76.顔合わせ
あれからアルとアナスタシアの二人が顔合わせするまでの間に、俺は白亜と桜花にシャロについて更にお願いしなければならなかった。
とはいえ、俺がお願いするよりも先に桜花がこちらの事情を察してくれて俺が依頼でいない間は白亜と桜花の家でシャロを預かろうか。という話が出てきた。
そして、俺が王都を離れている間は桜花がシャロの傍にいてくれるとも言ってくれた。
元々はそうお願いしようとしていたこともあって、その話に乗せてもらった。勿論その際にお礼を口にして、そのうち何かで返せれば返したいという旨も伝えた。すると二人とも異様なほどにテンションが上がっていたので不味いことを口にしたかもしれない。とも思った。
まぁ、何だかんだで俺が本気で嫌がるようなことは求めて来ないので気にしなくても良いかと流したのだが。
また、フィオナにもシャロのことであれこれと話をして、俺が依頼を受けて王都から離れている間はギルドの依頼を受けない。ということで話を進めることとなった。
シャロの実力を考えればそんなことはしなくても良いような気はする。それでもシャロがまだ幼いということで一人で依頼を受けて行動させる。というのは心配になってしまうのだから仕方ない。
以前までの距離感というか、関係であればシャロが一人で依頼を受け、一人で行動していても俺はあまり気にしなかっただろう。それなのに今となってはこうも心配で心配で仕方ない。という状況なのだから笑えてしまう。
何にしろ、そうした話はシャロも納得してくれているので俺としては安心している。
今回のことで白亜と、桜花には大変世話になるので何とかして二人が納得してくれるようなお返しという物が出来れば良いのだが、どうなることやら。
そんなことをストレンジで考えながら、俺はアルとアナスタシアが来るのを待っている。
ハロルドがアルに連絡をしてくれた結果、長時間居座ることは出来ないが顔合わせならば可能だと言うことでアルは来てくれることとなった。随分と急な話で申し訳ないが、必要なことなので来てもらえるのは助かる。
アナスタシアは予定していた時間通りに来るようで、未だに姿は見せていない。だが来ない、ということはないだろう。顔合わせについてはアナスタシアも乗り気だったのだから。
そう思いながら店内を見渡せばいつものように依頼人や請負人が点在し、ハロルドは誰とも話すことなくカウンターの中でグラスを拭いたり酒の瓶の整理をしたりとバーの主人らしいことをしている。
いや、これは普段からそういったことを一切していないような表現になってしまう。ハロルドは普段からそうしたことをちゃんとしているというのに。
そうしたくだらないことを考えていると扉の開く音がした。そちらに目をやると、そこにいたのは少しばかり息切れを起こしている、鎧姿ではなく軽装のアルだった。まぁ、流石に鎧では来ないか。
扉を開けてすぐに店内を見渡しているアルと目が合った。すると安堵した表情を浮かべてハロルドに軽く目礼をしてから俺の傍にやって来た。
「良かった……時間には間に合ったみたいだね」
「間に合ったも何も、少しばかり早いくらいだな」
「そうか。それならここまで急いで来なくても大丈夫だったかな?」
「かもしれないな。ただ、のんびり歩いて来るよりは相手に好印象を抱かせることが出来るんじゃないか?」
実際にまだ早い時間とはいえ急いで来たアルに対して、多少なりと良い印象を抱いている。
まぁ、アナスタシアは時間より少し早いか、もしくはピッタリというくらいに優雅に歩いてやって来るような気がするので好印象も何もないのだが。いや、むしろそうしてやって来る方がらしいとさえ思えるのかもしれない。
そんなことを考えていると視界の端でハロルドがカウンターを指で叩いているのが見えた。何も言っていないのにわざわざ気を利かせてくれたようだ。
「相手に良く思われたくて急いで来たわけじゃないんだけどね……それで、他の人たちに不審がられないように表面上のパーティーを組む相手というのはもう来ているのかな?」
「いや、まだだ。もう少ししたら来るんじゃないか?」
「そうか……アッシュ、表面上という話ではあるけど……やっぱり同じ依頼に参加している以上は協力するべきだよね?」
「いや、その必要はないだろ。あくまでもお互いにやることがあって、不審がられたり、余計なちょっかいをかけられないようにするためにお互いを利用する。って話になってるからな」
「お互いに、利用……」
「アルにしてみれば、気分の良い物じゃないとは思う。でもな、アルは可能な限りはシルヴィアの近くにいないといけないんじゃないのか?」
アナスタシアに協力する、というのであればきっとシルヴィアの近くに居続けることは出来ないような気がする。アナスタシアの事情を詳しく聞いたわけではないが、シルヴィアに関係することではないだろう。
もしシルヴィアに何らかの関係があるのであれば、流石にハロルドから情報が流れてくるはずだ。まぁ、情報が流れてこないということは問題はないのだろう。
アナスタシアがどうして盗賊団の討伐依頼に参加したいのか、はっきりと理由はわからないが、それでも漠然とした何かは感じ取ることが出来ている。
「今回パーティーを組む相手はシルヴィアの近くには寄りたがらないような気がするしな。王族の傍なんて、気後れするだろ?」
本当は気後れするから。というわけではないのだが、俺の感じている漠然としたそれを言葉にするよりはわかりやすいだろう。
それに大抵の人間は王族、それも勇者の傍にいる。となれば気後れしてしまうので適当なことを言っているわけではない。だからこそアルも信じてくれるだろう。
まぁ、俺はそれくらいで気後れすることはないし、アナスタシアもたぶんそういうことはないだろう。
「それは……確かにそうかもしれないね……シルヴィア様以外にも、貴族の方や僕のような騎士も傍にいるから……」
「わかってもらえたようで何よりだ。とりあえず、俺とアルはシルヴィアに何かあった際にフォローに回れる位置にいる。もう一人はそいつの都合で動く。良いな?」
「……わかった。そういうことなら、僕個人の感情で動くべきではないね。相手に協力する何て言いながら邪魔にしかならないような気さえするよ」
「まぁ、そうなる可能性はあるな。何にしろ、もう一人が来てからの話だな」
そう締めくくって、アルの様子を見るがわかったと言いながらも微妙に納得出来ていないようだった。いや、納得が出来ていないというよりも本当にそれで良いのかと悩んでいるように見える。
アルの性格を考えれば仕方のないことだが、時としてそういう優しさというか気遣いは邪魔にしかならないこともある。アルはそのことを理解していないのか、そういった場合に直面したことがないのか、どちらだろうか。
きっとそういう場合に直面することが今までになかったのだろう。もしくは、本人が気づいていないだけで相手から迷惑がられていた。ということもあり得る。まぁ、実際のところは俺には一切わからないのだが。
そうした話が終わると顔合わせのために指定した時間になるところだった。ということはそろそろか。そう考えているとストレンジの扉が開いた。当然のようにそこから入って来たのはアナスタシアだった。
アナスタシアはハロルドに対して優雅に一礼してから俺とアルの座っている席までやって来た。
「時間通り、ですわね」
「本当にな。アル、こいつが今回表面上のパーティーを組む相手だ」
言いながらアナスタシアを示せばアルは少し驚いたようだったがすぐに気を取り直したようで口を開いた。
何に驚いていたのか。まぁ、アナスタシアの見た目が冒険者には見えなかったから。とかその辺りだろう。冒険者に見えない。というのは俺の言えたことではないのだが。
「初めまして。僕のことはアルと呼んで欲しいな」
「初めまして。わたくしの名前はアナスタシア。以後お見知りおきを」
綺麗なお辞儀をしてみせるアルと、優美に一礼をしてみせるアナスタシア。この二人だけ完全にストレンジから浮いているのだが気にするだけ意味のないことか。いちいち他人の動向を気に掛けるような人間はこの場にはいないのだから。
「アルさん、ですわね。今回はわたくしの都合で表面上とはいえパーティーを組んでいただけるとのこと。感謝いたしますわ」
「いや……僕としても助かるから気にしないで欲しいな。それで、えっと……」
聞いても良い物か。というように口ごもるアルを見て、何を聞きたいのか何となく予想がついた。
ただ俺の予想が正しければ、アナスタシアは絶対にそれを口にしないし、アルが聞くべきことではない。お互いに事情があって俺に依頼して、今回表面上のパーティーを組むことにしたのだから。
「アル。アナスタシアの事情を聞こうとするなよ」
「……うん、そうだね。きっと僕が聞くべきではないことだろうね……」
「相手のことを気遣うのは良いことだろうけど、時と場合を考えろよ。今はパーティーを組むだけで充分で、それ以上の気遣いだの詮索だのは不要だ。そうだろ?」
申し訳なさそうにするアルにそう言葉を続けてからアナスタシアに同意を求めれば、アナスタシアは一つ頷いた。
依頼を受けた俺でさえほとんど話を聞いていない状態なのだから、こう言っては何だが部外者のアルが聞いたところでアナスタシアはまず答えない。
答えないというか適当に誤魔化そうとするだろう。それについてあれこれと話をしても埒が明かないので先手を打って余計なことを言わないようにし、アナスタシアに同意を求めた。
「ええ……大変申し訳ないとは思いますが、わたくしにはわたくしに事情がありますの。それを軽々に口にするわけには……」
「ってことらしい。何にしろお互いの事情を説明し合うほどの中でもないだろ。それよりも、明日のことをいくつか話し合っておきたいんだ」
顔合わせは済んだと言えば済んだ。それならば後は丁度良いので明日のことを話しておかなければならない。そのことを伝えると二人ともそれ以上ずるずると言葉を続けることなく真剣な表情へと変わった。
やはりというか、こういうところはしっかりしている二人で非常に助かる。これならばこの後の話もスムーズに進むだろう。
その話の中でそれぞれがどういう動きをするのか、それを確認して、お互いに邪魔にならないようにしなければならない。というか、アルとアナスタシアが俺の邪魔にならないように上手く誘導するなりしなければならない。というのが正しいのかもしれない。




