59.目撃者は三人
南門から真っ直ぐに王城へと続いている大通りを第三王女を乗せた豪奢な馬車が進んで来る。
この馬車には勇者となった第三王女だけではなく、第三王女が平和の象徴として王国領を旅をする間の仲間も同乗している。当然のように貴族の中から選ばれた人間であり、騎士や魔法使い、神官が旅の仲間となる。らしい。
そういう話を聞いただけで、実際は違うのかもしれないし、違わないのかもしれない。はっきり言ってしまうとそれ以上のことを知ろうと思うほどの興味はない。
というか、徐々に近づいてくる馬車の周りを王国騎士が警護しているのだが、その中に見覚えのある姿を見つけたのでそちらの方が気になっている。どう見てもアルなのだが本人は騎士であることを隠していたつもりでも、こうして公の場で騎士としての姿を見せてしまえば、もうどうしようもないと思う。
それにしても何だあれは。鎧が似合い過ぎているし、正統派王子様という容貌をしているので下手をすると第三王女や同乗している旅の仲間たちよりも視線を集めているのではないだろうか。主に女性から、ではあるが。
兜でも被っていれば話は変わってきたのかもしれないが、何故か兜を被ることなく素顔を晒している。あれには一体どういう思惑があるのだろうか、と思いながらアルの姿をぼんやりと眺めていた。
またシャロは馬車の方に目が行っているのか、アルの存在には気づいていないようだった。
そんな時に、真面目に警護していたアルがふと何かに気づいたように屋根の上、つまり俺へと視線を向けた。視線を気取られたか、と思ったがどうせ見えてはいないはずと考えたのだがしっかりと目が合った上に驚いたような表情を浮かべていた。
もしかして、と思いながら人差し指を立てた右手を口元に持って行く、静かに。の動作をするとアルは神妙な様子で頷いてまた前を向いた。これはどう考えても見られている。
「マジかよ……」
「どうかしたのですか?」
「あそこにアルがいるだろ」
言いながら今は前を見ているアルを指差すと、シャロがその指差した先を見て驚いた。
「あ、本当です!アルさんって、騎士の方だったのですね……」
「今はそのことはどうでも良いんだ。問題はさっきアルと目が合ったことだな」
「……え?」
「霞に煙る我が姿で認識され難いはずなのに……どういうことだろうな?」
「どういうことだろうなって、もしかして他の方にも見えているということでは!?」
「それはないだろ。アル以外が反応した様子は……」
ないはずだ。と思って大通りに目を向けるとやはり誰も俺たちを見ていなかった。いや、違う。俺たちを見ている人間が二人いた。
一人は騎士団を率いて警護に当たっているライゼル。俺と目が合うと仕方がないな、というように小さく笑みを浮かべてから警護に戻っていた。
そして、もう一人が俺にとっては大問題だった。
「えっと……勇者様は主様を見ていましたよね……」
「おいおい……あれは確実に俺たちが見えてるぞ」
イシュタリア曰く、王家の人間以外では存在しない、王家の証ともいえる銀の髪を旅のために短く切り揃えた一人の少女が俺たちを見ていた。
どうして屋根の上にいるのかわからないまでも、自分がするべき王都の民や王都の外からやって来た人々への勇者としてのアピールをするために手を降ったりしているが、時折俺たちを見上げている。
その表情にはどうしてそんなところにいるのかという困惑と好奇心が見て取れたが、アルとライゼルに見られたのは良くないが良しとしても、第三王女に見られたのはダメだ。
「シャロ、聖剣は見れたか?」
「え?あ、いえ……腰に下げている鞘に入っているようで、あれは見れませんね」
「そうか。第三王女は?」
「姿の見えますけど……綺麗というか、可愛らしい方ですね……」
「シャロの方が可愛いと思うぞ。それで、もう良いならさっさと降りよう。というか、逃げよう」
俺は第三王女の姿を確認したが、シャロは残念ながら聖剣を見ることが出来なかった。
それでも一応パレードを見ることは出来たのだから長居する必要はない。さっさと逃げてしまおう。
本当ならパレードが過ぎ去るまでは見ていても良かったのに、どうして三人もの人間に見つかってしまったのだろうか。
霞に煙る我が姿は確実に効果を発揮しているのに、見られるなんてことは今までになかったというのに。
いや、今はそんなことを気にしている余裕なんてない。シャロを連れてこの場を離れるとしよう。
「わ、私の方が可愛い、ですか……」
「あぁ、他の奴がどう思うかは知らないけど、俺にとってはシャロの方が可愛いな」
「そ、そうですか……主様が可愛い、って……えへへ……」
素直に思っていることを口にすると、シャロは照れ臭そうに、嬉しそうにはにかんでいた。そういうところが可愛いと思うのだが、これを天然でやっているのがポイントが高いと思う。
白亜であれば自分が可愛いということをわかっていて、そういった仕草をあざとくやってくるので可愛いと思ってもあまり口にしたいと思えなくなってしまう。
そんな俺の心情くらい、白亜には、もしくは桜花にはお見通し。となっていそうではあるのだが。
「ほら、そろそろ降りるからまた少し我慢してくれよ」
「え……我慢って……あ、はい!わかりました!」
俺が何をしようと考えているのか察したシャロが心の準備を済ませて返事をしてくれた、と思う。少し嬉しそうな声色だったのは気のせいだろうか。というか頬が緩んでいるので嬉しいのは嬉しいのだろう。
もしかするとシャロは、可愛いと褒められるのにあまり慣れていないのかもしれない。だから俺に可愛いと言われたのが嬉しかったのではないだろうか。
そんなことを考えながらシャロを再度横抱きにして、屋根から飛び降りる。勿論、大通りではなく先ほど登ってきた通りに、だ。
飛び降りる際に第三王女へと目を向けると、そうして飛び降りる俺たちを見て驚いていたが特に声を挙げる様子もないのでこれ以上気にする必要はない。
地面に降り立ってからシャロを降ろして、霞に煙る我が姿を外す。いつまでも付けていても仕方がないからだ。
「……本当に、どうして見つかったんだろうな。ライ、じゃなくて団長はまだそういうこともあるか。って納得も出来るんだけど……」
「えっと……どうして団長さんは納得が出来るんですか?というか、団長さんがあの場にいたのでしょうか?」
「いたんだよ。まぁ、この世界はどうしてかマジックアイテムの誤魔化しが効かない相手もいてな。それがあの団長ならわからないでもない。って程度だ。あんまり気にしなくて良いぞ」
「はぁ……でも、それならアルさんや勇者様はどうして……?」
「それがわからないんだよ……壊れてた、とかなら全員に見えてたはずだし……本当に、どうしてだろうな……?」
シャロは俺の姿が認識出来なくなっていたのと、パレードを見ていた人々が俺たちに気づいていなかったのでまず壊れているなんてことはありえない。それなのにどうして、という疑問ばかりが浮かんでくる。
マジックアイテムを使えばある程度のことは片が付くのだが、こうした予想外の事態にどうしても弱くなってしまう。あまり頼らないようにした方が良いのかもしれない。
そんな微妙な現実逃避をしながらも、とりあえずは落ち着いて考える必要があると判断して何処かで腰を落ち着けるべきだと思った。
「一旦、家に戻るか、ストレンジに行くか、まだやってないだろうけど宵隠しの狐に行けば中に入れるのは入れると思うんだけど……」
「この場合は……一度、家に戻ってから一息ついてから考えませんか?」
「まぁ、ハロルドや白亜たちに迷惑ばかりかけるのも何だしな……よし、家に戻るか」
どうするかを話し合って、結局一度家に戻ることになった。
ストレンジや宵隠しの狐に行くことも出来るが、迷惑ばかりかけるのは良くない。まぁ、あの三人ならあまり気にしそうにないのだが、それでも俺としてはそう思った。
それに家であればシャロが淹れた紅茶を飲むことも出来る。そうすれば今より確実に落ち着いて考えることが出来るだろう。
「はい。あ、家に帰ったら紅茶を淹れますね。その、主様は、紅茶の淹れ方が……」
「はいはい。それはシャロに任せるし、正しい淹れ方ってのはまた後日だ。ピュアブラッドを開けたのが残ってるからそれを淹れてくれ」
「わかりました。でも、本来はそう簡単に淹れるようなものではないということを覚えておいてください。本当に、希少なのですからね!」
「わかってるって。まったく、紅茶のことになると元気だな、シャロは」
「そ、その言い方は何だか仕方のない子供に対する言い方みたいで、良くないと思います!」
「大丈夫だ。俺もハロルドとか白亜とか桜花に良くされるから」
「それって主様も仕方のない子だな、と思われているってことですけど、本当に大丈夫なのですか!?」
「いやいや、大丈夫だって。最近はもう反応しないようにしようかと思ってるくらいだからな」
「絶対に大丈夫じゃないですよ、それ……」
シャロの力ない、何処となく諦めが滲んでいる声を聞きながら俺は家に向けて歩を進める。アルやライゼルがわざわざ俺たちのことを口外するとは思えないが、もし第三王女が同乗していた仲間や憲兵に俺たちのことを言えば追われる可能性もある。
第三王女が勇者となった御披露目のパレードで屋根の上からそれを眺めていた人間がいる。そんなことを聞けば誰もが不穏なことを考えるだろう。
暗殺でも目論んでいたのか、第三王女が勇者に選ばれたことを知った帝国から情報収集のための人間が現れたのか、人が集まることがわかっているのでテロでも起こそうとしたのか。これくらいなら簡単に思いつくはずだ。
それの容疑者として追われるようなことがあれば厄介極まりないのでさっさと離れてしまうのが良いだろう。まぁ、この髪を見られた以上は容疑者になればすぐに見つかってしまうのだが。
「はぁ……面倒なことにならないと良いんだけど……」
そんなことを小さく漏らしてからシャロがついて来ていることを確認してから家へと歩けば、背後からは未だにパレードの音と、人々の歓声が聞こえ続けていた。




