57.少し先の約束
シャロと二人であちらこちら気の向くままに出店の商品を眺めたり、気になった物を買って食べてみたり、俺が思っていたよりもこの祭りを楽しむことが出来ていた。
楽しむことが出来ていたとは言っても俺一人だった場合はこんなに色んな物を見て回ることも、買うようなこともなかったと思う。
むしろシャロがこうして食べ歩きをしたいと言わなければハロルドから適当な仕事を請け負って、今頃スラムに潜り込んでいたのではないだろうか。
そんな非常に殺伐としている状況を思い浮かべて、シャロがいるというだけで随分と状況が変わる物だと内心で変に感心してしまった。
そして俺の状況を変えたシャロは出店で行われている飴細工に目を輝かせていた。
「主様主様!すごいですよあれ!」
「あー、飴細工な。確かにすごいとは思うけど、もうちょっと静かにしような?」
「あ……は、はい……申し訳ありません……」
別に怒っているわけではなく、純粋に周りの人や店主というか職人の邪魔にならないように。という気遣いで言った言葉だ。それを理解しているシャロは気まずそうに、もしくは恥ずかしそうに返事をしてから今度は静かに飴細工の過程を見守り始めた。
飴細工は完成した物から飾られていて、金銭を払えば普通に買い取ることが出来る。実際に先ほどから完成した物を買っている人がそれなりにいるのだが、そうした人たちは買ってからも飴細工を作る過程を見守り続けている。そしてある程度そうして眺めることに満足したら去って行く。
普通に飴を売るだけではこうはいかないが、飴細工という王都では見かけないそれはこうして王都の人間の目を惹き付けている。そして完成した物が売られ、歩きながら食べていればそれを見た人がまたここにやって来る。
そうやって客を確保しているようで、人が立ち去ったかと思えばまた新しい人が立ち寄る。という状態になっていた。
「小鳥、魚、デフォルメされてるけど犬や猫、それと……カルルカンか?」
「カルルカンさんの飴細工ですか……」
職人は飴細工用の手袋をしているが、やはり素手で触り続けた物を客出さないようにしているのだろう。もしくは単純に熱いのでそれを少しでも緩和するためなのかもしれない。
何にせよ、そうして作られた飴細工の中には先ほど言葉にしたようにカルルカンを模した物があった。
シャロはそれが気になり始めたようで、完成して並べられているそれをじっと見ていた。カルルカンが好きなシャロとしては欲しいと思っているのかもしれない。
「欲しいのか?」
「はい……でも、飴細工ですからずっと飾っておくわけにはいきませんし、だからと言って食べるのは……その、カルルカンさんの形をしているとどうにも……」
「あぁ……なるほど」
あれか。前世で言えばひよこ饅頭などの動物を模した菓子を食べるのに抵抗がある人と同じようなものか。
妙な納得をしながらシャロを見れば、それでもカルルカンの飴細工が気になって気になって仕方がない。という様子だった。
「……これは、欲しいですけど我慢ですね……」
「欲しいなら買えば良いと思うんだけど……」
「いえ、たぶんですけど、買っても食べられないような気がしますので……」
「そうか。シャロがそう言うなら俺があれやこれやと口を挟むことでもないな」
とはいえ、もはやシャロは飴職人の手元ではなくカルルカンの飴細工をじっと見つめている。
口では我慢すると言っていても、それはそれ。子供のシャロにとっては我慢すると口にしても欲しい物は欲しいのだろう。
「……主様、そろそろ行きましょう」
「飴細工を見るのはもう良いのか?」
「はい。それに……ここにいると、あれを買ってしまいそうなので……」
「そういうことか。それなら行こう」
目の前にあると欲しくなる。それならば離れた方が良い。ということだろう。
シャロがそうするというのなら、ここで立ち止まっている必要はないので移動することにした。
ただ、そうして移動している間、シャロが小さくため息を零したことから相当に未練が残っているようだった。
「……そういえば」
そんなシャロを見て、草原と丘のカルルカンから聞いた話を思い出した。なのでそれをシャロにも教えることにした。
「はい?」
「丘で群れを作ってるカルルカンに子供が出来たらしい」
「カルルカンさんの子供……仔カルルカンさん……!」
「言い難いだろ、それ。いや、それよりもだな……」
「それで、仔カルルカンさんがどうかしたのですか!?」
カルルカンの子供がいる。という話をしたら思っていた以上に食いついて来た。
もはや先ほどまでの飴細工のことなど頭にないようで、目をキラキラさせながら俺に続きを促している。
「その子供がまだ小さいからって巣で大人しくしてるみたいだな」
「カルルカンさんの巣……つまり、カルルカンさんが沢山……」
「巣って言っても群れが集まって自分たちの縄張りにしてる場所。ってことなんだけどな」
「ということは、カルルカンさん天国ですね!」
「前に巣に立ち寄ったことがあるけど、平原や丘、森にいるときよりもリラックスして横になってるとか、座ってるとか、カルルカン同士で遊んでるとか、いつもとは違う姿が見れるぞ」
「本当ですか!?あの、是非私もそのカルルカンさんの巣に行ってみたいのですが……!!」
カルルカンに誘われるままに、というか後ろからカルルカンにぐいぐい押されて巣に立ち寄った時に見た姿を教えるとシャロは自分も行きたいと言い始めた。
「残念だけど、シャロが巣に近寄ればカルルカンに追い払われると思うぞ」
「うっ……た、確かにカルルカンさんは警戒心がとても強いですから、そういうこともあるかもしれません……」
「そういうことがあるかも、じゃなくてほぼ確実にそうなるだろ」
「…………それなのに、主様はカルルカンさんの巣に行ったことがあるなんて、やっぱりずるいです!」
拗ねたように言うシャロに小さく笑みを零すと、それを見たシャロが更に拗ねてしまったようで俺を見上げてきた。その表情から不満が見て取れる。
「私だってカルルカンさんを撫でたいのに、結局あれから撫でさせてもらえませんし……それなのに主様は毎日カルルカンさんに囲まれて……それに巣にも立ち寄って普段は見られないようなカルルカンさんを見たことがあるなんて……!」
「まぁ、俺が一緒にいればそこまで警戒もされないだろうけどな」
「……え?」
「子供はまだ巣から出てこないけど、丘のカルルカンたちに子供を撫でてやってくれ。って言われてるから近々巣に立ち寄るつもりなんだけど……」
「もしかして、それって……!」
俺が何を言おうとしているのか察したようで、先ほどまでの不満そうな様子など綺麗さっぱりなくなっていた。
というか、欲しかった玩具を買ってもらった子供のように瞳を輝かせ、わくわくと心が躍っているのが見て取れる。そこまでカルルカンが好きか。と思いながら、シャロが期待している言葉を続ける。
「その時になったら一緒に行くか?」
「はい!是非ご一緒させてください!!」
微妙に食い気味に返事をしたシャロは、先ほど見ていたカルルカンの飴細工や、これから見る勇者のパレードのことをすっかり忘れて、カルルカンの巣に立ち寄る日のことを考えているような気がした。
そうして楽しみなことがあるのは良いと思う。それでも目の前のことを忘れて先の予定のことばかりを考える。というのはあまりよろしくないような気がする。
いや、よろしくないどうこうよりも単純に今は今で楽しまないと勿体ないと思ってしまう。
「シャロ、カルルカンの巣に行くってのは先の話だ。だから今はちゃんと祭りを楽しむようにした方が良いんじゃないか?」
「あっ……そ、そうですね。カルルカンさんの巣に行くのは先の楽しみにして、今はお祭りを楽しまないといけませんね」
祭りは期間が決まっているのでその間は祭りを楽しむのが良い。それをシャロも理解しているようで、とりあえずはカルルカンのことを気にしないように努めようとしている。
まぁ、シャロのことだからカルルカンのことを気にしないように。というのは無理だと思うのだが。
「でも……仔カルルカンさんを撫でることが出来ると、私は幸せなのですが……」
「難しいんじゃないか?まだ巣から出てこないくらいの子供ってことは親のカルルカンがどういう反応をするかを考えると……」
「……下手をすると、あの立派な角でグサッとか……」
「あり得るな。知ってるか?カルルカンが本気を出すとあの角で突き刺した相手を振り回すんだ。それから他のカルルカンもそれに加わって最終的には穴だらけのボロ雑巾状態になる。まぁ、凄惨な現場になるわけだ」
「……か、カルルカンさんって、思っていたよりも、その……怖いのですね……」
カルルカンと敵対するとこうなる。という話をするとシャロが怯えながらそう言った。
事実としてカルルカンは魔物を相手にしても怯むことなく容赦なく角で相手をズタズタにすることもあるので、シャロにはそのことをちゃんと理解して欲しい。
もしシャロが強引にカルルカンを撫でようとすればそういう目にあってもおかしくはないのだと、心に留めておいてもらわなければ何かあってからでは遅すぎる。少し、脅し過ぎな気もするのだが。
「とは言ってもそこまでするってことは相手がそれだけ悪辣だったとか、カルルカンが警戒して距離を取っているのに無理やり距離を詰めたり、暴力を振るったりしなければそんなことにはならないはずだ」
「でも、そういうことが起きた。ということですよね?」
「あぁ、俺がまだ子供の頃にな。剣を持った冒険者に襲われて、その時に」
ついでに言えば目の前で、だ。カルルカンの群れに揉みくちゃにされている時に、その冒険者からは俺が見えていなかったようだったが、カルルカンの角を目当てにやって来たのか剣を抜いていた。
その剣でカルルカンに斬りかかった瞬間に横っ腹を角で刺され、怯んだ瞬間に別のカルルカンが背中から一刺し。その時点でどう考えても助からない状態だった。
それでもカルルカンは容赦なく複数で襲い掛かり、気が付いた時には冒険者がボロ雑巾になっていた。
冒険者が動かなくなってからカルルカンたちは俺の傍に寄り添い、口々に大丈夫だったか、怪我はないか、危ないことがあったら助けるから逃げて来れば良い、などと言っていたので、逃げなかったのは俺が狙われていると思ったから、ということだったようだ。
「あれでカルルカンの角が凶器になるって理解したもんだ。まぁ、俺に対しては構ってくれって来るだけだから怖いとは思わなかったけど」
そう、確かにカルルカンはいざとなれば人を殺すだけの力を持っていると、集団で襲うことで相手に抵抗する暇も与えずに絶命させるとわかっても、特に怖いとは思わなかった。
まぁ、スラム街で生きていた時でもあったのでいつ死んでもおかしくない状況で、カルルカンたちが俺に対して敵意を持っていないとわかっていたから。ということもあるのだが。
「そう、ですか……」
「どうした。カルルカンが怖くなったか?」
神妙な様子のシャロにそんなことを聞いてみると小さく首を横に振ってから答えた。
「いえ、そういうことではなくて……カルルカンさんを傷つけようとする方がいるのが、ちょっと……」
「そっちか。まぁ、角が薬の材料になるって話だから狙われるのも理解は出来る。ただ……カルルカンは強いのと群れを成してるってことで簡単には角を獲ることは出来ないだろうな」
「角が薬の材料になるとしても、カルルカンさんを狙うのは良くないと思います!」
「人ってのは欲深いからなぁ……」
金になるのであればそれを狙う。というのは昔から人間であれば行ってきたことだ。
誰もがそうだ、とは言わないが一定数はそういう人間がいるものだ。そう俺は思っているし、シャロとしてもある程度はわかっていると思う。
それでも思うところがある。といったところだろう。
「そういうもの、ですか……」
「そういうものだな。ほら、それよりも次は何処に行く?」
「あ、そうですね……次は……」
話をして、やはりシャロは人の汚さも醜さもあまり知らないのだな。と思った。
シャロくらいの子供であればそうした物とはきっと無縁なはず。だからそれも当然のことだ。ただ、王都で冒険者になった以上はそうした人の汚さも醜さも直視することになるだろう。
そうした時に、そういうものだと知っていてもあまりの醜悪さに顔を歪めてしまった俺よりも強い衝撃は受けることになると思う。
どうか、そんなことが起きても、心が折れず、真っ直ぐに、優しくて素直なシャロのままでいて欲しいものだ。




