71.ふわり解けて
どういう品なのか。そのことをあまり勿体ぶられても気分の良い物ではないのでハロルドにはさっさと教えてもらおう。気分の悪い物でもないのだが。
「フローレンシアの曾祖母。名前はフランディーヌ。彼女の形見の品の名前は幻想の終わりよ」
「はぁ!?幻想の終わりって言ったか今!?」
「ひうっ!……あ、主様?あの、いきなり大きな声を出されると、驚いてしまいますよ!?」
「あ、悪い……いや、それよりも、本当に幻想の終わりなのか!?」
「あら、アッシュは知ってるの?このマジックアイテムのこと」
「お婆様の形見の品というのがマジックアイテムというのは……もしかして、旦那さんの贈り物とか、そういうことなのでしょうか?」
「ええ、そうみたいよ。あれほどのマジックアイテムを贈り物にするんだから、どれだけ彼女のことを愛していたのかがわかるわね」
「……そんなに、すごい物なのですか?」
幻想の終わりがどういった物なのか理解している俺と、それを調べたハロルドからしてみれば贈り物にするような物ではないとわかっただろう。
というか、個人が所有するような物ではない。あれは然るべき場所、王国や聖都、帝国の宝物庫に収められている方が自然な物なのだから。もしくは何処か人が踏み込むことの出来ない古い遺跡の奥底、というような場所だろうか。
これは説明が必要だと思ったので、俺が知っていることを教えることにした。もし補足があればハロルドがするだろう。
「シャロに渡した帽子型のマジックアイテム、ふわり解けての完全上位互換で魔法を無効化することが出来る。というか、形こそ違えども幻想の終わりを元に作られたのがふわり解けてだ。ついでに言えば人の手によって作られた物じゃなくて過去に神が造った、神造兵器の一つだ」
「…………え?」
「とはいっても直接誰かに危害を加えることが出来るような代物じゃなくて、あくまでも魔法から自身を守り抜くための物だから兵器って表現は少しおかしいのかもしれないな」
「神造兵器ですって!?私が調べた限りだとそんな話はなかったわよ!?」
「調べてもわかるわけないだろ。神造兵器だって知ってる人間は俺くらいのものだぞ」
宝物庫に収められているのが自然というのは魔法を完全に無効化することが出来るマジックアイテムであり、世界に一つしかない物だからだ。決して神造兵器だから、ということではない。先ほど口にしたように神造兵器だということは誰も知らない。
それなのに何故俺が神造兵器であることを知っているのかというと、そのことをイシュタリアによって聞かされていたからだ。
いずれは自分の宝物庫に収めたい、特別な一品だ。という話だったのだが、まさか何処かの宝物庫に収められているのではなく、個人所有の物となっていたことには驚きだ。
「ついでに俺がそれを知ってる理由はイシュタリアから聞いたことがあるからだ」
「……イシュタリア様のお言葉となると、疑う余地はないわね……」
ハロルドは信じられないという顔をしていたが、イシュタリアから聞いたということを伝えると神妙な顔をしてそんなことを言い、納得したようだった。
そんな様子を見てから更に続けようとしたところでシャロがそれを遮った。
「あの!主様!」
「どうした?イシュタリアが神造兵器だって言ったって話が信じられなかったのか?」
「いえ!そういうわけではなくてですね……この帽子って、マジックアイテムだったのですか……?」
そういえば特徴的な耳を隠すためだけに被せた帽子、という風に帽子を譲ったのを思い出した。
マジックアイテムだということは一切説明せず、俺が勝手に抱いた罪悪感を誤魔化すための行為だったので、あまり思い出したくなかったのだが。
いや、でもこうしてマジックアイテムだということが知られてしまったのであればそのことをちゃんと説明しておくべきだろう。
「シャロには言ってなかったな。その帽子の名前はふわり解けて、効果はある程度の魔法を無効化することが出来るんだ」
「そ、そんなすごい物だったのですか!?」
「あぁ、流石に魔法じゃないヒュプノスローズは無効化出来なかったけど、あれが睡眠の魔法だったなら無効化出来てたと思うぞ」
睡眠の魔法は、魔法の心得があれば抵抗も簡単で無効化することは難しくない。それでも不意をつかれてしまうと抵抗する暇もなく、ということもあるのでふわり解けてがあればそうした場合でも魔法を無効化してくれる。
「あの!そんな高価な物だなんて知らなくて受け取ってしまいましたが、これはお返しした方が良いのではありませんか!?」
「いや、返さなくて良い。耳を隠すのに使えるし、シャロに似合ってるからな。それに……まぁ、疑ったり警戒したり、そのせいで嫌な思いをさせたからその詫びみたいなもんだ。受け取っておいてくれ」
「でも……主様が私を疑ったり、警戒してしまうのも当然のことだと思います。だからそんなお詫びだと言われても、こんな貴重な物を受け取ったままにしておくわけには……」
ブランド物、という程度であればそうした詫びだと言えばシャロはそのまま受け取っておいてくれただろう。それなのにブランド物どころかマジックアイテムだということがシャロに知られてしまった結果がこれだ。
やはり高価な物というか、本当に貴重な物だということでシャロとしてはそういった理由だとしても受け取ったままにしておくわけにはいかないと思ったのだろう。
そんなことを言いながらシャロは帽子を脱いで、俺に差し出してきた。ただこれを受け取ってそのまま玩具箱に収めるわけにはいかない。
どうにかシャロが納得するような言葉を口にしなければならない。
「……わかった。一度受け取ろう」
「良かったぁ……はい、確かにお返ししましたからね」
言ってから帽子を受け取って、何処か安心したようなシャロを見ながら言葉を続ける。
「シャロ、ちょっと俺の我儘に付き合ってくれるか?」
「我儘、ですか?わかりました、いつもは私の我儘を聞いてもらってますから、どんなことでも付き合いますよ」
「どんなことでも、とか軽々しく言うのはやめとけ。何があるかわかったものじゃないからな」
「は、はぁ……わかりました、次からは気を付けます。それで、我儘というのは?」
少し話が逸れてしまったが、シャロに促されたのでちゃんと続きを口にする。
「俺はこいつを使わないからな。折角似合ってたんだから、シャロに被っておいて欲しいんだ。頼めるか?」
「え……?」
「な、頼むよ。今の恰好だって充分可愛いと思うけど、帽子を被るだけでも更に可愛くなるからな。まぁ、傍にいる女の子が可愛いと嬉しい。っていう男の身勝手な願いってのを叶えてくれないか?」
事実としてシャロは可愛い。また、帽子を被っている姿も可愛い。そして、俺も男なので傍にいる女の子が可愛いと嬉しいと思うことが少しはある。それにそういう女の子を見るのは眼福でもある。
だからこそ、身勝手かつ我儘なその願いを叶えてもらうためにはシャロには是非とも帽子を受け取って被ってもらわなければならない。
まぁ、そういう理由を並べながらどうにかしてシャロにこの帽子を受け取ってもらおうとしている。ただの帽子であればここまでのことはしないが、ふわり解けては魔法に対しての保険になるので念のためにシャロには身に着けておいてほしいのだ。
「勿論、シャロが嫌でなければってことになるけど……俺としてはこれが似合うシャロに受け取って欲しいんだけど……」
あまりぐいぐい押してシャロに押し付ける形にならないように、それでいてシャロが断りづらい言い方をしてシャロの反応を見る。
シャロは嬉しそうというか、照れたような様子を見せながら言った。
「か、可愛いからとか、そういうことを言われると流石に照れてしまいますけど……主様は私が断り難いような言葉選びをするのはずるいと思いますっ」
「俺は悪い人間だからな、そういうずるいこともするさ。それで、受け取ってくれるか?」
「むぅ……主様がそうやって開き直るから私は何も言えなくなります。主様は、本当にずるいです!」
ぷんぷんと擬音が聞こえてきそうなシャロの様子に、ついつい頬を緩ませてしまいそうになるがもしそんなことをすると話が拗れてしまうので我慢だ。まぁ、そういう状況の俺を大変微笑ましいものを見るようにしているハロルドが視界の端に映っているのが気掛かりだったりするのだが。
とにかく、この流れならシャロがふわり解けてを受け取ってくれそうなので何とか押し切らなければならない。
「……断りづらいような言葉選びをしているのはわかっています。その上で確認というか、聞いておきたいことがあります」
「何だ?」
「主様は、私のことを可愛いと言ってくれますけど、それは、その……ほ、本心からの言葉なのですか……?」
「あぁ、本心からだぞ。シャロは可愛いからな。けど、それがどうかしたのか?」
シャロのことを可愛いと言っているのはお世辞ではなく本心からだ。というか俺が前と今を含めても一番可愛いのではないだろうか。いや、可愛いに決まっている。
まぁ、完全に絆されて、妹を見守っているような気持ちになる時があるのでもしかすると妙なフィルター
でもかかっているのではないか、とも思ってしまうのだが。
何にせよ、俺にとってシャロは可愛い。という事実だけで充分だろう。
「そ、そうですか……それなら良いです。はい、とても、良いです……」
嬉しそうにしながら照れた様子を見せるシャロこそずるいと思う。どうしてこんなに可愛らしいのだろうか。あれか、エルフということで容姿が整っていて、シャロがとても良い子なので更に可愛くなっているということか。
そんな馬鹿なことを考えていると微笑ましい物を見るようだったハロルドがにやにやしながら俺を見ていた。たぶん、俺の考えを見透かされているのだと思う。
「え、えっと!主様がそこまで言うのでしたら、謹んで受け取らせていただきます!」
「そうか、良かった……」
非常にご機嫌な様子で帽子を受け取ったシャロにそう言ってから軽く頭を撫でる。
丁度帽子を被っていないので、たまには直接撫でてやるくらいはしても良いだろう。以前にもそう頼まれたのだから、悪い判断ではないと思う。
「ありがとうな、シャロ」
「い、いえ!それに私もこの帽子は気に入っていたので、実は嬉しかったと言いますか……」
「そうかそうか。それなら本当に良かった。大事にしてくれよ?」
「はい!主様からの贈り物ですから、ずっとずっと大事にします!」
きっとシャロはその言葉に違わず、本当にずっと大事にしてくれるのだろう。まぁ、大事にすると言っても俺が被っていて欲しいと言ったので、ちゃんとそうしてくれるはずだ。
俺のようにコレクションだとか、そういうことにはしないはずなので一応の保険がかけられたことになる。そのことに内心で安堵した。
まぁ、それと同時に視界の端に映ったハロルドが大変ご満悦。というような表情というか雰囲気になっている方が今は気になって仕方がない。
そんな風になるようなことがあったのだろうかと疑問に思いつつも、シャロの頭を撫でる手を止めずに時間ばかりが流れていった。




