サイダー
春。
ふんわりとした暖かい空気がここ安曇野市青葉町にも溢れてる。
この季節は何か新しいことを始めてみたいという感情が溢れて来る。一番好きな季節だ。「春」をイメージすると桜色と黄緑色がミックスされた鮮やかな色が頭の中に花が咲く様にパッと浮かぶ。
青葉町は空気、水が綺麗で田んぼが広がり屛風の様に連なった北アルプスの常念岳には雪が残っている。明治時代に常念岳に登頂したイギリス人ウォルター・ウェストンは「ペニン山脈の女王ワイスホーンを思わせる優美な三角形」と絶賛したと前に登山好きの先生から聴いた。
青葉町のいたるところに道祖神が祀られていて、それぞれデザインが違っていて道祖神巡りを楽しみに来ている人もいるみたいだ。
電車は一時間に一本しか来ないし、未だにICカードが使えない駅もあるけれども隣の松本市まで出れば PARCOもあるし、国宝の松本城だってある。
安曇野市と松本市は東京と埼玉みたいな関係である。
そんな美しい青葉町にある青葉中学校2年2組の教室。僕の席はクラスのほとんど真ん中。今は六限目、僕の一番嫌いな数学の授業中。カリカリとシャープペンでノートを取る音と先生の声が響いている。
好きでもない先生の好きでもない数学の授業なんて朝のニュースで長ったらしく報じられる芸能人の不倫騒動くらいにどうでいい。僕は早くこの授業が終わるのを夢見ながらうたた寝したり、コッソリ持って来ている漫画をコッソリ読んだりして時間を潰していた。
先生の動きに気を配りつつ無事に一冊だけ持ってきた漫画を読み終え、時計を見ると授業終了まであと15分といったところ。流石に六限目ともなるとうたた寝している生徒もちらほらいる。放課後の過酷な部活に備えているのか。
なんとなく窓の方を見ると一人の女子生徒が目に入った。
黒髪ロングで色白なその女子生徒は窓の外を見ていた。名前は「植原 春」。
ふと考えると僕は植原さんと話した事も特になく、今まで気にも止めたことが無かった。どんな声をしているのかも知らない。他の女子と話している所もほとんど見たことがなかった。
青葉中学校では1年から2年に上がる際にクラス替えがある。仲の良い友達と一緒になれますようにとハラハラした。1年の時に一緒のクラスではなかった生徒は彼女以外にもいるけれども、彼女以上に話した事がない生徒なんていない。
なんだか突然現れた不思議で奇妙な感じさえした。植原さんは桜色と白色のボーダーのイメージがした。
そんな事を考えながら未だ窓の外を見たままで僕から見ると綺麗な髪の後頭部をこちらに向けた植原さんをボーッ見ていると植原さんの僕の視線に気づいたのかゆっくりホントにゆっくりこちらを向いた。いつだかに少しだけ観たドラマでこんなシーンを見た様な気がする。
ぷしゅー。しゅわり。