6.監督責任者と冒険者見習い
内容を確認し終わったフィオナはまた待つように言うとカウンターの奥へと下がって行った。数回頷いていたので内容に問題はなかったのだと思う。となれば、見習い用のギルドカードでも発行しているのではないだろか。
俺がギルドカードを発行した時はそう待たされた記憶はないので今回もそう変りないはずだ。
「主様」
「何だ」
「私はこの後すぐにでも何か依頼を受けたいのですが……」
「わかった。薬草の採取が一番簡単で回数をこなせるからそれを受けるぞ」
「回数をこなせる、ですか?」
「そうだ。採取できるだけ採取して依頼に必要な数だけ納品だ。それからまた同じ依頼を受けて、すぐに納品する。それだけで数回分はこなせるだろ」
「えっと……それは、何と言うか……」
回数をこなせるという理由で選んだそれはシャロにとっては受け入れがたいというか、本当にそんなことをして良いのか。という戸惑ってしまうものだったらしい。
別におかしなことをしているわけではなく、回数をこなさなければならないからこその手段であり、冒険者ギルドの規定にも反していない。だからこそ冒険者見習いのシャロが回数をこなすという点においてこの手段は非常に有用だ。
ただ、シャロにしてみればそうしたずるいやり方は好ましくないのかもしれない。
「仕方ないだろ。薬草の採取はGランクの依頼だ。三十回なんてまともにやろうとすれば時間がかかりすぎる。だったら多少ずるいやり方でも良いからさっさと終わらせるべきだ」
「そう、かもしれませんけど……」
「シャロはそういうのが嫌いなのかもしれないが、今回ばかりは諦めてくれ。流石に何十回も依頼をこなすってのは時間がかかるし、俺としてもそれに付き合うのは厳しいからな」
「あ……そ、そうですよね……すいません……」
どうしても時間がかかり、それに付き合うのが厳しいことを伝えればシャロは申し訳なさそうに謝った。
なんと言えば良いのか。こうも何度も何度も謝られると悪いことはしていないはずなのに罪悪感のようなものを感じてしまう。子供にそうさせている。というのがその原因だろうか。
以前から薄々感じていたことではあるが、俺はどうにも子供にはいくらか弱いようだ。その原因に心当たりがあるのでそのうち苦言でも呈しておこうと心に誓いながらシャロへと向き直る。
「そう何度も謝らなくて良いからな」
「え……?」
「やり方が汚いっていうか、あんまり綺麗なやり方じゃないのは俺もわかってる。ただ、俺はそういう汚いやり方や卑怯なやり方に慣れ親しんでるんだ。悪いけど、少し我慢してくれ。頼む」
そう言ってから頭を下げる。
わかっているんだ。自分が卑怯で汚いやり方を好んでいる。というよりもそうしなければならないことの方が圧倒的に多くて、慣れ親しんでしまっていることくらい。
それを俺の都合でシャロに押し付けることになるのだから素直に謝ることくらいはする。
「あ、いえ!主様のご意向に沿えない私が悪いんです!ですからどうか頭を上げてください!」
「……そうか、わかった。ただ今回は俺のやり方を押し付けることになるけど、嫌なら嫌だって言ってくれよ」
「わ、わかりました」
謝って、それから嫌ならそう言ってくれとお願いをしてみれば、シャロは俺が頭を下げたことに慌てた様子を見せながらも承諾してくれた。
知り合ってまだ間もないせいか相手のことがよくわからず、こうしたところは譲り合うなりして警戒しながらも信用できるかどうかを推し量らなければならない。本来であれば上辺だけの関係でも築いておけば良いのだが、イシュタリア絡みとなるとそうもいかない。
どれほどの付き合いになるかわからないが、良い関係を築くことが出来れば気が楽になるかもしれないので試行錯誤しながら接するようにしなければ。
そんなことを考えてからふとカウンターの奥に目を向けるとフィオナが俺とシャロの様子を顔を覗かせながら見ていた。
その表情は見てはいけない物を見てしまったような、そんな表情だった。
「うわぁー……アッシュさんとシャロさんって、そういう関係なんですか……?」
「そういう関係ってのは……主人と奴隷ってのじゃないからな」
「あれ?違うんですか?てっきりそういう関係で、アッシュさんは幼い女の子を奴隷にするような鬼畜なのかと思いましたけど……」
「そんなわけないだろ。大体奴隷なんて高くてただの冒険者に手が出るもんじゃない」
「あ、そういう否定の仕方なんですね……」
「それに余計な荷物なんて抱えたくないってのもある」
「んー……男性の冒険者の方って一定数は奴隷が欲しいなんて人もいるんですけど、アッシュさんはそうでもないみたいですね……いえ、私としては担当している相手が実は主人と奴隷の組み合わせでした。とか微妙な気持ちになるので助かりますけどね」
「はぁ……馬鹿なこと言ってる暇があるならさっさとギルドカードの発行を終わらせ欲しいもんだな」
「あ、もうちょっとだけ待ってくださいね!」
妙な誤解をしていたようだったので軽く訂正してから発行を早くしてくれと言えば、フィオナは少しだけ慌てたようにまた奥に引っ込んでいった。
その様子をやれやれと思いながら見送り、奴隷の疑いをかけられていたシャロが気分を害してはいないかと目を向けると俺を見上げながら首を傾げていた。
「主様。この王都には奴隷が存在するのですか?」
「貴族階級や大手の商会の会長なんかは奴隷を所持しているな。中には冒険者でも無理をして奴隷に手を出す奴もいる」
「なるほど……主様は奴隷が欲しいとは思わないのですか?」
「余計な荷物は抱えたくないって言っただろ。俺の出身は話したけど、昔から俺は基本的には一人で生きてきた。自分でまともに生きられる奴が仲間になる、もしくは付き合いが生まれるくらいなら良いけど何も出来ない奴はいらないな」
「そ、そうですか……あ、あの!私、頑張りますから!」
「ん……あぁ、そうだな。頑張りな」
何も出来ない奴はいらない。という言葉を自分に向けられた言葉だとでも思ったのか、少し強張った表情でそう言った。
別に訂正しても良いのだが、事実としてシャロが何も出来ないなんてことになれば足手まといのお荷物になってしまうので精々頑張ってもらおう。
ある程度の面倒は見るにしても、結局一人で生きていけるようにならなければならないのが冒険者だ。いや、シャロの場合は本当に冒険者として生きていくのかどうかはわからない。
それでもそうして生きていくために、というのは今のうちから備えておいて悪いことではない。いきなり最悪な状況に放り込まれることも、世の中にはあるのだから。
「お待たせしました!シャロさんのギルドカードの発行が完了しました!」
自分の幼少期を思い出しながらそんなことを考えているとフィオナが出来たばかりのギルドカードを持って戻ってきた。
「はい、シャロさん。こちらがギルドカードになります」
「ありがとうございます」
「当ギルドで発行されるギルドカードは登録された方の魔力に反応して何処にあっても手元に呼び寄せることが出来ますので、まずは魔力の登録をしておきましょう」
「魔力の登録ですか?」
「ええ、ギルドカードを手に持って、魔力を込めるだけですので魔法に心得のある方だとすんなり終わりますね。シャロさんはエルフということですし、魔法には馴染み深いんじゃありませんか?」
「あ、はい。里ではお母様から魔法の手ほどきは受けていましたから」
「では問題なさそうですね。では魔力の登録をお願いします」
フィオナの言葉の通りにシャロが魔力を込めるとギルドカードが淡く光ったと思うと、すぐにその光は収まった。
これは魔力の登録が完了した証であり、これで晴れてシャロは冒険者見習いとなったことになる。
「もう大丈夫ですよ。これで魔力の登録も終わりましたから、シャロさんは冒険者見習いとして活動が可能になります。それと同時に、アッシュさんも監督責任者としてシャロさんの依頼には必ず同行しなければならなくなりました」
「あぁ、わかってる」
「ちなみに、シャロさんが何か当ギルドに対して不利益を発生させるような行動を取った場合はその責任は監督責任者であるアッシュさんにも発生しますので、しっかりと監督してくださいね」
「わかったって」
「それとシャロさんはまだ十歳ということですから、監督責任者としてだけじゃなくて年上のお兄さんとしてちゃんと面倒を見てあげてくださいよ?」
「わかったって言ってるだろ……って、いや、ちょっと待て」
「依頼のために無茶しないようにするとか、疲れてるようならちゃんと休ませるとか、ご飯は好きなものばかり食べさせるんじゃなくてお肉と野菜のバランスを考えるとか、王都は娯楽も多いですからついついのめり込みすぎないようにするとか、スラム街なんて怖いところから出てきた悪い人に変なことされないように気を付けるとか、とにかくぜーんぶ監督責任者でお兄さんのアッシュさんの役目ですからね!」
フィオナが言う監督責任者としての役目は何となくわかったのだが、その後の年上のお兄さんとして。という役目は意味が分からない。
「だいたい監督責任者っていうのは基本的には本当の保護者の方がなったり、これくらいの子供には冒険者登録させようなんてしませんよ。それなのに見習いとはいえ冒険者登録させるんですから、アッシュさんにはシャロさんの面倒をしっかりきっちり見てもらいます!」
「…………はぁ……わかったわかった。それで、他には?」
それでも熱く語るフィオナの相手が面倒になって他には何もないのか、話を促す。
シャロに至ってはいきなり語り始めたフィオナに面食らいつつ、そうした面倒を見るのが俺の役目だと言われているのを聞いてどうしたら良いのかわからない様子だった。
俺の世話役になるのがイシュタリアの神託だったのに、逆に俺に面倒を見られる状況になってしまっているからだろう。
俺自身は多少面倒を見るとは言っていたが、そこまで面倒を見るつもりはなかった。シャロ自身も同じように思っていたのかもしれない。
「そうですね……今から簡単な依頼を受けてもらって、それを達成してもらおうかな。とは思います」
「それは薬草の採取でも良いのか?」
「はい。というよりも冒険者見習いの方にはまず薬草の採取をお願いしてます。王都の近くの草原や森、丘でも採取出来ますから、比較的安全なんですよ」
「草原や森、それに丘ですか……魔物はあまり出てこないのですか?」
「あぁ、王都の周りには魔物除けのマジックアイテムがあるからな。ほとんど魔物が出てこない。ただ例外的に時折迷い込む魔物なんかもいるから気を警戒しておく必要がある」
「なるほど……でしたらなるべく明るい時間帯に採取した方が安全そうですね」
「そうですね。ですので今回は私が依頼を受諾しておきますからお二人は王都の外に向かってください」
「わかりました。主様、とりあえず草原に向かいましょう」
「わかったから手を引っ張るな。そんなことしなくても普通に行けるっての」
薬草を採取できる場所でもっとも近いのが草原ということで、そこに向かおうとするシャロに手を引かれて冒険者ギルドを後にすることになった。
外へと出る際に少しだけ振り返ればフィオナが手を振って見送ってくれていた。