47.好きであることに理由はいらない
昔話はしないと言った俺の心情を理解しているようで白亜はそれ以上は話を続けようとはせず、ただ何処か優しげな笑みを浮かべて俺を見上げていた。それがどうにも気恥ずかしくて、手でその顔を覆い隠すようにしてやると、そんなことをした俺の心情までも理解しているような白亜は楽しそうに笑っていた。
「まったく……アッシュは仕方ないなぁ」
「はいはい。仕方なくて悪かったな」
「いや、悪くはないぞ。だって俺はそんなアッシュも大好きだからな!」
白亜はいつもこうして大好きだと言ってくる。本当に俺に対して好意を抱いているのだと桜花が言っていたのと、白亜はそういう嘘はつかないと信じているのでそれを疑ってはいない。
ただ、どうしてそこまで俺に対して好意を抱いているのか、男の相手なんてしたくないと言っているのに俺は特別だとして誘って来ることなどは疑問に思っていた。
わざわざ聞き出さなくても良いかとも思っているので今までその理由を聞いて来なかった。けれど、今回昔から世話になっているだけではなく見守られていたこともわかり、そうした場合はむしろ俺が好意を抱く方がそれらしいのではないかと考えてしまう。
そして、そう考えてしまうと今までは聞き出さなくても良いかと思っていた理由がどうしても気になってきてしまう。
「……なぁ、白亜」
「んー?どうかしたか?」
「いや……白亜って、俺のこと好きなんだよな?」
「勿論!大好きに決まってるだろ!さっきも言ったけど、言い足りないからもっと言いたいくらいだ!」
「どうしてだ?何でそうまで俺に、えっと……好意を抱いてるのか、わからないんだけど……」
「どうしてって……人を好きになるのに、理由なんていらないだろ?」
手で顔を覆い隠しているのではっきりとはわからないのだが、たぶん白亜は決め顔でそんなことを言っているような気がする。そんな風に思えてしまうくらいには言ってやった、という雰囲気が滲み出ている。
というか、そんな雰囲気もだが、ありきたりな言葉ということもあってとてもではないが納得が出来ない。
「……雰囲気でわかるぞ。納得してないな?」
「まぁ……納得は出来ないだろ。白亜は男。俺も男。それなのに抱く抱かないの話になるのって、おかしいとまでは言わないけど、やっぱり男女のそれよりは理由がありそうだろ?白亜は同性愛者ってわけでもないんだから」
「んー……そう言われればそうなんだけど……え、本気で知りたい?アッシュのことだから途中で恥ずかしくなるか照れてもう良いって言いそうな理由になるけどさ」
「…………そうならない程度に話せるか?」
白亜がこうまで言うのであれば、本当に俺がそうして止めるような理由なのだろう。だからといって気になってしまったのだからやはり聞いておきたい。
ただし、恥ずかしくなったり照れてしまわない程度に、だ。まぁ、白亜は盛り上がると落ち着くまで時間がかかるのと、止まらない性質なのでちゃんと話を切り上げてくれるか微妙に心配なところなのだが。
それに、シャロが俺の尻尾を触る手を緩めているのでたぶん俺たちの話をこっそり聞こうとしている。余計にちゃんと話を切り上げてもらいたくなってきた。
「良いぞー。一番はやっぱりアッシュだから好き。ってのが来るな」
「理由にならないだろ、それは」
「なるに決まってるだろ!アッシュじゃなかったらこんなに好きにはなってないと思うぞ!アッシュの髪も、瞳も、声も、顔も、手も、匂いも、温かさも、他にも色々あるけど、全部がアッシュのだから好きなんだ!」
「よし、もう良い。真面目に聞いた俺が馬鹿だったとか言おうかと思ったけど、本気で言ってるのがなんとなくわかったからもう黙って良いぞ」
白亜がくだらない嘘を言う時は尻尾の毛が微妙に逆立つので簡単に見抜くことが出来る。これは桜花から教えてもらったのだが、白亜本人は気づいていない癖のようなものとのことだ。
だからこそ白亜が喋っている間、白亜の尻尾を観察していたのだがそういった様子は一切なかった。ということは、本気で俺だから好き。という本人からすると微妙に納得しづらい理由で俺に好意を抱いているというか、向けていることになる。
ただ、白亜は一番はやっぱり、という言い方をしたので他にも理由があるのだろう。聞きたいような気もするが、先ほど挙げた理由の時点で少し恥ずかしいのでどうしようか迷ってしまう。もしかするとこうして俺が迷うことを見越して言ったのかもしれないのだが。
「……どうしてだろうな、理由を聞いたのに、もっとわからなくなってきた」
「そんなこと言われてもなぁ……人を好きになるのにも、傍にいたいと思うのも、明確な理由がない場合だってあるんだぞ?」
「そういうものか?……いや、そういうものか……」
意味がわからないのでそういうものなのか。と聞き返してみたものの、俺自身がシャロの傍にいたいと少しばかり思っているのもあれやこれやと理由を並べてみても、結局のところは言い訳のようなもので、明確な理由を俺自身も理解していない。
だからこそ、それを思い出してそういうものなのかと微妙に納得してしまった。
「そういうものだって。シャロはそういうのわかるか?」
そうやって、微妙に納得してしまった俺の手を退けてから白亜はシャロにそう訊ねた。
「え、わ、私ですか?」
「そう、さっきの話、聞いてただろ?それでもしかしたらシャロも共感してくれるんじゃないかなぁ、って思ってさ」
「えっと、そう……ですね……私も、明確な理由というのはないと思いますが、主様の傍にいたいと、そう思っていますね」
「だよな。明確にどうして?って聞かれても答えられないことって結構あると思うんだ。それに対して無理やり理由をつけようってのはちょっと無粋だと思わないか?」
「……まぁ、確かにそうかもしれないな……」
言われてから色々なことに想いを馳せる。そうしてみれば、明確な理由はないけれど、ということは思っていたよりも多いような気がしてきた。
この世界で、幼い頃から今までの生きてきた時間だけでもそういったことは確かに多々あった。例えば何故か信用できると思えた相手がいた。例えばどうしてかわからないが好きになれない相手がいた。例えば見た目と中身が違い過ぎて怪しいような近づきたくないように思えるはずなのに、近くで楽しく笑い合える相手がいた。
「アッシュにはそういうの、わからないか?」
「いや……うん、なんとなくわかったかもしれない」
「本当か?」
「もしかして主様も同じようなことがあったのですか?」
「まぁ……それなりに生きて来たんだから、そういうこともあるよなって思い出しただけだ」
シャロの手は完全に止まっていて、完全に会話に参加して尻尾をどうこうという状態ではなくなっているようだった。というか、ベッドの上を移動して俺の隣に座った。
それなりに真面目な話だと判断したからそうしたのか、尻尾を触るのに飽きたからなのか、それはわからなかった。それでもとりあえず尻尾が解放されたので良しとしておこう。
「何にせよ、本当に俺はアッシュだから好きになったと思ってるぞ。それと好きになった以上は絶対に諦めないから覚悟しておけよ?」
言ってから手を伸ばして俺の頬に手を添え、楽しげに笑う白亜はその動きがやけに様になっていて慣れを感じる。もしかすると桜花に対してよくやっているのかもしれない。
そんな下らないことを考えてから白亜の手を退けようと、その手を取るとそれを見越していたのか、白亜は指を絡めるようにして俺の手を握った。
「これ、恋人繋ぎって言うらしいんだけどさ」
「らしいな。それで、それがどうかしたか?」
「つまり、こうして手を繋いでるってことは俺とアッシュは事実上の恋人同士ってことに」
「ならないからな?」
ごく自然に恋人繋ぎをしたかと思えばそんなことを言ってくる白亜だったが、当然そんなことをしたからといって恋人同士だということにはならない。とはいえ、これは白亜が冗談で言っているだけなので俺も軽い気持ちで適当に否定しておく。同じように軽い気持ちで適当に肯定するとそのまま押し切ろうとするのが目に見えているので肯定はしない。
ただ、俺と白亜にとっては普段通りの軽いやり取りでしかなかったこれは、シャロにとっては違ったらしい。俺と白亜の様子を見ていたシャロはおずおずと、もしくは恐る恐るといった様子で口を開いた。
「えっと……主様と白亜さんはお付き合いをしているのですか……?」
完全に白亜の言葉を真に受けている様子なシャロだったが、ここはちゃんと否定しておかなければ。
「いや、そんなことはないぞ。白亜とは付き合ってない。というか、白亜は桜花の旦那だからな?」
「アッシュ……桜花が嫁で、アッシュが婿ってことでも良いんだぜ?」
「普通に考えて良くないだろ。重婚は……特に禁止はされてないけど、それをするなら経済力とか必要になるんじゃないか?」
「宵隠しの狐の売り上げはなかなかだぞ?それに俺個人が昔から貯め込んでるのも含めれば嫁と婿を養うくらい余裕だ!」
「そうか。まぁ、俺は婿じゃないわけだが」
否定は出来た。ただその後はいつも通りのぽんぽんと途切れることのないやり取りを続ける形になった。
「……主様と白亜さんは仲良しさんですね」
「当然だろ!どれくらい仲が良いかっていうと……一晩しっぽりと、いや!毎晩でも俺は良いんだけどな!!」
「俺はお断りなんだけどなぁ……」
そう言った白亜の瞳には情欲の火が灯った。
そしてごそごそと動いてうつ伏せになるようにして、俺の腰に腕を回してからぎゅっと強く抱き着くようにして、俺を逃がさないようにしているようだった。
「というわけで……絶対に逃がさねぇからな……!!」
やはり逃がさないために俺の腰に抱き着いているようだった。
「逃がさないって言っても……どうせ後で桜花が来るんだからな?」
「……いや、合意の上でなら大丈夫だから……!」
「合意しないってことだよ、馬鹿」
言ってから白亜の頭を軽く撫でてやると白亜の雰囲気が少し変わった。
「おいおい急に撫でられると桜花じゃないけどキュンとするだろうがもっと撫でてくださいお願いします!」
瞳に情欲の火が灯ったままの白亜に捕まっていると何があるのかわからないので頭を撫でて誤魔化そうと試みる。これでうまくいけば良いのだが。
そう思っての行動だったが、どうやら上手くいったらしい。ただ、現在の状況を気に入らないというか、不満を覚えてしまうのが一人。
「……お二人が仲良しさんなのはわかりました。でも、だからって私だけ仲間外れにするのは良くないと思います!」
私は拗ねています。というように唇を尖らせてそっぽを向いてしまったシャロは子供らしくて可愛らしいのだが、このまま放っておくわけにはいかない。
だがこういう場合はどうしたら良いのだろうか。
「あー、いや、仲間外れにしたわけじゃないんだけど……」
「わかってないな。良いか、こういう場合はな……」
「こういう場合は……?」
「シャロも俺と同じようにアッシュに抱き着けば仲間外れじゃなくなる!」
何を馬鹿なことを言っているのだろうか。と、思ってしまった俺は悪くないはずだ。
だからシャロに真に受けないように言おうとシャロの方を見ようとしたのだが、それよりも早く軽い衝撃が俺の体を襲った。
何事かと思っているとシャロが白亜と同じように俺の腰、よりも少しだけ上の腹のあたりに腕を回して抱き着いて来ていた。
「こ、これで私も仲間外れじゃありませんよね?」
「おう!アッシュを独り占めってのも良いけど、たまには誰かと一緒にってのも良いよな!」
「俺を独り占めって発想がおかしいと思うんだけど……」
「そうです!白亜さんばっかり主様と楽しそうにするのはずるいですよ!」
「マジかよ」
「だからさ、シャロもこうやってアッシュに甘えたりしないと、俺が独り占めするから気を付けろよ?」
「むぅ……なら私だって、その……少しくらいは甘えて、白亜さんに独り占めされないようにしますからね!」
「うんうん、それで良いんだ。というわけで、アッシュは俺たち二人がこうやって甘えたらちゃんと構ってくれよな!」
自分の欲望に忠実に、というのも含まれているのだろうが、それ以上に俺がシャロがちゃんと甘えてくれるかどうか不安に思っていたことを覚えていたようだ。
だからこそ、こうしてシャロが甘えられるように事を運んでくれたのだ。と、俺は解釈することにした。
なんだかんだと周りに気を遣うことが出来る白亜ならそれくらいはやってのけるはずだ。
「あー……甘えるのもほどほどにな?こう……甘えられるのに慣れてないからさ」
「俺とシャロの二人で慣れていけば良いんじゃないか?」
「そうですね……私が甘えるのに慣れて、主様が甘えられるのに慣れることが出来れば……」
「甘え放題!ってことだな!」
そう言って楽しそうに笑う白亜を見て、シャロも控え目ながら楽しそうに笑んでいた。
普段はド変態のクソ野郎な白亜だが、こういう時には頼りになる。実を言うとこういうところがあるからこそ白亜のことは嫌いにはなれない。むしろ結構好きだったりするのだがそれを口にすると白亜が調子に乗るので俺はこのことを黙っている。
ただ、何となくだが白亜には気づかれていないとしても、桜花辺りには気づかれているような気がしている。




