65.シャロの実力
シャロと対峙している状況のまま、シャロが動くのを待っているのだがシャロは一向に動こうとしない。いや、動こうとしないのではなく俺が先ほどのように強襲する可能性を考えて警戒しているようだった。
とはいえ、俺としてはシャロがこういう状況でどう動くのかを知りたいので、シャロの観察を続けている。という現状では、シャロが警戒して動かないというのはよろしくない。
仕方がないのでここは俺から仕掛けて状況を動かすことにしよう。そうしなければずっとこのままのような気がするのだから、やるしかない。
先ほどと同じようにシャロの間合いに飛び込むと、今度はちゃんと反応出来たようで手に持った槍を振るった。それを確認してから槍の軌道を見て、当たらないように下がる。
当たらないように下がったのだが、その軌道に違和感を覚えてナイフを持ち上げると硬質な金属音を響かせながらナイフを持った手に衝撃が走った。
シャロの動きを警戒しながら何が起こったのかを確認すると、持ち上げたナイフがシャロの槍の穂先を受け止めていた。そして、その穂先の刃が先ほど見たよりも長く、大きくなっていた。
「何だこれ」
「神樹の刃は里にある神樹から作られています。特徴としては使用者の魔力に反応して柄や刃の大きさが変わります。魔法を使うこともそうですが、こうして間合いを伸ばすことも出来るので主様が遠いと言った間合いの広さになりますね」
「なるほど。ただ大きくし過ぎると扱い難そうだな」
「大きくなればなるだけ重心も変わってしまいますからね……この大きさまでなら私でも問題なく扱えますよ」
「それがわかってるなら無茶なことはしそうにないな」
疑問が解消出来たのでナイフで受け止めていた穂先を弾き、更に間合いを詰める。当然のようにシャロが槍を振るうが柄が長くなる、刃が大きくなる。ということを理解したのでそれを考慮して動けば特に脅威ということはない。
というかシャロの腕力であれば槍の柄を掴んで、それ以上槍を振れないようにしてしまうことも出来る。というわけで槍を掴み動かせないようにする。さて、この場合はどう対処してくるのだろうか。
「……ハァッ!」
気合いを込めるようにシャロがそう発すると掴んだ槍が突如として燃え上がった。そんな状態の槍を掴んでいるわけにもいかず、手を放すと同時にシャロが自由になった槍の穂先を下げ、鋭く斬り上げる。
それを後ろに下がって避ける。すると槍の軌道を追いかけるように炎が上がり、そしてその炎が更に燃え上がった。間合いが伸びることがわかっていたので余裕を持って避けたはずなのに、そうした炎のせいで俺が想定していたよりも間合いが伸びている。
この炎は攻撃魔法によるものだろう。本当に無詠唱で使って来るとは驚きである。
それでも、もう一歩距離を取ることで炎が当たるようなことはなかった。だが無理に距離を取ったので少し隙が出来てしまった。
シャロはそれを見逃さずに追撃してくるが一振り一振りが柄の長さ、刃の大きさが異なり、更に炎の燃え上がり方にもばらつきがあるので間合いが測りにくい。
槍の見た目の通りの間合いで考え、紙一重で避けた場合は確実に刃か炎のどちらかに捉えられるだろう。
「これは……思った以上にやりづらいな……」
「まだです!」
間合いが正確に測れないことでやり辛さを感じているとシャロがそんなことを言った。瞬間、自然な物とは違う風が吹いた。
自身の直感に従って大きく後ろに跳んで距離を取るが、その風は刃となり周囲の草を切り裂いていた。直感に従わずにいた場合は大怪我をしていた可能性がある。シャロもやる気になっている、ということだろう。
それを嬉しく思うと同時に、ゴブリン程度なら、というのが謙遜でしかなく、実際には下手な冒険者よりも遥かに強いことがわかった。
というか、シャロの戦い方は完全に初見殺しのそれだ。俺はまだ無詠唱の攻撃魔法の存在を知っていたので突如として上がった炎を避けることは出来た。これが何も知らなかった場合は対処することが出来ずに炎に巻かれてしまったのではないだろうか。
まぁ、風に関しては直感に従った結果なので無詠唱の攻撃魔法を知っていたかどうかは関係ないのだが。
「自分の間合いを理解して戦ってるのは良いと思う。無詠唱の攻撃魔法も本当に使えてるみたいだし……ゴブリンは問題じゃないだろうな」
「本当ですか?」
俺の口にした評価が概ね良好だったからか、シャロの声が弾んでいた。これは褒められたことが嬉しいのだろう。
とはいえ、現状ではシャロが自身の間合いを正確に把握していて、敵を寄せ付けない戦い方を身に着けていることがわかっただけだ。
これがもし敵に懐まで潜り込まれた場合はどうするのか。それを確認しなければならない。ということで今から間合いを詰めなければならないのだが、これは少しばかり骨が折れそうだ。
「次は間合いを詰めるから、それに対処してみろ」
「わかりました!」
元気よく、良い返事を返したシャロは再度構えると槍は炎を纏い、周囲には風が舞うという普段であれば絶対に相手をしたくないと思う様相となっていた。
一言で言ってしまえば強キャラ感が凄まじい。それに対峙している俺なんてナイフを一本構えただけという雑魚仕様である。もしくは縛りゲーというやつか。逆手に持っていたのナイフを順手に戻してから少し考える
まぁ、たぶん何とかなるだろう。やり方としては少し卑怯な方法を取れば出来る出来る。
ふと何かに気づいたように周囲を見渡しながら構えを解けば、どうしたのかとシャロが不思議そうにしていた。
「……カルルカンが近寄って来たな」
「え?」
「ほら、さっきまでもっと離れてたのにだんだん近寄って来てるだろ」
「あ……本当ですね……」
「たぶんだけど……」
「何ですか?」
一度言葉を切ってシャロがより興味を持つようにしてから、続きを口にする。
「俺がシャロに襲われてるから、隙を見て助け出そうとか思ってるんだろうな」
「……えぇ!?え、いえ!違いますよね!?これは主様が提案したことであって、私が、とか……そういうことじゃありませんよね!?」
事実としてカルルカンはだんだんと、というよりも徐々に距離を詰めながら俺たちを完全に包囲しようとしている。自分たちが狙われているのに俺が狙われていると思い込むような性格をしているので、今回はシャロが悪いと思っているのだろう。
だからこその包囲網だと考えると、このままだとシャロがカルルカンにズドンとやられてしまうのかもしれない。それは困るのでシャロには周囲を示すような動作をしながら、カルルカンたちにそれ以上近寄るな。という意味を込めて掌を向けて制しておく。
俺がそうしたことからカルルカンたちは動きを止めたが、抗議の鳴き声を上げているので納得はしていないらしい。というか本当にシャロが悪いと思っていたようだ。
このことに気づかなかった場合、カルルカンの頭突きがシャロにお見舞いされていたと考えるとゾッとしてしまう。とりあえずは気づけたので良しとしておこう。
ただ、そんなカルルカンたちを見てシャロはオロオロと周囲を見渡しているので攻めるなら今だろう。
視線が俺から外れたタイミングで先ほどよりも速くシャロとの距離を詰める。
一歩、シャロの間合いに入る。
二歩、シャロが俺に気づいたのでナイフで槍を弾く。
三歩、ナイフの峰でシャロに斬りかかる。
三歩で間合いを完全に詰めて槍を振るえないようにしたこの状況でシャロがどう動くのかと考えていたのだが、シャロは俺の強襲に驚きながらも見事に対応してみせた。
「守って!」
どう考えても魔法を発動させる言葉ではないが、その言葉によって俺のナイフを止めるように氷の刃が地面から伸びてきた。ナイフを叩きつけることになった氷の刃は砕けることなくそこに存在し、シャロが槍から片手を放し、その氷の刃に触れるとそれがナイフの形になった。
その氷のナイフを手に取ったシャロは素早く俺のナイフを弾きに来るが、地力の差があるために弾くことは出来ない。
ここからどう対処するのかを見るために距離を離すことなくナイフで数度斬りつけるがシャロはそれを氷のナイフで弾き、逸らし、時として受け止める。ナイフの扱い方を知らないかと思っていたが蓋を開けてみればちゃんと扱えるようだ。
「手数が足りないなら……!」
だが徐々に押されていることからシャロとしては俺の方がナイフの扱いに慣れがあり、ナイフを振る速度から手数に差が出来ていると思ったようだ。
だからこその言葉だと思うが、どうするつもりだろうか。と思った瞬間、先ほどのように足元から氷が伸びて来る。俺を狙うと言うよりも俺の手元を狙った氷とシャロのナイフを弾きながら、悪くないとは思うがまだ手数が足りないような気がした。
シャロもそれがわかっているようで、この距離では使いようのない槍を手放し、その手で氷に触れて二本目のナイフを手に取った。
そして両手に持ったナイフと地面から伸びて来る氷を使って俺の攻撃に完全に対処し始めた。それどころか手数が増えたことによって俺が押され始めている。
「お、やるじゃないか」
「そんなことを、言いながら!主、様は!随分、と、余裕そうです、ね!」
「まぁ、本気でやってるわけじゃないからな」
きっとシャロはナイフを振ることに関しては本気だと思う。魔法はまだ手加減をしているとは思うのだが。何にしろ、ここまで出来るならこれから先、充分に戦えるだろう。
というか、たぶんシャロが本気で魔法を使うようになればBランクやCランクの依頼にある魔物の討伐でさえ可能なのではないだろうか。
これくらいでもう良いのかもしれない。そう思ってシャロのナイフを弾き、氷を蹴ってから後方に跳んで未だに警戒を続けているシャロに見えるようにナイフを玩具箱に収めた。
「もう良いかな」
「終わり、ですか?」
「あぁ、これから充分やっていけるだろうし、後は実戦で少しずつ経験を積んでいけば問題ないだろ。ただ……」
「ただ……?」
「いや、まぁ……最初の打ち合いでわかったんだけど綺麗に型通りの槍術、って感じだったな」
「それは……最初に型を習って、それを反復練習してましたから……」
悪いとは言わないが、あそこまで綺麗に何かの型を再現したような動きでは少し打ち合えば簡単に対処されてしまうだろう。
俺としてはそれを少しくらいは直しておいた方が良いのではないだろうか。と思ってしまった。
「それだと戦い慣れてる相手にとっては良いカモにしかならないだろうな。今度からもう少し柔軟に、型通りってだけじゃない動きを身に着けた方が良いと思うぞ」
「柔軟に、ですか……」
「型に一から十までの流れがあるとして、シャロはそれを順番通りに綺麗にやってる。これが一から三に、三から八に、八から四に、四から十に、十から五に、って感じでその順番を変えても流れるように槍を振るえれば相手としても戦い難くなるだろうな。まぁ……型通りの動きだけってのが問題だって俺が思ってるだけなんだよな……」
「なるほど……参考にさせていただきます。って言っても自分だけではどうしようもないと思うので、主様に協力してもらえたらなぁ、なんて……」
「ん、わかってる。これから時間を取って少しずつ動きを増やしてこうな」
「はい!ありがとうございます!」
協力してほしいと言ってきたシャロに、提案したのだから当然手伝うということを伝えると、シャロは嬉しそうにそう答えた。
手には未だに氷のナイフを持っているので、表情とその姿には何とも言えないアンバランスさがあったが気にしないことにしておこう。
こうして本来の目的を達成して、シャロが充分に戦えることが分かった。そして戦い方というか、とりあえず槍の扱い方に関して綺麗に決まった型通りの動きをするだけではなく、柔軟な動きを取り入れることが出来れば更に戦い方の幅が広がりそうだった。
なので今後は依頼の合間に時間を取り、シャロの槍術に関して色々と手を加えていくことになりそうだ。
まぁ、それよりも先にやはり我慢ならないと言うようにじりじりと包囲網を狭めてきているカルルカンたちをどうにかしなければ、シャロが凄惨なことになってしまいそうだった。




