83.嫌な気配
三人で他の冒険者たちが集まっている場所に向かうと、どうやらギルドの職員と今回冒険者たちを先導するパーティーのリーダーが全員から見える位置に立って話を始めようとしていた。どうにも時間としてはぎりぎりだったようだ。
わざわざこうして他の全員から見える位置に立って話をするのだから重要なことなのだろうと思い、静かに耳を傾けることにした。
「本日はお集りいただき誠にありがとうございます。これより皆様は近頃王都とその周囲にある町や村を脅かしている盗賊団の討伐に向かっていただくことになります」
「この依頼に置いては集団での行動が必要になる。その際に私がリーダーとして皆を纏めることになる。こう言っては何だが……これでもAランクの冒険者でね。私の顔に見覚えがある者もいるのではないかな」
ダークグレーの髪をしたその男は言われてみれば確かに見覚えがある。まぁ、名前までは知らないのだが。
「知らない者もいるだろう。だからこそ自己紹介をさせてもらいたい。私の名前はグィード・クーガー。今回は私が唯一のAランク冒険者ということでこうした立場になったが……何、皆にあれこれと命令をするということはない。それぞれが自身の持てる力を最大限発揮し、共に盗賊団を討伐することが出来れば良いと思っている」
「詳しいことは既にギルドの受付で話を聞いていると思います。ですので、話が冗長と流れることを避けるために詳細については口を噤みます。これからクーガー様より作戦についてご説明がありますので、どうかご清聴を願います」
「彼の言うように私が今から作戦を説明するが……そう畏まらなくても大丈夫だ。あくまでもどういうルートを通って、何処で野営をし、どの時間帯に攻め込むのか。そういった話だ。私がどう動くのか指示を出すというよりも、信頼する仲間と共に連携を取る。という方が君たちにとってもやりやすいだろうからな」
グィードの言うように、誰かに指示を出されるよりは普段から組んでいる仲間と連携を取った方が戦果も多いだろう。それに、Aランクの冒険者だからと誰もが信用するわけではなく、その指示に従わない人間も勿論多くいる。
それを理解しているからグィードも今回の方針に決めたのだろう。周囲の冒険者の様子を見ればそれぞれ頷いたり小馬鹿にしたように鼻で笑っていたり、仲間と何か相談していたりと言葉にはしていないがグィードの方針には同意していると考えて良いだろう。
「だが、重要な局面においては私から何らかの指示を出すことになるかもしれない。その時は、どうか協力して欲しい」
高ランクの冒険者というのは癖が強く時として非常に高圧的になるものなのだがグィードにはそういった様子を窺うことが出来なかった。出来た人間だからなのか、とりあえずは穏便に物事を進めたいからなのか、それはわからないが基本的に指示などされないというのは非常に有難い。
まぁ、指示を出されてものらりくらりと誤魔化して俺たちにとって必要な行動に移る。ということをすると思うのだが。
そんなことを考えていると、隣にいたアナスタシアが小さく声を挙げた。
「……お二人にお聞きしたいのですけれど、あちらにこの場には不釣り合いというか、場違いな方たちがいますわよね?どういった方たちなのか、ご存じでして?」
アナスタシアの示した先を見れば、そこには勇者であるシルヴィアとその仲間たちが立っていた。シルヴィア、騎士、神官、魔法使いという割とわかりやすいパーティーを組んでいる。まぁ、近接二人に後衛二人というある意味で王道な組み方ではないだろうか。
俺としてはそんな感想を抱いたのだが、アルは少しだけ違った。
「あそこにいるのはウルシュメルク王国第三王女、シルヴィア様。それと一緒に旅をする仲間になるね」
「第三王女ということは……勇者様のはずですわね。こんなことに参加するよりは、王国領内を旅する方が良いのではなくて?」
「俺もそう思ったけど、事情があるらしい。個人の事情にあれこれと口を出すのはマナー違反だろ?まぁ、事情があるってのも風の噂程度で、真偽のほどは定かじゃないけどな」
どういった事情なのか、アルから聞いてはいるがそれをアナスタシアに教えるわけにはいかない。依頼を受けている以上は守秘義務のようなものがあるからだ。
それにアルが王国騎士であることはアナスタシアは知らない。というかアルとアナスタシアはお互いの事情や素性を知らないのだから余計なことは言わない方が良い。
アルを少し見やれば、アナスタシアへと事情が説明出来ないことを後ろめたく思っているようで、少しばかり苦い表情を浮かべていた。だがこれは秘密にするべきことなのでそれには耐えてもらわなければならない。
そんなことを思いながらシルヴィア一行を見ていたのだが、その視線に気づいたのかシルヴィアが俺の方を見た。その瞬間、確かに目が合った。
シルヴィアには一度俺の姿を見られているのでヤバいと思ったが、あちらはあちらで仲間たちがあれこれとシルヴィアに話しかけていてこちらに対して何らかの行動を移せるような状況ではないようだった。まぁ、シルヴィアが俺について口にしてしまえばその限りではないので面倒なことには変わりがない。
「……何にしても、俺たちには関わりのない話だ。それよりも、そろそろ人を数え始めるはずだから離れてくれるなよ」
グィードとギルド職員の話は終わったようで、グィードが歩き回りながら依頼に参加する冒険者の数と顔を確認していた。わざわざ顔を確認までするとは思っていたよりも警戒心が強いように思える。ただアルの顔だけは見られると素性がばれてしまうので誤魔化す必要がある。
とはいえ、グィードのような相手には適当に誤魔化す。ということは通用しないと思うので骨が折れそうだ。
「ええ、わかりましたわ。とはいえ……あのグィードと方は少しばかり面倒な相手のように思えますわ」
「本当にな。ただ、それでもどうにかするのが依頼を受けた俺の仕事だ。何とかやってみるさ」
「アッシュ……こういう場合にどうしたら良いのか、僕にはわからないから全て任せてしまうことになる。本当に、すまない……」
「気にするな。言っただろ、俺の仕事だって」
とは言ったものの、アナスタシアは少し心配そうに、アルは申し訳なさそうにしていて居心地が悪かった。まぁ、心配になるのも頷けるし、アルの性格ならそうなってしまうのも理解出来る。
だからと言って俺が気にするなと言っているのにうじうじとされても扱いに困る。さてどうしたものか、などと考えているとグィードが近くまで来ていたようで俺に話しかけて来た。
「君たちは……三人か。すまないが、顔の確認をさせてもらっても?」
「断る」
「ふむ……?」
穏やかにかけられた言葉だったが、俺は間髪入れずに断った。その瞬間、グィードの纏う雰囲気が剣呑、とまではいかないが張り詰めたことがわかった。喧嘩腰ではないが、たった一言で斬り捨てられれば当然のことか。
「顔を見られたくない事情ってのがあるんだ。わざわざ隠してるんだから、その辺り察して欲しいもんだな」
「そうか、それはすまない。ただこれは必要なことであって、興味本位で確認しようとしているわけではない。そのことを理解してもらいたいものだね」
「それは理解しているさ。それでも俺としては見せるわけにはいかないと思ってる」
「これでは話はいつまでも平行線、といったところか」
「みたいだな。こういう場合は妥協点を探るのが良いんじゃないか?俺としては二人の顔を晒すつもりはないから時間ばかりが過ぎていくだろうしな」
「なるほどな。無理やりにでも、というのは可能だが……同じ依頼を受けた仲間だ。それは良くない。では、君から何か提案は?」
ある程度は妥協する。だがまずは相手に案を要求するというのは何処までのラインが俺としての要求なのかを見極めたいのだろう。
こういった場合は最初は目標よりも更に上を要求し、徐々に下げていくのが交渉術だがこういった手合いには通用しない。いや、グィードだから通じそうにない。と言った方が正しいのかもしれない。だからこそそうした交渉術など不要ではっきりとこちらの要求ともなる案を出してしまうのが良い。
「この二人の顔を晒す気はない。この二人が何か問題を起こした場合は俺が全ての責任を負う。まぁ、必要ならこの首を一つ持って行け。ってことだな」
「ふむ……私としてはそこまでは責任を問うつもりはないが……なるほど、それだけの事情ということか」
「察してくれたようで何よりだ。で、そっちの案は?」
事情があるのはわかってくれたようだ。だからと言って俺の案通りにはいかないだろう。
グィードがどういう案を出してくるのかわからないが、たぶんお互いに譲らないことになり、どちらかが折れるまで話し合いは続きそうだ。
「では……君の武器を見せてもらえるかな」
「武器?……まぁ、良いだろう」
言ってからナイフを一振り鞘に入れたままグィードに渡した。
グィードはそれを受け取ると鞘から抜いてナイフを確認してから口を開いた。
「業物、というわけではないが使い込まれているようだな……では私からの提案を一つ。その二人の顔を確認しない代わりに、君のナイフを私が預からせてもらおう」
「その心は?」
「冒険者というのは武器に愛着を持っているものだからな。それにそうした愛用の武器というのは本人い一番馴染んだ、かけがえのない武器でもある。その武器をこうして私が預かっている以上、私たちに害を成す行動は起こしづらいだろう?勿論、同じ依頼を受けた冒険者としてそういうことはないと思っているがね」
「あぁ、ちょっとした保険。もしくはこの二人の顔を確認しなかったことに対してお前の体面をある程度は保つためか。悪いな、随分と譲歩させてるみたいで」
随分と、というよりもあり得ない程に譲歩されている。それによって恩を着せようとしている可能性も少なくはないが、そういった様子は窺えない。
だからこそ、何か言葉を続けてくるだろうと懐疑的になっているとそんな俺の心情を察したようでアルは不安そうに、アナスタシアは俺と同じようにグィードを警戒していた。
勿論それはグィードも察したようだったが、苦笑を零しながら口を開いた。
「恩を売るためというわけではなく、こうした立場になってしまった以上は君たちには明かされていない事情もあるんだ。だからこそ、人の数、顔を確認して回り、場合によっては少しばかり話をさせてもらっている」
「……そうか、で、俺たちはもう終わりならさっさと行ってくれ。時間もないだろ」
「ふむ……どうにも嫌われてしまったようだな。私としては相手を警戒するのは必要なことだから君のそうした姿には好感を覚えるのだがね」
「そいつはどうも。何にしろ、ナイフは預けたからちゃんと返せよ」
「勿論だ。では、今回の依頼は頑張ってくれ」
言ってから俺のナイフを持って離れて行くグィードの背中を見送り、他の冒険者たちに話しかけるのを確認してからアルとアナスタシアへと話しかける。
「ここまでは順調だな」
「ええ、助かりましたわ。けれど……」
「うん……アッシュは武器を渡してしまったね……」
「別にナイフの一振りくらい問題ないだろ。代わりのナイフくらい持ってるからな」
「まぁ、アッシュさんであれば予備くらいは持っていそうだとは思いましたわ。ただ……どうにもあの方は嫌な気配がしますわね」
アナスタシアの言うように、どうしてか嫌な気配がした。何と言えば良いのか、人を背後から刺すのが好きそうな人間の匂いというか、絶対に信用してはいけない相手というか。とにかく、アナスタシアもそれを感じたならば気のせいではなさそうだ。
「アナスタシアもか。なら要警戒ってことだな」
「二人がそう言うということは、何かある人物なのかもしれないね……僕も、一応警戒しておくよ」
アルの警戒がどれほどのものなのかわからないが、最低限警戒していてくれるなら俺としても助かる。あまり期待はしていないのだが。
とりあえず、怪しいグィードが二人の顔を確認せずに済ませてくれたおかげで一つの難所を超えたことになる。警戒を怠らず、出来ることならば問題が起こる前に対処したいものだ。




