48.撫でマスター?
両サイドから抱き着かれ、振り払おうと思えば振り払えるものの白亜はともかくとしてシャロが甘えてきているという状況にそうすることも出来ないまま時間だけが過ぎていく。
白亜はあー、とか、最高かよ、とか、堪らねぇ、とか零していて微妙に身の危険を感じるのだがそれ以上の行動は起こさないのでまだ放っておいても大丈夫だろう。
ただ、シャロは白亜に唆されて抱き着いたのは良いものの、それからどうしたら良いのかわからないまま動けずにいて、離れるタイミングを完全に逃してしまっているようだった。
「シャロ」
「は、はい!どうかしましたか、主様」
「無理にそうしてなくても良いからな?」
「いえ、無理はしてませんよ?してませんけど……普段こうして誰かに甘えることがあまりありませんでしたから、ここからどうしたら良いのかわからなくて……」
甘えることがあまりない、というのは俺に対して、だけではなさそうだ。もしかするとシャロはお母様とやらに対しても甘えることが少ない、もしくはなかったらしい。
確かに甘えることがなかったのであればどうしたら良いのかわからないというのも納得が出来る。出来るのだが、それならば白亜の口車に簡単に乗るべきではなかったとも思う。
まぁ、この状況を甘えられていると判断して良いのか、わからなくなって来ているのだが。
それでもシャロがこうして来ているのだから甘やかすというか、多少は俺から何かするべきのような気もして来る。なので、先ほど白亜に対してしていたように軽く頭を撫でてみることにした。
「あっ…………えへへ……」
撫でてやると最初は少し驚いたようだが、すぐに幸せそうというか、上機嫌で声を漏らしていた。とりあえず、と思っての行動だったが正解だったようだ。
そのまま撫で続けているとシャロは抱き着いている腕の力を少しだけ強めてもっと撫でるようにと催促してきた。ような気がした。その理由としてはカルルカンたちの場合、撫でてくれと頭を押し付けてくるのでそれと同じような物だと判断したからだ。
そんなことを考えていると何やら下から視線を感じると思い、顔を下に向けると恨みがましそうに俺を見上げてくる白亜がいた。
「あー!俺も撫でられてぇなぁ!アッシュの手で丁寧でもちょっと乱暴でも良いから撫でられてぇなぁ!」
目が合うとさり気なく、とは全く無縁な直接的な撫でるようにという要求を口にし始めた。
「この姿勢ならちょっと顔の向きを変えれば口で出来るんだよなぁ!口でされるか、撫でるか、どっちかだよなぁ!」
「不吉なことを言うな!ほら、撫でるから大人しくしてろ!」
これが冗談であれば放っておくのだが、白亜の場合は本気で言っていそうなので放っておくわけにはいかない。なので空いた手で白亜の頭を少し乱暴に撫でる。白亜の要求通りにしているのだからこれで大人しくてくれるはず。
というか、シャロが隣にいる状況で口で出来るとか言うのはやめてもらいたい。今は頭を撫でられて幸せそうにしていて俺たちの会話を聞いていないから良いが、もし聞いていたら口でするというのがどういう意味なのか聞かれていただろう。
「うぇへへ……アッシュは撫でるの上手だよなぁ……」
「そうですね……主様は撫でマスターですからね……」
「撫でマスターか……アッシュ、耳の裏の付け根とか頼む。こう、指先でちょっと強めにな」
何も言わずに、白亜の言う通りに耳の裏の付け根を指先で撫でるというか軽く爪で掻いてみる。
「おぉ~……良いなそれ……うぁー……病み付きになるぅ……」
「なるなよ?毎回毎回撫でるとかしないからな?」
「残念!もう病み付きになってるんだよな!ってことでもっと撫でてくれ!」
「……大人のお前が俺に甘える側ってのに対して、思うこととかないのか?」
「俺みたいな美少年に甘えられるって役得だろ?」
「中身はただのド変態だろうが」
そんな会話をしながらも手を止めることなく二人を撫で続ける。撫で続けていたのだが、どうにも先ほどまで幸せそうな雰囲気だったシャロが不満そうにしていた。
一体どうしたのかと思いながらシャロを見ると、俺の顔に疑問符でも浮かんでいたのか、シャロが口を開いた。
「あの、主様」
「どうかしたのか?あ、もしかして撫で方が気に入らなかったとか?」
「いえ、そうではないのですが……」
そこで言葉を切ってから、言うべきかどうか逡巡しているようだったが意を決したように抱き着いていた腕を放してから俺の隣に座り直した。
そして、俺を真っ直ぐに見つめてからようやく言葉を続けた。
「……直接、撫でていただけますか?」
「直接?」
「はい。帽子の上からではなくて、直接撫でて欲しいなぁ、と思いまして……」
「あー……まぁ、白亜に見られるくらい問題はないから良いぞ」
「ん?何か見られたらまずいことでもあるのか?」
「不特定多数には見られたくないかもな」
そうして白亜に対して答えている間にも、俺の言葉を聞いてパァッと表情を明るくしてからシャロが帽子を取る。すると当然隠していた特徴的な耳が姿を現すこととなった。
「主様っ!」
「はいはい」
嬉しそうに俺を呼びながら撫でやすいように少しだけ頭を差し出してくるシャロ。それに適当な返事を返しながら撫でてやれば、先ほど以上に幸せそうな雰囲気を周囲に振りまき始めた。
そして程なくして先ほどと同じ体勢になり、甘えることがあまりないのでどうしたら良いかわからないと言っていたのと同一人物だとは思えないほどに甘えてくる。
「……エルフ?」
「そう、王都でも珍しいから隠すように言ってあるんだ。まぁ、出会った時には帽子は被ってなかったからエルフだって気づいた人も多いだろうけどな」
「おい、それ大丈夫なのか?」
「どうだろうな。シャロの姿をどれだけの人数が見たのかはわからない。ただ、その夜に帽子を被せたからそれ以降は見られてないはずだ」
「そうか……何かあったら言えよ?力になるからさ」
「あぁ、その時は頼む」
真面目な話をする時はちゃんと真面目な表情をする白亜だったが、現在の体勢は先ほどから一切変わらず俺の腰に抱き着いている状態だ。
まぁ、それでも話は出来ているので問題はないし、ちゃんとその時が来れば力になってくれるので問題はないはずだ。
そうした話が終わってから暫くするが未だに二人に両サイドから抱き着かれた状態のまま、二人を撫で続けている状態だ。いつまでこうしていなければならないのだろうか。
シャロの場合は好き勝手に撫でてれば良いのだが、白亜は何処を撫でて欲しい、どう撫でて欲しいと言って来るので少しだが疲れてきた。
どうしたものかと考えていると何やら視線を感じる。何事かとそちらを見てみると部屋の扉を少しだけ開けて、その隙間から桜花がじっと俺たちの様子を見ていた。一瞬悲鳴が出そうになるほどにホラーな様子だったが何とかそれを飲み込んでから桜花に声をかける。
「お、桜花……?その、そうやってると怖いから、普通に部屋に入って来て欲しいんだけど……」
「ん?桜花が来てるのか?」
「え、桜花さんが?」
気づいていなかった二人が俺の言葉を聞いて、視線の先に目を向けるとそこにはとてもホラーな様子の桜花がいる。
「ヒィッ!?」
「あ、あああ主様!?」
二人とも一瞬で俺の後ろに逃げ込むと、俺を盾にして扉の隙間からこちらを見てくる桜花の姿を再度確認していた。お前らの方が余程仲良しじゃないか、と思う反面、あれを見ればそうもなるか。と思ってしまった。
とりあえず、あれはやめてもらおう。心臓に悪すぎる。
「桜花、とりあえず部屋に入ってくれ。それ普通に怖いからな?だから、本当に頼む」
「……仕方ありませんねぇ……」
俺が懇願するとどうにか桜花は普通に部屋の中に入って来てくれた。特に変わった様子もなく、何かに怒っているというわけでもなさそうなのに、どうしてあのような行動を取ったのだろうか。
桜花が部屋の中に入り、俺というか、俺たちの前で立ち止まっても俺を盾にしている二人に呆れながらもそのことを桜花に訊ねる。
「あー……桜花?」
「はい、何ですか?」
「さっきのあれは、いったいどうしたんだ?」
「あれですか?いえ、部屋に入ろうとしたんですけど中の様子が気になってちょっとだけ覗いてみたら今までにないくらい三人がとても良い雰囲気になっていたので、ついつい嫉妬を……私も仲間に入れてくれないと、呪っちゃいますよ?」
「やっぱり普通に怖いわ!いや、それよりも呪うのは良いけど白亜だけにしておけよ!」
そうだ。桜花は所謂良い女と言われるタイプではあるがその実、非常に嫉妬深いのを思い出した。
そして今回その嫉妬の原因は桜花の口ぶりから考えると、白亜に甘えられている俺に嫉妬し、俺に甘えている白亜に嫉妬し、もしかすると俺に甘えるシャロにも嫉妬したのかもしれない。
普通にヤバい。何がヤバいって、桜花の呪術は白亜でも解呪が出来ない程のものらしく呪われたら諦めた方が良いと言っていた。そんな桜花が嫉妬して呪うとか、どう考えてもろくなことにならない。
「待って!?俺だけにしとけって、俺は呪われても良いのか!?」
「俺とシャロが呪われるよりマシだ!」
「あ、この場合は白亜は当然として、アッシュくんも呪っちゃうかもしれませんねぇ」
「マジかよ……!」
残念ながら俺も標的らしい。今まではそんなことが一切なかったのに、どうしてだろうか。
「あ、あの!」
「あ、シャロちゃんは呪いませんから、安心してくださいね?」
「あ、はい……じゃなくて!どうして主様が呪われなければならないのですか……?」
良くやった。聞こうと思ったが下手なことを口にして本当に呪われでもしたら堪らないのでどう言おうか悩んでいたのだが、シャロが代わりに聞いてくれたので本当に助かった。
それに桜花はシャロを呪う気はないと言っているので多少の失言があっても大丈夫だろう。
「だって、白亜には甘えさせてるんですよ?」
「え?」
「白亜はアッシュくんに甘えたい。私はアッシュくんに甘えられたい。それなのに白亜だけアッシュくんに甘えることに成功してるなんて……こう、ずるい!許せない!って思いません?」
そんな理由で呪われるかもしれないのか、俺。そう思うとやるせない気持ちになってくるのだが、そんな俺などお構いなしに俺の両肩を掴んだ白亜が前後に俺を揺らしながら言った。
「アッシュ!ほら、早く桜花に甘えろ!じゃないと呪われるぞ!!」
「そんなこと言っても甘えるとかどうすんだよ」
「俺とシャロみたいに抱き着いてみるとか!な!?」
「そんな年齢でも見た目でもないだろ」
「だったら膝枕とか!?とにかく桜花に甘えないと呪われるんだって!!俺嫌だからな!不能になる呪いとか、絶対に嫌だからな!!」
「むしろそれくらいなら良いんじゃないか?特に白亜は……うん、その方が安全だな」
「アッシュもそうなるんだぞ!?」
白亜と同じ呪いをかけられるのなら確かにそうか。とはいえ、現状使わなくても生きていけるからなぁ。と思ってしまったこともあって桜花に甘えるのは気が乗らない。
それでも白亜としては大問題なのでどうにか俺に桜花へと甘えるようにとせっついてくる。
「不能……?」
「シャロちゃんはまだ知らなくて大丈夫ですからね?それよりも、アッシュくんに甘えてもらえないと本当に呪っちゃいそうですねぇ」
桜花は桜花でそんなことを言って何かを期待するように俺を見ている。
シャロは俺の背後から出てきて疑問符を浮かべているしで非常に混沌とした状況になってきた。
白亜に前後に揺さぶられながらどうしたものかと考える。何もしないでいると白亜と桜花の二人が面倒なことになるのは確実で、だからといっても甘えるような気にはならない。
「アッシュ、頼むから!頼むから桜花に甘えろって!」
「あー……そうだなぁ……」
とはいえ、甘える以外に選択肢はないようなので少しばかり考える。俺が恥ずかしくない、それでいて桜花が納得するような甘え方は何かあるだろうか。
そう考えていると一つ思いついたものがある。これで桜花が納得するかどうかはわからないが、何もしないよりはマシだろうと、今の状態だからこそ出来るであろうそれを実行することにした。




