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【投稿】異世界転生なんてろくでもない【停止中】  作者: 理緒
第二章 友と戦い、朋と笑う
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62.本当の理由

 教えてくれるとは言ったが、アルはなかなか口を開こうとはしない。

 先に挙げられた理由が大したことはなかったが、本当の理由というのはそこまで言い難いものなのだろうか。それとも、やはり何とかして誤魔化そうとでも思っているのだろうか。

 そんなことを邪推していると、アルが周囲を見渡してから困ったように眉尻を下げながら聞いて来た。


「その……本当に、周りには僕たちの話している声は聞こえていないのかな?」


「あぁ……そのことが気になってのか。大丈夫だ、こうして話をしてても周りには何も聞こえてないぞ」


「そう、か……それなら、僕がもう一つの理由を口にしても大丈夫なんだね?」


「大丈夫だ。まぁ、読唇術でも使えば会話の内容を知ることは出来るだろうけど、マナー違反はここを出禁になるだけじゃなくて、最悪の場合は誰かの依頼によって排除されることもあるからな。基本的には誰もそんな危険は冒さないだろ」


 こんなことを言ってはいるが、絶対に居ないとは言い切れないのが現実だ。

 依頼人の後を追ってストレンジに入り、酒を飲むためにやって来た客と偽って会話の内容を読唇術で読み取る。ということが過去にあったので今ストレンジにいる客の中にそういった人間が存在する可能性はある。

 そういう理由があって慣れている依頼人はグラスを傾ける仕草をしながら口元を隠して話をする。ということを自然にやってのける。

 とはいえ、そんな芸当をアルが出来るとは思えないので、念のために周囲の客の様子を盗み見ておく。現状誰も俺たちの会話を気にしている様子はなく、読唇術を使って会話の内容を理解しようとしている人間はいない。


「今のところ、そういう奴はいないぞ」


「それなら、話しても大丈夫そうだね」


「そうだな。それで、どんな理由なんだ?」


「実は……シルヴィア様がその盗賊団討伐に参加することになっているんだ」


「……シルヴィアが?」


 勇者の役目としては盗賊団の討伐というのは間違ったことではない。間違ったことではないのだが、普通は王国領を平和の象徴として旅をするのが先のはずだ。

 もしこれが冒険者では歯が立たないので勇者の力を借りる、ということであったり、盗賊団の中に魔族が混ざっていて手に負えない、という場合であれば理解も出来るのだが。

 それなのにどうして勇者であるシルヴィアはわざわざ盗賊団の討伐に参加しようとしているのだろう。


「盗賊団の話を聞いたシルヴィア様が、それならば聖剣に選ばれて勇者になった自分が協力するべきだ。と言い始めたんだ。これは勇者に選ばれたことで気が大きくなっているということではなくて、人々のためになることをしたいというシルヴィア様の想いがあればこそだね。僕は知らなかったけど、団長が言うには以前からそんな話をしていたらしいよ」


「人々のため、か……どうにも勇者様は善良みたいだな」


「アッシュ」


 どうにも皮肉っぽくなってしまったその言葉を聞いて、アルに少しばかり咎められてしまった。

 いや、言葉にして咎められたわけではないのだが、名前を呼んだその声が非難するような響きだったのでそう判断した。これは間違いではないだろう。


「はいはい、言い方が悪かったな」


「はぁ……気を付けた方が良いよ。シルヴィア様が勇者として活躍すればするほどその名が王国領に響き渡る。そんな状況でシルヴィア様に対して今みたいな言い方をすると、周りの人たちがどう思うかわからないからね」


「……どうにも、王族ってのは好きになれなくてな。次からは気を付けるさ」


「うん、そうした方が良いね。それで……」


 俺に対してそう注意してから、アルはシルヴィアが盗賊団討伐に参加することについての続きを口にした。


「団長から何かあった際にはシルヴィア様をお助けするように。という命令を受けているんだ」


「シルヴィアに何かあった際には、って……仲間がいるだろ」


「そうなんだけど、団長が言うには僕も含めて全員実戦経験があまりにも少ないから念のために、とのことだよ」


「なるほどな……まぁ、今の世の中、実戦経験が豊富なのは一部の冒険者か犯罪者くらいじゃないか?いや、騎士や憲兵、兵士の中にも実戦経験が豊富な人間が多少はいるんだろうけどさ」


 古参の騎士、憲兵、兵士であれば実戦軽々が豊富な人間がいてもおかしくはない。逆に言えば、そうした古参の人間でもなければ実戦経験を積むことが難しいということでもある。

 また普段から魔物や依頼によっては盗賊などと戦うことのある冒険者や、そうした冒険者を相手取る犯罪者、俺のような仕事を生業としている人間であれば実戦の中で強くなった人間が多いのではないだろうか。

 何にしろ、アルやシルヴィアたちはその実戦を経験したことがなく、今回の盗賊団討伐は良い機会になるのかもしれない。当然のようにリスクが高い、という不安点もあるのだが。


「つまり、今回の盗賊団討伐で勇者様御一行は実戦経験を積む。そして何かあった時のために一緒にそれに参加したアルも実戦経験を積む。で、俺は保険ってことで声をかけられた。そういうことだな?」


「あぁ、そういうことになるね。アッシュには負担ばかりかけてしまうと思うんだけど……どうだろうか、頼まれてくれないかな?」


「依頼ってことは当然報酬が出るんだよな」


「勿論。とは言っても僕の個人的な資金から出すことになるから……その、あまり高額ではないけどね……」


「そうか。で、具体的には?」


「五十万オース。相場はわからないけど、ギルドの依頼へと潜り込ませてもらうことと、僕やシルヴィア様たちのフォローを頼むことになるからね。これくらいで頼めないかな?」


「五十か……その程度の依頼ならもっと少なくても良いだろうな。二十で充分だ」


 ギルドの依頼にアルを潜り込ませるのは非常に簡単なので、それだけならば小遣い稼ぎ程度の依頼でしかない。

 またアルやシルヴィアたちのフォローだが現状ではあまり必要ないと思っているのでこのくらいの報酬で問題ないだろう。まぁ、一度その額で依頼を受けると、何があっても基本的には増額出来ないので普通は多めにもらっておく方が良い。

 今回は依頼人がアルということで安くしておいても良いと判断したので二十万オースを提示した。一応、友人ではあるので友人価格、というやつだ。


「随分と下がったね……本当に良いのかい?」


「所謂友人価格ってとこだな。まぁ、その辺り気にするんだったら全部終わった後に酒でも奢ってくれれば良いさ」


「そうか……わかったよ。無事に終わったら奢らせてもらうよ」


 どう考えても死亡フラグが建つような会話をしてからひとまずの決着がついた。

 アルの依頼をおさらいすると、アル本人の実戦経験を積むためにために盗賊団討伐に参加したい。また、この盗賊団討伐には勇者一行も参加するので何かあった場合のフォローをしなければならない。

 現状そこまで労力がかからないと判断したのだが、こういう場合はたいてい後々面倒なことが起こるのが定番だ。

 それでもアルが王国騎士であり、団長であるライゼルと親密であることから恩を売っておいて損はないという打算で依頼を受けることにした。

 アルには親し気に話をして、友人価格などとは言っているが実際はそこまで仲が良いわけではないのでそういう打算でもなければ断っていただろう。


「それにしても……」


「どうかしたかな?」


「いや、まさかアルトリウス・カレトヴルッフだとは思ってなくてな。何処かで見たことがある、程度には思ってたんだけど」


「あぁ……その、団長からあまり名乗らないようにって言われていたからね……周りから次期団長だとか次期副団長だとか、団長が自身の後継として育ててるだとか、そういう風に噂されているんだ。けど、それは根も葉もない噂であって、それなのに色々と言われているので辟易としてしまってね……」


「なるほどな。だから名乗らないようにして、そういう話を振られないようにしようってことか」


「うん、その通りだ。でも、気づかれてしまっては意味がない、かな……」


「別に俺はそういう噂に興味はないんだけどな……」


 アルトリウス・カレトヴルッフ。

 騎士としての品格、才気、生い立ち。その全てが揃った次期王国騎士団団長として噂される若者で、そうして噂されるだけの剣の腕を持っている。らしい。

 そんな相手と友人ということになっているのだが、俺としては特にそうした噂だとか地位だとかに興味はない。まぁ、この世界で最も偉いというか、ある意味で地位が高いイシュタリアと気楽に会話出来るようになっているから、ということもあるのだろう。


「本当に?」


「本当に。大体、俺にとってはほとんど強引に友人関係になった善良な人間。くらいのことしか印象にないぞ」


「……それはそれでどうかと思うんだけど……」


「仕方ないだろ。あの日、団長とお前とシャロに言われて強引に友人にされたんだぞ?それなのにどうしてそれ以外の印象があると思うんだ?」


「それは、そうかもしれないけど……それを本人に言うものなのかな」


「どうだろうな。まぁ、良いじゃないか」


 軽く笑ってそんなことを言えば、アルは非常に困ったように眉尻を下げて見ようによっては情けない表情を浮かべていた。

 王国騎士団次期団長などと噂されていても年相応の青年らしい一面を持ち合わせている、ということのようだ。俺のような変わった環境で育っていないのであれば、そういうことも当然か。

 そんなことを考えながら、念のために周囲の様子を窺うが俺たちに注目しているような人物はいない。ということはこの会話は誰にも聞かれていない、または見られてはいないようだった。


「とりあえず、ギルドからの依頼の日がわかったらハロルド経由で連絡させてもらうか」


「そうか……まだいつ盗賊団を討伐しに行くかは決まってないんだね」


「そういう依頼が出てくる。っていう話なら聞いてるんだけどな」


 何にせよ、いつ王都を出立するのか。それがわからなければアルを盗賊団討伐に潜り込ませることも出来ない。

 わかり次第ハロルドに頼んで連絡をすることに決めたのだが、どうにも奇妙な胸騒ぎがする。悪いことが起こるだとか、そういうことではないのだが、何かが起こる。ということだけは何となく予想出来てしまった。

 ひとまずは何があっても対処出来るようにだけは色々と準備をしておこう。


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