60.意外な依頼人
結局、あれから家に戻り、シャロに紅茶を淹れてもらってからどういうことなのか落ち着いて考えたのだが結局答えは出なかった。ハロルドや白亜、桜花に相談しても、答えは出なかった。本当にどうして見られてしまったのだろう。
そして、第三王女が俺たちのことを言えば追われることになるので、対処しなければならない。とりあえずは髪の色が一目ではわからないようにフードを被ることにして祭りの期間中を過ごし、様子見をすることにした。
そうしてシャロと共に祭りの期間を最後まで過ごしたのだが、憲兵や騎士が人を探している様子もなく、シャロはシャロで祭りを最後まで満喫し、俺は周囲の警戒に気を張り続け、気づけば祭りが終わっていた。という状況だった。
というか、今夜で祭りが終わり、そんな状況だったことをハロルドに愚痴っているのが現在である。
「あらあら、アッシュは大変だったみたいねぇ」
「お疲れさまでした、主様」
「他人事かよ……いや、俺が勝手に警戒してただけだから、他人事なのはわかるんだけど」
「シャロがお祭りを楽しめたんだから良いじゃない。シャロ、アッシュはちゃんとエスコート出来てたかしら?」
「俺にエスコートなんて出来るわけないだろ。普通に食べ歩きして、商品見て、たぶん一般的な祭りの楽しみ方をしてただけだぞ」
別にエスコートなんてするつもりはなかったのでシャロと一緒に食べ歩きをしたり、異国の特産品を見たり、周囲を警戒したり、そんな当たり障りのないことしかしていない。
それでもシャロは祭りを充分に楽しんでいたようなので、まぁ、良しとしても良いのではないだろうか。
「エスコート、はわかりませんが……主様と一緒に歩いて回って、とても楽しかったです!」
「そう、それなら良かったわね」
「はい!」
二人のそんな会話を聞きながらストレンジの店内を見渡せば、客が数人いた。この数人の客は全員が依頼人であることは確認済みなので、後ろ暗い話をしていても特に何のリアクションもしない。ストレンジに依頼を持ってくる人間の大半はそんなものだ。
そうした客それぞれに酒は出し終わっていて、ハロルドも手が空いているのでこうして話を続けていられるのだが、祭りで何を食べた、何を見た、という話をシャロが若干興奮した様子でハロルドに話し続けている。というのが正しいような気がする。
「最初にセウフィティスの料理を、と主様にお願いするとすぐに見つけてくださって、それで初めてコカトリスの串焼きを頂きました!あれ、すっごく美味しくてお祭りの期間中に何度か足を運ばせてもらいました!」
「あら、随分と珍しい物を食べたのね。コカトリスってば討伐難度が微妙に高いのと、王都の周りにいないからなかなかお肉が出回らないのよねぇ……」
「はい、里でもまず出てこないものですから、最初は抵抗がありましたけど……食べてみると、本当に美味しくて驚いてしまいました!」
「確かに魔物のお肉を、ってなると抵抗があるわよね。私も最初はそうだったもの」
「そうですよね!でも主様が食べるというので、私も思い切って食べてみて良かったです!」
コカトリスの串焼きは結局ほぼ毎日足を運んでいたので、相当気に入ったのだろう。黒胡椒が効いていてシャロには少し辛いかとも思ったがそんな様子は一切なかったので、もしかするとあれくらいの辛さであれば平気なのかもしれない。
そんなことを考えている間にもシャロの話は留まることがなく、ハロルドはそれを楽しそうに聞いていた。
まぁ、二人とも楽しそうなので俺が話に入らなくても良いか。と思っているとストレンジの扉が開いて誰かが入ってきた。
音に釣られて目を向ければそこにはアルが立っていて、何処に座れば良いのかわからないのか、立ち尽くしていた。
「ハロルド」
「ええ、わかってるわ。シャロ、ちょっとごめんなさいね」
「え?……あ、はい、そういうことでしたら、わかりました」
「ありがとう。さて……」
客が来たことをハロルドに伝えようとしたが、当然のように察知していたハロルドはシャロに断りを入れてからカウンターの中を歩いてアルへと声をかけた。
「いらっしゃい。今日は何をお求めかしら?あの人から話は聞いてるけど……お酒は弱いみたいだからあんまり強いのは出せないわね」
「あ、いや……そういうつもりで来たわけではなくて……」
「あら、そうなの?それなら……そうね、話を聞かせてもらえるかしら?あぁ、周りは気にしなくても大丈夫よ。他の依頼人の話は聞かない。それがここ、ストレンジでのマナーだもの」
「そ、そうなのかい?それだったら……」
他の依頼人の話を聞かないのがマナー。などと言っているが実際は聞こえないようにストレンジに魔法陣を敷いているというのが真実だ。
ただ、そうした魔法に対抗する手段はあるので話を聞こうと思えばいくらでも聞ける。まぁ、そうした結果どうなるかは保障することは出来ない。
後ろ暗い依頼を持ってくるような人間を敵に回すなんてのは、ろくでもないことにしかならないだろう。
「あれはアルさん、ですよね……お酒を飲みに来たわけではないようですけど……」
「依頼を持ってきたみたいだな。シャロには前に教えたけど、ストレンジではギルドには頼めないような依頼が持ち込まれる。それを俺みたいな人間が請け負って解決する。まぁ、ろくでもない依頼ばかりだけどな」
「ということは……アルさんも……?」
「かもしれないな。あぁ、それと……立場上ギルドに依頼出来ない場合や、人には知られたくないような依頼がある場合にもストレンジに依頼を持ってくるってのもあるな」
「なるほど……」
「まぁ、こういうのは気にしても仕方ないだろ。それに無駄に詮索しても厄介なことにしかならないだろうしな」
言ってからハロルドとアルに視線を向けるが、話している内容は一切聞こえて来ない。今日も魔法陣は順調に働いているらしい。
ただ、唇の動きから何を言っているのか推測することは出来る。こんな仕事をするに当たって必要だからと覚えた読唇術だが、今使う必要はない。
それにアルがどんな依頼を持って来たにしろ、俺が受けるかどうかわからない。それなのに探るなんてのはマナー違反、というやつだ。
そんなことを思いながら酒の入ったグラスを傾ける。シャロがいるということであまり強い酒を飲まないようにしているのだが、弱い酒となると酒を飲んでいる気分があまりしない。
前世ではそうでもなかったのだが、この世界で初めて酒を飲んだ時にもしかすると強くなっているのではないか、と思ったものだ。事実として酒に強くなっていたので、やはり日本人の体ではなくこの世界の人間の体だから強くなった。というところだろう。
「……主様が飲んでいるのは、お酒、ですよね?」
「ん?あぁ……そうだけど、それがどうかしたのか?」
「いえ、その……どんな味なのか、ちょっと興味が……」
「辛い物、苦い物、甘い物、酸味がある物、とりあえず色々だな」
「甘い物、ですか……」
どうやらシャロは俺が飲んでいることから酒に興味を持ったようだ。とりあえず、わかりやすくどんな味のかを口にするとシャロはその中でも甘い酒に興味を示した。
シャロが甘党ということはわかっていたので、そうもなるか。と一人納得しながら、ちゃんと言っておかなければならないことがある。
「言っておくけど、シャロに酒を飲ませる気はないし、飲みたいって言うってもダメだからな?」
「……ちょっとくらいなら……」
「ダメだ。子供のうちから酒を飲むなんてのは教育上良くないからな」
「そうなのですか?」
「脳への影響、臓器への影響、依存症の可能性、ろくなもんじゃない」
確か未成年のうちから飲酒を習慣づけてしまうとそうした問題が出てくる可能性が高いという話を聞いたことがある。まぁ、俺は数年前から飲酒をしているが、とある事情で一時的に酔ってしまうくらいしか影響が出なくなっているので気にせず飲酒を続けている。
そのことはシャロに説明していないが、未成年どうこうという単語は使っていないので、子供のうちから飲酒をするのは良くない。という程度に理解してもらえれば良いだろう。
「……お酒って、危ないのですね……」
「そうだな。まぁ……シャロが酒を飲んでも大丈夫なくらいになれば、一緒に酒を楽しむってのも悪くないな」
「それって……はい、そうですね」
シャロが酒を飲めるようになるまで数年はかかるが、その間もずっと一緒にいられれば良いなと思っての言葉だった。
それを聞いてシャロは俺の言いたかったことを察してくれたようで、嬉しそうに、少しだけ感慨深そうに頷いてくれた。
そのことが嬉しくて、少しだけ笑ってからグラスの中身を飲み干してカウンターに置けば、中に入っていた氷がカランッと小気味いい音を響かせた。
「あらぁ……何だか随分と良い雰囲気になってるじゃない!」
そこにハロルドが戻ってきた。話は終わったのかと思いハロルドを見ようと顔を上げると、視界の端にはアルの姿が映った。
「でも……悪いんだけど、ちょっとこっちの話に参加してくれるかしら?」
「……依頼か?」
「そういうこと。それもアッシュを名指しの、ね」
「そうか。シャロ、悪いけどハロルドの相手をしてやってくれ」
良い雰囲気だとか言ったハロルドは妙に楽しそうだったので、シャロに任せておけば嬉々として話をし続けるだろう。そう思っての言葉だ。
「そうね、それじゃ……シャロは私の話し相手をよろしく頼むわね」
「あ、はい……私が相手をしてもらうのではなくて、相手をする側なのですね……」
「アッシュは言い方がたまーに意地悪なのよ。そういうところも可愛いところだと思うけどね」
そんなことを言ってからウィンクを一つ。そういった仕草が似合うというのは卑怯だと思う。
というか、俺の周りにはどうしてか容姿の整った人が増えているような気がする。いや、以前から多かったのか。ただ単純に俺がさして気にしていなかっただけだったな。
とりあえず、シャロにハロルドを任せてアルを見る。少し気まずげにしているのは、俺を名指しで依頼を持って来たから、ということだろうか。
「そうだな……とりあえず、座ったらどうだ?」
「あ、あぁ……隣、失礼するよ」
「久しぶりだな」
「そう、だね……あれから色々と忙しくてここに顔を出すことも出来なかったけど、元気にしてたかな?」
「見ればわかるだろ」
どうにもぎこちないが、依頼のこと、パレードでのことがあるせいだろうか。
何にしろ、憲兵や騎士が人を探す素振りを見せなかったことについて聞くことが出来そうなので依頼の話が終わったら聞いてみよう。
それと、どうして俺たちの姿を見ることが出来たのか。それについても、アルの話を聞けば当たりをつけられるかもしれない。まぁ、当たりがつかない方が可能性としては高いとは思っている。
とりあえず、話しにくそうにしているアルが口を開いてくれるのを待つばかりだ。




