4.エルフ(ロリ)とパンケーキ
里を出るということがシャロにとってどういう意味があるのか。考えるには色々と情報不足なのだが暇つぶし程度にはなると思い、少しばかり考えていると店員が料理を手にやってきた。
「お待たせいたしましたぁ。こちらご注文の品になりまぁす」
言いながら持ってきた料理をテーブルへと並べていく。
注文してからあまり時間は経っていないが、客が他にいなかったから思っていたよりも早く料理を持ってくることが出来たのだろうか。何にしろ、料理が来たのであればさっさと食べよう。
そう思いながらテーブルの上に並べられた料理を見る。料理と言ってもサンドイッチやパンケーキ程度のものだ。それと、俺の前にはコーヒーが置かれ、シャロの前には紅茶が置かれた。
シャロが戸惑っているのを尻目に俺はサンドイッチに手を伸ばす。口にしてみれば意外と美味しい。一つ食べ終えてからコーヒーの味を確かめるとこれも悪くない。
もしかするとまた来るかもしれないので店名と場所を覚えておこう、と心の中で決めているとシャロが口を開いた。
「あ、あの……主様……」
「どうした」
「えっと、これは……?」
「間違えて注文しただけだ。俺一人で食うには少し量が多いからそのパンケーキはお前が食え」
「で、でも、これは主様がご注文した物で……」
「お前が食え」
「は、はい!」
うっかり注文しすぎてしまったが無駄にするわけにはいかないと思い、シャロに食べるように言ったのに食べようとしない。
このままだと食べるように言う俺とそれを断るシャロの図が出来上がりそうだったので少し強めに食べるように言った。半分ほど命令だったような気もするのだが。
それでもその甲斐あってというべきか、シャロはおずおずとパンケーキへと手を付け始めた。
パンケーキを口にしたシャロは驚いたように少しだけ目を見開くと、美味しかったのか次々とパンケーキを口へと運んでいく。
小さな口へと運んでは一生懸命に咀嚼して飲み込む。小動物が美味しい食事に夢中になっているようなその姿は素直に可愛いらしいと思えた。
あまりジロジロ見ていてもシャロの食事の邪魔になるかもしれないので、サンドイッチを食べながら時折様子を見る程度にしておこう。これだけ一生懸命に食事をしているのだから気づかないかもしれないのだが。
そうして食事を続けていたのだがサンドイッチとコーヒーという軽めのメニューだったためにすぐに食べ終えてしまった。特にすることもない俺はテーブルの上に未だ置かれているメニュー表へと手を伸ばして、惰性でメニューを確認する。
何か面白い物でもあるかと思ったが特に変わり種はなく、せいぜい俺が見逃していたデザートの一覧があったくらいだ。次に来た時にでも頼んでみようか、なんて取り留めのないことを考えてからメニュー表を元の位置に戻す。
シャロに目を向ければパンケーキが七割ほど消えていた。そう大きな物ではなかったが、シャロにしてみればなかなかの量になっているようで先ほどよりも食べる速度が落ちている。満腹にはならないまでも、やはり腹の中に溜まってきているのだろう。
それでも先ほどまで話していた時より表情が柔らかくなっているというか、パンケーキを口にする度に幸せそうに頬が緩んでいるので見ていて飽きない。
そんなことを考えながら見ているとふと顔を上げたシャロと目が合った。俺がすでに食べ終えていることに気づいたのか慌てたように表情が変化し、急いで食べようとし始めた。
「気にせずゆっくり食え。どうせ俺もだらだらコーヒーを飲むんだ、焦る必要はない」
言ってからコーヒーを啜る。少しばかり時間が経っているせいで冷めてしまっているが、不味い物には慣れているのでこれくらいどうということはない。
「は、はい……あの、ありがとうございます」
礼を言われるようなことはしていないのだが、シャロはそう言うとゆっくりと食事を再開した。
その後、シャロが食事を終えるまで俺は言葉通りにだらだらとコーヒーを味わい、表情に出さないまでも何処か満足げなシャロが食後の紅茶を口にする頃には二杯目のコーヒーを注文していた。
ついでに、流石に冷めてしまっているのはわかっていたのでシャロには新しい紅茶を頼んでおいたので、冷めて味の落ちた物ではない。
これはシャロに気を遣っているというわけではなく、単純に美味しい物を口にした際のシャロの反応が見てみたいという理由での行動だ。
食後の紅茶を口にしたシャロは予想通りというか、ほっとした様子で頬を緩ませていて普段はこういった物を口にはしていないのではないか、という風に思えてしまう。
これが人間であれば俺と同じようにスラムの出身だからだとか、貧しい村の出身だから、などの理由が思い浮かぶがエルフの里ではそういったことがあるのだろうか。もしくは、エルフの里ではこうした食べ物と縁がないのかもしれない。
「なぁ、エルフの里ってのはこういった物は食わないのか?」
「紅茶は里でも飲みますが、この、ぱんけーき?は初めて食べました。ふわふわしてて、冷たいアイスクリームとメープルとチョコレートのソースが甘くて美味しかったです」
「へぇ……となると、もしかしたら王都で食える料理の中には食ったことがない料理も結構あるかもな」
「食べたことのない……」
「確か、第三王女が聖剣に選ばれて勇者として認められた。とかで近々王都では祭りがあったな。普段は扱われない異国の料理なんかも食えるんじゃないか?」
「異国の料理……」
「帝国領は無理だろうけど、王国領や友好関係を築けてる隣国の料理なら普通に食えそうだな」
「…………美味しい料理がたくさんある、ということですか?」
「そういうことになるな」
王都とエルフの里では食べる物が異なることを理解して、そういえばと近々行われる祭りでは王都の料理や隣国の料理も食べられることを思い出したのでそれをシャロに伝えると目がキラキラとし始めた。
その様子を見てやはり子供だな。と思い、そんな子供が女神からの神託とはいえ見知らぬ男を主として世話をするだろうかと疑問が湧いてきた。
「何にしろ、金を稼がないと食えないどころかここで生きていくことも出来ないけどな。とりあえず、冒険者登録に必要な登録料と住む場所くらいは探してやる。伝手があるから何とかなるはずだ」
「え……でも、まとまった額が必要になるのですよね。それを出して頂くなんて……」
「イシュタリアの神託が原因で出てきたんだろ。ならそのくらいの面倒は見るさ。イシュタリアが関わってなければ放っておくんだけど……まぁ、良いか」
「あ、あの……すいません……」
「……気にするな。お前もイシュタリアの被害者みたいなもんだ」
そう、イシュタリアに神託のせいでこうなっているのだから俺もシャロも被害者みたいなものだ。ただそれだけでシャロがエルフの里を出てきた訳ではないような気がする。
「一応名乗っておく。俺はアッシュ。この髪が原因で灰被りなんて呼ばれたのが名前の由来だ」
「灰被り、ですか?」
「そうだ。俺はスラム街の出身だからな。親が付けた名前より、灰被りの方がらしくて気に入ってる」
「スラム街……っ!?」
「……イシュタリアは俺がスラム街の出身だって知ってるはずなのに、伝えてなかったのか」
スラム街の出身だと伝えるとシャロは驚いた様子で俺の顔を凝視していた。
当然の反応だ。スラム街の人間に関わろうなんて普通は思わない。知らなかったからこそ世話をするなんて言えていたのだろう。
「す、すいません!その、知らなかったもので……」
「良い。そういうのは慣れてるからな。それよりそろそろ冒険者ギルドに向かうぞ」
言ってから俺は席を立つ。食事も、食後のお茶も終わりだ。ならここに長居する必要はない。
言い方が少しきつくなってしまったことを少しだけ後悔する。
「あ、主様!待ってください!」
後ろから聞こえてくる声に応えず、料金を払ってからカフェを出る。
慌てて後ろから俺を追ってくるシャロの気配というか、動いている音を聞きながら先ほどのシャロの驚きと戸惑い、そして瞳に浮かんだ嫌悪の色を思い出す。
スラム街がどういう場所か、どういう住人が住んでいるか、どういった生活をしているのか、それらを知っていれば当然の反応だということはわかる。
それでも、気に入らないというか、少し苛ついてしまう。
好きでスラム街に住んでいたわけじゃない。好きでスラム街で生きてきたわけじゃない。
それなのにたったそれだけの理由で判断されたり、評価されたり、嫌悪されるのは慣れていても気分の良い物ではない。
そうした偏見は昔からあるがどうしたって快く思える要素がなく、肉体に引っ張られたせいか精神的にもっと幼かった頃には露骨に態度にも出ていた。
そうした昔のことがあったと言ってもまだ子供のシャロに対してきつく当たるのは良くない。そう頭では理解しているはずなのに、この有り様だ。
「冒険者登録には少し時間がかかるから何か依頼を受けるつもりなら急いだ方が良いかもしれないな。薬草の採取みたいな金にならない依頼しか残ってなかったり、自分に合わない依頼しか残ってなかったら面倒だろ?」
取り繕うように言葉を吐き出して苛立ちと自己嫌悪を誤魔化そうとしたが欠片ほども効果はなかった。それでもそんな内心を悟らせないようにする程度の効果はあったようで、シャロは俺の気分を害したと焦ったり急に立ち上がったことをいぶかしむことはなく、それもそうか、と納得しているようだった。
「なるほど……それなら確かに急いだ方が良いかもしれませんね」
「時間的に大した依頼はないだろうけど……冒険者登録してすぐは簡単な物しか受けられないからその辺りは問題ないはずだ」
歩く俺の後ろをついて来るシャロは小走りで離れないようにしているのか少しばかり忙しない足音が聞こえる。
ありえないことだがその足音が先ほどの俺を責め立てているように思えてそれ以上には何も言わず、ただ冒険者ギルドへと向かって黙々と歩を進めた。