54.二人の変わった距離感
シャロとシャーリーの二人と話をしているとフィオナがギルドの奥から出てきて、急ぎ足で俺たちに近寄って来た。
近寄って来たのだが、シャーリーがいることに対して少しばかり不思議そうにしている。
「個室の利用許可、頂いてきましたよ」
「そうか、悪いな。わざわざ個室なんて頼んで」
「いえいえ。それより……どうしてシャーリーが……?」
「これからの話に私も同席しようかと。昨日のことが関係するのであれば、私には無関係。ということはありませんので」
「あー……確かに、それもそうですね。でしたら、これから個室まで案内しますから、シャーリーもついて来てくださいね」
言われてみればその通りだ。とでも思ったのかそれ以上は何も言わずに俺たちに背を向けた。それから歩き始めたフィオナを追って俺たちも歩き出す。
案内されたのは昨日使っていた個室で、個室の中に入ると俺とシャロが隣り合って座り、対面にフィオナとシャーリーが座る形になった。
そして、その状況で真っ先に口を開いたのはフィオナだった。
「えーっと……話をしたいということでしたけど、その前に聞きたいことがありまして……」
「俺とシャロについて、か?」
「はい。昨日アッシュさんと話をしていたら、急に用事が出来たと言ってから帰っていきました。まだ色々と聞かなければならないこともあって、どうしたら良いのかあれこれと考えていたのですがアッシュさんとシャロさんは先ほど見た限り、何ら問題がない、というか非常に仲が良くなっていましたから……何があったのか、どうしてそうなったのか、教えて頂けますよね?」
「何があったのか、ってのは少し事情があって言えない。どうしてそうなったのか、ってことなら話せる」
「むぅ……事情がある、と言われると追求出来なくなるのが冒険者ギルド職員の悲しいところですが……でも、気になりますよね……」
気になりますよね、と言いながら俺とシャロを交互に見るその動作は出来ることなら何があったのかを聞きたいということだろう。
それはシャロが人攫いに攫われた。ということを話さなければならないことや、どうやってそれを見つけたのか、どういう解決をしたのか、話さなければならなくなってしまう。
灰のことだけは絶対に教えるわけにはいかないので、やはり説明することは出来ない。
「無理な物は無理だ。言いたくない、ってよりも言えないんだ」
「……そうですか。それを無理に聞き出すわけにはいきませんね……」
それに灰のことはシャロにも言っていない。シャロとしては気になっているはずだが、白亜との会話で一度だけ灰について触れただけで、それ以外は一切話題にしていないことから俺が話したくないと気づいているのだと思う。
いつか俺が話をしてくれる。そう信じてくれているのかもしれないが、灰については物が物なのでそう簡単に教えることは出来ないで、教えるにしてももっと先のことになるだろう。
「それなら、どうしてそうなったのか。それを教えてください」
「そう難しい、というか変わったことがあったわけじゃないぞ。ただ、ちゃんとシャロと話し合うことにしただけだ」
「話し合う、ですか……」
「単純な話だよな。でも、俺はそれをしてなかった。だから、話し合うってだけでこうも変われたのかもしれない。いや、シャロが優しいからこそかもな」
単純に話をしただけではきっと俺とシャロの関係は既に破綻していたと思う。そうはならなかったのは、シャロがそんな俺でも傍にいたいと言い、受け入れてくれたからだ。
これを優しいという言葉で片付けて良いのかどうかはわからない。それでも、詳しく説明するのは非常に難しいというか、俺自身が言いたくないというか。まぁ、結局はこれも説明しづらい。
「別に、私が優しいというわけではないと思います。ただ、主様が真剣に私に向き合ってくれて、本心を打ち明けてくれて、だからこそ主様のことが少しでも理解することが出来たような気がして……それから他にも理由はありますけど、主様の傍にいたいと思えました」
「有難い話だな。まぁ、これからはシャロが愛想を尽かさない限りは傍にいるさ」
「私が主様に愛想を尽かす、ということはないと思います。でも……主様に迷惑をかけ過ぎて、主様に愛想を尽かされるのではないか、と不安はありますね……」
「……二人して同じことを考えてる辺り、実は気にしなくても良いのかもな」
「ふふ……そうですね。でも、だからって迷惑ばかりかけるわけにはいきませんね」
どうやらお互いに相手に愛想を尽かされないか、不安に思っていたようだ。
俺としてはシャロに対して愛想を尽かせる。ということはないと思っているし、シャロの言う迷惑というのはどうにも大したことがないようなので気にする必要もないだろう。
いや、もしかしたらその迷惑というのが甘えすぎないように。ということであるのならばそんなことは気にせずに甘えてもらいたいものだ。
そんなことを考えているとフィオナが何とも言えない微妙な表情を浮かべているのが視界の端に映る。
「……何と言えば良いのか……こう、仲良くなりすぎでは……?」
「昨日のことを思えば、妙な距離を空けることもなく、壁を作ることもない。という今の状態はとても良いのではありませんか?」
「そうですけど……私が意を決してアッシュさんに話をしようとしたことってまだ途中なのに解決されてるんですよねぇ……私、必要でした?」
「さて、どうでしょうか。私にはそれを判断することは出来ませんね」
「そこは嘘でも私が話をしたから、くらい言ってくださいよぉ……」
フィオナは自分のしたことに意味があったのか、と少し落ち込んでいるようだった。俺としてはフィオナが話をしてくれたからこそシャロと向き合うことが出来たので、感謝しているのだが。
まぁ、そうした感謝を伝える前にこうしてシャロと喋っているので、こうなってしまったのも仕方がないのかもしれない。
それにこのままでは本当にしたかった話が出来ないので、ちゃんと礼を言っておかなければ。
「フィオナ」
「……何ですか?」
「昨日はわざわざ時間を取って話をしてくれてありがとうな」
「私がシャーリーに愚痴ったので気を遣ってくれてます?」
「いや、俺とシャロが来たのは、昨日の話の続きってよりも礼がしたくて来たんだ」
「本当ですか……?」
完全に拗ねてしまったのか、どうにも俺の言うことを信じてもらえない。
まぁ、はっきりと聞こえる大きさの声であんなことを言われたのだから、気を遣ってそう言ったとしてもおかしくはないので仕方ないとは思う。
「本当ですよ。今朝、主様からフィオナさんとシャーリーさんにお礼を言いたいと聞いて、こうして足を運んだのですから」
「……シャロさんが言うなら、本当みたいですね……」
「おい」
「いやぁ……ほら、シャロさんって嘘とかお世辞が言えないタイプな気がして……アッシュさんは必要なら平然と嘘を言うくらいしそうですからね」
「そうか」
「……流石に、怒っちゃいました?」
「いや、否定しようがないと思ってな」
「えぇー……アッシュさん、それで良いんですか?普通は怒りますよ?」
「いや……まぁ、俺はろくでなしだからな。それくらいの自覚はある」
軽い冗談のつもりで口にしたのであろうその言葉を、俺は否定のしようがない事実なので甘んじて受け止めることにした。ただ、それがフィオナは淡々とした答えだったので怒らせてしまった。と思ったようだった。
それなのに俺が怒っていないどころかその言葉に納得しているのでフィオナは困惑してしまったのか、シャーリーに助けを求めるように視線を投げかけていた。
「フィオナ、どうにもアッシュさんは基本的に自分のことを悪く言われても大半をその通りだと平然と受け止めるか受け流す人のようです。ですからフィオナの冗談程度、気にすることはないようですね」
「……メンタル強すぎません?」
「強すぎるのであれば昨日のような姿は見せないと思いますが……」
「別にメンタルが強いってわけじゃないんだけどな……まぁ、昔色々あったんだ。耐性があるってだけだと思うぞ」
シャーリーの言う通りだと思う。俺が悪く言われても平然としていられるのは俺のことを特に知らない人間に何を言われてもどうでも良いと思っていること、スラム街では蔑称で呼ばれるのが当然だったのでそれよりも悪い呼ばれ方なんてほとんどされないことなどがある。
というか残飯食い漁って泥水啜って金になる物はないかとゴミの中に頭を突っ込んで他人に唾を吐きかけられようと暴力を振るわれようと必死に生きてきた身としては今更そうした言葉を聞いても心が痛むことはない。
むしろそうしなければならない状況だと悟り、そうして生きていた間の方が余程苦しかった。よく狂わずに生きていられたものだと一瞬考えたが、強引に俺の世話をした存在を思い出して、あれのおかげだったと言うことを理解した。理解したが、感謝する気にはなれなかった。
まぁ、それは置いておくとして。そういったことから気にならないだけでメンタルが強いわけではないと思う。
「えー、本当ですか?」
「本当だ。まぁ、それよりも……」
「それよりも?」
「礼がしたい。何か、出来ることはあるか?」
「あ、私も何か出来ることがあれば……」
「あー……本気でお礼をしに来たんですね……そうですねぇ……」
そこで言葉を切ってから考えるそぶりを見せたフィオナは一瞬だけシャーリーに視線を向けてから、俺を見て口を開いた。
「出来ることと言えば、近々当ギルドからBランクの依頼が出てくると思います。それに参加していただけますか?」
「……シャーリー?」
フィオナの言っているBランクの依頼というのはシャーリーが言っていた物と同じだろか。そう思ってシャーリーの名前を呼べば、どういう意図で名前を呼んだのか察してくれたシャーリーが口を開いた。
「ええ、先ほど私がお話したものと同じだと思います。折角ですので、私とフィオナに対して何かお礼がしたい。ということであればこの依頼を受けてみては如何でしょうか。私たちとしましては、当ギルドからの依頼を達成していただけると言うのは大変助かりますので」
「…………それだと、私は何も出来ませんね……」
「シャロさんは……えーっと……?」
Bランクの依頼となると、シャロは当然参加出来ない。
それでもシャロも二人に何か礼をしたいと思っているようで少し落ち込んだように見える。
どうしたら良いのかとフィオナが言葉を探しているとシャーリーが俺を一瞬だけ見てから言った。
「……そうですね、ではアッシュさんの帰りを待ってあげてください」
「は?」
「えっと……それはどういうことでしょうか……?」
「ランク付けされた依頼とはいえ、その内容によっては危険度が随分と変わってしまいます。今回予想されているのはBランクと言え、可能性の話ですがAランク相当の依頼になってしまう可能性もあります。ですので、そうした危険な依頼を受けるアッシュさんが安心して帰って来ることが出来るように、シャロさんが待っていてあげてください。ということです」
言い切ってからもう一度、一瞬だけ俺に視線を向けるシャーリーに、どういう意図でそう提案したのかを察して俺もその提案に乗ることにした。
「あー……そうだな、Bランクってことは遠征の可能性もあるからその間あの家のことを任せても良いか?掃除もしないといけないから、放っておくわけにはいかないし……それに、さっき話し合ったけど桜花に頼んで料理を教えてもらうと良い。そうすれば並んで料理するにしても、バリエーションが増えるからな」
「家や並んで料理というのが少々気になりますが……アッシュさんの言う通りにしてみては如何でしょう。アッシュさんが安心して依頼に取り掛かれるとなれば、それだけ依頼の達成率が上がる……かもしれません。ですから、私やフィオナとしても助かります」
どう考えても礼になるわけがないのだが、シャロに出来ることと言えば現状ではこれくらいだろうということで俺も提案したが、少しばかり引っかかる物がありつつもシャーリーがそう締めた。
大人二人に次々に言葉をかけられたせいなのか、それともそういうのも悪くないと思ったからなのか、それはわからないがシャロも納得してくれたようだった。
「そ、そうですね……主様の帰りを待つのも、お世話役としては必要なことですし、それで依頼が達成出来るのであれば良いことですよね!」
「そういうことだ。だから、頼めるか?」
「はい!お任せください!!」
「うわぁ……子供を丸め込む、悪い大人が二人も……!」
「フィオナ?」
「あ、何でもありません。はい、何でもありません!」
フィオナの言うように完全に子供を丸め込んだ悪い大人二人な俺とシャーリーだったが、余計なことを言うな。とでも言いたげなシャーリーに名前を呼ばれて何でもないと顔を逸らしながら言った。
別に怒っているわけではなく、余計なことを言って纏まった話が拗れるのを嫌がったのだろう。
何にしろ、これで本来の目的は達成出来たので、ようやくシャロが楽しみにしていた祭りに行けそうだ。
まぁ、問題があるとすれば今後出てくる冒険者ギルドの依頼に参加しなければならないことで、その間のシャロの安全と依頼中に死ぬようなことがないようにしなければならないので、今のうちに色々と用意をしておく必要がありそうだ。




