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【投稿】異世界転生なんてろくでもない【停止中】  作者: 理緒
第一章 始まりの出会い、変化の始まり
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40.心からの謝罪

 お互いに無言で歩き続け、スラム街から出て暫くすると俺の家が見えてきた。

 ハロルドに探してもらったこの家はストレンジと宵隠しの狐からそう離れておらず、またジゼルの本拠地である色町へと道が続いている通りに建てられている。

 治安が良い場所であり、防衛力に関しては俺があれやこれやと弄っているので申し分ない。俺のような人間がある程度安心して夜に眠ることが出来る家なので見つけてくれたハロルドには感謝している。

 いや、今はそんなことはどうでも良い。家の扉の前に立つと鍵を開けるために扉に手を翳す。ここは物理的な鍵ではなく魔法を使って鍵がかけられていて、俺以外が開けられないようにしてある。

 魔法というものは不思議なもので、施錠と解錠の魔法は言い方は悪いが教科書通りの魔法。とでもいえば良いのか、他人が施錠の魔法をかけたものを関係のない人間が解錠の魔法を使ってあっさりと開けられてしまう。

 だから俺はそれを警戒して施錠と解錠に少し特殊な手順と方法を用いている。マジックアイテムを使うだけなので非常に簡単で、それでいて他人には開けられないのだから便利なものだと思っている。

 現実逃避のためにそんなくだらないことを思い出しながら手を翳した状態で玩具箱(トイボックス)からマジックアイテムの鍵を取り出して鍵の部分を元に戻してから解錠の魔法を使用する。

 このマジックアイテムの鍵の名前は『念入りに鍵をかけて(ロック・ロック)』というものらしく、この鍵もこの鍵を使った鍵穴も常に形を変え、これを使って解錠しなければ解錠の魔法を受け付けない。当然、鍵穴も常に形を変えるということは本来の鍵を使っても開けることは出来ないということになる。念入りに鍵をかけて、とは良く言ったものだ。

 これを使って念入りに鍵をかけてによる魔法の効果を解錠、そして解錠の魔法を使う。という二度手間が必要になるのだから防犯効果は期待できる。


 扉を開けて中に入る。扉を開けたままにしてシャロに入るように促す。ここでもお互いに無言なので妙な空気になっているがそんなことはあまり気にならなかった。自分のことながら思っているよりも追い詰められているようだ。

 とりあえず、シャロが家の中に入ったことを確認してから扉を閉めて鍵をかける。いつもの癖というか、こうして鍵をかけるのが習慣なので他意はない。

 シャロはシャロで物珍しそうに少しだけ視線をあちらこちらに投げているので、鍵をかけたことに対して特に何も言ってこなかった。


「あー……そうだな。落ち着いて話がしたいから……リビングで待っててくれ。紅茶くらいならすぐに用意出来るから」


「わかりました。あ、でも紅茶を用意するならお世話役の私が用意した方が……」


「いや、俺がやる。茶葉が何処にあるか、カップが何処にあるか、わからないだろ?」


「……そう、ですね。わかりました。リビングでお待ちしてます」


 口を付けることになるかは別として、一応紅茶の準備をするので先に待っておくように伝えた。お世話役として自分が、とのことだったが初めて訪れた場所ではそれも難しいだろうと断る。

 別に意地悪で言っているわけではなく、至極当然のことを言っているのでシャロも大人しく引き下がってくれた。

 シャロをリビングに通してからそのままキッチンに向かい、紅茶の用意をする。貰い物の一式ではあるが使えるのだからと良く使っているので紅茶を淹れるくらいは出来る。

 自分を落ち着かせ、覚悟を決めるためにも数分かけて紅茶を用意し、リビングへと向かえばシャロが緊張した面持ちで椅子に座っていた。

 用意した紅茶を目の前に置いて、対面に座ると姿勢を正して俺をじっと見てくる。どうにも平静を保とうとはしていても、シャロは何かを感じ取っていたのか気づいていたのか。何にしろこの様子を見る限りではもう誤魔化しようもない。


「あー……そう、話をしたかったんだ」


「はい。その、こうして改まって話をするのは初めてですね」


「そうだな……でも、本当はもっと早く話をするべきだったんだろうな……」


「……主様?」


 ここで余計な話をしても意味がない。大丈夫、落ち着いている。覚悟も決めた。なら後はシャロに謝って、ちゃんと話をするだけだ。

 だけ、とは言っても現状では俺にはそれが一番難しいことなのだが。


「まず……謝らないといけないことがある」


「謝らないといけないこと……」


「あぁ、そうだ。まず一つ。俺はお前を警戒していた」


 名前を呼ばないことだけではない。俺にとって謝らなければならないことは全て謝っておく。許されないとしても、自己満足で多少は楽になるだろうというくそったれな考えと、そんな人間の傍にいるよりは里に帰った方が良いとシャロが判断してくれることを願ってだ。

 イシュタリアの神託だとかは、俺がイシュタリアに話をつければどうとでも出来ると思う。多少の代償は必要になるかもしれないが、俺が悪いのだからそれくらいのことはしなければならないだろう。


「イシュタリアの神託のせいで俺の下に来たとしても、俺は初対面の人間を信用出来るほどお人好しじゃない。それが傍にいるようなら余計にな」


「それは……はい、何となくですが、主様は距離が近いようで壁を作られているのは気づいていました。ですが、私のような子供がいきなりお世話役に。などと言われても信用出来ないのは当然だと思います」


「やっぱり気づいてたか……でもな、俺は初日で警戒する必要はないって判断してたんだ」


「え……?でも、主様は……」


「相変わらず壁を作られてた。ってところだろ?あぁ、そうだ。頭ではわかっててもどうしても警戒し続けてた。性分ってやつだな」


「性分、ですか」


 性分だから。と言われてもシャロにとっては納得の出来ることではなかったようで、随分と微妙な表情になっていた。それも仕方ないだろう。そんなものは結局のところ言い訳でしかないのだから。


「納得出来ないだろ?」


「あ、いえ、その……」


「良いんだ。納得出来なくて当然のことだからな。本当に悪かった」


 言ってから頭を下げる。こんな風に言って頭を下げてしまえばシャロはきっと許してしまうことがわかった上での行動ともなれば本当にろくでもないと思ってしまう。

 俺の思ったように、そんな俺を見てシャロは慌てたように頭を下げるのをやめさせようとしながら言った。


「あ、頭を上げてください!」


「警戒する必要がないってわかってたならもう少しちゃんと向き合うべきだったんだ。それなのに俺はそうしなかった。たぶん……いや、たぶんじゃないな。俺はそうやって向き合うことから逃げてたんだ。それがお前に嫌な思いをさせるなんて考えずに」


「私は大丈夫ですから、どうか頭を上げてください!」


 そう言われて俺は下げていた頭を上げる。それを見て安堵したようなシャロだったが上げてくれと言われたからじゃない。まだ謝らないといけないことがあって、それは頭を下げたまま、目を合わせないで謝るべきじゃないと思ったからだ。

 それに話をしなければならないと、謝らなければならないと言ったことの一番の理由はこれになる。


「二つ目。本当に謝らないといけないのはこっちだろうな……」


 大丈夫。大丈夫。さっきから覚悟は出来てる。謝って許されないのもわかってる。言葉にすれば自分が傷つくのなんてどうでも良い。そんなものは自業自得で因果応報だろう。ただ俺はろくでなしのクソ野郎だとしても、子供の心を傷つけたまま放っておくようなことはしない。したくない。

 それがシャロのような素直で真っ直ぐな子供であればなおさらだ。


「俺は、お前の名前を呼ばなかった」


 言った瞬間にシャロの動きが止まった。


「一番自分の傍にいる人間に名前を呼ばれないってのは、不安にさせたと思う」


 どう答えたら良いのかわからないようにシャロは視線を彷徨わせている。


「わかってたはずなんだ。人に名前を呼ばれないことの辛さを」


 その辛さを知っていると言うと、シャロは驚いたように俺を見た。


「俺が呼ばないとしてもハロルドや白亜たち、フィオナたちが呼んでる。でも、世話役として俺の傍にいるっていうなら、俺から名前を呼ばれないってのはきっとお前にとっては辛かっただろうな」


 言葉を重ねれば重ねるだけ、シャロは信じられないような目で俺を見てくる。


「それなのに名前を呼ばなかった。本当に謝らないといけないのはこのことだ。本当に、ごめん」


 再度頭を下げる。言ったように俺が本当に謝りたかったのは、謝らなければならなかったのはこれだ。

 俺は名前を呼ばれない辛さを知っている。苦しさを知っている。それなのに俺はシャロの名前を呼ばなかった。

 本当に、許してもらえるとは思っていない。許してくれとも言えない。


「……主様が名前を呼んでくれないのは気づいていました」


 あぁ、やっぱり気づいていた。いや、気づかない方がおかしいか。


「どうして名前を呼んでくれないのか、わかりませんでした。何か主様の気分を害するようなことをしたのかもしれない。面倒を見るのが本当は嫌だったのかもしれない。お世話役として私を傍に置くのが嫌だったのかもしれない。そうやって色々考えていました」


 少しずつ、少しずつ、シャロの瞳に涙が浮かび始める。

 自分のせいで、と考えてしまうかもしれないとフィオナが言っていたがまさにその通りで、俺がシャロの名前を呼ばない理由は自分にあるのだと考えていたようだ。

 その考えに押し潰されそうになりながら、それでも弱音を吐かずに耐えていたのかもしれない。そしてそれを言葉にすることで抑え込んでいた感情が溢れそうになっているのだろう。


「それで、何とかしないといけないって思って、でも、どうしたら良いのかわからなくて……」


 時折言葉がつっかえているが、それでも何とか自分の思いを伝えようとするシャロを見ると罪悪感と自己嫌悪に苛まれる。それも今まで俺があれやこれや考えていた時よりも更に酷いものだ。


「それなのに、主様は私のことを、心配してくれたり、面倒を、見てくれて……頭を撫でたり、気を遣ってくれたり……」


 あぁ、どうしたら良いのかわからないのに俺が半端に優しくするせいで余計に混乱させてしまったのだろう。自分のせいで、でも俺は優しくしたり心配したり、そのくせ名前は呼ばない。

 シャロにとってはきっと意味が分からなくて、どうしたら良いのか本当にわからなくて、それがシャロの不安を煽ったのだろう。いや、不安を煽った程度では済まされない。

 これは謝って話をするだけではなく、ちゃんとシャロの考えていたこと、思っていたこと、それを聞いた上で不安を取り除いて出来ることならこれからの話をしなければならないのかもしれない。


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