3.お世話役?登場
大通りに店舗を構えているのはそれなりの大きさの店が多い。もしくは屋台形式の店だ。それでも少数ながら俺が探しているような小さめの店舗も存在している。
その小さめの店舗の半数以上がカフェのような場所でせいぜいが軽食を食べることが出来るという程度なのがわかりきっているのでそういう場所は避けなければならない。
そんなことを考えていたが、まだ昼食を食べるには早い時間だからいっそのこと軽食で済ませて、適当な時間に再度軽食を取る形にしても良いかもしれない。このままだらだらとどこに入ろうかと探し続けるよりはそっちの方が早い。
そうして俺は適当に目についたカフェに入ろうとしたとき、背後から誰かが小走りに近づいてくる気配を感じた。
俺に対して真っ直ぐに進んで来るのでもしかしたらスリにでも目を付けられたのかもしれない。もしそうなら大人しく盗まれる気はないので盗む瞬間に捕まえるとしようか。
近づいてくる速さを考えればそう時間はない。動けるように意識を背後に向けると予想していたこととは違うことが起こった。
「主様、ようやく見つけました」
俺の後ろで近づいて来ていた気配は止まり、そんな言葉をかけてきた。姿を確認したわけではなかったが声を聞く限り女性、というよりも幼い少女の声だと判断することが出来た。
いや、それよりも俺のことを主様と呼んではいなかっただろうか。
そのことを疑問に思いながらもとりあえず振り返って声をかけてきた人物の姿を確認する。
声をかけてきたのは、綺麗な水色の髪をした少女だった。よく見ると髪の隙間から尖った耳が覗いていて、王都では珍しいエルフであることがわかった。
そのエルフの少女が俺のことを主と呼んだ意味は一切わからないのだが。
俺の顔を見てエルフの少女は間違いなく俺が主であるという確信を持ったのか、ほっとしたような様子を見せている。絶対に誰か別の人と間違えていると思う。
「おい、誰かと勘違いしてるだろ」
「私はシャロと申します。以後お見知りおきを。そして、どうかお傍に」
「話聞けよ」
「主様、どうかお名前をお聞かせくださいませんか?」
「だから話を……」
「主様、もしかすると何処かお店に入ろうとしていましたか?それでしたらお止めしてしまって申し訳ありません。さぁ、主様。まずはお店に入って、落ち着いてから話をしましょう」
「本当に話を聞け!」
まったく話を聞かないシャロと名乗った少女は俺の手を取ると近くにあったカフェまでぐいぐいと引っ張り始めた。たったこれだけの会話で理解したというか、させられたというか。
どうにもこの子は人の話を聞かないところがある子らしい。そういう手合いは無視してしまうのが一番で、さっさと逃げてしまえば良かったと今更思っている。
手をしっかりと掴まれているので逃げるとすれば振り払わなければならない。なのでさっさと振り払ってしまえば良いのだが、相手が悪い。
少女とは言ったが、予想ではあるがまだ十歳前後だろうか。そのくらいの子供の手を強引に振り払うというのはどうにも出来ない。
そんなことをしたと昔から仕事関係で世話になっている人物に知られれば何を言われるかわかったものではないし、その人物の教育と影響によって子供には弱い。今回は諦めて話をして、人違いだと理解してもらうのが得策なのかもしれない。
そう考えて、大人しく少女に手を引かれるがまま、俺はカフェへと向かうことにした。
カフェに入るとシャロが店員に二名であることを伝えてすぐに端の席を選んだので、場所選びに関しては文句はなかった俺は大人しくその席に座った。店員はメニュー表を置いて注文が決まったら、というお決まりの言葉を残してから離れていく。
席に座ればシャロがすぐにまた名前でも聞いてくるかと思ったがそういうことはなく、少しばかりそわそわした様子で俺の対面に座っている。
どうしてかはいまいちわからなかったが話しかけてこないなら丁度良いのでさっさと注文を決めてしまおう。
メニューにはサンドイッチなどの軽食とコーヒーなどのドリンクが並んでいるのだが、それを見てこの辺りは前世とそう大きくは変わらないのだと再認識する。
そうは言ってもメニュー表は羊皮紙を更に加工してるものだったり、メニューの数が圧倒的に少なかったり、小洒落たカップなどを使っているわけではないので、そこはそれ。異世界らしいとでも思えば良いのか何なのか。
取り留めのないことを考えながらサンドイッチとコーヒーで充分かと思い、店員を呼ぼうとしたところでシャロがメニューを見るでもなくずっと座っているだけなことに気づいた。
「……お前は注文しないのか?」
「いえ……あくまでも主様がお食事をするために入ったので、私は大丈夫です」
「ふーん……」
大丈夫、とは言っているがどうにもそわそわしているのは変わらない。とはいえ自分で大丈夫だと言っているのなら俺だけ注文してしまおうかと思ったところで、くぅ、と小さな音が聞こえた。
音の発生源は俺の前方、目を向ければシャロがお腹を押さえて恥ずかしそうに俯いていた。
「…………本当に頼まないのか?」
「だ、大丈夫です……主様はお気になさらず……」
「気になさらずに、ねぇ……」
さて、腹が減ってるはずなのに注文しない理由は一体何なのか。エルフは種族的に食べられない物がある。とかいう話は聞いたことがない。となれば、わかりやすい理由として浮かぶものが一つある。
「まさかとは思うが、金を持ってないとかじゃないだろうな?」
「えっと……その、実は手持ちが少し……ですが、本当に主様が気になさる必要はありません。後ほど冒険者ギルドで何か仕事をしてお金を稼ぐ予定ですので」
冒険者ギルドで何か仕事を。とは言っているが、果たして冒険者登録は済ませているのだろうか。もし済ませていないのであれば仕事を受けることは出来ないし、登録するためには登録料が必要になってくる。
ここで食事する金がないのに、登録料なんて払えるのか疑問なのだが、シャロはどうするつもりだろうか。
「冒険者ギルドで仕事をするならまず冒険者登録が必要になってくるぞ」
「冒険者登録、ですか?」
「あぁ、冒険者ギルドとしては仕事を任せる相手の素性をある程度把握しておく必要があるからな。その時に登録料としてある程度のまとまった額が必要になってくるわけだが……その辺のこと、わかってたか?」
「登録料……」
登録料が必要になる、という話を聞いたシャロは少し困ったような表情で小さく呟いてから自身の鞄から小さな袋を取り出して中身を確認し始めた。
話を聞いてから、ということはやはり冒険者登録が必要なことと登録料が必要になってくるということは知らなかったようだ。
そして更に困ったような表情になっていることから、あまり手持ちがないであろうことが予想出来る。
「……まぁ、良いか。俺も冒険者ギルドに用があるんでな。さっさと食って向かわないと」
そう言ってから店員を呼んで注文を済ませることにした。注文を取りに来たのは間延びした喋り方をする赤い髪の女性店員だったが、ふらりふらりと歩く姿は倒れるのではないかと少し不安になってしまった。
ただ良く見れば、そうした歩き方をしている割には体の軸がぶれていないので倒れることはないようだった。
あそこまでふらりふらりと歩く割には体の軸がぶれないとはどういうことなのか。そんなことを考えようとしたところでシャロが口を開いた。
「主様も冒険者ギルドに?」
「日銭を稼ぎにな。つーか、その主様ってのやめろ。どうせ人違いだろ」
「いえ、主様に間違いありません」
主様なんて呼ばれる覚えはないので人違いに決まってる。そう俺は思っているのにどうしてかシャロは間違いないと断言する。一体何を根拠に間違いないと言っているのだろうか。
いや、もしかするとその根拠がおかしければ俺がシャロの言う主様ではないと否定することが出来るのではないだろうか。
それに単純にどういう根拠なのか、というのが気になる。
「やけに自信があるみたいだけど、何か根拠はあるんだろうな」
そう聞きながらやって来た店員に手早く注文を伝える。
シャロは何も注文しないようだが、本人が気にするなと言うのだから気にしない。
「はい、実は私が幼少の頃に女神イシュタリア様より神託を受けたのです。その神託は、王都にいるとある人物を主として身の回りの世話をするように、というものでした」
「そのとある人物が俺だと。それより幼少の頃とか言ってるけど、今でも幼いだろお前」
「いえ、もっと幼い頃の話です。それとイシュタリア様が王都で人探しをするのは大変だろうと、主様を一目見ればわかるように特別にそのお力を使ってくださいました。ですので、人違いということはありえません」
「あのイシュタリアの力か……ってことは確かに間違いはなさそうだな……」
女神イシュタリア。この世界で最も強力な力を持つろくでなしの女神だ。
そんな女神がわざわざ俺に世話役を付けるというのは一体どういう意図があってのことか、全く想像がつかない。
もしかするとイシュタリアのことだからただ単にそうやって世話役に幼い少女を付けて俺がどういう反応をするのか、それを見て楽しみたいだけでの可能性もある。
「はぁ……女神からの神託なんてこの世界の人間じゃ逆らえないか……」
「はい、ですので私は主様の身の回りのお世話をさせてください。それと、あの……イシュタリア様のことを呼び捨てにするのはどうかと……」
「良いんだよ。俺は敬虔な信者ってわけでもないからな。それよりお前、エルフの里から出て来たんだよな?」
「はい」
エルフの里は何処にあるのか謎に包まれている。それでも深い森の奥地ということだけは、里から出て来たエルフたちの話から判明している。
王都の近くにはそうした深い森はない。同じ大陸にもしかしたら、という森はあるのだがその場所は王都からとても遠い場所にあったはずだ。
金もない状態で、帰る手段もないままさっさと里に帰れ。とは流石に言えない。確かに俺はろくでなしのクソ野郎だが、そこまでの鬼畜ではない。
「はぁ……わかった。世話をするってんなら好きにしろ」
「本当ですか?」
「嘘言っても仕方ないだろ……」
ため息混じりに好きにしろと言った俺とは違い、シャロは嬉しそうにしている。
本当なら王都で生きるための手助けを少しだけして、金が貯まったら里に帰れと言いたい。だがイシュタリアが絡んでいるとなると事情が変わってくる。
女神イシュタリアは多くの事柄を司る女神であり、主に美の女神や豊穣の女神、勝利の女神として信仰されている。
また慈愛の女神としても多くの信仰を集めているが俺にとっては慈愛というよりも自愛の女神と言った方が正しいような気がしてならない。それほどまでにイシュタリアは自分のことが大好きな女神なのだ。
ただ、自身の気に入った相手には全力で過剰なまでに加護や祝福を与えることもあるのでそれなりにイシュタリアのことは知っているが未だに理解の及ばないことも多い。
閑話休題。何故イシュタリアが絡んでいると事情が変わるかというと、イシュタリアは自分の企てが失敗することを嫌い、機嫌を損なうと何をするかわからないのだ。
「イシュタリアが関わってなければな……」
「イシュタリア様の神託だからこそ、私のような者をお傍に置いてくださるのですか?」
「そうなるな。お前だってイシュタリアの神託がなければ俺に関わることも、里を出ることもなかったんじゃないのか?」
「私は……どうなのでしょう。里の外に興味があったので、里を出て王都に来ていたかもしれません。そこでもしかすると主様と出会っていたのかも……」
「可能性としては低そうだな」
里の外に興味があった、か。エルフは基本的に里の外に出ることはあまりない。中には外の世界に興味があったり、自身の強さを試したいとか、更なる魔法の叡智を求めるだとかで里を出るような変わり者もいるのだが。
シャロもその変わり者の一人なのか、別の事情があるのか。俺には推し量ることは出来ない。ただ、シャロの表情を見る限りは本人にとっては里の外に出るというのは重要な意味があったのかもしれない。そんな気がした。