92.話し合い前の話し合い
ヒュプノスローズのことやシルヴィアに何を伝えるつもりなのか、その際に念のために近くで待機していて欲しいことなどを話してから時間が時間なので夕食の支度をすることとなった。とはいえこうした野営では往々にして美味くも不味くもない保存食か干し肉を囓るのが食事となってしまう。
だが野営に慣れていて余裕があり、料理の心得がある冒険者であればその限りではない。簡単なスープを作ったり、森の中で狩りをして兎やリスの肉を串焼きにする程度であれば普通にやる。
実際に周囲で焚き火を囲んでいる冒険者たちの中にはそうして食事をしている者たちの姿が見てとれる。そして俺も彼らと同じように簡単な食事であれば作ることが出来るので手早く作ってアルとアナスタシアと共に焚き火を囲んでいる状況だ。
「……まさかアッシュさんは料理が出来るとは思っていませんでしたわ」
「そうだね……それに手際が良かったから普段から料理をしているのかな?」
「一応な。そこまで凝った料理は作らないけど、普通に朝食くらいは作ってるぞ」
「なるほど……料理の出来る殿方というのはポイント高いと思いますわ」
「うん、僕も良いと思うよ」
「はいはい……この状況で多少マシな食事にありつけたからって無駄に持ち上げるなよ。で、一応おかわりくらいは出来るように作ってあるけど、どうする?」
決して褒められて気分が良いから、というわけではなく事前に多めに作っておいたのでどうするか二人に聞いてみた。するとアナスタシアは少しだけ考えてから、アルは嬉しそうにして言った。
「……では、いただきますわ」
「それは是非、いただきたいね」
「わかった。ほら、残さず食えよ」
これからのことを考えれば今のうちにしっかりと食べていつでも戦えるように備えておかなければならない。だからこそ少し多めに作って、全部食べるならそれで良し。残るなら残るでそれは仕方がないと諦めるつもりだった。尚、ここで言う諦めるというのは捨てるということではなく量が多いが俺一人で処理をする。という意味だ。
幼少期に残飯や泥水を啜ってきた身としてはまともに食べられる物を無駄にはしたくない。
「感謝いたしますわ」
「うん、ありがとう」
感謝の言葉を口にしてから新しく注いだスープに口を付ける二人を少しだけ見守ってから俺も同じようにスープに口を付ける。塩だけで味付けした質素なスープ、ということはなく家で使っている調味料と同じものを玩具箱に入れてあるのでそれを使って作ったスープなのでこういう場所で作られる物に比べれば格段に美味い、と言えるのではないだろうか。
調味料自体、俺がこういう物はないか、とハロルドや桜花に話をして用意してもらった物を吟味したので少しばかり料理の知識がある者が使えばそれなりに美味い料理が出来るはずなのだから当然と言えば当然なのだが。
そんなことを考えながら食事を進め、気が付けば他の冒険者たちも食事を終えていた。一応、アルとアナスタシアの様子を見るとアルは満足そうにしていて、アナスタシアは平静を装いながらも雰囲気が幾分か柔らかくなっていたのでこちらも満足してもらえたようだった。
別に二人に対して満足してもらえるように料理をしたわけではないが、それでも作った側からするとこういった反応をしてもらえるというのは少し嬉しい物がある。勿論、それを表に出すことはしない。
「はぁ……アッシュは料理が上手だね。僕が経験した野営では何て言うのかな……野菜と干し肉を塩だけで味付けしたスープ擬きしか出てこなかったから、ちょっと感動すら覚えたよ」
「それは言い過ぎではなくて?あぁ、でも……確かにこうして野営を行った場合はそういった質素な物が普通だと思いますわ。それなのに良くこうして作れましたわね……」
「慣れだ。というか、食事はなるべく美味い物を食った方が良いと思ってるからな」
「それは確かにそうかもしれないね……食事一つで士気にも関わって来るから……」
「まぁ……どうせ食事をするのなら、美味しい方が良いと思いますわね。ただ……」
「ただ?」
「……何と言いましょうか……アッシュさんが料理が上手、ということがわかると女性である身としては負けた気がしてしまいますわ……」
苦々しげにアナスタシアがそう口にした。ということはアナスタシアは料理が苦手、ということになるのだろうか。
「あぁ、いえ……わたくしは料理が苦手だとか、そういうことはありませんわ。ええ、本当でしてよ?」
弁明の仕方がシャロに似ているような気がする。これはもしかすると本当にアナスタシアは料理が苦手なのかもしれない。いや、そうでもなければ俺が料理が出来るからと負けた気がする。などとは言わないだろう。
アルもそのことに気づいたのか、何とも言えない微妙な表情を浮かべていた。これはそうなのか、と流すべきか、わかりやすい反応をしているのであえて指摘するべきなのか。
「……何か、ありまして?」
「え、あ……いや、何でもないよ!」
「アル、放っておけ。むやみに藪をつついても蛇が出てくるだけだぞ。いや、アナスタシアの場合は蛇よりも厄介なのが飛び出て来るかもな」
「え……そ、それ言い過ぎじゃないかな……?」
引き攣りそうになりながらもフォローにならないフォローを入れるアルだったが、アナスタシアは笑みを深くして俺を見ていた。手遅れ、というやつだ。
「それはそれは……アッシュさんは何やら随分な言い方をしますのね?」
「あぁ、誰かさんにシルヴィアを押し付けられたみたいだからな」
「…………そうですわね、こういう雰囲気が悪くなってしまいそうな話題は避けるべきではなくて?」
「そうかもしれないな。ならこの話はここで終わりだ」
「ええ、それで構いませんわ」
ユーウェインたちの様子のことを思えば、俺に少しばかり突かれている現状も仕方ない。またシルヴィアを押し付けたことであれこれ言われると自分の分が悪い。ということがわかっているアナスタシアは見事な転身で話を打ち切った。
アルも同じことを思ったのか、苦笑を漏らしながらそんなアナスタシアを見ていた。そんな状態を理解したアナスタシアがわざとらしく咳払いをひとつしてから無理やりに話題を変えてきた。
「コホンッ……それで、勇者様と話をするのはどのくらいの時間を予定していますの?あまり遅くなるようでは時間を取ることが出来ないのではなくて?」
「そうだな……とりあえず他の冒険者が寝入る前を予定してる。というか、そう伝えてある」
「寝入る前……あまり注目されないように、ということですわね」
「確かに、みんなが起きている状況だとシルヴィア様が動いたら注目されてしまいそうだからね。それ以前に、シルヴィア様がアッシュに声をかけている姿が見られてるから注目自体はもうされてそうだけど……」
アルの言うように、直接俺に接触してくることはないが複数の冒険者から注目されている。ほとんどが好奇の視線であり、野次馬根性甚だしいと言わざるを得ない。ただそれでも面倒な接触がないのであればマシと思えるのだが。
とりあえず、そうして注目されてしまっているので少しでも人目を避けるために時間帯を指定してある。
「それは仕方ないことだからな……ただ、盗賊団の人間が襲撃してくるとしたら寝入る前の微妙な時間を狙ってくる可能性もある。だからこそその時間帯を指定したんだ」
「それは……その時間帯だけでも避難させたい。ということでよろしくて?」
「襲撃があるなら寝入る前の油断している時間帯か、俺たちがそうするって予定になってる空が白んで来る頃か。それくらいがわかりやすくて、狙いやすいからな。話をする、避難をさせる。ってのが同時に出来るならそれで良いかと思ったんだ」
「心配し過ぎているような気もしますけれど……アッシュさんがそれで良いのでしたら、わたくしからは何も言えませんわ」
「僕は心配し過ぎだとは思わないよ。シルヴィア様に何かあれば国としても大変なことになるからね。念には念を入れて、というのが必要な状況なら当然じゃないかな?」
「アルさんも賛成、ということですのね……まぁ、確かに襲撃があるならばタイミングとしては手頃ではあると思いますわ」
アナスタシアは俺が時間帯を指定した理由を聞いて呆れたような様子を見せていたが、自身でも襲撃の可能性とシルヴィアに何かあった際の損失というか被害のことを考えて賛同してくれた。まぁ、賛同しなかったとしても俺は時間帯を変えるつもりはなく、変えるにしてもまたシルヴィアとの接触はユーウェインたちが居るので非常に面倒だ。
「ならシルヴィアと話をすることに関しては何の問題もないってことで良いな?」
「うん、僕はそれで良いと思うよ。話をする際の警護も安心して任せて欲しいね」
「わたくしも問題ありませんわ。ただ……」
「ただ、何だよ」
問題ないと言いながらも何かを考えるようにして口を閉ざしたアナスタシアに何があるのかと言葉の続きを促した。アルも同じようにどうかしたのかと、何処となく心配そうにしていた。
「いえ、避難させるのは勇者様だけで良いのかと思いまして。一応仲間であるあのお三方もどうにか避難させた方が良いのではなくて?」
「いや、あの三人は放っておいても良いだろ。はっきり言って第三王女で勇者って立場のシルヴィアに何かあると困るだろうけど貴族出身の三人に何かあった。くらいだと困ることなんてほとんどないと思うぞ。シルヴィアの仲間として旅をするにしても代わりはいるだろうからな」
「アッシュ、そういう言い方はどうかと思うよ。それにあの三人はそれぞれが将来的には騎士団や教会、王城の魔術団で幹部になるとされているんだ。失うことがあれば王国にとっての損失に」
「なると思うのか?」
「…………なる、かもしれないから……」
確かに将来王都を支える組織の幹部になる人間を失うことになれば大きな損失になるかもしれない。ただ、それが実力で這い上がったならともかくとして、家柄だけでそうなるような人間なら大した損失にはならないだろう。そう思ってカマをかけてみると、アルはそうした言葉を返してきた。
それも苦々しげに、本心で言えば損失になるとは思っていないことが丸わかりの態度だったがそれを指摘するのはやめておこう。アルとしてはあまり触れられたくはないだろう、と思ったのでそう決めた。これがアナスタシアであればもう少し突いても良いのかもしないが、アルとはそうしたやりとりはまだ出来ない。
この先、どういった関係を築いていくのか、それによってはありなのかもしれないのだが。
「それくらいなら放置だな。俺たちにとってわざわざ気を配るのはシルヴィアの安全だけだ。良いな?」
「その程度の方々であれば、わたくしはその方針で良くってよ」
「……まぁ、あの三人も子供というわけではないからね……あ、いや、ヨハンに関してはまだ子供と言えるかもしれない年齢だけど……」
「そうだとしてもシルヴィアの旅に参加するくらいなら放っておいても問題ないだろ」
「うん……確かにそうかもしれないね……子供だとしても、危険な場所に自分から踏み込むことを選んだなら、自分の身は自分で守らないといけないからね……」
子供だとしても、と言われて一瞬シャロのことが脳裏を過ぎった。確かにシャロも充分に戦うことが出来るので俺が守らなければ、といってずっと傍に居続けるというのは良くないのかもしれない。いつかは俺が守る必要もないように自立するのだから、その時のことも考えておかなければならない。
まぁ、シャロはエルフの里から王都まで来るだけの行動力と、充分な戦闘力を持っていて、何から何まで俺が守るだとかはもはや必要ないとは思っている。ただ傍にいて、少しくらいは安心して過ごせるように、というのが俺に出来ることなのかもしれない。
そんなことを考えながら、それよりも今はシルヴィアとの話し合いについて考えなければならないと、頭の中を切り替える。シルヴィアであればきっと素直に話を聞いてくれると思うので、話し合い自体は問題ないはずだ。
問題があるとすれば、盗賊団の襲撃か、盗賊団のアジトへの強襲のどちらかになるだろう。そして、俺の受けている依頼と、アナスタシアが何故この依頼に潜り込みたかったのか。そのことが気掛かりではあるが、今は目の前のことに集中しなければならない。勿論、警戒を怠ることは絶対にしない。




