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【投稿】異世界転生なんてろくでもない【停止中】  作者: 理緒
第二章 友と戦い、朋と笑う
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Side.宵隠しの狐の一幕

 アッシュが盗賊団の討伐依頼に参加し、王都を出立する頃になるとシャロはハロルドに連れられて宵隠しの狐へとやって来ていた。営業開始は夕方から、ということもあって裏口から入ることとなったのだが、中に入れば既に従業員たちは全員揃っていて、カウンターには白亜が座って尻尾をゆらゆらと揺らしていた。

 裏口から、ということで白亜を正面から見ることになったらシャロなのだが少年の姿をした白亜の体ではゆらゆらと揺らしている尻尾を隠すことは出来ず、ふわふわふさふさで艶のある尻尾はシャロにとって非常に魅力的に見えた。とはいえ、アッシュのように好きにしても良いと言われたわけではないので手を伸ばすことは躊躇われる。それにまだ挨拶をしていないのだから挨拶をしなければ何も始まらない。


「おはようございます、白亜さん、皆さん」


「おー!おはよう、シャロ!それにハロルドも!」


「ええ、おはよう、白亜。それにみんなも」


「おはようございます!」


「あ、今は桜花さんが厨房で仕込みをしているので声をかけて来ましょうか?」


「いやいや、邪魔したら悪いからここはお茶とか出してもう少し待ってもらうべきじゃない?」


「んー……でもちょうど良いお茶菓子とかってあったっけ?白亜さん白亜さん、お茶菓子のストックってありましたっけ?」


「それならシャロちゃんにはお茶よりもジュースとかの方が良いんじゃないの?」


「いや、それならアッシュさんがシャロちゃんは紅茶を淹れるのが上手で、紅茶が好きみたいだ。って話をしているのを聞いたから紅茶にした方が良いかも」


 シャロとハロルドに挨拶をされた従業員たちがほぼ同時に挨拶を返すと、その後は各自が何故か楽しそうに嬉しそうにあれこれとシャロの世話を焼こうとし始めた。もはや誰が何を言っているのかシャロとハロルドにはわからず、突然のことに目を点にして驚いていると呆れたようにしながら白亜が口を開いた。


「よーし!アッシュがいなくてシャロにあれこれ話しかけられる機会だからって一気に喋るのやめような!とりあえず桜花に声をかけて来てくれ。仕込みの邪魔になるんじゃないか、って言っても桜花なら心配いらないし、シャロとハロルドが来てるのに声もかけずに俺たちだけで楽しくやってたら絶対に嫉妬するからな。それと茶菓子は厨房の冷蔵庫に入れてある昨日アッシュが用意してた苺大福があるからそれを持って来てくれたら助かる。あ、苺大福ならジュースとか紅茶よりは普通に緑茶とかの方が良いかもしれないから用意するならそっちで頼む」


 非常に慣れた様子でそれぞれに指示を出している姿は、普段カウンターに座ってアッシュにセクハラをしたり甘えてみたり口説いていたりする姿とは違って宵隠しの狐の主だと言われても納得出来るだけの手際の良さと落ち着きがあった。

 そうした気負いした様子もない姿にシャロは以前アッシュが言っていた白亜には先見の明があるだとか状況把握能力に優れているという言葉が本当のことなのだと理解した。


「はーい!それじゃ桜花さん呼んできますね!」


「アッシュさんの作った苺大福……白亜さん白亜さん!それって私たちの分もあったりしますか!?」


「あ、それなら昨日アッシュさんに聞いたけど人数分作ってるから休憩の時にでも、って言っていたよ。でも……シャロちゃんのだけ多めに作ってあったんだよねー」


「むむむ……羨ましい!けど、アッシュさんはシャロちゃんに甘いから仕方ないかぁ」


「でもそうやってシャロちゃんに甘いアッシュさんを見てると、こう……ほんわかするよね!あ、緑茶淹れて来るね!」


 白亜の言葉を聞いた従業員たちはそれぞれが言われた通りのことを、もしくは自分がするべきだと判断したことをするために動き始めた。

 中には苺大福苺大福と上機嫌に言っている者もいるので単純に自身の欲望を叶えるため、ということもあるようだった。


「やれやれ……悪いな、普段は遠巻きにアッシュとシャロを見てるだけだから今日はちょっとテンションが上がってるみたいなんだよ」


「え……?どうしてですか?」


「あー……あれでしょ?アッシュの様子を見て、あれこれ話しかけるよりは外から見てる方が良いんじゃないかって思ったから普段は話しかけなかった。だから今日はアッシュがいないからみんなシャロに構いたいんだと思うわ」


「そうそう。いやぁ……宵隠しの狐の全員が基本的にアッシュのことが好きだからな。最初はアッシュがシャロに対して壁を作ってるから様子見をするしかなくて容易に話しかけられなくて、それがなくなったと思ったらシャロに対してめちゃくちゃ優しくなってただろ?それをさっき他の子が言ってたように見てるのがほんわかするってことでまた話しかけてなかったんだ」


「わかる。わかるわよ。アッシュ本人に自覚はなくても、シャロと話をしてる時って優しい表情をしててあのアッシュが……!って思っちゃうのよ。見てるだけで大満足、ってところね」


「本当にな。桜花とかそれを見て内心相当和んでたり嬉しかったりするみたいだし、俺もすっげぇキュンキュンするし、常連連中も微笑ましそうに見てるし、良いことばかりなんだよな」


 困惑するシャロを尻目に白亜とハロルドの二人はそんな話で盛り上がっていた。事実としてアッシュがシャロに対して壁を作っていた際にはそのことでどうしたものかと白亜と桜花が悩んでいたことから従業員たちもそのことを知っていた。だからこそ話しかけるに話しかけられず、見守ることしか出来ていなかった。

 だが、アッシュとシャロが正面から話し合いをした日からはそれが変わっていた。最初はぎこちないながらもシャロに対して優しく接しようとして甘えられるのに慣れていないなどと言っていたアッシュも、数日経てば本人には自覚がなくとも優しい表情を浮かべてシャロに接し、甘えられるのを待つよりも甘やかそうとするようになっていた。

 そんなアッシュの変化に対して、白亜たちはほんの少しの呆れとそれ以上に大きい喜びを感じていた。アッシュにまだ幼さが残る頃から、もしくはアッシュが人との接し方を少しばかり改める頃から知っていたので良い方向に変わっているということがわかり、それがどうしようもなく嬉しかった。

 アッシュ本人にしてみれば周りがそう思っていることは知らない上に、シャロとどう接するべきか、あまりべたべたした距離感ではシャロが不快に思うだろうし自分も好きではない。だが壁を作るようにしたり遠すぎるのはダメだ。などと考えていることもあって周りのことにまで目が向いていない。普段であれば気づけそうなことでもそんな状況では気づけない、ということだ。


「あ、このことについてアッシュは気づいてないから秘密にしてくれよ?」


「わかってるわよ。シャロも、アッシュには黙っておきなさい。そういう状況だってわかると、アッシュが拗ねてシャロとほんの少し距離を置くかもしれないわ」


「主様に秘密にしておく、というのは少しばかり心苦しく思います。でも……えっと、少し距離を置く、というのは撫でてくれたり、料理とか依頼とかで頑張った時に小さく微笑んで良くやったって言ってくれたり、お風呂から上がったら色々な話をしながら髪を乾かしてくれたり、夜に眠れないと思っていたらホットミルクを作ってくれたり、そういう回数が減ってしまう。ということでしょうか……?」


「え、何それ詳しく」


「ええ、詳しく話してくれるかしら」


「それは是非とも聞きたいですね!あ、みんなも聞きたいと思いますからそれぞれ近くでお茶でも飲みながら聞いちゃいましょうね!お茶菓子はアッシュくんの用意してくれた苺大福がありますからそれを食べながらまったりキュンキュンしちゃいましょう!」


 シャロが不安そうに言ったことは、白亜たちにとっては知りようのない家の中の話であり、その場にいる全員の興味を引くには充分過ぎるほどのものだった。

 だからこそ詳しく話して欲しいと白亜とハロルドが口にすると、いつの間にかやって来ていた桜花が一番乗り気でその場を仕切り始めた。とはいえ、元々白亜がカウンターでダラダラしている間に桜花が従業員たちに指示を出して宵隠しの狐を切り盛りしていたので当然のことをしただけ。とも言える。


「あ、そうそう……おはようございます、シャロちゃんにハロルドさん」


「え、えぇ……おはよう、桜花。私が言うのも何だけど、もう少し落ち着いたらどうかしら……?」


「おはようございます、桜花さん。それで詳しくと言われても……そんなに面白い話ではないと思いますよ」


「いえいえ!面白いかどうかじゃなくて、私たちの知らないアッシュくんの話が聞けるってだけですごく嬉しいんですよ!」


「桜花がこうなると誰も止められないからなー。とりあえず、シャロが嫌じゃないなら話してくれないか?」


 こんなことを言っている白亜だが、本音では自身が気になるから。といったことがシャロには見てわかった。というよりも、聞いたところで面白い話ではないと思っているシャロ以外の全員が話を聞くことに非常に乗り気になっていた。

 それに気づいたシャロは、自身の置かれている状況に困惑しながらも自分が話をするだけでみんなが満足してくれるならばと話すことにした。

 そして、そうしたやりとりの間にお茶とお茶菓子の準備を済ませていた従業員たちも興味津々といった様子でシャロが話し始めるのを待っていた。


「えっと……そういうことでしたら……」


「よっしゃ!ならまずは……料理してる時のことだな!アッシュはどうしてか料理の心得があって本人としては人並みに出来る。くらいにしか言わないけど、苺大福とか作れる時点で人並みじゃないと思うんだよな。何か、食べたい物があるなら自分で作れば良いから。とか言って作るの普通にすごいと思うぞ」


「そうなんですよねぇ……お饅頭とか大福とか、材料さえ揃ってればさらっと作って、何処で習ったのか聞いたら見て何となく作ったらそれらしかった。しか言ってくれませんから、たぶん言いたくないんだとは思いますよ」


「主様の家の台所には色々置いてあって、見たことがない物もありましたから……主様は本当に色々と作れるのですね……」


「アッシュは料理が出来るのは知ってるけど……そういえば食べたことはなかったわね……あ、違うわ!それよりもシャロにちゃーんと話をしてもらわないといけないわね!」


 アッシュに関しては謎がある。ということを全員知っているが、それを突いてもアッシュはそれを口には出さないし、嫌がられることはしたくないと思っているその場の全員が少しだけ沈みそうになったのを察してハロルドが無理やりに話題を戻した。


「あ、はい、そうでしたね……えっとそれじゃ……」


 そのことを理解出来たシャロはハロルドに促されるままに口を開いた。

 本来は数日ほどお邪魔することになるので最初にしっかりと挨拶をしよう、と思っていたのに何故かシャロはアッシュの話をすることになってしまっていた。だがシャロとしてはアッシュに褒めてもらえたことや、自然と優しく微笑んでもらえるようになったことが嬉しくて、それを誰かに話せるというのは思いのほか楽しいことだった。

 そして気づけば最初に困惑していたことなどなかったように楽しげにアッシュとの間であった色々なことを話し、皆がそれを興味津々といった様子で聞く。そんな状況が出来上がっていた。

 もしこの光景をアッシュが見たのであれば頭を抱えたかもしれないが、当のアッシュは現在盗賊団の討伐のために移動をしている最中だ。これ幸いとあれこれ聞いている白亜たちに対して、アッシュであれば何か言ったかもしれないが、今となってはどうしようもない。

 何にしても、お世話になると言うことで緊張していたシャロは既に緊張が解れているのでアッシュが戻ってくるまでの間、きっと楽しく過ごすことが出来るはずだ。そのことに関してはきっとアッシュも白亜たちに感謝する、のかもしれない。

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