違いと分かったらギルドの支部長として大変な汚点になる。まったくなんで俺が支部長の時にこんな問題が起きるんだ?
「とにかく聖女様を探す。ギルス協力を頼む。」
「分かったが、聖女様はダンジョンの中じゃないのか?」
「いや、ダンジョン出入口の担当者からの報告では、現在ダンジョンに潜っている冒険者の中に女性は居ない。だとすると一旦外に出られたと考えるべきだろう。」
「分かった。俺達で町を回って聖女様を探そう。」
「よろしく頼む。」
ギルス達が出て行ってしばらくたったが聖女様が見つかったという報告は無い。緊張に耐えかねて胃が痛くなってきた。
眠れぬ夜を過ごし翌日に成った。相変わらず聖女様が見つかったという報告は無い。とりあえずギルドはダンジョンを閉鎖した以外は通常勤務とした。こういうときこそリーダーが落ち着いて行動しなければパニックになりかねない。昨日中に通信の魔道具で上司には状況を知らせてあるが、「最終判断は君に任すよ」とほざきやがった。自分は責任を取る気が無いのが見え見えだ。
聖女様が見つかったと連絡を受けたのは午後3時を過ぎた頃だった、なんとこの建物のすぐ前にいらしたらしい。聖女様をお通ししたという部屋に入ると闇夜の風以外に7〜8人くらいの人間がいる、しかもその半分が子供だ。どれが聖女様だ? あたりを見回す俺の目はひとりの若い女性で止まる。すごい美人だ!質素な服装をされているが気品が滲み出ている。この方が聖女様に違いない。前に出ようとした俺にギルスが横から「こちらが聖女のトモミ様だ」と囁いた。嘘だろう?ギルスが腕を振って指し示したのは子供達の中でも一番小さなガキだった。これが聖女様???どう見ても10歳ちょっとにしか見えない。
唖然として固まってしまったが、皆が俺に注目しているのに気付き慌てて自己紹介をする。続けてトモミという少女本人に聖女かどうか確認するとそうだと答えた。闇夜の風のメンバーに確認しても答えは是だ。
念のために残りのメンバーの確認をする。中年の女性がまず口を開く、自分達はAクラス冒険者瞬殺のサマンサとその家族だと言うのだ。瞬殺のサマンサという名は聞いたことがある。引退したとも聞いたのだが間違いだった様だ。それから子供達の中に見知った顔があるのに気付く、確かカルマン商会の息子ハンスだ。なんで冒険者でもないこいつがと思っていると、ハンスの隣にいた少女が爆弾発言をした。
「イースよ。私は魔王の娘、今は訳あって聖女に協力しているの。」
なんてことを言いやがる。この状況では冗談で済まされないぞ、殺されたいのか? 魔王の娘がこんな場所に居るわけがないじゃないか、居るとしたらダンジョンの中だろう。それも聖女に協力しているだと? 訳が分からん。やはりこいつらはおかしい、俺をたばかって何か企んでいるとしか思えない。ひょっとして町中を避難させた間に盗みでも働くつもりだとか?
最後に残った美女はもうひとりの聖女だとトモミという少女が言う。聖女がふたりだと。まあこちらの美女の方がトモミとかいう少女よりずっと聖女様らしいが...。
俺はますます確信が持てなくなってきた。証拠はある。闇夜の風の証言は信用できる。だが聖女がふたりに、極めつけは魔王の娘だと? 俺の勘が何かおかしい、だまされるなと告げている。トモミという少女が町に避難命令を出す様に要求してくる。俺はどうすれば良いか分からず、気が付けば自分の腹にナイフを突き立て、治療する様に頼んでいた。後から思えば馬鹿なことをしたものだ。トモミが聖女でなかったら俺は死んでいただろうから。偽者だと分かっても死んでしまっては何にもならない。でもその時はそれしか方法が思いつかなかったのだ。いや、自分の身体で確かめたかったのかもしれない。それだけ追い詰められていた訳だ。
トモミ様は俺の腹の傷をすぐに治療して下さった。それどころか服に付いた血の汚れや裂け目まで修復して下さったのだ。こんなことが聖女以外に出来るわけがない。俺は今までの無礼を詫び、町に退避命令を出すために部屋を飛び出した。
腹をくくった俺は、町の退避命令を町の区長達に伝えるために伝令を出すと共に、緊急避難の合図である鐘を鳴らさせた。これで町全体に避難が始まることを伝えられるはずだ。後は退避の完了の報告を待つのみである。だが俺は人々のこの町に対する愛情を見過ごしていた様だ。この町がモンスターに蹂躙されるままにしておけるかと、多くの人々が町に残ってモンスターと戦うと言い始めた。この町の住人の多くは冒険者又は元冒険者だ、腕に覚えがあり血の気の多い連中が多い。同じモンスターでもスタンピードとなれば訳が違うのだと気付いていないのだ。最弱のゴプリンでも、5匹や10匹ならともかく100匹、200匹が同時に攻撃してきたら勝てるわけがない。それがスタンピードだ。だがいくら説得しても聞く耳を持たない。仕方なく俺はAクラスとBクラスの冒険者に限り町に残る事を許可した。連中ならいざとなっても逃げるくらいのことは出来るだろうと踏んだのだ。
そうこうしている内に、聖女様がダンジョンに入られると連絡があった。町に残った者達は一斉に町から少し離れたダンジョンの方向を見る。すでに夜になっているが、月明かりで女神様達の一向がダンジョンに向かうのがおぼろげに見える。聖女様達がダンジョンに入られてしばらくすると、その内のひとりが戻って来たと思ったらその身体が宙に浮かぶと同時に光り輝いた。町に残った人々から声が漏れる。
「おい、飛んでるぞ!」
「光ってる!」
背格好から言ってあれはトモミ様だろう。ダンジョンの上空で待機されている。何が起きるのかとかたずを飲んで見ていると突然地面が揺れると同時に、ダンジョンの上部の地面に沢山の亀裂が入った。そこから無数とも見えるモンスターが這い出てくる。無理だ、あの数に勝てるわけがない。俺が避難命令を出そうとした時、トモミ様から閃光が迸った。無数とも見えたモンスターが一瞬で光となって消えて行く。
「すげえ~」
と誰かの声が漏れる。聖女様が守ってくれるのだと安堵したが、モンスターは次から次へと際限なく湧き出してくる。ダンジョンにこんなにモンスターが居たか? いや明らかにおかしい。だがトモミ様の攻撃によりモンスターは次々と消えて行く。すごい、さすがは聖女様だ! だが割れ目から這い出すモンスターの数は増える一方だ、ついにトモミ様の攻撃を掻い潜ったモンスターが町にやって来た。俺はありったけの発光球を打ち上げる様指示を出す。暗闇の中では十分に戦えない。大丈夫だ町に入り込んだモンスターの数は多くない。これだけの冒険者が居れば十分に対応可能だ!
町に入り込んだモンスターの始末が終わり、ダンジョンの方向を振り返った俺は絶句した。ダンジョンの上の地面がトモミ様の攻撃魔法により窪んでいる。常識外れの威力だ。トモミ様の攻撃魔法にさらされた地面が広範囲に削られ深い深い穴となって行く。それでも以前として穴の底からモンスターが湧いてくるらしく、トモミ様の攻撃による閃光はやむことが無い。そのとき少し離れた地面から何か赤く光るものが飛び出した。
「火竜だ!」
と誰かが絶望的に叫ぶ。火竜だと! 唯の伝説だと思っていた。全身に炎を纏い、火のブレスを吐く無敵のモンスターだ。でかい! 全長30メートルはある。そいつがトモミ様に炎のブレスを浴びせた。思わず目を瞑る、だが目を開けるとトモミ様の無事な姿が目に入った。なんとあのブレスを防いだのか! ブレスが効かないと悟った火竜はトモミ様に向かって体当たりを敢行してくる。火竜とトモミ様の体格差は考えるまでもない。だが次の瞬間、火竜は光の粒となって消えて行った。トモミ様の攻撃魔法だ!
「ハハッ、無敵じゃないか!」
俺は興奮していた。すごい、聖女様が居れば大丈夫だ。周りからも歓声が上がる。だがその時、
<< 飛行型のモンスターが十数体町に向かいました。対応をお願いします。>>
と頭の中に声が響く。周りの者も俺と同じように驚いた顔をしている。トモミ様の念話? だが考えている暇はなかった。次の瞬間には飛行型のモンスターが町に攻撃を掛けてきたのだ。幸いにもモンスターの数は多くない。何人か怪我をしたようだが、何とか撃退する。トモミ様の知らせが無ければ完全に不意を突かれていた。
その後、しばらくするとトモミ様の傍に何人かが瞬間移動した。ひとりはトモミ様と同じように光っているので恐らくもう一人の聖女リリ様だろう。後はだれか分からない。そして何者かが地面から飛び立ってトモミ様に相対する。いつの間にかトモミ様の攻撃魔法が止んでいるがモンスターは現れない。スタンピードは終わったのか? とするとあいつは魔王だろうか? トモミ様やリリ様ほどではないが、その人物も光り輝いているのだ。
トモミ様と魔王はしばらく向かい合っていたが、突然ふたりの姿が消える。その後は静寂があたりを包んだ。後に残ったリリ様達が宙を飛んで町の方にやって来くる。
「リリ様、魔王は退治で来たのでしょうか?」
<< いいえ、魔王はトモミとの一騎打ちの最中です。>>
ともう一人の聖女リリ様が答えて下さる。リリ様の傍にはふたりの子供、イースと名乗った魔王の娘とハンスだ。
「トモミちゃんは最後に一騎打ちをしたいと言う父の願いに応えてくれたのです。」
と魔王の娘が悲しそうに言った。聖女と魔王の一騎打ちだと! とんでもない場面に出くわしたものだ。確実にこの世界の歴史に残るな。
それからリリ様はモンスターとの戦いで負傷した者達に回復魔法を掛けて下さり、俺はリリ様の許しを得て町への避難命令を解除した。町の者達へはリリ様から直接今回の経緯について説明を伝えて下さった。「魔王が居なくなった今後はダンジョンにモンスターが出現することは2度とないでしょう」というリリ様の説明に落胆する者も多かったが、聖女様達がおられなければスタンピードで町ごと滅ぼされていたのも事実であり聖女様に苦情を言うものは居なかった。
リリ様が去られた後で、今回の出来事が新しい聖女物語として各地に広がって行った。物語の結末は聖女様と魔王の一騎打ちの開始であり、結果が分からないことも人気の出た理由らしい。そして、いつの間にかオルネイの町に聖女と魔王の戦いの跡を見に人々が訪れる様になり、リリ様と一緒にダンジョンに入ったハンスと魔王の娘は聖女の仲間の勇者と見なされると共に、物語のヒーロー、ヒロインとして人気者となった。一方でオルネイの町の冒険者ギルドはダンジョンにモンスターが出なくなったことで一時開店休業状態に陥ったが、町への観光客が増えるにつれて観光客やそれを目当てとする商人の護衛、旧ダンジョン内での案内人等の仕事が入る様になり何とか食いつないでいける様に成った。
もちろんダンジョンがあった時の賑わいには届かないが、その分命を亡くす危険も減った訳で、差し引きゼロと考える様にしている。後は死ぬまでに聖女様と魔王の一騎打ちの結果を知りたいものだ。