32.自業自得の自己嫌悪
フィフィが苺のタルトを持ってくる頃にはシャロは落ち着いていた。むしろ俺の方が申し訳なさだとか、不甲斐なさだとかで心中穏やかではなかった。
ついからかってしまった俺が悪いのだが、いらない警戒心を抱いている相手が、どう考えてもただの子供でしかないことで気が緩んだというか、何というか。らしくないことをしてしまった。これは反省しなければならない。
ちゃんと謝るべきだと思ってシャロを見るが、シャロはフィオナと話をしているので今は俺が話しかけるべきではないような気がした。
というのも、俺が話しかけた途端に先ほどのことを気にして微妙な空気になってしまうかもしれないからだ。完全に自業自得なので俺が黙っておくしかない。と思う。
「ご注文のたっぷり苺のタルトになりまぁす」
「わぁ……!すごいです!本当に苺がたくさんありますっ」
「何と言ってもたっぷり苺ですからねぇ」
「そうですよね!たっぷり苺という名前がついているのですから、当然ですよね!」
「当然ですねぇ。ちょっと苺を使い過ぎな気もしますがぁ、これくらいが良いと思ったのでこれで通してますからねぇ」
「これくらいが良いと思ったからって……もしかしてこれもフィフィが作ったのか?」
フィフィの言い方がひっかかったので確認をしてみると、一つ頷いてからフィフィは言った。
「そうですよぉ。ピースフルのメニューは半分くらいが私の考案で、作成ですからねぇ。あぁ、当然私以外も作れますけどぉ、基本的には私が作ってますよぉ」
「ということは……ケーキとかシュークリームとかもフィフィさんが?」
「はぁい。一番の自信作はパフェなんですけどぉ、メニュー表に載せようとしたら止められてしまったのが残念でなりませんねぇ」
あのパフェがメニューに載らないのは何となくわかる。載ったところで注文自体されないだろうし、まず名前が一般受けしない名前だ。むしろピースフルの印象が悪くなるような気がする。いや、確実に悪くなるのか。
ただ俺のような人間もいるので多少は注文はされるだろう。それと、興味本位で注文してしまう。ということもなくはない、はず。
そんな益のないことを考えている間にシャロは苺のタルトを食べ始めており、泣きそうだったことなどもはや忘れてしまったのではないかと思えるほどに幸せそうに苺を頬張っていた。
「とりあえず、シャロさんは大丈夫そうですね」
「悪いな、俺のせいで面倒なことになった」
「いえいえ。アッシュさんは子供に弱いようなので仕方ありませんよ」
「……弱いってわけじゃないと思うんだけど……」
「充分弱いと思いますけどねぇ……それよりも、ちゃんと後で謝っておかないといけませんよ?」
「わかってる。全面的に自分が悪いってわかってるのに、謝らない。なんて言うほどクズじゃないんだから」
自分のことをろくでなしだとは言うが、クズではない。と思っている。
そう思っているのは自分だけで、客観的に見ればろくでなしのクソ野郎でクズなのかもしれないのでそう思っているだけなのだが。
「わかってるなら良いんですけど……」
「おやおやぁ、アッシュさんは何かシャロさんにしちゃった感じですかぁ?」
「少し調子に乗ってからかいすぎたな」
「それはそれはぁ……」
非難がましい。というほどではないがフィフィの目には多少なりと非難の色が見て取れた。
シャロくらいの女の子を調子に乗ってからかいすぎた。ということを言われてしまえばそういう反応を示してしまうのも仕方のないことだ。
仕方のないことなのだが、それでも実際にそういう目を向けられると凹んでしまう。
「…………でもぉ、随分とへこんでいるようですからぁ、私が何か言うとかは必要なさそうですねぇ」
「ですね……アッシュさんの方が先ほどのシャロさんよりも酷い状態にも見えますよ」
「…………気のせいだろ、って言いたいんだけど……どうしたんだろうな……」
フィフィの言うように、俺はへこんでいるのがわかる。自分でもどうしてここまでへこんでいるのか、いまいちわからないのだが。
しかしそんなことよりも、苺のタルトに夢中になっていて俺のことには気づいていないシャロに、俺がこうしてへこんでいる、沈んでいるのを悟られると自分のせいなのではないか、と考えてしまうかもしれない。
そうなると先ほどと同じような問答を繰り返すことになりそうなので、それは避ける必要がある。
「まぁ、今はこんな様子を晒すのはやめておこう」
「それが良いかもしれませんね。シャロさんのことを考えると、ですけど」
「あぁ、あいつのことを考えれば、こんなの気づかれると厄介だ」
フィオナであれば何とか出来るかもしれないが、そう何度もフィオナを頼るわけにはいかない。となれば平静を装って平気な顔で何事もないようにしておくのが良いだろう。
「アッシュさんも何やら大変そうですねぇ」
「ですね……慣れない小さな女の子を相手にしてどうしたら良いのかわからない。みたいなところじゃないですか?」
「あぁ、確かにそうみたいですねぇ。男性の方はそういうのに慣れていない方が多いような気がしますねぇ……まぁ、私も慣れてませんけどぉ」
「あれ、フィフィさんは何だか慣れてそうな気がしたんですけど……?」
「多少は何とかなるかもしれませんけどぉ、フィオナさんほどじゃないと思いますねぇ」
平静を装うために黙ってしまった俺に気を遣ったのか、話しかけることなく二人で話をしていた。
そういう気遣いであれば有難いのだが、その会話の内容はどうしても耳についてしまう。確かに俺はシャロのような小さな女の子の相手は慣れていないが、冒険者というのは普通そういうものだと思う。
だいたい俺は普通の人間とは違う環境で育ってきた身であることから、素直な子供を相手にすることもほとんどなかったのだから仕方ないはずだ。
そんなことを考える俺と、会話を続ける二人を気にすることなく苺のタルトを食べているシャロを見ると俺だけ言い訳というか、無為な考えを巡らせているのが馬鹿らしくなってくる。
すると、平静を装うようにとしていたものが、そんなことを装う必要もなく、普段と同じような心持ちへと変わっていた。まぁ、単純に馬鹿らしくなったのでもう良いかな、と考えたようなものなのだが。
「私も小さな女の子の相手に慣れてるわけじゃないんですよ?ただ、近所に小さい子がいまして……たまーにですけどその子の遊び相手になってあげてたからかもしれません」
「なるほどぉ、私の近所には小さな子はいませんからぁ、そういう機会はありませんねぇ」
「あれ、フィフィさんってどの辺りに住んでるんですか?割と小さな子って何処にでもいるような気がするですけど……?」
「あぁ、いないと言うよりもぉ、いるにはいるんですけどなかなか出会う機会がないと言いますかぁ……」
「あー……そういうことですか。確かに時間によっては会いませんよね」
フィフィの言っていることは良くわかる。王都には何処にでも子供がいる、と言っても大きく間違っているわけではない。スラム街だろうと、こうした大通りの近くであろうと、貴族たちの集まっている地区であろうと、娼館が立ち並ぶ色町であろうと、子供たちがいる。
細かく見て行けば子供がいない場所もあるのだが、今はそんなことは置いておくとして。例え子供たちがいる場所であろうと時間がずれれば会うことはない。
「それに日中はピースフルだったり実家に籠ってたりで外に出ませんから余計に子供と触れ合うというかぁ、会うようなことは少ないですねぇ」
「私はお休みの日にはウィンドウショッピングとか美味しい物を食べに色々歩きますから、意外と子供と接することはありますよ。そうやって出歩かないにしても、近所の子供の遊び相手になってあげたり……」
「そういうのも楽しそうですねぇ……」
「楽しいですよ?」
気遣いどうこうではなく、既に普通に会話を楽しんでいる二人は放っておいてシャロに倣って俺も自分のケーキやシュークリームを食べてしまうことにした。
ショートケーキに関しては既に気づけば全てがシャロの腹の中。という状態だが特にショートケーキに対して執着していたわけではないので特には気にならない。
まぁ、魔力変換がなくてもケーキを一つ食べ切る程度には腹に余裕があったのかと思わなくもなかったが。
ただ、残りを俺が食べてしまっても良いのかと少し悩んでしまう。シャロには分けて欲しいと言われた以上は俺一人で全て食べるのはどうなのだろうか。
「あーっと……なぁ、お前はそのタルト以外にも食えそうか?」
なのでシャロに確認を取るために、声をかけることにした。内心ではあまり気が乗らなかったのだが、これは必要なことだと腹を決めるというか、諦めながらではあるのだが。
「えっと……苺を沢山食べられて私は満足なので、大丈夫です。お心遣い、ありがとうございます」
「いや、それなら良いんだ。せっかく好物を食べるんだ、慌てずにゆっくり食べろよ?」
「はい!」
声をかけてみれば、シャロはやはり苺のタルトに夢中になっていて先ほどのことが頭にないのか。はたまたシャロにとっては既に終わったことなので気にしていないだけなのか。
そのどちらなのか、または別の理由があるのかは俺に推し量ることは出来なかったが、俺の言葉に普段通りに言葉を返してくれた。
いや、普段通りというのは少し語弊がある。苺のタルトによって上機嫌になっているシャロは、いつもより楽しげというか、声が弾んでいる。
返事をしてからシャロは手に持ったフォークで苺を一つ取るとそれを口に運び、幸せそうに頬を緩ませていたので今のシャロは非常に幸せなのだろう。であれば声が弾むのも当然と言えば当然だ。
そうしたことを考えてから、俺も自身のケーキへと手を伸ばす。この様子であれば暫くはシャロのことを気にしなくても大丈夫なような気がしたからだ。
ただ、ここを離れてから落ち着いたシャロがどうなっているのかは俺にはわからない。
先ほどのことを謝るのであれば、それはきっとその時になるだろう。




