7.ひだまりの草原
王都の外へと続いている西の門を通り抜けて草原へと向かって進む。
門から続いている街道には商人や旅人の姿が見える。特に周囲を警戒したような様子がないのはやはり魔物除けのおかげなのだろう。
そんな街道を進んでいると、やはりエルフの子供が珍しいのかすれ違う全員がシャロの姿に振り返ったり二度見したりしていた。
「主様、どうして皆さんは私を見ているのですか?」
「王都でもエルフの存在は珍しいんだ。それが子供ともなれば更に珍しい。だから見てるんだろ」
「なるほど……ということはこの耳は隠した方が目立たない、ということですね」
「確かに耳を隠せば多少は誤魔化せるだろうけど……子供の冒険者ってのも目立ちそうだな……」
「それは……えっと、あと数年待っていただければ……」
「長いな、おい」
シャロの言う通り、耳を隠せばぱっと見でエルフだということはわからないかもしれない。それでも今後冒険者として活動するようになれば子供の冒険者ということで目立ってしまうと思う。
それも数年経ってシャロが成長すれば多少はマシになるのかもしれない。ただエルフというのは例外もあるが基本的に美男美女に成長するので、別の意味で目立ってしまうかもしれない。
また、シャロは幼い今でも客観的に見ると整った顔立ちをしていてとても可愛らしいのでそれだけでも充分に人目を引いてしまうのだろう。
ただし成長するまでシャロが王都にいるのか、それはわからない。
「まぁ、良いか。数年先のことを今考えても仕方ないからな。それよりもさっさと薬草の採取を終わらせるぞ」
「それもそうですね」
「あぁ、そうだ。冒険者ギルドの依頼によっては場所を指定してくるものもあるからこの周辺の名前は覚えておいて損はないかもな」
「えっと……ウルシュメルク王国の首都である王都マアンナを中心に、北にそよかぜの丘、西にひだまりの草原、東にこもれびの森、南が他の街に続いている街道が伸びている。ですよね?」
「知ってたのか。今回はひだまりの草原に向かうことになるけど、薬草は森や丘でも採取出来るから場合によってはそっちに行くこともあるかもしれないな」
「一つお聞きしたいのですが、穏やかな地名が多いのはどうしてですか?」
「草原は太陽の日差しが心地良くてその名前が付いたらしい。丘はその名の通りそよ風が吹いていて、魔物除けの効果もあってか王都から出てピクニックをしに行く奴もいるな。冒険者を護衛として雇って、ってのが前提だけど。それから森は鬱蒼としたものじゃなくてこれも名前の通りに木漏れ日が良い具合に心地良い。だからその名前がついたんだろうな。って言われてる」
地名に関しては昔からそうした特徴があり、いつの間にかそう呼ばれるようになっていたらしい。
共通する点としては、魔物除けのおかげで基本的には魔物が現れず、危険度が低いということだ。
この魔物除けは、過去に王家の人間が王都の周囲の安全を確保するために魔法使いに命令して作らせて設置した物らしいのだが、今でも時折整備されている。
「なるほど……それぞれの特徴をそのまま地名にしているのですね」
「個人的には森よりも草原や丘の方が見晴らしが良くて魔物が出ても見つけやすいから、薬草の採取はそのどちらかでやれば良いと思うぞ」
「では今回は草原、次回を丘にしましょう」
「それが良いな。ついでに薬草は成長が早いとはいえ取りすぎると暫くは採取出来なくなる。他の奴らに迷惑をかけることになるからその辺りも気を付けないとな」
「はい、他の冒険者の方の迷惑になりますからね」
納得したように頷いてからシャロは言った。
薬草は王都の周囲であれば一年を通して採取することが出来る。だが取りすぎてしまった場合は当然のように採取することが出来なくなる。
それはシャロの言うように他の冒険者に迷惑をかけるというだけではない。
「それと、野生の動物もな」
「野生の動物さんが薬草を使うのですか?」
「怪我をした場合に、ってよりも体調を崩した時に薬草を食って多少なりと体調を整えるんだとさ」
「なるほど。でも、王都ではそうしたことを研究というか、調べている人がいるのですね……」
「いや、そういうのがいるってのは聞いたことがないな」
「それならどうして主様はそれを知っているのですか?」
本当に不思議そうに首を傾げるシャロに本当のことを言うべきかどうか悩みつつも、あまり話さない方が良いと判断して今回ははぐらかしておくことにした。
「さて、どうしてだろうな」
「……教えてはいただけないのですか?」
「人には言えない秘密なんてのは誰だって持ってるんじゃないか?もしもシャロにそういうのがないなら俺も教えても良いけど……どうする?」
「…………主様は、意地悪です」
「あまり言いたくないんだ。許せ」
「むぅ……」
シャロの言う通り、少し意地の悪いはぐらかし方をしてしまったが、それでも俺が教える気はないことを悟ったのかシャロはそれ以上の追及をしてこなかった。ただ、少しばかりむくれてしまったのだが。
ただ、これでシャロには何らかの秘密があることがわかった。しかもそれは人には言えないような秘密。
それが俺にとって不利益を被ることになるような秘密なのか。それとも、ただ単純に彼女にとって人に知られてはならない秘密なのか。
わからないが、一つ一つ情報を得ていけばそのうち答えにたどり着ける。それならばそれで良しとしよう。
その秘密如何によって、俺の敵になるのであれば容赦せず、敵に成り得ないのであればそれで良い。それが俺にとっての当然のことなのだから。
「むくれてる暇があるならさっさと草原で薬草でも採取するぞ」
少し無駄話が過ぎたと思い、話を変えるためということもあるが依頼のことを考えればこうするのも当然だと、草原へと向かうように促しながら歩みを速めた。
当然のことだが、突然のその行動はシャロにとっては予想外のことだったために、シャロの行動は遅れてしまう。
「あ!ま、待ってください主様!」
そのせいで距離が離れてしまった俺の後を急いで追ってくるシャロの足音を聞きながら草原へと目を向ける。遠目でもわかるが、いくらかの野生動物が草原を伸び伸びと走り回ったり、餌となる草を食んでいた。
ただ、そうして自由にしていたうちの数匹の野生動物。前世で言えばガゼルに似たカルルカンと呼ばれる草食動物が俺とその後ろで声を上げたシャロに気づいたのか、顔を上げて見てくる。
小走りで俺に追いついたシャロもそんなカルルカンに気づいたのか少しだけ息を飲む音が聞こえた。
別にカルルカンくらい驚くようなものではないと思いながら、どうしたのかとシャロに目を向けると妙にキラキラと輝いた目でカルルカンを見ていた。
「……カルルカンが珍しいか?」
「しっ!主様、静かにしないとカルルカンさんが逃げてしまいます!」
「カルルカンさんって……」
人差し指を口元に持って行って、行動と言葉で静かにするようにと言ってきた。
そして足音をなるべく立てないようにしているのか、ゆっくりとした足取りで進み始める。
「お前、動物好きなのか?」
「はい。エルフの里では小鳥さんとか、リスさんとか、お友達でした!」
「お友達って……」
動物にさん付けして、更にお友達とまで言っているのはどうなのだろうか。もしかしてシャロは友達がいなかったのかと思ってしまう。
いや、シャロはまだ十歳ということでそういう年頃なのかもしれない。と、思おうとしたのだがそれならもう少し年齢が低い頃なのではないか、とその試みは失敗した。
ちょっと残念な子なのかもしれない。とか、精神年齢が実年齢より低いのかもしれない。とか、残念とか幼いとかじゃなくて可哀そうな子なのかもしれない。とか思った俺は悪くないはず。
「さぁ、主様。カルルカンさんが驚かないようにゆっくりと進みましょう」
シャロは前方のカルルカンに心奪われているようで、そんな俺の心情を察することもなくゆっくりと草原へと、というよりもカルルカンへと向かって歩いていく。
今までは俺の後ろだったり横を歩いていたシャロが俺の前をゆっくりと進む姿は、はっきり言って何をやっているんだこいつは。と思ってしまうものだったが、それとは別のことも感じた。
お世話役などと言っていて今のところ一切世話になっていない、世話をされていないという状況ではあるが一応俺のことを主と呼ぶ手前、前に出ないようにしていたのかもしれない。ということだ。
それも結局はカルルカンが見えたというだけで剥がれるような稚拙な従者のような振る舞いでしかなかったわけだが。
シャロの後に続いて草原を歩き、ついにカルルカンが目前となったところでシャロが歩みを止めた。
「主様、カルルカンさんと仲良くなりましょう!」
後ろに立つ俺に対して、カルルカンたちが驚かないように気を遣ったのか抑え気味の声でそう言うと先ほどよりもゆっくりとカルルカンへと近づいていく。
「良いですか主様。まずはカルルカンさんを驚かさないようにゆっくりと近づいて、逃げたり威嚇してこないようならそっと撫でてあげましょう」
どうにもシャロとしてはカルルカンと仲良くなれることが前提で、そのやり方を俺にレクチャーしているつもりらしい。
そんなものは俺にとって必要のないものなのだが、とりあえずはシャロの満足するようにさせてみることにした。満足するまでは本来の目的である薬草の採取を始めてはくれそうにないからだ。
何にしろ、子供がしていることなのでそれを見守るのも大人の役目というかなんというか。
そう考えて、カルルカンと仲良くなるべく奮闘しているシャロを後ろから眺めつつ、さりげなく俺の周りに集まり始めたカルルカンの姿を見てため息を零した。