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【投稿】異世界転生なんてろくでもない【停止中】  作者: 理緒
第一章 始まりの出会い、変化の始まり
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37.灰が降る

 ストレンジを出てから人目に付かないように細い路地裏に姿を隠す。王都全域に灰を降らせるためには少し時間が必要で、誰かに見られでもすれば魔法を使っていると判断され、憲兵がやって来るかもしれない。

 そうなればシャロを探すどころではなくなってしまうので、そんな事態は避けなければならない。

 路地裏に隠れてから周囲を警戒するが人の姿や気配はなく、これならば問題なく灰を降らせることが出来そうだった。

 ハロルドや、俺の灰について少しでも知っている者にとっては灰を降らせること自体が問題なのだが。とはいっても知っている人数は本当に僅かだ。


 王都全域に灰を、と思っていたのだがふと考える。

 俺の考えたようにシャロが人攫いによって連れ去られたとして、果たして王都に留まっているのだろうか。

 祭りの期間中に商品として人を攫うのであればそれもあり得るが、場合によっては自分たちの安全のために外に連れ去る可能性もある。であるならば、王都全域に灰を降らせたところで見つけることは出来ない。

 そういった考えに至った以上は念には念を入れて王都の周辺にも灰を降らせる必要が出てきた。

 魔力を燃やすのではなく、自身を薪として燃え上がる姿を思い浮かべる。そうするとパチリと火の爆ぜるような音がすると同時に周囲に灰が舞う。俺の体が燃えているわけではなく、この世には存在しない灰を呼び出している。

 俺の周囲に舞っていた灰は気づけば空高くに舞い上がると、深々と降り積もる雪のように灰が降ってくる。

 灰の発生源である俺はいつものように灰を被る。灰の髪だから灰被りなのか、こうして灰を被っていたから灰被りなのか。いや、そのどちらもか。

 とにかく、そんなつまらない考えをしている間にも次々に灰が降り続け、気づけば王都の周辺まで灰の降る範囲が広がっていた。

 そしてこの灰は壁を透過して建物の中へも降る。王都とその周辺に隠れているとしても、これで見過ごすことはない。

 ただ、壁を透過するような灰が降っているというのは、王都に住む人間にとっては恐怖に繋がるだろう。

 突然降り始めた灰は壁を透過し、建物の中へも降るそれは、降り積もることなく地面に触れる直前で霧散する。そんな物が降り続ければ振り続けるだけ人々は不安になり、恐怖する。

 得体の知れない物に対する反応というのは、だいたいがそういうものだ。

 いや、この灰がどういった物なのかを知っていたとしてもそれは変わらないのか。

 ハロルドが声をかけてくれるということで白亜たちやジゼルは問題はあまりない。ただ、スラム街の住人にとってはそうもいかない。

 過去にスラム街に灰を降らせたことがあるがその時のことを思い出す。あの頃に生きていたスラム街の住人であれば、今頃は逃げ惑うか、灰から逃れるように隠れているのではないだろうか。

 壁や建物を透過して降り続ける灰から逃げることも隠れることも出来ないのだが。


 そうして振り続ける灰を使ってシャロの魔力を探る。シャロの魔力は吸魔を行った際に記憶しているので探すのは容易だ。事実、ほんの数秒でシャロの魔力を感知することが出来た。そしてその周囲に複数の人間の反応があった。

 一塊になっている複数人と、その周囲を歩き回っている人間が三人。これは俺の予想通りに人攫いがいるようだ。人攫いの中には商品を届けるまで丁重に扱う者と、乱暴に扱ったり奴隷商に売りつける前に慰み者にする者もいる。

 今回の人攫いがどちらなのか俺にはわからないが、急がなければならないことだけはわかった。

 場所は王都のスラム街、二番地区。一番地区はスラム街の入り口であり、一般の住人もスラム街の住人も一番地区にはあまり居付かない。ただ一番地区はスラム街の住人が出てくる、一般の住人がスラム街に迷い込むということを防ぐために憲兵が見張りを続けている。

 であれば、隠れるのは二番地区か三番地区が妥当だろう。いや、三番地区は一気に危険度が跳ね上がるので二番地区しかあり得ない。偶然二番地区を選んだのか、それとも一番地区と三番地区のことをわかっていて二番地区を選んだのか。

 その辺りはジゼルか、突き出される憲兵団か。そのどちらかが尋問なり拷問なりで聞き出してくれるだろう。


「さて、場所もわかったことだし、行くか」


 いつもと変わらないように口にした言葉はあくまでも自分自身の冷静さを保つためのものだ。ハロルドに言われたがやり過ぎるような自体は避けなければならない。

 捕まえた場合はジゼルに突き出すことになるはずなので、流石に死体を突き出すようなことはしたくない。そんなことをしてしまうと、人攫いについての情報を得ることが出来なくなってしまう。

 もしかするとそうして情報を得る必要はないのかもしれないが、何かしら大きな組織にでも所属していた場合は面倒なことになるので、情報を得られるのなら得て損はないだろう。

 くだらない思考はぐるぐると空転し続けるが、それも終わりだ。シャロのいる場所はわかり、その場所への移動も可能となった。

 灰から灰へと転移する移動法は非常に便利ではあるが、そこに俺が降らせている灰と同じものがなければならないので普段から使用出来るような方法ではない。だが今のように灰が降っている状況であれば、その灰がある範囲には好きに転移することが出来る。


「無事でいてくれ。それと覚悟しろよ、クソ野郎ども……!」


 冷静になろうとしてもどうにも冷静になりきれてはいないが、俺は灰へと転移を開始する。俺を中心に灰が舞い上がり、爆ぜるように灰が散ればそこに俺の姿はもうない。

 次の瞬間にはスラム街の二番地区、シャロの下へと転移が完了していた。



 アッシュがシャロの下に転移する少し前。

 王都は突然降り始めた謎の灰によって騒然としていた。

 その灰は建物の中へも降り、地面に積もることなく霧散していく。

 王都の住人たちは何が起きているのかわからずに困惑し、何かの凶兆なのではないかと声が上がればそれは徐々に人から人に広がり、次第に振り続ける灰に対して恐怖を抱くようになっていた。

 外を歩いていた人は建物へと逃げ込むがその建物の中へも降り続ける灰に悲鳴を上げ、またある人は近くにいた憲兵に何が起こっているのかを問い詰め、またある人は魔法の心得があるのかその灰が魔法によるものなのかを調べようとするが一切の魔力を感知が出来ないために得体の知れない灰としかわからず酷く動揺し、またある人は第三王女が聖剣に選ばれ勇者となったことをきっかけに魔王が蘇ったのではないかと恐怖し、またある人は、ある人は、ある人は。

 多くの人間がそれぞれの反応を示すのだが、結局行きつく先は恐怖でしかなかった。

 無論、それは王城に住む王家の人間やそれに仕える貴族たちも例外ではなく、王城付きの魔法使いたちが必死に灰について調べようとも何もわからない。勇者となったことを祝うための祭りの前日にこのような得体の知れない事態が起こるなど、これから何があるのか。王城内に不穏な空気が流れている。

 またスラム街ではその恐怖の度合いは王都の住人や王城のそれとは遥かに上だった。

 灰が降り始めると同時にスラム街の多くの住人は悲鳴を上げて逃げ惑っていた。何処に逃げたとしても灰が降り続けることがわかっていても必死に逃げ惑う。


 しかしそうして灰が降り続ける中で冷静さを保ったままの人間もいた。

 アッシュが去ったストレンジではハロルドが小さな水晶玉を取り出していた。これはマジックアイテムの一つで比較的量産された遠い場所の相手と通信が可能となるマジックアイテムだ。魔法を使える人間であれば念話の魔法を使えるのかもしれないが、ハロルドはそれを習得していなかった。

 ハロルドはそのマジックアイテムに片手を置いてから少しして口を開いた。


「ジゼル、聞こえてるかしら?」


『なんだい、いきなり。わざわざあたしに直接繋げるなんて……アッシュが灰を降らせてる理由でも聞かせてくれるのかい?』


「ええ。もしかするとアッシュにとって大切な存在になるかもしれない子が、人攫いに連れ去られた可能性があるわ」


『……本当かい?やれやれ……そういう輩がいるかもしれないからって気を付けるように言った傍から……いや、待ちな。アッシュにとって大切な存在になるかもしれない子って言ったね、今』


「そうよ。だってあのアッシュが王都の住人がどうなろうが関係ないって言って灰を降らせたのよ」


『なんだいなんだい!そいつは随分と面白い話じゃないか!』


 ハロルドの言葉を聞いた通信相手であるジゼルは楽しくて楽しくて仕方ないとでもいうように笑いながらそう言った。

 それを受けてハロルドはため息を一つ零してから返答する。


「あのねぇ……面白い話かもしれないけど、今の状況はそうも言ってられないでしょ」


『わかってるさ!すぐにあたしのところの猟犬を放ってやるから安心しな!』


「猟犬って……はぁ、その言い方やめなさいよね……あの子たちが可哀そうじゃないの?」


『良いんだよ、あの子たちも納得してるんだから。それよりも、今度アッシュとその子の話を肴に飲もうじゃないか』


「はいはい。ジゼルを満足させられるようなお酒はないけど、文句言わないでよ?」


『何言ってるんだい!こういうのはね、酒よりも肴が大事なんだよ。アッシュとその子の話で最っ高の酒が飲めそうじゃないか!』


 カラカラと笑いながら言ったジゼルに対してハロルドはため息をまた一つ零してから天井を、空を見上げる。

 未だに振り続ける灰はシャロがただ迷子になっているだけではないことを示している。それを理解しているハロルドはそれならばまだ連絡を取る必要がある相手へ話を通しておかなければならないと考えた。


「ジゼル。お酒は今度飲むとして、関係者にこの灰は安全だって伝えておいてくれるかしら?」


『あぁ、良いともさ。とはいっても色町の中だけだろうけどね』


「それでも充分よ。それじゃ、またね」


 そう言ってハロルドは通信を切り、別の人間へと通信を繋げる。

 アッシュに言った、話を通しておくという言葉を実現するために。


 またハロルドやジゼルとは違う人物。

 宵隠しの狐では開店していないながらも準備を進めている段階であり、突如降り始めた灰によって従業員たちは何が起こったのかと困惑していた。

 その中で宵隠しの狐の主人たる白亜は九つの尻尾をゆらりと振るわせてから口を開いた。


「アッシュが人探しでもしてるみたいだなぁ」


 たった一言のそれは不思議と聞いた者たちを冷静にする響きがあった。


「ほら、手が止まってるぞー。手を止めて良いのは俺だけで、みんなきっちり働いてくれねぇと困るんだよなー」


 言っていることは大変くそったれなことだったが、それをいつものことだと全員が聞き流し、またいつも通りの白亜を見てこの振り続けている灰が無害であると理解した。

 また、アッシュの名前が出ていたこともあって、自分たちに危害を加えるような人物ではないとわかっていたためにそれぞれが自分自身の仕事へと戻っていった。

 そんな中で桜花が白亜の隣へと音もなく現れると口を開いた。


「アッシュくん……どうしたんでしょうね」


「どうしたんだろうな……でも、どうにも人を探してるみたいだから何かあったってのはわかる」


 そう言ってから残念そうというか、複雑そうな表情へと変えてから更に言葉を続けた。


「はぁ……こういう時に頼ってもらいたいのになぁ……」


「ですねぇ……アッシュくんは人を頼ることはあまりありませんし、あってもハロルドさんくらいですもんね」


「あー、俺だって頼ってもらいたいのになぁ!そうしたらもう甘やかす感じで力を貸して好感度稼いでアッシュとイチャイチャラブラブペロペロチュッチュしたいのになぁ!」


「んー、この相変わらずの残念っぷり……そういうのアッシュくんに聞かれるとまた怒られますよ?」


「だろうなぁ……でもほら、アッシュはこういうので怒っても本気じゃなくて、なんだかんだ甘いのがまた可愛いんだよ」


「あ、わかりますわかります。ツンツンしたりぞんざいに扱ったりするのに、結局最後は受け入れちゃうような甘いところ、可愛いですよね」


 いつの間にやら尻尾を一本に戻した白亜が言えば、桜花がそれに続くように言葉を続け、宵隠しの狐の従業員たちが同意するように頷いていた。

 外は騒然としているというのに宵隠しの狐だけは何処かほのぼのとした空気となっている。勿論、灰は降り続けているのだが、もはや灰のことなど誰一人として気にしていなかった。


「……何にしろ、今度アッシュに話を聞いて、場合によってはちょっとくらい甘やかしてやらないとな」


「はい、アッシュくんの大好きな美味しい料理は任せてくださいね」


 二人というか、この場にいる全員にとってアッシュが行うことが自分たちに悪いことが起きるとは思っていない。だからこそこうしてほのぼのとした穏やかな空気が流れているのだろう。

 もしくは、こういう空気を作り上げるために白亜と桜花の二人が全員に聞こえるように話をしていたのかもしれない。

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