13. 私は聖女です
打ち合わせが終わり4人で町に引き返す。行き先は冒険者ギルドだ。ギルドに行って聖女として町全体への避難命令を出す様に要請するのが私の最初の役目だ。なお打ち合わせた結果私とリリ様のふたりとも聖女を名乗ることにした。今回は魔王が強力なので神が聖女をふたり遣わしたことにする。
ギルドの建物に近づいたとき、扉が開いてアルトくんが飛び出してきた。今にもスキップでもしそうなくらい嬉しそうである。私を見つけると全速力でこちらへ走りながら叫ぶ、
「トモミさん! 受かったよ! 今日からEクラスだ。コトラルもだよ!」
おお、無事昇級試験に合格したらしい。
「アルトくんおめでとう! 頑張ったわね。」
と私が返すと、私の手を取ってぐるぐる回りだした。よっぽど嬉しかったんだな。そういえば半年以上Fクラスのままだとトムさんに馬鹿にされていたんだ。
「アルト、いい加減にしなさい。トモミ様にご迷惑ですよ。」
とアルトくんの後を歩いてきたサマンサさんが諌める。そういえばサマンサさんにも断っておかなければならなかったんだ。
「サマンサさん、申し訳ありませんがスタンピードの可能性大です。私は今からギルドに行って町に避難命令を出してもらいます。サマンサさん達はこの町から直ちに避難してください。ここからは別行動でお願いします。」
と言った途端サマンサさんの顔色が変わった。しまったと思ったがもう遅い。
「聖女様!私達一家は最後までお供します。一緒に魔王退治に出向きましょう。」
と周りにも良く聞こえる大きな声で言う。周りの人たちが「聖女」という単語に反応する。そりゃ今最もホットな話題だものね。サマンサさんは激情家の様だ。周りの注目をもろに浴びている、まずい...。
「あれが聖女? ずいぶん小さいな。」
「子供じゃないか?」
「どんな美人かと思ったら、大したことないじゃないか。」
周りのひそひそ声が聞こえてくる。中には失礼なことを言っている奴もいるな。
「いや、だって危ないんですよ。子供達に何かあったらどうするんですか。ここは安全を第一に考えるべきです。」
「それなら子供達は避難させて私ひとりでお供します。」
「「「母さん、そんなのずるい! 」」」
まずい、まずい、まずい。早くこの場を立ち去りたいのにサマンサさん達が口論を初めてしまった。
「やはりあなたが聖女様だったのですね。昨日はお助けいただきありがとうございました。」
気が付くとAクラス冒険者チーム、闇夜の風の皆さんが私の前に跪いていた。森に行く前に会った闇夜の風のメンバーの人が私に声を掛けてくる。向こうを見るとギルドの職員さんが何事かとこちらに早足でやって来るところだった。その後は訳の分からないままギルド本部の一室に連行された。闇夜の風の皆さんだけでなく、リリ様、イースさん、ハンスくん、サマンサさん一家も一緒だ。部屋でしばらく待っていると中年の体格の良い男性が部屋に入って来た。
「待たせてすまなかった。俺はオルネイ支部のマスターをやっているカイルだ。ここに来てもらったのは聖女様についての真偽を確かめるためだ。まずキミだ、トモミさんだったな。キミは聖女で間違いないか?」
昨日までなら「違う」と答えただろうが、今はそうもいかない。ギルドから町全体に避難命令を出してもらわないといけないのだ。
「その通り、私は聖女です。」
「ほう、闇夜の風よ間違いないか?」
「間違いない。正直言ってフードを被ってられたので顔ははっきり見えなかったが体格や雰囲気、声から間違いないと確信がある。」
と闇夜の風のチームリーダーらしき男性が答える。背が高くスリムな体型の20代前半のハンサムさんだ。
「俺はお顔も拝見しました。間違いありません。」
と昨日私が治療した闇夜の風のメンバーが重ねていう。彼は床に寝ていたからフードの中の私の顔を見ていても不思議はない。
「ふむ。それでそちらは?」
「私達は瞬殺のサマンサとその家族よ。聖女様のお供としてこのダンジョンにやって来たの。」
「なんと、Aクラス冒険者の瞬殺のサマンサか! とっくに引退したと聞いていたがまだ現役だったとはな。」
「偽者じゃないわよ、後で冒険者証をお見せするわ。」
「分かった信用しよう。それでそちらのお嬢さんとふたりと....あれ、お前はカルマン商会の息子のハンスじゃないか? なんでこんなところに居る?」
とリリ様達に話を振る。どう紹介しようかと迷っているとイースさんが自信満々な顔で発言した。
「イースよ。私は魔王の娘、今は訳あって聖女に協力しているの。」
「「「「「「「「なっ!!! 」」」」」」」」
おいおい、何と言う爆弾発言をするんだ。こんなの打ち合わせになかったぞ。
「冗談よね、ねっ! イースちゃん」
と私はあわてて言ってイースさんの背中をつつく。
「冗談じゃないわ。庇ってくれるのは嬉しいけれど、ここで正体を隠してもいずれバレルわ。だったら最初から承知してもらっておいた方が良いと思うの。」
イースちゃん、潔よすぎよ。
「彼女は私の味方です。危害を加えることは許しません。」
とあわてて言い添える。
「魔王の娘を従えた聖女様かよ。本当ならすごいな。」
とカイルさんが独り言のように言う。
「それからこちらはリリさん、私と同じ聖女です。」
と私は漸くリリ様を紹介した。
「リリよ、よろしくね。今回の魔王は特に強力なので私とトモミのふたりが遣わされたの。」
「なんと聖女がふたりだと....それはまた神様も気前が良いじゃないか。」
どうも口調からしてカイルさんは信用していない様だ。
「それでハンスお前はなぜここに居るんだ?」
「それは...」
ハンスくんが言い淀んでいると、イースちゃんがハンスくんに抱き着いて宣言した。
「ハンスは私を守るために来てくれたのよ!」
カイルさんはほほえましいものを見る様な目付きでハンスくんを見る。
「うん...そうか。まあ、なんだ...がんばれ。」
まあ、皆の紹介はこれくらいで良いだろうと、私は本論に入る。
「カイルさん、私達は今から魔王と対峙するためにダンジョンに入ります。スタンピードを回避できるよう努力はしますが、確実に防止できると約束はできません。ですので町の人達への退避命令をお願いします。」
「分かった。スタンピードの可能性がわずかでもあるのならそうすべきだろう。だがそれはキミ達が本当に聖女であるならばだ。」
「おい、カイル俺達の証言を疑うのか?」
と闇夜の風のリーダーさんが言う。
「そうじゃない。それでも町全体への退避命令は大きな決断だ。退避した後で間違いでしたでは済まないんだ。俺の進退問題にもなりかねん。念には念を入れたいんだわかってくれギルス。」
どうやら闇夜の風のリーダーはギルスさんというらしい。
「分かりました。わたしが聖女であることを証明すれば良いのですね。でも何をすればよろしいですか。」
「俺の治療を頼む。」
というなりカイルさんはナイフを抜き服の上から自分の腹に深々と突き刺した。コトラルさんの悲鳴が上がる。動脈を傷つけたらしくすぐにカイルさんの服が真っ赤に染まっていく。この時私は絶対的な確信を持った、この星の人は全員脳筋だ! 私をダンジョンに向かわせないためとはいえ、初対面の私にいきなり剣を振るってきた武器屋のおやじさん、おやじさんにそうするようにお願いしていたギルドの受付嬢アンジェラさん、母親を助けるためとはいえFクラスでダンジョンに入ろうとしていたコトラルさんとアルトくん。私を信じるかどうかを立ちあいの勝負で決めたサーシャさん。私を聖女と決めつけて疑わなかったサマンサさん、皆の前で魔王の娘と宣言したイースちゃん。会う人会う人すべて脳筋である。たとえ超越者が居なくなってもこの惑星の未来は大丈夫だろうかと心配になる。
もちろん、カイルさんの治療は一瞬で終わった。刺さったナイフを瞬間移動で取り除くと同時に回復魔法を発動。傷ついた内臓や傷口はあっと言う間に元に戻る。
「これで信じて頂けますね。」
と私が言うと。カイルさんは服を捲りあげ(こら、レディの前だぞ!)、自分の腹を何度も手で叩いていたが、納得したのか顔を上げてこちらを向いた。
「信じます。聖女様、今までのご無礼をお許しください。避難命令はただちに発令します。」
「よかったです。それとこれはおまけです。その格好では人前に出るのに支障があるでしょうから。」
と言って私はカイルさんの服から血の汚れを取り除き。ついでにナイフで出来た破れを修復しておいた。カイルさんは一瞬驚いた表情をしたが、すぐに真顔になると礼をいってから退室していった。
「聖女様、これからどうされますか? ダンジョンに入られるのなら是非お供させてください。」
とギルスさんが尋ねてきた。
「ギルスさん、ありがとうございます。でもしばらくダンジョンには入りません。私達がダンジョンに入るとスタンピードの可能性がありますので、少なくとも町の人達の避難が完了してからになります。」
「そうですか、その時は是非声をおかけください。」
といって闇夜の風の皆さんは退席して行った。礼儀正しい人たちである。後は脳筋でないことを祈るばかりだ。