55.熱砂の国の料理?
話が終わってからフィオナとシャーリーに別れを告げ、冒険者ギルドを出た。
そして、話をしている間に大通りには人が増え、先ほど見たよりも活気に溢れていた。
「さて……シャロ、ちゃんと稼いだ金は持ってきたな?」
「はい、大丈夫です!」
「そうか。それなら……まずは何処の出店で食べるかな。それとも、小物とかあるようならそれを見るか?」
「そうですね……美味しい料理が食べたいので、何処か良い場所があれば良いのですが……」
「そうだなぁ……どういったのが食べたいんだ?」
「えっと、砂漠の国の料理とか、少し興味があります」
「砂漠の国か。正式な名前は知ってるか?」
「確か……熱砂の国、セウフィティス。全方位を砂漠に囲まれた、日中は照り付ける太陽の熱が、夜は一気に気温が下がることから寒さが、その寒暖差がとても厳しい国だったはずです。砂漠ということですから、水不足に苦しんでいる、と言われますね」
「勤勉だな。ただ訂正するならセウフィティスの三代目の王がイシュタリアに貢物をして、その慈悲を頂戴したらしい。それのおかげで定期的に雨が降るようになって水不足は解決した。って言われてるぞ」
「なるほど……天候を操るとは、流石イシュタリア様ですね!」
「……まぁ、そうなんだけど……金銀財宝を国庫を枯らすほどに貢いでようやくだったらしいからな……」
イシュタリアから聞いた話なので本当のことだとは思うが、当時のセウフィティスにあった国庫を枯らしてようやく定期的に雨が降るようになった。というのは三代目の王は随分と苦しい決断をしたのではないだろうか。
だが水不足を解決することが出来たというのはセウフィティスの歴代の王の中でも偉業と言えることなのでそれだけの価値はあったはずだ。
「いや、俺たちが気にすることじゃないか。それじゃ、まずはセウフィティスから来た店を探そう」
「はい!」
セウフィティスから来た人間は特徴的な服装をしているのですぐにわかる。まぁ、民族衣装という奴なのだが、最もわかりやすい点としてターバンを巻いているので一目でわかるはずだ。
そう考えてから大通りを少し進むと肉の焼ける匂いがしてきた。その匂いの発生源に目を向ければ串に刺さった何かの肉を焼いている、ターバンを巻いたふくよかな男性の姿を見つけた。匂いから香辛料を使っていることがわかるので、場合によってはシャロにはきついかもしれない。
それと何の肉なのか、それによってはシャロが口にしたがらない可能性もある。買う前に何の肉なのか確認するとしよう。いや、それよりもあれを食べるかどうか、シャロに聞かなければ。
「シャロ、あそこにいるのがセウフィティスの人間だ。ターバンってのを頭に巻いてるからわかりやすいだろ?」
「ターバン……あそこの、この辺りでは見ない恰好をしている方が頭につけているやつですよね。民族衣装、という物でしょうか?」
「まぁ、そういうことだ。こうして他の国から来る場合は自分が何処の国の人間なのかわかりやすくした方が集客しやすかったりするから、ああやってわかりやすい恰好をするようにしている。はずだな。昔そういう話を聞いた気がするな……」
「なるほど、と納得しそうになりましたけど、最後の言葉で台無しですよ……?」
「仕方ないだろ。そんな話を聞いた気がするってだけだからな。でもあり得る話だって思うんだ」
「それは……確かにそうですね……私のように異国の料理を、と考えているのであれば何処の国の方なのかわかれば、立ち寄り易いですから」
酷く曖昧な話ではあったが説得力があったので、そのことを言えばシャロも納得したようだった。
実際はそういう話をするためにセウフィティスの人間を見つけたわけではないので、本来聞かなければならないことを聞く。
「だよな。それで、あそこで売ってる物でも食うか?」
「あれは……何かのお肉を焼いている、ようですね」
「何の肉なのかわからないけど……あと、もしかするとシャロには辛いかも。って思ってる。先に何の肉なのか、聞くだけ聞いても良いかもな」
「そう、ですね……好き嫌いとは違いますけど、食べられないと思うようなお肉だと、いけませんからね」
そう二人で結論を出してからその店へと歩いて行く。するとすぐに人が近づいて来ていると気づいた店のたぶん店主が人当たりの良い笑みを浮かべて言った。
「いらっしゃい!お兄さんと……妹さんかい?」
「そんなところだ。それで、ここは何を売ってるんだ?」
一々本当の関係を教えるのも面倒だったので兄妹ということで通すことにした。
一瞬だけシャロが何か言いかけたが、それを止めてから何を売っているのか、ひいては何の肉なのかを聞くと、自信満々に答えた。
「これ?これはコカトリスの串焼きさ!」
「コカ、トリス……?」
コカトリス。首から上と下肢が雄鶏、胴と翼がドラゴン、そして尾が蛇という見た目の魔物であり、非常に狂暴で強力な毒を持つことからコカトリスの討伐依頼に参加することが出来るのはBランクの冒険者からになる。
このランクについては冒険者ギルドでも言われたが、ピンからキリまであるのでBランクに上がったばかりの冒険者が挑戦して亡くなった。という話を聞いたことがある。
コカトリスはどうしてから砂漠や岩場を好んで生息しているためにセウフィティスの周辺での目撃情報が多い。そして、コカトリスの肉は非常に美味いということで知られている。だからこそセウフィティスではコカトリスの肉を食用としているとは聞いていたが、まさか王都でその串焼きを販売しているとは思わなかった。
「よし、買おう」
「え?」
「コカトリスの肉は美味いって話だ。まぁ、魔物の肉だからって敬遠する気持ちもあるだろうけど、王都だとまずお目にかかれないからな」
「なるほど……魔物のお肉、というのは少し抵抗がありますけど……美味しいなら……!」
「おぉ、王都の人間が知ってるってのも珍しい!確かにコカトリスって魔物の肉だから最初は食べずらいかもしれないけど、美味いから食ってみなよ!」
「それなら二つだ」
「毎度あり!一つ五百オースだから、千オースよろしく!」
「あぁ、わかった」
さっさと千オースを支払って串焼きを二つ受け取る。そして一つをシャロに手渡した。
「えっと……自分で支払いますよ?」
「いや、俺が出す。いきなりコカトリスの肉を食えって言われて戸惑うシャロを巻き込んでるからな」
「……わかりました。そういうことでしたら、有難く頂いておきます」
どう考えても納得はしていないが、俺が引かないと理解したであろうシャロはそのまま串焼きを受け取った。
シャロは自分の分は自分が払うと考えているのだが、俺としてはいきなり魔物の肉を食う。という選択をしてしまった以上は俺が出すべきだと思った。
それに魔物の肉を食うというのは文化や風習によっては当然のことだが、シャロがどう思うかわからないのに押し切ったことに対する詫びのようなものでもある。
「お、自分の分は自分で出したいってことかい?まだ小さいのにしっかりしてるじゃないか」
「あぁ、本当にな。もう少し甘えて欲しいもんだよ」
「あっはっは!妹に甘えてもらえなくて寂しいってところかな?でも、子供が成長するっていうのはそういうことだから、気を落とさないようにしないと!」
「気は落としてないんだけど……」
これからどんどん甘やかしたいから甘えて欲しいと言ったのだが、店主には妹が甘えて来なくなったことを気にしている兄。というように映ったようだった。
これを否定するのなら多少なりと事情を説明しなければならないし、それを否定しても俺が拗ねているだけのように映りそうだったので、それ以上は何も言わずに串焼きに口を付けることにした。
大きく切り分けたコカトリスの肉に、黒胡椒を振りかけて焼いているようで、シンプル故に不味いことはない。ということがわかる串焼きだ。
こういうのは豪快にかぶりつくのが食べやすいというか、ちまちま食べるよりもその方が美味く感じるような気がする。なのでそのまま一気にかぶりつく。
流石魔物の肉というべきか、良く引き締まっている。そして非常に歯応えがあり、噛むほどに肉の旨味が溢れてくるようだった。振りかけられた黒胡椒だけが味のアクセントになっているのだが、コカトリスの肉は焼くだけでも充分に美味い。となればあれこれと余計な味付けをしない、この焼き方が一番のような気さえする。
これは初めて食べるが、非常に美味い。最初にシャロがセウフィティスの料理が食べたいと言っていたから立ち寄った程度だったが、立ち寄って正解だった。
「美味いな」
「セウフィティスでも伝統的な食べ方で、更に言えばうちのコカトリスの串焼きは美味いって評判だから当然さ!」
「店を構えてるのか?」
「宿兼酒場ってところだけど、セウフィティスにお越しの際は是非うちに!」
「行くことがあればな。それよりも……シャロ?」
流石商売人ということだろうか。自分のところの串焼きは美味い。そして宿兼酒場を経営しているのでセウフィティスに来るのであれば立ち寄って欲しいと見事に宣伝されてしまった。
それに対して行くことがあれば。という行く気のない返事をしてから、ずっと静かにしているシャロの名前を呼ぶ。
様子を見てみれば無言でもぐもぐとコカトリスの串焼きを食べていた。黒胡椒を使っているのでシャロには少し辛いかもしれないと思ったがそんなことはなかったようだ。というか、幸せオーラ全開で食べているので相当気に入ったのだと思う。
「……ダメだな。食うのに夢中になってる」
「いやぁ……商売人としては、自分のところの商品を気に入ってもらえるのは嬉しいね」
「……名前は?」
「ん?」
「その宿兼酒場の名前を教えてくれ。シャロが気に入るような料理を出す場所なら、機会があれば行くかもしれない」
「おぉ!そういうことなら……うちは風渡りの止まり木って名前でやってるから、是非来て欲しいもんだよ」
「風渡り……まぁ、宿ならそういう名前にもなるか」
風渡りというのは、旅人のことを意味している。風が吹けばふらりと国から国へと渡り歩く。ということからそう呼ばれるようになったらしい。
そして宿ということは、そうした旅人をターゲットにしていることになる。だからこそ、その名前に納得したのだ。
「旅人さんがお客さんになるからね。これを決めたのはうちの奥さんなんだけど、これがまた美人で……私にとってはイシュタリア様以上の美女なんだ!いや、まぁ……イシュタリア様のお姿を見たことはないんだけどねぇ……」
「へぇ……お熱いこった。セウフィティスにある風渡りの止まり木な。行くことがあれば立ち寄らせてもらうよ」
「よろしく頼むよ。こうやってちゃんと稼いで、宣伝をして帰らないとうちの奥さん、怒るからさ」
「商売人気質な奥さんってことか」
「そういうこと!」
流石客商売をしているからか、話をしていて非常にテンポ良く返事が返ってくる。客との会話も集客力に関わってくるのでもしかするとこの店主はやり手なのかもしれない。
そんなことを考えながらコカトリスの串焼きを食べ終わり、まだ夢中で食べているシャロを待つことにした。




