68.新しい出会い
王都へと戻り、シャロと一緒に向かった先は冒険者ギルドだった。シャロがある程度どころではなく戦えることがわかったので、シャロが魔物の討伐依頼を受ける可能性があることをフィオナに伝えておこうと思ったからだ。
フィオナはシャロが冒険者として活動する上で担当となり、一応正規の冒険者となってからその担当というものから外れることになったが、それでもシャロのことを気にかけてくれている。
それのおかげでシャロとの関係が良くなったのだから感謝してもしきれない。だからこそ何か礼をしたいと言ったのだが、依頼を受けて欲しいということだった。その話についてもどうなっているのか確認を取りたい。
ギルドから依頼が、という話だったが流石に祭りの期間中ではそうした依頼が出てくることはないとは思っていた。だが内々に話は進んでいたはずだ。だからこそ、そろそろ依頼についての情報が何かあるのではないだろうか。そう考えてのことだ。
やはりというべきか、祭りの間は冒険者としての活動を自粛していた面々が報酬の良い依頼を受けようと受付嬢にあれやこれやと言っている姿が目に付いた。
当然その受付嬢の中にはフィオナとシャーリーもいて、このままでは暫く話が出来そうになかった。
「これは……暫く無理そうだな」
「そうですね……順番待ちをしている方も多いですから、もしかすると今日はお話が出来ないかもしれません……」
「そうなるとさっさと帰った方が時間を無駄にしないで済むのかもしれないな……」
「でも、そうした場合はどうしますか?依頼は受けていませんし、ハロルドさんや白亜さんのところにお邪魔するには早い時間ですよ?」
「そうなんだよな……」
そんな状況を見てシャロと二人で今からどうしようかと相談をしていた。
ただ、そうした相談をしている間でも特に動くことなく冒険者たちの様子を眺めていた俺とシャロだったが、シャロが何に気づいたように一点を見つめていた。
何かあるのかとその見つめている先に視線を向けると大きな日傘を手にし、前世でいうところのジュラルミンケースを足元に置いた燃えるような真紅の長い髪をした女性が壁際に立って、冒険者たちを眺めていた。
こんな世界でジュラルミンケースのような物が存在するのかと問われれば、あると答えるべきだろう。
王都ではまず手に入らないが、帝都であれば手に入るのではないだろうか。過去に仕事で帝都の人間を襲撃したことがあるが、その時に見かけた。ような気がする。
ただ、あのケースを持っているということは持ち主である女性は王都の人間ではなく帝都の人間ということになる。まぁ、ハロルドのような人脈を持っている人間であれば用意することが出来る可能性はあるのだが。
「綺麗な方ですね……」
「見たことはないな……」
シャロは整った容姿に感嘆しているようだったが、俺としては何者なのかという点が気になってしまう。あんなにあからさまに怪しい人間はなかなかに珍しい。
「それに、その……大きいですね……」
「大きい……あぁ、確かに大きいな」
身長が、という意味ではなくあの手に持っている日傘は普通の日傘よりも大きな物だった。そのことを言っているのだと思って日傘を見ていたのだがシャロの視線はもっと上を向いているような気がした。
それがどういうことなのかと思ったが、俺も同じように視線を上げて納得した。確かに大きい。俺の知り合いの中でも一番大きいのではないだろうか、と思える大きさだった。
「あの……主様は大きい方が好きだったり、しますか?」
それでも俺にとってはいったい何者なのか。という疑問の方が遥かに大きいのでその部位に対して特に思い入れというか、感情を抱くことはなかった。
ただ何故かシャロにそんなことを聞かれてしまった。それも非常に言い難そうに、不安そうに、という答えによっては面倒なことになってしまいそうな様子だった。
まぁ、こういう時に変に取り繕うとしてもろくなことにならない。ただ正直に答えても変な空気になりそうだったので、それとなくふわっと伝えておこう。
「いや、特には。どちらかと言えば……いや、そんなことはどうでも良いだろ。それよりも、見たことがないから冒険者登録にでも来たのかと思ったけどそういうわけじゃなさそうだよな」
はっきりとは言わないがそれでも何となくはわかったと思う。まだ子供のシャロに俺の嗜好についてどうこう話をするというのは微妙な気持ちになるが、今回限りだと思うので気にしないようにしておこう。
「なるほど……なるほど!」
何やら安心したような様子で二度繰り返したシャロに、少しばかり呆れていると件の女性が俺たちに気づいたようだった。
冒険者ギルドにシャロのような子供がいることが珍しいのか興味深そうに俺たちを見ている。その目は相手を観察するような目で、ただの興味本位ではないような気がした。
そして俺とシャロを頭の上から爪先まで観察してから、何かに納得したように頷いてから近寄ってきた。
「少し、よろしくて?」
優美な笑みを浮かべながら、先ほどまで俺たちのことを観察していたことなどなかったように声をかけてきた。
それだけでとても上品な印象を受けるのだがどうにも違和感がある。何と言えば良いのか、上品さではあるのだが何処か自身に近しい物を感じる。この感覚はどういうことだろうか。
「は、はい!何でしょうか?」
シャロは先ほどまで見ていた相手が声をかけてきたことに驚いたのか、緊張したようにそう返事を返した。そんなシャロの様子に優美さを損なわず、それでいて微笑ましそうに笑みを浮かべた。
俺としては先ほどまで俺たちを観察していたことや持ち物のこともあって何を考えているのだろうかと警戒してしまう。まぁ、これは当然のことだ。
「そちらの殿方は冒険者であるとは思いますが……貴女も、冒険者ですの?」
「はい、そうですけど……?」
「ということは、そちらの殿方が監督責任者、ということで間違いはありませんわね」
「あぁ、そうだけど……悪い、名前を聞かせてもらっても良いか?」
「あら、これは失礼いたしましたわ。わたくしはアナスタシアと申しますわ」
アナスタシアと名乗った女性はスカートの裾をつまむとそれを少しだけ持ち上げると優雅に一礼をしてみせた。その動作は非常に堂に入っていて、何処かの貴族の令嬢かと思わせるほどだった。
ただ、本当に貴族の令嬢であればこのような場所に来ることはない。それに一人で行動をするということもない。
「アッシュだ」
「シャロと申します」
俺は頭を下げなかったがシャロは小さく会釈をした。その様子を見ても気分を害した様子のないアナスタシアは口を開いた。
「アッシュさんとシャロさんですわね。どうぞ、よろしくお願いいたしますわ」
「……あぁ、よろしくな」
「は、はい……よろしくお願いします……?」
俺はどうしてもアナスタシアが怪しいと思ってしまうので警戒しながら、シャロは先ほどからぐいぐい来るアナスタシアに少しばかり困惑しながらそう返した。
そんな俺たちを見ても尚、優美な笑みを浮かべたままアナスタシアは口を開いた。
「そう警戒する必要はありませんわ。実はわたくし、つい先ほど冒険者登録を済ませましたの」
「新しい冒険者か。それで、依頼を手伝えとでも?」
「それに近しいことですわ。掲示板を、もう見終わりまして?」
「いや……まだだけど、何かあるのか?」
「盗賊団の討伐依頼が出ていますわ。それも、冒険者ギルドから」
「あぁ、その話か……それで、それがどうかしたのか?」
とりあえず、シャロの前に出て何かあっても動けるようにしながら話を進めるが、どうにも盗賊団の討伐に関する話のようだ。
どうにも俺の周りではその話ばかり出ているような気がするのだが、大きな出来事ではあるので当然といえば当然なのかもしれない。
それでも冒険者登録を済ませたばかりのアナスタシアがその依頼に興味を示すのはどうしてだろうか。普通に考えて冒険者ランクが低い状態では参加することは出来ないのに。
「ええ、実はわたくしとしましてはその依頼に参加したいと思っておりますの」
「無理だな。冒険者ランクが低いとあの依頼には参加出来ない。諦めるべきだと思うぞ」
「そうですわね。普通であればそうするしかありませんわ。ですので、ストレンジでアッシュさんとお話をしたいと思っていますの。よろしくて?」
「それなら夜に来てくれ。バーが開く時間は夜って決まってるからな」
「ふふふ……ええ、わかりましたわ。アッシュさんに私の話を聞いていただけるようで安心しましたわ」
「依頼人を無下にするべきじゃないからな」
どうやら依頼人だったらしい。ただストレンジのことと、俺がそこで依頼を受けていることを知っていたのにわざわざ観察した意味と名前を知らない様子を見せた意味が分からない。
だがここでその話をするべきではない。今後の依頼にもか関わってくる可能性のある話をするのであればストレンジで盗聴対策をしてから話をするべきだ。
ただ、依頼の内容としてはアルのように自分をその依頼に潜り込ませて欲しい。というものだとは思う。それ自体は簡単なことで、それだけで済むのであれば何ら問題はない。
「それで、話は終わりで良いのか?」
ストレンジと俺のことを知っているようだったので、そのことについてハロルドに相談すべきかと思い、これで話が終わりならば時間としては早いがストレンジに向かおうと思う。
だからこそこうして話は終わりなのか確認をしたのだが、どうにもまだ話をしたいように見えた。
「そうですわね……何処かでお茶でもしながらお話などは如何がでして?」
「はぁ……俺としても、少し聞きたいことがあるから構わないか……シャロはどうだ?」
「わ、私ですか!?えっと……主様が話をするというのであれば、ご一緒します」
「そうか……アナスタシア。話をするのは良いけど、場所は俺が決めても?」
「ええ、構いませんわ。ですが……シャロさんのような方もいますから、いかがわしい場所は良くありませんわね」
「そんなことは言われなくてもわかってる」
冗談めかしてそんなことを言ったアナスタシアに少しばかり呆れながらそう返してから出口に向けて歩き出す。シャロとアナスタシアはそれ以上のことは言わずに後ろからついて来るが、歩く速度を落としてシャロが俺の隣に来るようにする。
アナスタシアは俺が歩く速度を落とすと自身も同じようにして変わらない距離を取っている。案内されるのだから後ろをついて歩くべきだと考えての行動なのか、俺の背後を取っておきたいと思っての行動なのか。
どちらにせよ、何が起きても良いように警戒だけは怠らないようにしながら歩く。行く場所は、俺とアナスタシアが話をしている間にシャロが退屈したり、手持ち無沙汰にならないで済むようにピースフルにしておこう。




