73.真面目な時は真面目な変態
ある程度の情報を聞いたので、とりあえずストレンジでの話は一度終わりとなった。
その後は当たり障りのない話をしながら時間を過ごし、宵隠しの狐で食事を取り終えた。普段であればこれから白亜や桜花と色々と無駄話というか、他愛のない話をするのだが今日はそうもいかない。
食事の後にストレンジに戻り、アナスタシアと話をしなければならないからだ。
だがそれはそれとして、白亜と桜花に頼みたいことがあったのでそれについてだけは話をしておこう。
「今日は仕事の話をしないといけないって言ってたからそろそろストレンジに戻るのか?」
「そのつもりだ。ただその前に二人にちょっと頼みたいことがあるんだけど、良いか?」
「アッシュからの頼みなら喜んで!で、何したら良いんだ?」
「はい!アッシュくんの頼みであれば何でも聞きますよ!!」
「頼み事する側が言うのもあれだけど、二人とも安請け合いし過ぎるのはどうかと思うぞ?」
「アッシュだから問題ないだろ!」
「アッシュくんですから問題ありませんよ!」
頼みがあると二人に言うと、非常に嬉しそうに、それでいて食い気味にどんな頼みなのか俺から聞き出そうとしていた。そんな二人に少しばかり苦言を呈したのだが俺だから問題ないという言葉で返されてしまった。
これは何を言っても二人には意味がないと悟った俺は一つため息を零してからさっさと二人に頼み事をすることにした。
「はぁ……いや、二人がそれで良いなら俺は何も言えないけど……あー、それで頼みたいことってのがシャロのことなんだ」
「シャロの?」
「主様、それってこの間話していたことですか?」
「シャロちゃんのことで、となると……」
桜花には心当たりがあるようだった。まぁ、こうした冒険者の来る酒場を切り盛りしているのだから冒険者ギルドからのこういう依頼が出ていた。という話くらいは耳にしていてもおかしくはない。
「二人なら知ってるだろうけど、今度冒険者ギルドの依頼を受けて少し遠出するんだ。その間、シャロのことを頼もうかと思ってな」
「確か盗賊団の討伐依頼でしたよね?お客さんの中にもそれに参加するって言ってる人も多いんですよ」
「桜花の言うようにそれに参加するんだ。二人とも、頼めるか?」
「そういうことなら任せろ!」
「あ、折角ですからシャロちゃんが良ければですけど、私たちの作ってる料理とか覚えてみません?」
「良いのですか?」
「勿論ですよ!アッシュくんはここで出す料理が大好きですからね、作れるようになると喜んでくれると思いますよ」
「ありがとうございます!私、頑張って覚えますね!」
「はい、しっかりと教えますから頑張りましょうね!それにシャロちゃんと並んで料理なんて……ちょーっとわくわくしちゃいます!」
元々はシャロに料理を教えてはくれないか、と頼むつもりだったのでその手間が省けた。まぁ、予想外に桜花が張り切って楽しそうにしているのには少しばかり驚いた。
いや、桜花であればそのうち俺のことを親戚の子供扱いしていたのがいつの間にか息子として迎えたいくらいだと言うようになってたので、シャロのこともそのうち娘のように思うのかもしれない。
そういえば俺が初めて白亜とあった時からこの二人はずっと一緒にいるはずだ。そして普段の様子を考えれば子供を設けていてもおかしくはないと思う。ただ、それを口にするのは少々無神経だろう。
こういうのはお互いに納得の上で子供を設けないようにしていたり、もしくは子供を設けることが出来ない理由があったりするものだ。それを仲が良いとはいえ他人の俺があれこれ口にするべきではない。
何か人に知られたくないような理由があるとして、白亜と桜花は俺に対して非常にというか異常だと思えるほどに優しいのでそれを口にしても二人は怒ったりはしないだろう。それでも嫌な思いをさせたくはない。
それにシャロと桜花が楽しそうに話をしている。だからそれを邪魔したくない、ということもあった。
「……アーッシュ!」
そんなことを考えているとトンッという小さな衝撃と共にふわりと抱きしめられる感覚がした。
いつの間にか白亜が俺の後ろに回っていたようで、その小さな体躯で俺を包み込むようにして抱きしめてていた。考え事をしていて気づけなかった。
「なーに考えてるんだ?」
「何って……特には。それよりもいきなりなんだよ」
「本当か?小難しいことを考えてそうな顔してたけど?」
「……まぁ、必要のないことを考えてたかもしれないな。でもそれは白亜が気にするようなことじゃないからな?」
「怪しいなぁ……桜花を見てたから、子供のことでも考えたんじゃないか?」
どうしてか、優しい声で考えていたことを指摘されていつものように言葉を返すことが出来なかった。
図星を指されると一瞬とはいえ言葉に詰まってしまう。そして、それは俺が白亜の言うように子供のことを考えていたと白状しているのと同じだった。
「やっぱりか……たぶん桜花がアッシュのことを息子として迎えたいとか言ってたのを思い出して、そういえば二人には子供がいないのはどうしてだろう。とか考えたんだろ?」
「…………はぁ……そうだ。変なことを考えたし、口にするべきじゃないって思ってた」
「やっぱりな……別にアッシュが気にすることはないんだよなぁ。子供がいないことは、まぁ……ちょっとした理由があるんだけど、俺も桜花もアッシュがいるからそこまで子供が欲しい。って思ってるわけじゃないからな」
「そうなのか?」
「そうなんだよ。あ、でもアッシュがいるからそこまで、ってのを悪い意味で取るなよ?」
それならば俺がいるせいなのではないか。と思った瞬間に白亜からそう釘を刺された。
「何だろうなぁ……アッシュはある程度心を許した相手に対してあれこれ考えすぎる時があるよな。何て言えばいいのか、そのせいで嫌われたり嫌な思いをさせたらどうしようかって臆病になってる感じ?」
白亜に呆れたように言われて、まさにその通りだと思った。
他人がどうなろうが知ったことではない、とか考えながらも心を許した相手に対してはどうしてもそんなことを考えてしまうことがある。前世でもそうだった、というか誰しもが多かれ少なかれそういうことを考えるのではないだろうか。
「大丈夫だって。俺も桜花も、アッシュのことはある程度理解してるからそう簡単に嫌いになったりしないって。それにアッシュが相手ならそうそう嫌な気持ちにはならないぞ」
どうして俺が相手なら、なのだろうか。と一瞬思ったが、白亜は俺のことを好きだと言い、桜花は俺のことを自分の子供のように思っている節がある。だからこそ、そう簡単に嫌いにならない。と言ったのかもしれない。
本当に、何で俺なんかを、と思わなくもないが先ほどのようなことを考えた後だとそういう言葉で救われるような気がする。
そんなことを思っていると茶目っ気たっぷりな声で白亜が言葉を続けた。
「まぁ……もし嫌な気持ちにさせたかも、とか思うようなことがあれば俺を撫でたり一晩同じベッドで過ごしたり、桜花には甘えたりしてくれたら良いんじゃないか?というか、そうしてくれたら俺としては嬉しいんだけどな!」
俺のことを案じて、少しばかり気を逸らそうとしてくれているのだと思う。そう思うのだが、内容が内容なので半分くらいは本気で言っているような気がした。
特に桜花に甘えると言う話ではなく、一晩同じベッドで、という辺りが本気だったような気がする。隙あらば俺と寝ようとするのはどうかと思う。それも性的な意味で、というのが枕詞につくのだから性質が悪い。
「はぁ……白亜は本当に……あぁ、でも、ありがとう。少し気が楽になった」
「どういたしまして。お礼は……ベッドで返してくれれば良いぜ!って言うと絶対に断られるから、情熱的な口づけとかどうだ?」
「普通に断らせてもらうよ。そのうち何かで返せるようにするけど、そっち系での期待はしないでくれ」
「ちぇー……俺としては一回くらい良いと思うんだけどなぁ……同じ男だから気持ち良い場所はわかるし、アッシュがちょっとマニアックな趣味があるならそれにだって対応可だぞ?」
「俺じゃなくて白亜がマニアックな趣味してそうだけどな……」
徐々に本気になり始めた白亜にそう返してから、シャロと桜花に視線を向けると楽しそうに話していたのだが、俺の視線に気づいた桜花が俺を見た。
そしてどういう状況なのかを確認すると微笑ましい物を見るような目に変わった。
「これは白亜がアッシュくんに甘えてるというよりも、アッシュくんが白亜に甘えてるみたいですね」
「え……?あ、確かにそう見えますね」
「実際にアッシュは俺に甘えてるもんな!そうだよな、アッシュ?」
桜花だけではなくシャロまで俺が白亜に甘えているように見えると言った。別に甘えているわけではないのに、どうしてだろうか。と思っていると白亜がそんな同意を求めてきた。
「別に甘えてない。口説いてくる相手に甘えるとか、そんなことしたら食われるだろ。特に白亜が相手だとな」
妙な口説き方をされている最中だったのでそう返すと、私はわかってますよ、とでも言いたげな笑みを浮かべる桜花。食われる、という言葉の意味がわからないために疑問符を浮かべているシャロ。そして何故か誇らしげにしている白亜という意味がわからない状況になった。
それに少しばかり呆れながら、そろそろストレンジに戻った方が良いだろう。と、こんな状況でも頭の中の冷静な部分でそう考えていた。
宵隠しの狐に長居して、その間にアナスタシアがストレンジに来ることになれば待たせてしまう。相手は依頼人なのだからそういうことは避けた方が良いだろう。
「はぁ……白亜、桜花、そろそろストレンジに戻らないといけないからそろそろお暇させてもらうぞ」
「む……もう少しこうやってアッシュを抱きしめて匂いを嗅いでいたいけど……」
「おい」
「わーかってるって!仕事だろ?なら邪魔しない方が良いよな」
匂いを嗅いでいたいとか変態発言をしながらも、俺がストレンジに戻る理由を仕事関係だと察した白亜はするりと抱きしめていた腕を解いた。
「お仕事の話でしたら、シャロちゃんは残っておいた方が良いかもしれませんけど、そこのところどうなんですか?」
「それもそうなんだけど……相手が一応シャロと面識が出来てるし、聞かれたくないって様子でもなかったからな……それに聞かせない方が良いならハロルドに頼むつもりだ」
「あぁ、ストレンジにある魔法陣か。あれって簡単なものじゃないはずなんだけどなぁ」
「すごいですよねー。あれ、うちにも欲しいくらいなんですけど……ハロルドさんに頼んでみます?」
そんな話を始めた二人を見ながらシャロとストレンジに戻る準備をする。
とはいえ、そう大した準備があるわけではなく、会計がさっさと終わるように事前に支払いの準備をしておく。という程度の話だ。
そして白亜たちも落ち着いた頃に別れの言葉を交わしてから宵隠しの狐を後にした。




