46.平和な時間に戯れて
結局、白亜と桜花が落ち着くまで随分とかかってしまい、シャロもなかなか尻尾を放そうとしないので仕方なく俺が二人分の注文を済ませて料理が届くのを待つこととなった。
流石に料理が届いた段階でシャロに尻尾を放すように言ってから何とか解放させ、二人で大人しく和食に舌鼓を打ち、食べ終わる頃にはどうにか白亜と桜花も落ち着いてくれた。
そこでようやく落ち着いて話が出来るようになったので、食事の終わりと共に俺の尻尾をちらちら見ているシャロに気づかないふりをしながら白亜へと問いかける。
「なぁ、これはいつになったら元に戻してくれるんだ?」
「ん?あぁ、もう少し待ってくれ。俺もアッシュの尻尾とか堪能したいし、たぶん桜花と他の子たちもそう思ってるはずだからな」
どうやら先ほどまではシャロが独占していた尻尾を白亜と桜花、そして場合によっては他の従業員にまで触られるらしい。もはやシャロが散々触り続けていたのでその感覚にも慣れてしまったが、流石に人数が多すぎやしないだろうか。
シャロはもう良いとして、白亜と桜花の二人くらいなら楽だとは思う。ただ他の従業員までとなればどれだけ時間がかかるのだろう。
そんなことを思っていると落ち着きを取り戻した桜花が俺と白亜の会話に参加してきた。
「あ、従業員の子たちなら大丈夫だと思いますよ。食事をしてた時のアッシュくん、上機嫌に尻尾が左右に揺れてましたから、それを見て満足してる子ばっかりですからね」
「お、それなら後は俺と桜花だな!」
「待ってください!私ももっと主様のふさふさふわふわの尻尾を堪能したいです!」
シャロはまだ満足していなかったのか。というか、満足するのだろうか。と疑問に思いながらも、それでも他の従業員たちが関わらないのならまだマシだ。と思うようにした。
思うようにしたのだが、本当に他の従業員たちは満足しているのか怪しい。先ほどからちらちらと俺たちの様子を窺いながら、何やらうずうずした様子だった。
「あー……とりあえずもう色々諦めるとして、ここだと邪魔になるだろ」
「確かに邪魔に……いや、大丈夫じゃないか?カウンターの隅だしさ」
「さっきから他の客が何事かって見てるんだけどな?」
白亜が結界を張っていたのはあくまでも灰に関する話をしている時だけで、それ以外はそんなものは張っていなかった。となれば妙に盛り上がっている白亜と桜花の二人に何があったのか。と好奇心に駆られて見てしまうのも仕方がないだろう。
それに宵隠しの狐では常連であり、カウンターの隅に座ることの多い俺に何故か狐の耳と尻尾が生えているという意味のわからない状態になっている。ちょっとした好奇心が刺激されて、どころの話ではないと思う。
「……あー……流石に色々やりすぎてるかぁ……」
「そうですねぇ……変なこと目的でなければ二階の個室に行くのもありじゃないですか?」
「アッシュの尻尾モフモフ、耳モフモフは変なことになりますか!」
「なりません!あ、後で私も行きますから、その時は交代してくださいね」
「よっしゃ、わかった!さ、もう食事も終わりなんだから二階に行こうぜ!シャロも、個室でならアッシュ尻尾モフモフし放題だぞ?」
「主様、二階に行きましょう?」
諦めているとはいえこうも三人で話を進められると微妙な気持ちになってしまうのも仕方のないことだろう。というか、普段なら絶対に二階に連れ込まれそうになっても拒否しているのだが、今回はもうどうしようもなさそうだ。
とりあえず諦めてさっさと二階へと足を運ぶと、シャロが歩く度に揺れる尻尾の後ろをついて来る。そのシャロの後ろを鼻歌なんて歌いながら白亜がついて来て、桜花はまだ仕事があるからと残っている状態になった。
とりあえずシャロは俺の尻尾が気に入っているようなので個室に入ってから尻尾で叩いてやろうか。と思った。きっとシャロならそれを喜ぶような気がする。というか先ほどからの様子を見る限り喜ぶに決まっている。
「いつもは連れ込もうとしてもダメだけど、こういう時くらいは良いよな!」
「連れ込もうとすること自体問題なんだけどな……それよりも本当にいつになったらこれ、元に戻してくれるんだ?」
「満足したらだ!今日はとりあえず俺と桜花とシャロで、他の子たちはまた後日かなぁ」
「後日もあるのかよ……」
もうそんな話を聞いているだけで疲れてしまい、力ない言葉しか出てこなかった。
なんで俺がそんなことを。と思わなくもないのだが、今までさんざん見守ってくれていたり、色々としてくれていたことを思えばこれくらいは我慢しなければならない、と思う。
「でも、嫌なら嫌って言えよ?嫌がるアッシュを無理やりとかちょっと興奮するけどそういうのはなしにしたいからな」
「その中間の言葉がなければ良かったんだけどなぁ……」
「嫌がるアッシュを押し倒して、こう……無理やり搾り取る感じで、とか妄想すると滾ってくるよな!まぁ、俺自身男相手にって経験はないからもしかすると俺の方が先に動けなくなるかもだけど」
「搾り取る……?」
俺と白亜の間に挟まれているシャロには当然この会話が聞こえていて、その中で搾り取るという単語がどういうことなのかわからないようで疑問符を浮かべていた。やはり白亜はシャロの教育上よろしくない存在のようだ。
とりあえず、あれやこれやと口にして誤魔化すのも面倒だったので尻尾を振ってシャロの顔を二、三回ぺしぺしと叩いてやる。
「わっ、ぷ……あ、主様、尻尾がふさふさで、ぺしぺしって……」
「何のことかわからないな」
言いながらも何度も尻尾でシャロをぺしぺしと叩く。叩くというか、尻尾で余計なことを言わないように、余計なことに意識が向かないようにしているだけなのだが。
それでもその効果は絶大で、シャロは先ほどの疑問など頭から消えたようだった。もう充分だと判断して叩くのをやめると、一瞬不満そうにしてからその手を尻尾へと伸ばそうとしていた。
歩きながら尻尾を触られるというのも下手をするとシャロが躓いてしまいそうなので、意を決して伸ばしてきた手から逃れるように尻尾を振ってからそのまま二階へと上がる。
「あっ…………むぅ……」
後ろからシャロの声が聞こえたが、気にしない気にしない。どうせ個室に入れば俺は諦めて尻尾をシャロの好きにさせるのだから、不満そうな声とか聞こえない。
それよりも先ほどの発言のことで白亜と少し話をしないといけない。個室でシャロが尻尾に夢中になっている間にでも白亜に不用意にああいった発言をするのはやめるように言わないと。
そう考えている俺を軽やかな足取りで追い抜いた白亜が一つの扉の前で立ち止まると何処からともなく鍵を取り出してからカチャリと音をさせて解錠した。一応すべての個室には鍵をしていると以前聞いたことがあるのだが、その鍵の管理は白亜がしているらしい。
本当にそうだとして、こうやって人を連れ込むときに使っているのだろうな。と思うとこんなに部屋数はいらないように思えた。まぁ、口にしてあれこれ言うようなことではないので俺は何も言わないのだが。
「今日は珍しく、連れ込むってよりも普通に個室にご案内ってな!ほら、入った入った!」
「連れ込むこと自体がおかしいだろ……ほら、シャロもついて来い」
「……はい」
返事が返ってくるのが遅かったと思ったが、どうやら先ほどからシャロの手を避けるように動かしている尻尾に意識が集中しているようだった。別にこれから不快でない程度なら好きに触らせるつもりなのに、どうしてそこまで全力で尻尾に意識を向けているのだろうか。
疑問に思いながらも三人で部屋の中に入ると、まず目についたのは大きなベッドだった。まぁ、白亜がそういう目的で連れ込む部屋なので二人どころか三人で横になったとしても充分に余裕がある大きさだ。
まぁ、桜花がいるのでそういった目的では使われたことがないのは知っているのだが。
「はぁ……あんまり乱暴にするなよ」
そう言ってからベッドに腰かけて、尻尾を力なくだらりとベッドに投げ出しておく。ただ、時折左右に振ってやるとシャロの目はそれだけで尻尾に釘付けになっている。本当に、何故ここまでただの尻尾に夢中になっているのだろう。
いそいそとベッドに上がり、俺の後ろに座るとそのまま尻尾を触り始めるシャロ。触り方は乱暴なものではないので好きにさせておいても問題はない。問題があるとすれはそれはきっともう一人だ。
「さて……それじゃ、俺も……」
そう言ってから白亜は俺の隣に腰かけると、そのまま横になり、頭を俺の太ももの上に乗せた。所謂、膝枕のような体勢だ。
「おい、尻尾だとか耳だとか言ってなかったか?」
「そうだったか?俺は膝枕とか添い寝とか、そっちのことを言ってたんだけどなぁ」
「つまり、最初からこれが狙いだったってことかよ」
「その通り!あー、アッシュの膝枕とかマジ最高。桜花の膝枕は柔らかくて良い匂いがするんだけど、アッシュのは程よく硬くて、アッシュの匂いがして、アッシュの顔が見えるのが良いよな!」
「……普通に桜花の方が良くないか、それ」
どう考えても桜花に膝枕された方が良いと思う内容を白亜が口にするのでつい言ってしまった。
俺も男なので、こうして膝枕をされるなら普通に女性の方が良いし、桜花のような綺麗な人であればもっと良い。普通はそう思う。誰だってそう思う。はず。
「んー……だって、アッシュに甘えられるんだぜ?それだけで最高じゃん」
白亜は笑いながらそう言った。
「昔さ、初めて会った時のこと覚えてるか?」
「……まぁ、覚えてる」
「あの時のアッシュは本当に酷かったよな」
「悪かったな。酷くて。というか、昔話はまた今度にしてくれ」
「……シャロに聞かれるのは恥ずかしい、ってよりもあんまり聞かれたくはないか」
「まぁ……まったく聞いてないみたいだけど、それでも一応な」
本当にシャロは尻尾に夢中なので俺と白亜の様子も会話も一切意識を向けている様子はない。これならば昔話をしたとしても聞こえはしないと思う。
それでも何かの拍子にシャロが昔話に意識を向けるようなことがあれば、子供が知らない方が良いことを聞いてしまうだろう。だから俺はまた今度にしてくれ、と白亜に言った。
今はまだ聞かせられないとしても、いつかは俺の過去の話をシャロにしなければならないと思っている。ただ、今はまだその時ではないはずだ。




