86.野営の準備
あれからどういったタイミングでシルヴィアに接触したものか、と考えながらもグィードと時折アイコンタクトを取っている四隅の冒険者パーティーの様子を探ったり、何が起こっても対処出来るように警戒しながら歩き続けること数時間。
開けた場所に出ると、前方から大きな声が聞こえてきた。
「諸君!出立から今に至るまで一切休みのない行軍にそろそろ疲労が溜まってきた頃合いだろう!今日はここで野営を行い、空が白み始める頃に盗賊団のアジトに強襲をしかける!それまで各々休めるように準備をして、英気を養ってほしい!必要な物は全てギルドから支給されているので、協力して野営の準備をしてもらえると助かる!」
どうやらここが野営を行う予定だった場所らしい。グィードの言葉を聞いた冒険者たちが各々で野営の準備を進める中で俺たちが警戒していた四隅の冒険者たちはギルドから支給された野営の道具を受け取ると真っ先に開けたこの場所の四隅を陣取った。迷うことのないその動きに事前に打ち合わせがされていたことが窺える。
ただ先ほどまでの行軍と違って、ある程度の広さのこの場所で四隅を陣取ったところで全ての冒険者には目が届かないだろう。それにあちらこちらで野営の準備が行われ、行軍の最中よりも話し声の聞こえてくるこの場所であれば聞き耳を立てたとしても全てを聞き取ることは出来そうにない。
ここでならばシルヴィアに接触して話が出来るかもしれない。ただ、それは俺一人ではなくアナスタシアかアルを引き連れて、ということになる。ついでに俺が屋根の上に居たのは今回のことで色々と調べていただとか、怪しい人間がいないか警戒していただとか、それらしい理由でも並べて丸め込んでしまおうか。という悪い考えも浮かんでいた。
まぁ、シルヴィアの仲間をどうにかしなければ接触のしようがないと思うので、そちらもどうにかしなければならないのだが。
「とりあえず、俺たちも野営の準備でもするか。場所は……森に隠れられるような場所にした方が良いだろうな」
「わたくしは身を隠すということにはある程度慣れていますので問題はありませんけれど……アルさんは慣れていないのではなくて?」
「確かに僕はそうして身を隠す、というのには慣れていないけど……隠れる必要があるのかい?」
「何かあったらすぐに身を隠して、いざとなれば不意打ちを仕掛けるくらいはしないとな」
昔からこそこそと隠れて標的を不意打ちで仕留める。ということはしていたので俺としては慣れた物だ。だからこそ今回もそれが必要になるなら俺は躊躇わずに不意打ちをさせてもらう。
いや、むしろ俺程度の強さではそうした不意打ちをしなければ勝ちを得るのは難しい相手の方が多いので仕方のないことだと思っている。
そんなくだらないことを考えるのはこれくらいにして、本当にどうやってシルヴィアに接触したものか。
「不意打ち……その、言い方は悪いけど、僕としてはそういう卑怯な手はあまり取りたくない、と思ってしまうね……」
「あら、不意打ちくらいは普通のことだと思いますわ。リスクを抑えて戦果を得られる立派な手段ですものね」
「アナスタシアの言うように立派な手段だろ。いや、アルにとっては卑怯だと思えるってのも理解はするんだけどな」
王国騎士としてはやはり不意打ちは感心しないらしい。本来正面から堂々と戦うことを好む騎士なのだから当然と言えば当然なのだが、それでも今回は相手がどう動くのか全て把握しているわけではないので隠れて不意打ちを仕掛けることも必要になってくるだろう。
その時になってアルが反対するようなことがあれば幾らか面倒なことになるかもしれない。ただ、アルは自身の考えを押し通して状況を悪くする。ということはしないのでたぶん大丈夫だろう。
「それよりも、さっさと野営の準備だ」
「そうでしたわね。必要な話し合いばかりで準備を怠ると後々面倒になりそうですわ」
「この場合は注目を集めそうとか、休めないとか、そういうことで良いのかな?」
「そういうことだ。まぁ、必要な物をギルドが準備してくれてるって時点で楽だけどな」
そんな話をしながら三人で野営に必要な物を受け取りに行った。
受け取りに行くということはグィードと顔を合わせる、話をするということになるのだが現状では話をするようなことはない。グィードから何か話しかけられたとしても適当に流すか、面倒な話題であれば誤魔化すなりしてしまおう。
一人でそう結論付けてからいざグィードの下に行くと、特に話しかけられることはなかった。ただ野営の物資を受け取る際に俺だけではなくアルとアナスタシアを一瞥してから頷いていたのでグィードには何かしら思うことがあったのだろう。それが俺たちにとって面倒なことでなければ良いのだが。
アナスタシアも同じことを考えているのか、グィードの下に行くということで顔を隠しているのだが、それでも何処となくピリピリとした雰囲気になっていた。露骨に警戒しているようだったが、当然のようにグィードには悟られていると思う。
お互いに相手のことを信用せず、グィードは仲間を使って俺たちや他の冒険者を警戒して見張り、俺たちはグィードとその仲間を警戒して過ごしている。言ってしまえば既に互いを敵だと認識しているのではないだろうか、という状態だった。
「流石に露骨過ぎじゃないか?」
「そこまで露骨、というわけではなかったと思いますわ。とはいえ、グィードさんにも悟られているようでしたからわたくしももう少し気を付けるべきだったとは思いますけれど……」
「どう言えば良いのかな……アッシュが物資を受け取る間、二人の周りがピリピリしていたね……」
「お互いに警戒し合ってればそうもなるだろ。それにしても他の奴らは特に森の中にすぐに隠れられる場所を選ぶ、とかはしないんだな」
周囲を見渡してから他の冒険者たちの様子を見ると、それぞれが好きな場所で野営の準備をしているが森に違い場所に陣取る。ということはしていなかった。
「盗賊団の人間が森から出てくることを警戒して、だと思いますわ。わたくしたちのように、森の中に隠れる、ということを考慮していないようですものね」
「普通は森から誰か出てくることは考えると思うけどね。アッシュとアナスタシアみたいに仲間である冒険者を警戒していないとそういう考えに至るのは難しいんじゃないのかな?」
「アジトからある程度離れたって程度なら奇襲を受ける可能性の方が高そうだから、当然と言えば当然か」
口には出さないまでも皆が盗賊団から奇襲を受ける可能性を考えているようだった。まぁ、そのことに思い至らないようであればBランクの冒険者になる前に酷い目にあって冒険者を続けられなくなる。という目に合ってそうなのだが。
そうした考えに至り、周囲の警戒をするというのはそれなりの場数を踏んだ冒険者であれば当然のことか。と納得しながら野営の準備を進めていく。
準備とは言ってもテントを張ったり焚火をして簡単な食事の準備をする程度なので大した手間ではない。慣れていなければ時間がかかるかもしれないが、Bランクの冒険者ともなればこうした遠征による野営は慣れたもので手慣れた様子で準備を終えていた。
ただ言い方はあれだが温室育ちの人間ばかりが集まっているシルヴィアとその仲間は野営の準備が一向に進んでいなかった。
「……シルヴィアたちは準備が進んでないな」
「そのようですわね。王族や貴族、またはこうした野営をしたことのない方であれば当然かと思いますわ。けれども……」
「けれども?」
「いえ、勇者様の傍には王国騎士団の方がいるはずではなくて?遠征を経験しているような、腕の立つ騎士の方であれば野営程度ならば簡単かと思いますわ」
アナスタシアも俺と同じようにシルヴィアたちへと目を向けて、準備が進んでいないことを疑問に感じているようだった。確かに言われてみれば騎士団の人間がいるのだから野営くらいは出来るのではないだろうか。
そうしたことを考えているとアルが困ったようにどうして野営が進んでいないのか、思い当たることがあるようでそれを口にした。
「あぁ……えっと、人から聞いた話というか、ちょっとした噂話のようなものだけど、それと僕の知ってることを合わせると何となく予想は出来るね……」
「でしたらその予想とやらをお聞かせいただけまして?」
「うん……王国騎士団の中でも年若い、見習い騎士は遠征には出れないんだ。それで、シルヴィア様の傍にいる騎士は最近見習い騎士から正式な騎士として認められたばかりだったはずだね……」
思い出すように、ではなくなるべく他人事のように言うように心がけているアルだったが、非常にぎこちない。これを必死に記憶を探っていると考えるか、自分には関係のないことだと偽ろうとしていると考えるか。アナスタシアの場合は後者だと思う。
現にアナスタシアは何かを考えるような素振りを見せてから、アルに先を促していた。
「……どうぞ、続けてくださいな」
「騎士として認められていて、それでいてシルヴィア様の仲間として相応しい地位の貴族出身は誰だ。となった際に色々とあって決まったのが今シルヴィア様の隣に立っている、あのダークブルーの髪の騎士の名前はユーウェイン・ウリエス。彼は遠征を経験する前にシルヴィア様の仲間に選ばれたから……」
「なるほどな。それで野営の経験はないってことか。だからあれだけぐだぐだしてるんだな」
「そういうことでしたのね。アッシュさん、他の冒険者の方は勇者様の手伝いをする様子もありませんから声をかけてみませんこと?色々と話しておいた方が良いことがありますから、丁度良い機会だと思いますわ」
「そうだな……なら声をかけて手伝うとするか。アルもそれで良いか?」
「う、うん……でも……」
「はいはい。まぁ、俺が主体になるから安心しろって」
「ごめん……よろしくお願いするよ」
アルとしてはなるべく近くで何かあった際に動けるように、と考えていた。それが声をかける段階になると自分だとばれる可能性を考えて少しばかり尻込みしてしまったようだった。
それを察して俺が主体になると言うとアルは安心したようだった。まぁ、もしかするとシルヴィアにだけはアルのことを伝える。ということをするかもしれないのだがそれは黙っておこう。
具体的に言うのであれば名前は出さないが王国騎士の一人が何かあった際に動けるように近くにいる。というようなことを伝える可能性がある。ということだ。
そうと決まればさっさと行動に移そう。その際に変に注目を集めてしまうのはわかっているので、他の冒険者たちに怪しいと思われないように行動しなければならない。多少注目されるのは仕方のないことなので諦めているのだが。




