51.関係は良好、穏やかな朝
結局イシュタリアが帰って言ったのあれから随分と二人で会話を続けてからだった。そのせいか思っていたよりも遅い時間に眠りにつくことになった。
それでも今までよりも早い時間に眠りについたことを考えると、シャロが来てからは本当に規則正しいとまでは言い切れないが、マシな生活になったような気がした。
まぁ、ひとまずそんなことは置いておくとして、朝になればシャロよりも早く目を覚まして朝の支度を進める。
今までは朝起きてから支度をして、ストレンジに向かい、シャロと共に食事をする。としていたが今日からは違う。ストレンジに行けばハロルドが食事の用意をしてくれるかもしれないが、せっかく同じ家に住んでいるのだからちゃんと食事を作って、家で食べるようにしようと思う。
わざわざ朝食の支度をするのはいつぶりだろうか。と考えながら手早く、かつ簡単に出来る物を作っていく。まぁ、スクランブルエッグやハムを焼いたり、パンを取り出したりスープを作るという非常に簡単で特に苦労するようなこともない程度のものだ。
祭りでは異国の料理が食べられるので朝は軽い物で充分だ。と俺は考えている。
シャロは食べたことのない料理が食べられると楽しみにしていたので俺の判断は間違っていないはずだ。
もうすぐ朝食が出来上がるという段階で一度火を落としてからシャロを起こすために二階へと上がる。
空き部屋はいくつかあって、そのうちの一つをシャロが使っている。最低限の家具は元々用意されていたので、シャロが必要だと思えば家具を買ってきて配置しても良いと言ってあるので、今後増えていくかもしれない。
そんなことを思いながらシャロの部屋の前に立ち、扉を軽くノックする。
「シャロ、朝になったけど、起きてるか?」
声をかけてみたが反応は返って来ない。人の動く気配もない。どうやらまだ眠っているらしい。
「……シャロ!起きろ!」
再度声を大きくして呼びかけるがやはり反応は返って来ない。
このまま寝かせていては朝食が無駄、にはならないだろうが冷めてしまうのは確実だ。だからシャロを起こさなければならない。
「はぁ……入るぞ」
最後にもう一度ノックをして声をかけてから少し待つ。それでも相変わらずだったので扉に手をかける。
そしてゆっくりと扉を開ける。最低限の家具があるとはいえ殺風景と表現する方が正しいと思える状態だ。そんな部屋の中にあるベッドの上ではシャロが穏やな寝息を立てて眠っていた。
そんなシャロに近づいて軽く肩を揺さぶりながら声をかける。
「朝になったぞ。早く起きろ」
「んっ……んみゅ……」
揺さぶっても起きる気配はなく、まだ眠っていたいというように身動ぎをして布団の中に潜り込んでしまった。それだけ疲れていたのか、まだまだ子供だからこそこうして眠っていたいという欲求に敵わないでいるのか、それはわからない。
それでもこのまま眠らせておく気はまったくないのだが。
「ったく……ほら!起きろってば!」
少しだけ声を大きくして先ほどよりも大きく肩を揺さぶる。
「ん~……あと、五分……」
「……早く起きないと、朝食は抜きにするぞ」
「…………ご飯……」
朝食抜きという言葉に反応したようで、ご飯とだけ言ってもぞもぞと布団から出てくると上体を起こして数秒ほどぼんやりとしていた。
そして自分が何処にいるのかわかっていないようで周囲を見回してから、俺と目が合うとその動きを止めた。
「え……あれ?主、様……?」
「おはよう、シャロ。目が覚めたようで何よりだ」
「あ、はい……おはようございます……」
状況を把握出来ていない様子だったが、朝の挨拶をすると戸惑いながらも挨拶を返してくれた。
ただ、そうしてから徐々に昨夜のことを思い出してから、今の自分の状況を理解したようにあっ!というような顔をしてから勢い良く布団を頭から被ると、その姿を隠してしまった。
姿を隠す瞬間に、顔が赤くなっているのが見えたので昨夜の自分のことを思い出して恥ずかしくなったのだろう。
「二度寝か?それは感心しないな」
「ち、違います……!」
「だったらそうやってないでさっさと出てこい」
「うぅ……あの!さ、昨夜って……」
「宵隠しの狐の二階、あの部屋で寝落ちしてたな。起こさないようにどうにか連れて帰って、それからこの部屋まで運んで寝させた。まぁ、思いのほかぐっすり眠っていたな」
「そ、れは……ご迷惑をおかけしました……」
「いや、子供はあれくらいで良いさ。迷惑のうちにも入らないしな」
事実として、迷惑だとは思わなかった。それよりもああして油断したというか、気を張らずに過ごした結果として眠ってしまったのだと思えばむしろ嬉しくさえあった。
妙に拗れた関係になってしまうと思っていたが、そうはならずに子供らしい姿を見せてくれたのだから俺としてはそうなっても仕方がないと思っている。
というか、白亜や桜花ではないが頼って欲しいとか甘えて欲しいとか、そういう風に思うようになっている辺り、完全にシャロに絆されているような気がするが、些細なことなので気にする必要はないか。
「本当、ですか?」
「本当だ。それよりも、恥ずかしいのかもしれないけど早く出てこい。朝食が冷めるぞ」
「ご飯……はい、わかりました……」
完全に朝食に釣られて出てきたシャロの顔は赤く、昨夜のことが恥ずかしいのと、朝食に釣られたことを俺が理解しているとわかっているのでその両方が原因だと思う。
それでもおずおずと布団から、というかベッドから出てきたシャロは俺から目を逸らしたり、髪先を弄ってみたりと恥ずかしそうにしていて、その様子は非常に可愛らしい。
ただ、その様子を見守りたいと思う反面、同じ部屋にいてはシャロが着替えなどの支度が出来なくなってしまうので大人しく一階に降りて待つとしよう。
「よし、ちゃんと目も覚めたし、俺は下で待ってるから支度が済んだら降りて来いよ」
「は、はい……」
シャロが落ち着くまでまだ暫く時間がかかりそうだが、それも支度をしている間にマシにはなるだろう。
そう考えて、部屋から出て階下に降りる。さっさと最後の仕上げをしてテーブルにでも並べて待っておこう。
既に出来ていた物は軽く温めて、スープは味を整えてから熱すぎない程度にしておく。これらを皿に盛るのだが先に皿を温めておく。こうすることで料理が冷めてしまうのを少しでも遅くすることが出来る。
普段であればそこまでする必要はないと思うのだが、今回はシャロを待たなければならないので多少の気遣いはしておこう。ということだ。
そうして普段はしないあれやこれやをしている間に思っていたよりも時間が経過していたようで階段を下りてくる足音が聞こえてきた。
それを聞きながらテーブルの上に朝食を並べていく。すると全て並べ終わるのとほぼ同時にシャロが姿を現した。
「さて、ちゃんと目は覚めたな?」
「は、はい……おはようございます、主様」
「あぁ、おはよう、シャロ。朝食の準備が出来てるから冷めないうちに食べよう」
「わかりました。あ、でも……」
「昨夜は眠っていてシャワーを浴びてない、か?それなら朝食の後にしてくれ。悪いな」
「い、いえ!わかりました!ところで、朝食の準備って、やっぱり主様がしたのですよね……?」
「ん?あぁ、俺以外に作る奴なんていないだろ?」
やはりというか、昨夜はずっと眠っていたのでシャワーを浴びていない。ということを気にしていたようだった。
どうにも最初の時点でそこに考えが至らなかったので朝食の準備を済ませてしまったのは俺のミスだ。だからこそ申し訳ないが朝食の後で、と言うしかなかった。
ただ、それとは別にどうして朝食を作ったのが誰なのかを気にしているのだろうか。
「そ、そうですよね……」
落ち込んでいる、というよりも何処となく申し訳なさそうにしているように見える。
「……それがどうかしたのか?」
「い、いえ……その、私がお世話役なのに、昨夜も今も、主様にお世話になっていると思いまして……」
なるほど。シャロは本来こうして食事の用意などをするのは自分の役目であり、俺にそんなことをさせてしまったのが申し訳ない。そして、悠々と眠っていた自分が不甲斐ない、とも思ったのかもしれない。
だが俺としては大した労力でもなければ、多少でも今までの罪滅ぼしになるような気がしているのでむしろシャロの世話をするのはある意味で当然のようにも思えている。
「……そうか。でも気にするなよ。俺が好きでやったことだからな」
「でも……」
「…………それなら、明日は頼んでも良いか?」
「え……?」
こういう場合は俺が好きでやったと言ってもシャロは納得しない。
であるならばある程度は譲歩することが必要になる。まぁ、事実として俺が好きでやったので、全てをシャロに任せるという気はまったくないのでそれなりに俺も手を出すつもりだ。
だから今回はとりあえず明日の朝食をシャロに任せることにした。勿論、その後はどうするか話し合う予定なのだが。
「だから、明日の朝食はシャロに頼んで良いか?」
「は、はい!その、あまり料理は得意ではありませんが、精一杯頑張りますっ!」
「……あー、そうだな。得意じゃないなら俺も手伝おうか」
「…………そ、そうですね……お手数をかけますが、よろしくお願いします」
「あぁ、少しくらいなら俺でも教えられるはずだから、少しずつでも上達していこうな?」
「はい!」
前に聞いたがシャロは料理が得意というわけではなく、むしろ苦手な類のようだ。
となると一人で料理をさせるのはどうしても不安なので俺も手伝うと伝えれば、やはり申し訳なさそうにしていた。それでも自身の料理の腕前を理解しているようで俺の手伝いを受け入れてくれた。
そして、少しずつで良いので料理の腕前を上達させていこうと言えば元気よく返事をしてくれた。本人としてもやはり料理の腕前を磨いておきたいと思っていたようだ。
「よし、それじゃ……そろそろ朝食の時間にしよう。これ以上は流石に料理が冷めるからな」
「そうですね……主様に作っていただいた朝食、楽しみです」
「楽しみにするほどじゃないと思うぞ。誰でも作れそうな、簡単な物しか作ってないからな」
「それでも、主様が作ったとなれば楽しみにもなりますよ」
「そういうものか?」
「はい、そういうものです」
そんな会話をしてからお互いに向き合うように対面に座り、そして手を合わせてから食事を始めた。
うん、それなりには美味い、はずだ。ちらりとシャロの表情を見れば一口食べてから少し驚いたような、ショックを受けたような様子だったが二口、三口と食事を進める間にそんな様子は消えて行った。どうやらシャロにとっては充分に美味しいと思える味だったようだ。
そうしたシャロの様子を見てから俺は自分の食事に集中することにした。量は少ないがこれから祭りに出かける。いったいどんな料理が食べられるのか、そしてそれを食べた際のシャロがどういう反応をするのか、内心で楽しみにしながら、この後の予定を考え始めた。




