50.頼られたいという想い
暫く個室の中でゆったりとした時間を四人で共有していた。
そんな時にふと気づけば俺に撫でられて幸せそうにしていたシャロが、いつのまにやら穏やかな寝息がを立てていた。
本人はそういった様子を見せなかったが、今日一日で色々なことがあったので疲れていたのだろう。それに夕食を食べてからそれなりに時間が経っているので普段であればシャロが眠る時間になっている。
そのことを考えて、流石に長居しすぎたと思った。このまま部屋を借りようと思えば白亜たちはこの部屋を貸してくれるかもしれない。さて、どうしたものか。
「アッシュ、手が止まってるぞ。どうかしたのか?」
「ん、いや……どうにもシャロが眠ったみたいでどうしようかと思ってな」
「あー……気持ち良さそうに眠ってますねぇ……」
「そういえば、結構時間経ってるもんな……シャロが寝泊まりしてるのってストレンジだったよな?」
初日から毎晩ここで食事をしているので白亜も桜花もシャロが寝泊まりしていた場所がストレンジだということを知っている。知っているのだが、今日それが変わったことを話していないことを思い出して説明しておくことにした。
「いや、今日からは俺の家の空き部屋を使うことになってるんだ」
「アッシュの家に?」
「まぁ……俺の知る限り、夜を過ごすならあの家は安全だからな」
「立地条件とかだけじゃなくて、アッシュくんが色々手を加えてるんでしたっけ」
「アッシュはああいうのに凝るっていうよりも、警戒し過ぎなだけな気もするけど……シャロがエルフだってわかった今だと、あれくらいあっても良い気もしてくるな……」
「元々は俺が多少安心出来るように、ってことだったんだけど……シャロの安全も確保出来るなら無駄にはならないはずだ」
完全に安心出来る。とは思えないが、何もしないよりはマシという程度だと俺は思っている。
ただ俺にとってはどれだけ防衛力を上げたとしても完全に安心する。ということはきっとないだろう。むしろシャロも一緒にいるということで更に手を加える必要があるのではないか。とさえ思っている。
もしかすると少しばかり過保護かもしれないが、念には念を入れておいて損はないはずだ。
「何にしろ、やり過ぎない程度にしないといけませんよ。過ぎたるは猶及ばざるが如し、ですからね」
「わかってる。それでも備えあれば憂いなし、だろ」
「アッシュの場合は本当にやり過ぎなことが多いからなぁ。あれだ、備えあれば嬉しいな。ってくらいの気軽さで良いんじゃないか?」
「……そうかもしれない、とは思うけど……それは流石に気が抜けるからやめとけ」
「えー、俺は良いと思うけどな」
「白亜はそういうちょっと気が抜けるくらいが似合いますからね!」
「んー、この微妙に貶されてるような感じ。桜花らしいと言えばらしいんだけどなぁ」
どうにもこうして話をしていると気が抜けてしまいそうになるが、もしかすると白亜の言うようにもう少しくらいは気を抜いているくらいでも良いのかもしれない。
そうは思うのだが、シャロもいるのだから今までよりも気を張っておいた方が良いとも思ってしまう。
「いや、そんなことは今は良いとして……アッシュ、どうするんだ?家に戻るっていうならそれでも良いけど、部屋くらい貸せるぞ?」
「そうですね、シャロちゃんも眠ってますから起こすのも忍びないですし……問題があるとすれば、ベッドが一つしかないってくらいですから、どうします?」
「それ、普通に問題として大きすぎるからな?シャロだけ寝かせておく、ってのも出来ないし、一緒の部屋でってのも違うだろ」
「シャロなら気にしないような気もするけどな……あ、でも恥ずかしがる可能性はあるのか」
「確かにシャロちゃんの場合は寝顔を見られたとか、ついつい眠ってしまったことを恥ずかしがりそうですよねぇ。個人的には、その様子を眺めたいとも思いますけど」
桜花の言うようにシャロであれば嫌がるよりも恥ずかしがる方が可能性としては高い。
またそうして恥ずかしがるシャロは確かに可愛いと思う。その様子を眺めたいという桜花の言葉には内心で同意しながらも実行はしないのだが。
とりあえずはシャロを連れて帰ることにしよう。白亜と桜花には世話になると言ったがもし今部屋を借りるとするときっと明日の朝は食事まで用意してくれるだろう。流石に世話になるとは言ったがその日のうちにそこまで世話になるのは格好がつかない。
いや、今更になって恰好がつかないだとか言えるような間柄ではないのだが。
「……シャロは俺が連れて帰る。流石に世話になりすぎるのも、な」
「俺たちは気にしないんだけどなぁ」
「まぁまぁ、今回は良いじゃないですか。でも、何かあったらちゃんと頼ってくださいね?」
「あぁ、頼るときはちゃんと頼るさ。でも……」
「でも、何だよ?」
「いや……その……」
少しばかり言い難い。とはいえ、言っておかなければならない。
「もし、何かあれば、俺を頼ってもらいたいな、と思って……」
思い返してみれば二人が俺を頼ってくれたことは一度もない。
先ほどのように白亜が甘えたりすることはあっても、頼られたことがない俺としては何も言わなければこれから先も二人が俺を頼ってくれることはないような気がした。
だからこうして頼ってもらおうとして言ったのだが、言いながら徐々に恥ずかしくなり、言ってからはたぶん俺が思っているよりも顔が赤くなっていたと思う。
それくらい顔が熱くて、最終的には目を逸らすどころか俯いてしまったのだから言うべきだと思っての行動だったとはいえ少しばかり後悔してしまった。
「…………アッシュくん可愛すぎません?」
「だな。正直溜まんないよな」
「茶化すなよ。本気で何かあれば頼ってくれって言ってるのに……」
拗ねてしまったような言い方になってしまったが、俺の状態と二人の言っていることが原因なので俺は悪くない。いや、悪くないだとか考えること自体がおかしいのだが。
とりあえず、いつまでも拗ねていては話が出来ないので顔を上げる。まぁ、どのみち顔が赤いのはすぐに戻らないとは思う。
「今日は良い日だな……もう本当に最高!」
「ですね。アッシュくんとシャロちゃんの距離が近づいただけじゃなくて、私たちも前よりぐぐっと近づいた気がしますものね!」
「それだけじゃなくてあんなアッシュが見られたんだ。あ、ちゃんとアッシュを頼ることがあるから、そこは安心してくれよ?」
「……本当だな?」
「おう!まぁ……アッシュが思ってるよりも厄介なことになるとは思うんだけどさ。それでも良いか?」
「いつも白亜がやろうとしてることじゃなくて、ちゃんと何か困ってるってのなら厄介でも力になる。それくらいのことは、させてくれ」
どうやら白亜は俺を頼ってくれるつもりらしい。そしてそれは俺が思っているよりも厄介だと口にするのだから、俺が普段受けている仕事よりも危険なことが多いのかもしれない。
そうして厄介なことだとしても、白亜が俺を頼ってくれるなら俺は力になって見せる。今までの、そしてこれからの恩を返せるのだから、気合の入り方も普段の仕事よりも遥かに上だ。
「……こういうアッシュを見てるとさ、本当に大きくなったな。って思うよ」
「あの小さくて可愛かったアッシュくんが、格好良くなりましたよね……あ、今でも可愛いですよ!」
「そういうのは良いから!それよりも、約束だからな。その時が来たら頼ってくれよ」
「勿論だ!」
よし、白亜から言質、ではなく約束をしてもらったのでその時が来るのを待っておこう。
「白亜に頼ってもらえるってわかった途端に恥ずかしそうにしてたのが嬉しそうになるとかやっぱりアッシュくんは可愛いです。一人の男の子として、じゃなくて親戚の子供どころか私の子供として迎え入れたいくらいですよ!」
「え、ってことは俺の息子か!でもその息子と一晩どころか毎晩でもって思ってるってやばくないか?」
「白亜はいつもやばいだろ」
「あ、ってことはいつも通りだから気にしなくて良いってことだな!」
「いや、気にしろよ」
自分の息子と、とか頭がおかしいとしか思えない。いや、俺は白亜と桜花の子供ではないので問題はないのか。違う、普通にそういったことを抜きにしても問題があるのだった。
そのことを思い出してため息を一つ、それからシャロを連れて帰るという話をしている流れでこの話になったのだから、それが終わったなら早くシャロを連れて家に帰ろう。
「はぁ……もう俺は帰るからな」
「もう遅くなってますからね。下は他の子たちに任せてありますけど、そろそろ私も戻らないといけませんし……アッシュくんの尻尾も、綺麗になりましたからお開きにしましょうか」
「わかった。たぶん、また明日だよな?」
「……シャロが来てから毎晩来てるからな……たぶん、明日もだ。」
「よし!楽しみにしてるからな!」
「私も、白亜と一緒に楽しみに待ってますね」
「あぁ、わかった。また明日な」
言ってからシャロを起こさないように立ち上がってから、シャロを背負う。これも起こさないように慎重に、だ。まぁ、桜花が手伝ってくれたのでどうにかなったが、これが俺一人だった場合は起こしてしまったかもしれない。
細やかな注意が出来るのはやはり女性だからなのか、桜花だからなのか。何にしろ、非常に助かった。
また、そうしている間に白亜が妖術を解いたようで気付けば狐の耳と尻尾が消えて、元の人間の耳に戻っていた。
そうしてシャロを背負ってから宵隠しの狐を出て歩く。大通りには準備が出来た出店や露店が並んでいて、明日の朝には今までよりも活気のある王都になるだろう。
それにシャロに言ったように異国の料理を食べることが出来るのだから、シャロはきっと食べ歩きでもするのだと思う。となれば朝食は控えめにしても良いのかもしれない。
ただ、食べ歩きをするのは良いが、ついうっかりで食べ過ぎてしまう。ということは避けるべきだろう。
そんなことを考えながら、背中から聞こえてくる穏やかな寝息を聞いて少しだけ笑みが零れてしまった。
朝はフィオナに話があると呼び出されていて、その話によって酷い状態になっていた。そして、シャロとの関係は修復出来ないだろうと思っていた。それがこれだ。
朝にフィオナに話をされたこと、シャーリーが何も言わずに送り出してくれたこと、その他にも色々な要因があって俺はこうしてシャロと共にいる。
それを思い返してみれば、異世界転生というろくでもないことをして酷い状態から生きてきて、そしてろくでなしとなって今の俺がいるのだが、思っていたよりも色々なことに恵まれている。
今日はそれに気づくことが出来たので、白亜が言っていたこととは違うが、本当に、本当に良い日なのかもしれない。




