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第5話 大阪への新幹線


 季節で言えば私は春が一番好きだ。苦しみ続きの私の人生だけど、春は気温まで私をいじめてこない。それに虫も秋に比べると少ない気がする。そんな大好きな春だけど、どうやら意外な一面を持ち合わせていたらしい。心地良いとは程遠い気温に私は思わず身震いする。着替えたばかりの緩めの服の袖から凍えるような冷気が私の体を撫でまわした。現在時刻、朝5時。現場からは以上です……

「こらっ恋鐘! 瞼が落ちてるで!」

「えー……だって眠いんだもん。こんなに早起きしたことな…………」

「って、寝るなーーーー!」

 紺ちゃんの声がまだ薄暗い空に響いた。耳元で叫ばれても、私の脳は未だに動かない。半分寝ているような状態で紺ちゃんに手を引かれるまま、私は東京駅に向かった。途中何度か寝かけて、というか寝てたけど、気付いたら現在地がどんどん駅に近付いていたので、紺ちゃんがおんぶでもしてくれたのかもしれない。ありがとう紺ちゃん。道の途中で不幸に襲われないかとほんの一瞬思ったりもしたけど、それはなさそうだ。私は正直なことを言えば大阪になんて行きたくない。折角の休日なんだから、出来れば家でのんびり過ごしたいのだ。家なら、不幸が起きても、タンスの角に小指をぶつける程度のことばかりだしね。つまり、私にとって大阪に行くこと自体が不幸なことなわけで、その道のりで不幸に遭うことはあまり考えづらいのだ。

 そうこうしている内に、私たちの目の前には茶色いレンガ組みの大きな駅……東京駅が現れた。日本でたぶん一番大きい駅だと思う。電車好きじゃない私でも、その大きさを目の当たりにすると、少し心が揺さぶられるような思いを抱いたりする。人間の技術ってすごいなぁ。扇風機やマッチ棒で代用の効く私の魔法なんかよりもよっぽど魔法している。

「見とれてないで行くで。ほい恋鐘、これが今日の切符や。なくさんといてや」

「わー!新幹線の切符、私初めて見たよ。これを駅員さんに渡せばいいんだよね?」

「そうやな。ほな行くで!」

 紺ちゃんに連れられるまま、私は人生で初めて駅というものの中に入る。洋風なお城を感じさせる外装に妙に気構えてしまったが、駅の中は外装と打って変わって、如何にも駅らしいものだった。駅に入ったことがない私が言うのもおかしいけど、テレビで見たことぐらいはある。駅の改札に立っていた駅員さんに、紺ちゃんから貰った切符を渡すと、カチッっと心地良い金属音が響き、切符の端っこがギザギザに切り取られる。噂には聞いていたけど、実際してもらえると少し楽しい気持ちがあった。紺ちゃんも私と同様で、切符に付けられたギザギザ模様を見て頬を綻ばせていた。駅のホームで紺ちゃんと一緒に新幹線を待つ。未だに気温は低く、手がかじかむ。私が手を擦って息を吹きかけていると、紺ちゃんは私の手を握った。紺ちゃんの手は私の手よりも温かい。恥ずかしそうにするなら、こんな真似しなければいいのに。でも嬉しいので私も彼女の手を握り返した。しばらく待っていると、独特の鋭い流線形をした白い新幹線が鉄の道を通ってやってくる。圧倒的な迫力の大きな乗り物に、私は思わず身震いした。人類の英知の結晶が今、私の目の前にあるんだ。興奮気味な私とは逆に、紺ちゃんは少し冷めたような目で見ていた。紺ちゃんは機械とか結構好きなタイプだと思っていたんだけど、電車には興味がないのかな。紺ちゃんは特に感動する様子も見せず、淡々と開かれた新幹線の扉に乗り込み、私もそれに続いた。中に入り、自分の座席を確認し座った。

「この席、フカフカで座りやすいね! 学校の椅子とは大違いだよ」

「そうやな! 思ってたよりいい座席で安心したで」

「このフカフカ感、ただものじゃないね。結構お金かかったんじゃ……」

「お金のことは気にせんでええ。それより恋鐘、出発するで! 外見てみ!」

 後方に重力を感じると共に、新幹線が発車した。外の景色が最初はゆっくりと変化していく。駅を出て草原を走り、最初は草花を目で追えていたはずが、段々と目で追えなくなる。新幹線の速度は凄い! お母様の箒より速いかもしれない! 私は振り向いて紺ちゃんに笑いかけると、紺ちゃんはまるで我が子を見守るかのようなまなざしを返してきた。紺ちゃんちょっと老け始めてない?まあ、紺ちゃんの席からだとあまり外が見えなくて、私を見守るぐらいしかやることがないのだろう。

「紺ちゃんごめんね、外の景色見えないでしょ? 帰りは私が内側の席にするね」

「別にええよ。ウチは楽しそうな恋鐘の顔見てるだけで充分楽しいで」

「何それー。紺ちゃん変なの。でも、言ってくれたら帰りは変わるからね」

 たまに紺ちゃんは急に男前な台詞を言うことがある。昔からこうなのだ。ちょっとキザ? というのだっけ。女の子なのにたまに男前で、そういう面が紺ちゃんの女の子受けの良さに拍車をかけているのかもしれない。有難く窓際の席を堪能すること一時間。そろそろ景色も飽きてきたなと思ったところで、不意に私の目にあれが飛び込んできた。家からたまに薄ら見えることはあったけど、今目の前にあるあれは輪郭がくっきりと分かる鮮明さがあった。高鳴る鼓動が押さえらない。

「紺ちゃん、紺ちゃん! あれ見て! あれ、富士山だよね!」

「何々…………そうやな! 富士山や! しかも今日は天気がええからハッキリみえとるな。こりゃあ運いいで恋鐘!」

「運いい……? うん、そうかも! 私、今日運いいね! 嬉しいなぁ。こんな間近で富士山が見れるなんて」

 私は感動の声をあげて、両手を握って天に捧げた。紺ちゃんに言われて気付いたけど、確かに今日は少し運がいい。現在大阪行きの電車という不幸の最中だからこそ、他の部分では私の運命さんも手加減をしてくれてるんだろう。不幸中の幸いってやつだ。少し違うか。でも、とにかくいいものを見れて良かった。富士山は日本の誇りだし、いつかは世界遺産に認定されてもおかしくないかもなって思う。その頃には私は命を断ってるだろうけど。私は少し悲しいような嬉しいような気持ちに浸りながら、どうしてか紺ちゃんの手を握るのであった。


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