85.方針、決定
朝に王都を出立してから随分と時間が経過しており、俺たちは黙々と道、ではなく森の中を進んでいた。太陽は既に傾き始めているのでほぼ一日中歩き続けたことになるがそれだけ離れた場所にアジトがあるのだから仕方ない。
仕方ないのだが、馬など用意せず、休憩すらせずに歩き続けるというのは愚策だと思う。ますますグィードに対する疑念が大きくなってしまう。
そうして歩き続けている間にアルからアジトは何処にあるのか、どういうルートを通るのか、野営は何処でするつもりなのか。その辺りのことを確認すると以下のことがわかった。
盗賊団のアジトは大まかに言えば王都の北西に位置する廃鉱となった炭鉱で、王都から真っ直ぐ進み、丘を越え、途中で街道に合流してから西へ。そして炭鉱を目指して森を進む。ということになっていた。また、野営は炭鉱からある程度離れた場所で行うことになっていて、空が白んで来る頃にアジトへと強襲を仕掛ける。ということだった。
作戦とも言えない作戦だが、まともにコンビネーションも取れない状態で動くよりそれぞれのパーティーが全力で叩ける状況の方が良いという判断の下での作戦らしい。
それについて俺は何も言わないが、というか勝手に動いて良いなら仕事がし易いので有難い。問題があるとすれば、俺たちが盗賊団の討伐に動いていると相手方に知られていた場合、ある程度離れた場所、程度で野営をしていても逆に襲われそうだということだ。
少し考えればわかることなのに、どうしてグィードはそうした予定を組んだのか。気づかずに、ということはまずないのでわざとそうした予定を組んだ。と考えるのが妥当だろう。もしかすると俺たちを囮にでも使いたいのかもしれない。
自分たちのパーティーが連携を取りやすいように他の冒険者を囮にしたいのかもしれない。いや、そうした場合にその後どういった扱いを受けるのかわかっていればするはずがない。ではそれ以外の目的があることになる。
「アナスタシア」
「非常に怪しいと思いますわ」
名前を呼んだだけでそう答えたアナスタシアは、俺と同じような考えに至ったようだった。というか、そういう考えに至ると思ったからこそ名前を呼んだのだが。
まぁ、アルは俺とアナスタシアがどういう意図を持って短い言葉を交わしたのか理解出来ずに疑問符を浮かべていた。これを説明するにしても周りに他の冒険者がいる状況なので出来ない。それとアルに説明する前にアナスタシアと相談もしておきたい。
「白か黒」
「黒、だと思いますわ」
「限りなく近い、じゃなくて?」
「断定して動いた方がよろしいかと。違っていればそれはそれ、ですわ」
「確かにそうかもしれないな」
短い言葉でお互いに何を言いたいのか伝わると言うのは非常に有難い。他の冒険者にしてみれば何を言っているのか全く分からないが、お互いにテンポ良く話が進む。アルが置いてけぼりなのはとりあえず目を瞑っておこう。
アルには機会を見つけて説明するので、その時に謝ることも忘れないようにしなければ。
「ところで、一つだけだと思っていまして?」
「黒なら一つよりは三つ四つくらいじゃないか?」
「三つか四つ……ええ、そうですわね。確かにそのくらいの方が自然ですわ」
「面倒だよな、本当に」
「面倒ですわね、本当に」
そう言ってお互いに小さくため息を零す。周りからしてみれば意味不明な会話をする二人だっただろう。それでも必要な相談と確認であり、その結果として非常に面倒なことになると確信してしまった。
そしてすぐに周囲の冒険者に目を向けて少しばかり様子を観察することにした。するとどうにも怪しいパーティーを見つけることが出来た。
まぁ、怪しいとは言っても露骨に怪しいとか、誰が見ても怪しい。というものではなく、所作にどうも違和感を覚えてしまう、という程度だった。
「見事に四隅に陣取ってるな」
「…………まぁ、随分と分かりやすい配置ですわね……何処でお気づきに?」
俺の言葉を聞いてスッと視線を集団の四隅に巡らせてからアナスタシアは俺と同じように違和感を覚え、そこからある考えに行きついたようだった。
「談笑しないのはわかる。周囲を警戒するのもわかる。怪しい動きがないか冒険者を見るのもわかる。ただ、見逃しそうになるけどたまにアイコンタクトなんてしてればおかしいと思うだろ。それが四隅だけならまだギルドが手配したかと思ったかもしれない。ただ黒だって判断したあいつともしてればな」
北門に集まっていた時は親し気な様子もなく、バラバラの場所に立っていたのにこうして移動をしている間に随分と連携を取って冒険者たちの様子を観察しているようだった。言ったようにギルドが手配した可能性もあるのでそういう物かと納得も出来たかもしれない。
ただ今回に限っては黒だと判断したグィードとまでアイコンタクトをしていたので怪しい行動と判断させてもらった。何事もなければそれはそれで良い。
「えっと……二人が何の話をしているのかまったくわからないんだけど……説明を求めても大丈夫かな?」
「もう少し待ってくれ。話せる時が来たら話すから」
「わかったよ……ただ、ちゃんと納得のいく説明をしてくれないと嫌だからね?」
ちょっと拗ねたようにも見えるアルがそんなことを言うのだから少しだけ笑みが零れてしまった。俺と同じ年齢であろうアルがやっているのに似合っているのだからそうなったのも仕方ないだろう。
こういうのはアルに対して好意的な女性にでも見せれば、ちょっとした子供っぽい一面だと捉えられてより好意的になる。とかありそうだなと思ってしまった。容姿の整っている人間というのはこういうところがずるいと思う。
いや、今はそんなことを考えている場合ではないのだがちょっとだけ和んでしまった。
「顔立ちの良い殿方というのはそうした仕草も様になりますわね」
「中身が真っ黒なら反吐が出るんだろうけどな」
少しばかり呆れたように言うアナスタシアに、俺が軽く肩を竦めてそう返した。するとアナスタシアは楽しそうに笑ってから同意の言葉を返してくれた。
「それもそうですわね。今回のこれはアルさんだからこそ、と思っておきますわ」
「え?ぼ、僕は何かおかしなことをしたかい?」
一人だけ何もかも置いてけぼり状態のアルだけが現状を把握出来ていなかったが、それは俺とアナスタシアがお互いに通じれば良いと判断して他人からは意味の分からない話しかしなかったことと、単純にアルが自身の行動というか、仕草などを意識していなかったことが原因だ。
そうやって天然な様子もアルであれば好ましく思えてしまうのは俺だけではなく、きっとアナスタシアもだろう。
「いや、おかしくはなかったと思うぞ」
「ええ、おかしなことではありませんわ。それより……黒だとしてわたくしたちだけ逃げるわけにはいかないと思いますわ」
「流石にあれは見捨てられない。って判断か。まぁ、妥当だろうな」
「わたくし個人としてはどうでも良いことではありますが……あの方の存在は多少なりと帝国への抑止力となりますものね」
あの方、というのはシルヴィアのことであり、勇者という存在が帝国に対しての抑止力になることを理解しているからこその言葉だった。イシュタリアから聞いた勇者の強さを考えれば国一つ抑え込むことなど容易に出来ることだろう。
ただ、それが出来るようになるには聖剣の力を最大限に解放出来るようにならなければならないので、シルヴィアが今すぐ抑止力になるか、と言われればまず不可能だ。
もし今シルヴィアを失うようなことがあれば未来の抑止力も、王家の秘宝である聖剣も失われてしまうことになる。それを防ぐためには俺とアナスタシアの考えを伝えた上で警戒させる、もしくは俺たちでどうにか被害が出ないようにしなければならないかもしれない。
「必要とあれば、多少なりと関わって手助けをしないといけないかもな……アナスタシア、そっちの事情としてはどうだ?」
「そうですわね……現状であれば可能でしてよ。勿論、時が来たのであればわたくしは離れざるを得ないとは思いますけれど」
「そうか。アルは……断りそうにないから手伝ってもらうか」
「横暴ですわねぇ……いえ、アルさんの性格というか人間性というか、そういうものを考えれば断りそうにないとは思いますけれど」
元々アルはシルヴィアに何かあった場合に手助けをするために今回の依頼に潜り込んだようなものなのでまず断らない。いや、断らないどころか渡りに船。といったところではないだろうか。
俺とアナスタシアが話をしている対象がシルヴィアだということは帝国に対する抑止力。という言葉から察したようなアルは何も言わなかったが、何処か安心したように感じた。やはりというか、俺の考えに従ってくれるとは言ったが、シルヴィアの傍で何かあった際にすぐ動けるようにしておきたかったのだろう。
自分でも方針というか、どう動くのかを決めて、それがころころと変わっているという自覚はある。むしろ当初の予定から変えなければならない状況だと判明したせいであって、俺の考えが甘いわけではない。と思いたい。
「どう動くのか、その方針がころころ変わって悪いな」
「いや、アッシュが謝るようなことではないよ。状況が変わったというか、そうしなければならない状況だった。ということだからね」
「方針が変わるのも仕方のないことだと思いますわ。むしろ状況の変化に応じて対処の仕方を変えられるのですからそれで充分かと。こういう場合に柔軟な対応が出来ずに悲惨な目に合った、という方もいますものね」
それでも謝らなければならないと思って謝れば、アルは自身の事情に繋がるので喜んだり安堵した様子を見せないようにそれだけ言い、アナスタシアは何かを思い出すようにそう口にした。もしかするとアナスタシアはそういった柔軟な対応が出来なかった相手と組んで厄介なことになったのかもしれない。
そんな取り留めのないことを頭の片隅で考えながら、どういうタイミングでシルヴィアに接触して俺とアナスタシアの考えというか、グィードが俺たちを囮に使うつもりなのかもしれない。ということを伝えようかと頭を悩ませる。
シルヴィアの仲間のせいで接触は難しく、また俺たちよりもグィードを信用してしまう可能性もあるのでそのことも懸念事項、といったところだろう。
何にしても厄介なことばかりが続いているな、とため息の一つも零れてしまうのはきっと仕方のないことだったはずだ。




