49.ゆったりほのぼのと
とりあえず、俺の後ろに隠れて俺を揺さぶっている白亜を上体を捻ってから捕まえて先ほどまでの場所、つまり俺の隣に座らせる。
それから背後、というか尻尾を確認するとやはりというか何というか、俺を盾にしていた二人のせいで毛並みが乱されていてぼさぼさになっていた。二人ともそれどころではなかったので気づかなかったのだろうが、俺には尻尾の毛を踏まれている感覚があるので気づいていた。
だから、これを使って桜花に甘えるというか、桜花に一つ頼み事をする。
「桜花」
「はい!何でしょう?膝枕?添い寝?子守唄?耳かき?抱きしめて背中ぽんぽん?どれでも良いですよ!」
「尻尾」
「……え?」
「尻尾の毛並みが乱れてる。整えてもらえるか?」
「えぇ!?そんなことお願いしちゃいます!?」
「あー、うん、まぁ、頼む」
「何ですかそれ!尻尾を任せてくれるなんてアッシュくんってば流石に甘えすぎですよ!仕方ありませんからやってあげますけどね!さぁ、私の膝の上に尻尾置いてください!」
俺としては理解出来ないのだが、どうにも狐の獣人にとって尻尾を任せるというのは非常に甘えた行為になるらしい。ただ、シャロのように尻尾を撫でたりモフモフしたいと言う相手にそうさせるのはむしろ甘えさせていることになる、とかだったような気がする。
はっきり言ってその辺りの話は俺には関係ないと思っていたのでほとんど覚えていないのだが、今回はうろ覚えのそれを頼りに桜花にお願いという形で尻尾を任せることにした。結果としては大成功と言えるだろう。
桜花はいそいそと俺の後ろに回り、正座で座る。言われた通りに尻尾を動かして上に乗せると何やら感極まったような声を漏らした。
「あぁ……ついに、ついにアッシュくんが私に甘えてくれました……!!」
「尻尾を任せるとか……俺でもそこまでは甘えないぞ?」
「それは……甘えているのでしょうか……?」
甘えてもらえたと喜ぶ桜花と、流石にそれは甘えすぎだろうと言う白亜。そしてその二人とは違った感性を持っているのでこれが甘えているとは思えないようだった。俺もこれが甘えていることになるのが不思議でならない。
ただ、俺としてはシャロにモフモフされるのとそう変わらない感覚なので恥ずかしくない上に、桜花が満足するので特に口を挟もうとは思わなかった。
「むむむ……これは……!」
「何かあったのか?」
「見事な手触り……!白亜の妖術は相変わらずお見事ですね!」
「当然!だって俺だからな!」
桜花が尻尾の手触りというか毛並みに感心して、それが白亜の妖術によるものだと口にすると、白亜は先ほどまでの怯えた様子など消し去って自慢げにそう言った。
確かに白亜の妖術に関しては俺も素直にすごいと思っている。原理はよくわからないが、自身の姿や性別を変えるだけでなく、他人の姿まで一瞬で変えてしまえるのだからその腕前は疑う余地などない。
「……そういえば、これって妖術が使えるなら誰でも使えるのか?」
「いや……俺くらいじゃないと無理だと思うぞ?流石に人間の存在を丸々変化させるなんて普通は無理だ」
「へぇ……流石白亜ってところか……」
見事としか言いようがない、と思いながらもやはり白亜はとんでもないな。と痛感させられた。
俺は魔法の心得があるがそれなりに使えるだけで白亜のように自分にしか使えない特別な魔法というものは一切ない。灰に関しては魔法ではないので除外しているが、その灰でさえ特殊な事情で使えるだけなので自慢にもならない。あれを自慢する気もないのだが。
「人間の存在を、丸々変化させる……?」
そんなことを考えているとシャロがぽつりとそう零した。
「……あ」
すると白亜がしまった。というような顔をしたかと思うと俺から顔を逸らして俺を見ないようにし始める。
シャロの零した呟きを聞いて俺もふと先ほどの言葉について考える。人間の存在は変化させるとはいったいどういうことだろう。
「白亜」
「い、いやぁ……何のことだか……」
「白亜」
「べ、別にあれだぞ?元に戻せるし、体に害はないから……」
「白亜」
「…………その、実は、これ、元々見た目が本当に少し変わる妖術だったんだけどな?」
「それで?」
「ついつい存在自体俺と同等に変えられないかなぁ、とか考えるようになって、完全オリジナルの妖術作っちゃいました!」
「作っちゃいました。じゃないだろ!見た目が変わるだけって話だったよな!?」
「いや、大丈夫だって!俺と同じような存在になって魔法じゃなくて妖術が使えるようになって確実に人間じゃなくなってるけど、戻せるから!!」
すごい。と思っていたら実はとんでもない妖術だった。
人間を獣人に本当の意味で変えてしまう妖術なんて恐ろしすぎる。というか、そんな妖術を開発するなと言いたい。
「……まぁ、白亜が戻せるって言うなら戻せるんだろうけど……」
「大丈夫!もう少ししたら戻すから、そう怒るなって!な?」
「はぁ……で、そんな何となくで作るようなものじゃないだろ。何を考えてるんだ?」
「えー、それはー……ひ・み・つ!」
全力で可愛い表情で人差し指を口元に当てながらそんなことを言う白亜に軽く苛ついたので、俺の尻尾の毛並みを鼻歌交じりに整えている桜花を羨ましそうに見ているシャロの肩を軽くトントンと叩いてから手招きする。
桜花と尻尾を見ていたシャロは少し驚いたようだったが、何事かと俺の隣までやってきた。
何も言わずに自分の太ももを軽くぽんぽんと叩いて頭を乗せるように促す。当然、いきなりのことに困惑するシャロだったがそれでも先ほどまで撫でられていたこともあり、おずおずと俺の太ももに頭を乗せた。
「よし、良い子だ」
言いながら頭を撫で始めると少しだけ強張っていた表情をふにゃっと破顔させ、周囲に花が浮かんでいるような錯覚を覚えるほど幸せそうにしていた。
先ほどもそうだったが、やはり親元を離れて寂しいと思うのだろう。だからこうやって誰かに甘えることが出来るのが嬉しいのだと思う。
これからもたまには甘えさせる、もしくは甘やかすくらいのことはしなければならないな。と考えていると、シャロとは反対側。白亜が俺の服の袖を摘まんで軽く引っ張っていた。
「俺は?」
「必要ないだろ?」
「必要なんだけど!」
「ほら、桜花がいるだろ」
「桜花は今アッシュの尻尾の手入れに夢中だろ!それに今は桜花よりもアッシュに甘えたいんだよ!」
「今はシャロの相手で手一杯だ。それに可愛い子ぶって秘密にするような奴は知らないな」
そんな自分の容姿を理解していてそれを利用するような奴よりも素直で良い子なシャロの相手をしている方が良い。というかとりあえずはシャロを甘やかす予定なので白亜に構っている暇はない。
まぁ、俺のそうした考えを見抜いているわけでもない白亜は不満そうに唇を尖らせながらベッドに転がりながらシャロの邪魔にならない程度に俺に絡んでくる。
一応、シャロに対して気を遣ってはいるらしい。それならば俺にも気を遣って欲しいと思うのは間違いではないはず。
「なんだよー、俺の見た目ならむしろあ、可愛いかも……とか思うところだろ?」
「可愛いのは否定しないけど、それを自分で狙ってやるってのがな……」
「よっしゃ!アッシュに可愛いって言ってもらえた!」
「どうしてそう自分に都合の良いところだけ切り取るかな……」
拗ねていると思ったらすぐに機嫌が直る白亜は容姿も相まって子供のようにしか思えなかったが、ここで相手をするようなことがあればすぐに調子に乗るので言葉を交わすだけにしておく。
いや、俺の言葉を聞いて既に調子に乗り始めているのであまり意味がないことなのかもしれないのだが。
「ダメですよー、アッシュくんは私に甘えて、シャロちゃんに甘えられてる状態ですからね。白亜はもうちょっとだけ我慢ですよ」
「えー、俺だけ仲間外れは酷いだろ。というわけで……ほらほら、撫でてくれよ」
「はぁ……仕方ありませんねぇ……アッシュくん、撫でてあげてください。それできっと静かに……は、ならないまでもマシにはなると思いますから」
「そこで俺に任せる辺り、二人とも元々そういうつもりだったんじゃなかって疑いたくなるんだけどな?」
「そんなことありませんよ。ね、白亜?」
「そんなことはないぞ!な、桜花?」
「どう考えても打ち合わせ通りの展開だよな、おい」
言いながら撫でると言うよりも軽く叩くように白亜の頭に手を乗せる。
「痛っ……これはダメだな、痛いの痛いの飛んでいけ、とまではいかないまでも痛くなくなるまで撫でてもらわないとな!」
「はいはい……撫でるだけな」
なんだかんだ言いながら、結局こうして白亜の要求というか要望通りにしてしまう辺り、白亜に対して甘いような気もする。まぁ、普段から世話になり続けていることを改めて理解したことや、元々白亜のことは口には出さないが好きな方なのでそれも仕方のないことなのかもしれない。
とはいえ、ここまで甘いというのは自分でも珍しいと思う。きっとこの部屋の緩み切った雰囲気が原因だと思いながら白亜の頭を撫で続ける。
「主様、手が止まっていますよっ」
「あぁ、悪いな。それにしても……シャロはシャロで撫でられるの、好きだったのか?」
「あ、えっと……お母様はあまり、撫でてはくれなかったので……お父様は……忙しい方ですから……」
「…………そうか」
親がいても、親の目に見えるわかりやすい愛情を受けていないように思えて、つい撫でる手に力が入ってしまった。
「あ、主様……?ちょっと、強いです……」
「撫でて欲しいなら、撫でるから変な遠慮はなしにしろよ?」
「え?あ、はい。わかりました……?」
俺がどうしてそんなことを言ったのかわからないシャロは疑問符を浮かべるばかりだった。
それにしても育ちの良さが出ていて、お母様の話もそれなりにしているシャロがまさか撫でられることがあまりなかったとは思わなかった。愛されていないわけではなく、いくつかの話から想像出来るように厳しい母親なのだろう。
甘え慣れてないように思えたのはきっとそれが原因と見て間違いないはず。
「お、なら俺も撫でて欲しい時に言えば良いんだな?」
「白亜は違うだろ」
「あ、それでしたら私も撫でて欲しいと思ったら撫でてもらえちゃったりするんですか?」
「桜花は……撫でたい側じゃないのか?」
「そうですね、どちらかと言えば撫でたいですね。あ、まさか……撫でさせて欲しいと言えば撫でさせてもらえるとかですか!?」
「そういうわけじゃなくて……シャロだけだ。子供なんだから、甘えたいときに甘えさせるのが大事だろ?」
甘え慣れていないようなので、すぐには難しいとは思う。それでも白亜の気遣いもあってか今はこうして甘えてくれている。だからこれからこうやって少しずつ慣れてくれればもっと甘えてくれるようになると思っている。
だから、甘えたいときに甘えさせる。という考えを持っているのだ。
ただ、俺のこの言葉を聞いて白亜と桜花は何かを言いたげな目で俺を見てくる。
「子供だから、甘えたいときに甘えさせるのが大事、ねぇ……」
「それを子供の頃に甘えることのなかったアッシュくんが言っちゃいますか……」
「あー……あれだ、甘えなかった俺が、甘えることも大事だって実感したから言ってると思ってくれ」
「子供扱いされるのは仕方ありませんけど……本当に甘えても良いのですか?」
「あぁ、良いぞ。俺だけじゃなくて、白亜は……なしにしても桜花に甘えてみるのも良いかもな」
「シャロちゃんが甘えたいと思うのなら、私に甘えてくれても良いですよ?シャロちゃんみたいに可愛い女の子もアッシュくんとは違って甘えさせ甲斐がありそうですからね!」
「俺はなしかー、そうかー、なら甘えるしかねぇよなぁ!」
今朝までであればこうして四人で話をする。ということは想像出来なかった。
シャロとちゃんと話をしているようでいて避けていた状態ではこんな話はまずしていない。
そのことを考えると、感謝しなければならない相手はハロルドや白亜たちだけではなく、シャロのことを心配してはっきりと問題点を口にしてくれたフィオナにも感謝しなければならない。
明日は祭りが始まるが、可能であるのならばフィオナにも礼をしに行こうと考えながら、今は相変わらずそんなことを言っている白亜を黙らせるために撫でながら、俺と桜花の言葉を聞いて嬉しそうにしているシャロの頭を優しく撫でた。




