66.カルルカンの撫で方講座
カルルカンをどうにかしなければならないと思っている間にもじりじりと包囲網を狭めてくるカルルカンたち。それに気づいていないシャロは今後のことを考えて嬉しそうにしていた。
誰かに何かを教わる。もしくは知らない戦い方を覚えるというのがシャロとしては楽しみなのかもしれない。まぁ、だからこそカルルカンたちの様子に気づいていないのだろう。
とりあえず包囲網をどうにかしなければならないので、軽く手を叩いて音を出し、カルルカンたちの注意を引いた。
「全員集合しろー」
言ってからくるりと反転し、背後を見る。現状で一番近くにいるのが俺の背後にいるカルルカンだったからだ。
何にしろ、これをやると面倒なことになるとは思っているのだが、放っておくと大惨事になるのでやるしかない。
カルルカンは俺に集合するように言われると、今まで包囲網を築いていたことなどなかったかのように我先にと駆け寄ってきた。
シャロはその時になってカルルカンの包囲が狭まって来ていることに気づいたようだった。そして俺の言葉に全力疾走を始めたカルルカンに驚いているようでもあった。
そんなシャロに構っているとカルルカンに体当たりか頭突きをされてしまいそうなので一旦置いておくとして、一番近い場所にいたカルルカンが俺から少し離れた場所まで来ていた。
それを確認してもう一度手を叩く。するとそのカルルカンが俺の目の前でピタッと止まった。他のカルルカンたちも同じように俺の近くまで来ると足を止めて俺を見上げてくる。
最初の一匹がそうして止まってからほんの数秒ほどで包囲網を築いていたカルルカンが全員俺の周りに集まった。
「事情を説明するから、ちゃんと聞けよ?」
カルルカンたちにそう言うと、思い思いに鳴き声を上げ始めた。
怪我はしてないのか、あの子に虐められていないか、薬草はいるのか、撫でて欲しいな、わしゃわしゃでもよしよしでも可、一匹一匹丁寧にしてね、という前半は俺を心配して、大丈夫そうだと判断したのか後半は自分たちが撫でて欲しいと言い始めた。
「はいはい。良いから聞けって」
とりあえず鳴くのをやめさせてから事情を説明することにした。
これは虐められているのではなくてシャロがどれだけ戦えるのかを知りたくて俺が始めたことである。シャロは悪い子ではない。怪我などはないので心配しなくても大丈夫。撫でてくれと言っても数が多すぎるので一匹毎の時間は多くは取れない。ということをひとまず伝えた。
するとカルルカンたちから大ブーイングが起こった。まぁ、俺には何を言っているのかわかるからブーイングだと判断出来たが、シャロにとっては先ほどと同じように鳴いている。というくらいにしか聞こえなかっただろう。
「仕方ないだろ、流石に数が多すぎるんだから」
俺の言葉を聞いてカルルカンたちが更にブーイング。特に一番近くにいたカルルカンのブーイングは激しく、前足で地面をダンダンと打ち鳴らしていた。
もはや話をしても仕方ないと思いながら、流石にそこまでブーイングが激しいのはどうかとそのカルルカンの顔を両手で挟むようにしてからぐりぐりと撫でるような、頬で遊ぶようにして黙らせる。
すると先ほどまでのブーイングなどなかったように嬉しそうに鳴き声を上げ始めた。それと同時に他のカルルカンたちが自分も撫でろとぐいぐい距離を詰めてきた。
「わかったからとりあえず順番を決めて待ってろよ。適当に撫でてやるから」
そんな感じでカルルカンたちの相手をしていると、シャロがカルルカンたちの間を縫うようにしてやって来た。
「主様!」
「どうかしたか?」
「私も!私もカルルカンさんを撫でたいです!というかカルルカンさんに囲まれている主様がずるいです!」
シャロが言うように現在俺はカルルカンたちに囲まれている。シャロからすればとても羨ましい状況なのだろう。
それにシャロがカルルカンの間を縫うようにしてやって来たが、カルルカンたちはさり気なくシャロから距離を取っているのでそれも含めてずるいと言っているのかもしれない。
ただシャロからすればずるいと思うとしても、俺にとってはここに居るすべてのカルルカンを撫でなければならない。しかも満足するような撫で方でなければ抗議の鳴き声を上げて、撫で方が良くなるまでそれが続くのだ。
まぁ、そうして苦労したのも昔の話で現在はカルルカンを撫でるのも慣れている。数が多いのでそこはどうしても難点になってしまうのだが。
「はいはいずるいずるい。シャロの相手をしてやっても良いって奴はいるか?」
カルルカンに訊ねてみるとほぼ全員が嫌がるように首を横に振りながら拒絶の意味を込めて鳴き声を上げていた。やはりこうなったか。と思っていると一匹だけ違う反応をしているカルルカンを見つけた。
やれやれ、仕方がないな。とでもいうように首を振りながら歩み寄ってくるそのカルルカンは、シャロの目の前まで進むとシャロを見上げてから一声上げた。
少しは上手くなってるんだろうな、ということを言っているのでこのカルルカンはシャロに頭を撫でさせてやっていたカルルカンのようだ。
「シャロ、この間のカルルカンが撫でられても良いって言ってるぞ。まぁ、撫でるのが上手くなってなかったら次は絶望的だと思った方が良いかもしれないけど」
「そ、それは……あの、私は撫で方の研究とか、してませんので……」
「研究って……普通に言われた通りに撫でてやれば少しは満足すると思うぞ?」
「普通は何を言ってるのか、わかりませんからね?」
そういえばそうだった。俺としては昔からカルルカンたちが何を言っているのかわかっていたのでそれが当然のことだと思っていたが、普通はわからない。
それを聞いたカルルカンたちは、自分たちの言っていることがわからないなんておかしいとか、何を言ってもわからないなら好き勝手言い放題だとか、そんなことよりもなでなでを要求するだとか、思い思いのことを言っていた。
まぁ、シャロにはそれがカルルカンたちがただ鳴いているようにしか聞こえないのだろう。
「なら軽く指導でもしておくか」
「!!」
カルルカンの撫で方を少しくらいは教えておいても良いかと思い、そう提案するとどうしてかシャロは驚愕の表情を浮かべた。
「な、撫でマスターの主様からカルルカンさんの満足する撫で方を教えていただけるのですか!?」
「その撫でマスターやめような」
撫でマスターという謎の呼称はたぶんやめてはくれないのだろうな、と思いながらもそう言ってから順番待ちをしていた次のカルルカンを手招きする。
待ってましたと言わんばかりに寄って来るカルルカンの頭の上に手を乗せて軽く撫でる。するとシャロも同じように目の前のカルルカンの頭の上に手を乗せてから同じように撫で始めた。
この時点ではカルルカンも特に何も言わない。ただ撫でているだけなので当然といえば当然だ。ここからが腕の見せ所というか、俺としてはそのまま普通に撫でるだけというか。
「まずは普通に撫でる。この時点でカルルカンが、こいつはダメだな、って思ったら嫌そうに鳴いて離れて行くからそれを追いかけて無理に撫でようとすると最悪頭突きでもされるんじゃないか?」
「それは……わ、わかりました。気を付けます……!」
「で、この時点で離れないようなら大丈夫ってことで片手じゃなくて両手でカルルカンの頬を挟むようにしてぐにぐにやってみたり、むにむにやってみたり、同じことばかり繰り返さないことが大事だな」
「ぐにぐに、むにむに、ですか……」
俺の説明を聞いたシャロは何故かほっこりしたような表情を浮かべながら言われたようにカルルカンの頬をぐにぐにむにむにし始め、カルルカンたちは何故か歓声のような鳴き声を上げていた。
どうしてそんなことをしているのかわからないが、とりあえずはシャロにカルルカンの撫で方を教えることを続けよう。
とは言ってももう少しはカルルカンの頬を弄ってやらないと満足してくれないのでそのまま続ける。すると徐々にカルルカンから楽しそうな鳴き声が漏れ始めた。
「むぅ……主様みたいに、カルルカンさんが楽しそう?に鳴いてくれません……」
シャロの言うようにカルルカンはどちらかと言えば不満そうな鳴き声を上げていた。どうにも力加減を間違っているらしい。
カルルカンとしては、もう少し強めにやってもらわないと楽しくない。とのことだ。
「もう少し力を入れてやってみてくれ。俺が普段撫でてる力と、シャロが今撫でるために入れてる力だとどうしても差があって、カルルカンとしてはそれがお気に召さないようだからな」
「な、なるほど……では、えっと……痛かったら言ってくださいね?」
シャロがカルルカンにそう言うが、そんなことよりも早く撫でろと一鳴きするだけだった。
どうにもこのカルルカンはシャロに対して態度が大きいような気がする。この場合は撫でさせてやっている。ということがその原因なのかもしれない。
そんなカルルカンに対してシャロは俺が言ったように先ほどよりも力を込めて頬をぐにぐに、むにむにとし始め、カルルカンからは少しだけ楽しそうというか、満足そうな鳴き声が漏れ始めた。
あの様子ならこのまま続けて行けばカルルカンも充分に満足するだろう。
そんなことを考えながらそろそろ良いかと頬を弄るのをやめて手をずらし、耳の裏や角の付け根などを指の腹で撫でるというか、掻いてやる。
すると先ほどよりも楽しそうに鳴きながら、ここを掻け、というように頭を動かして自分にとって一番良い場所へと俺の手を誘導していた。
わざわざ誘導してくるほどなのでそこを重点的に掻いてやる。そのまま少しの間そうしているとカルルカンはもう満足だ。ということを一鳴きしてから離れて行った。まぁ、すぐに別のカルルカンが寄ってくるのだが。
「すごい……これが、撫でマスターの実力……!」
「だから、撫でマスターってのはやめろっての。それより、そろそろシャロも耳の裏とか角の付け根とかを指の腹で掻いてやってくれ。爪でやろうとすると痛がることがあるから気をつけろよ」
「わかりました!」
俺が撫でていたカルルカンの姿を見て、自分も頑張ろうと思ったのか先ほどよりも気合充分といった様子でカルルカンを撫で続けている。
俺のように少しの時間撫でるだけで満足そうにする。ということはないがそれでも撫でられているカルルカンが、その調子で続けて欲しい、と言っているので順調ではあるようだ。
そんなシャルの様子を窺いながら、俺は俺で順番待ちのカルルカンを減らすべく目の前のカルルカンを撫でて満足させてやらねければ。




