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【投稿】異世界転生なんてろくでもない【停止中】  作者: 理緒
第一章 始まりの出会い、変化の始まり
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30.素敵な帽子

 魔力変換のおかげでパフェを完食することが出来た。するとフィオナからは小さく拍手が送られ、シャロからは心配している表情で俺を見ていた。途中で魔力が完全に回復したことを悟っていたのだろうが、その後にこっそりと玩具箱(トイボックス)を使っていたのには気づいていなかったようだ。


「俺は特に問題ないぞ。後はケーキで終わりだな」


 言いながら紅茶を口につけるが流石に冷めている。とはいえ、先ほどまで甘い物ばかり食べていた状態で砂糖やミルクを一切入れていない紅茶は存外に美味しかった。

 これで温かければもっと良かったかもしれない。と思うのと同時に、次に来るときはパフェは頼まない方が良いような気がした。事前に準備さえしておけば問題なく食べられるだろうが、飽きが来ないように工夫されているとはいえ毎回同じだとそれも無理だ。


「まさか本当に食べ切るとは……魔力変換ってずるくありませんか?」


「でも自分の魔力が消耗されてない状態では使えませんし、街中で魔法を使うわけにもいかないので魔力変換を使って食事をしようと思うのであれば事前に準備しなければなりません」


「だから急に魔力変換を使って多く食べようなんて思ってもほとんど無理なんだよな」


 俺のようにこっそりと誰にも気づかれない。もしくは気づかれても魔法だと判断されにくい魔法があればその限りではないのだが。とはいえ魔法とは基本的に派手な物ばかりが現在の主流なのでそれも難しいだろう。

 俺のように目立たない地味で静かな魔法を好んで使う人間の魔法使いには会ったことがない。というか見たことがない。


「基本的に魔法は派手な物が多いですから、王都の外で魔法を使ってから食事。という形になりますよね」


 俺に同意を求めるようにするシャロに対して、素直に頷いておいた。事実として、派手な魔法を王都で使おうものなら憲兵がすぐに飛んでくる。もしくは近くの冒険者に取り押さえられてしまう。

 それは魔法に限らず冒険者にとって武器として馴染み深い剣を鞘から抜いても同じようになるだろう。


「わざわざ魔力変換を使おうと思えばそうなるだろうな。この王都に魔力変換を出来る奴がどれだけいるのかわからないけど」


「どれだけいるのか、ですか……私と主様以外にはいそうにありませんね……」


「あ、でも王城にいる魔法使いの方々の中には出来る方がいるかもしれませんよ?」


「王城の魔法使いか……もしかしたら本当にいるのかもな」


 王家お抱えの魔法使いであればあり得ない話ではないだろう。勿論、それを確認する術などないので可能性の話でしかないのだが。

 そして、俺たちがそんな話をしているとトレーにケーキを数種類乗せたフィフィがふらふらとやってきた。


「お待たせいたしましたぁ。見事にパフェを食べ切ったお客様にご注文のケーキをお持ちしましたぁ」


 言いながらテーブルの上にケーキを並べたフィフィはすぐに立ち去るかと思っていたが、今回は違うようだった。


「まさか本当にあのパフェを食べ切るなんて思いませんでしたねぇ……」


「それはフィオナにも言われたな」


「私としてはぁ、食べ切れないと思ってたんですけどぉ……驚きですねぇ」


「俺もあんなのが出てくるとは思ってなかったから驚いたぞ」


「それはそれはぁ……お互い様ですねぇ」


「あぁ、お互い様だな」


 言いながらフィフィの様子を見るが、楽しそうにしながら立ち去る様子はない。

 何か用事でもあるのかと思っているとフィフィの視線がシャロに向いた。いや、厳密に言えばシャロの被っている帽子に、だ。


「それにしてもそちらの方はぁ、随分と素敵な帽子を被ってますねぇ」


「あ、これですか?主様から頂いた物なのですが、可愛いですよね」


「主様というのはぁ……?」


「こちらの方ですよ。自己紹介、しておきましょうか?」


「それもそうだな。名前はアッシュ。これからもここには来そうだから、よろしく頼む」


「あ、私はシャロといいます。どうぞ、お見知りおきを」


「おやおやぁ、ご丁寧にどうもぉ……私は皆さんにフィフィと呼ばれているのでぇ、お二人もそうお呼びくださいねぇ」


 どうにも引っかかる自己紹介だ。自分の名前を名乗るのではなく、フィフィと呼ばれている。というあだ名というか愛称を名乗った。

 そう呼んでほしいという思いが込められているのか、もしくは本当の名前を知られたくないのか。


「フィフィ、ね……本名を聞いても?」


「フィフィって呼ばれてますからぁ、そちらで呼んでもらいたいですねぇ」


 そう言ったフィフィの笑顔は、それ以上聞くな。と言っているような気がしてならない。どうにも本当の名前は教える気はないようだ。

 個人的にはフィフィが本名を伏せている理由が気になるが、単純にフィフィという呼ばれ方が気に入っているだけ。ということも可能性としては否定出来ないので無理に聞き出すことは出来ないというか、したくない。

 もしここで無理に聞き出そうとすればフィオナがいることだし、面倒なことになるかもしれない。


「そんなことよりもぉ……シャロさんの帽子は本当に素敵ですよねぇ」


「まぁ……割と高価な類の品で、デザインも悪くないからな」


「えっ……こ、この帽子って高価な物だったのですか!?」


「あー……いや、気にするな。俺は気にしない」


「気にしますよ!」


 つい口に出してしまったが、高価だとかは言うべきではなかった。高価とは言ったが俺にとっては仕事のついでに盗ってきただけの品であり、実質タダで手に入れてきた物だ。

 尚、盗ってきたというのは何処か貴族の屋敷から。だとか、マジックアイテムを扱っている店から。というわけではなく、盗賊団の宝物庫から盗ってきた物のことを言う。

 ろくでなしとはいえ、流石に何の罪もない相手から盗み取るようなことはしない。盗むのであれば俺と同じようなろくでなし相手からだろう。


「アッシュさんって意外とお金に頓着しない人だったりします?」


「いや、そんなことはないぞ。生きていくには金が必要だから頓着しないわけないだろ」


「でも高価な帽子をシャロさんに贈ったんですよね?」


「俺には必要ないからな。宝の持ち腐れってよりは、似合う誰かに渡した方が良いだろ。当然、誰にでもそうして渡すわけじゃないけどな」


 まだわたわたとしているシャロを気にしないようにしてフィオナの問いに答えた。

 本当は罪悪感を誤魔化すため、シャロの特徴的な耳を隠すための贈り物というだけなので似合うかどうかはあまり考えていなかった。ただ誰にでも渡すわけではない。というのは本当だ。

 マジックアイテムは安い物でも十数万オースは必要になってくる。シャロに渡した帽子は鑑定してもらった結果約五十万くらいだっただろうか。

 とはいえこういったマジックアイテムは捌くのが難しいので売るにしても苦労する。それならばたまにはこういうのも良いだろう。たぶん。


「そういうものですかねー……あ、でも高価だったってことは何処か貴族御用達のブランド品ってことですよね」


「あー、いや……そういうわけじゃないんだけど……」


「あれ?ブランド品じゃないのに高価だったってどういう……?」


「何て言えば良いのか……数量限定品ってやつか?」


 嘘は言っていない。マジックアイテムは同じ物を何個も作られることは少なく、量産しやすい物であっても十個前後ではないだろうか。シャロに贈った帽子は作られたとしても一つか二つだろう。


「それは……確かに高価になりがちですね」


「あの!主様!」


 納得してもらえて何よりだ。なんて思っているとシャロが声を張り上げた。


「この帽子ですが……」


「俺がお前に贈った以上はもうお前の物だ。返すとか言うなよ」


「いえ、でも……」


「良いんだよ。というか、贈り物を受け取っておきながらやっぱり返します。なんてするのか?」


「あ、えっと、それは……」


「大人しく受け取っておけ。それに俺が持ってるよりもお前が被ってる方が良いだろ。似合ってるしな」


「そ、そうでしょうか……?」


「あぁ、だから被ってろ。返そうなんて考えるなよ」


「は、はい!」


 とりあえずこういう場合は似合っているだとか言いながら返さないように諭しておけば良いだろう。事実としてあの帽子はシャロに似合っているのだから、これも嘘ではないわけだ。

 そうしてシャロが帽子を返そうとしないようにしている間、何か感心したようにフィオナが見ていたのが少し気になった。


「あの、主様……」


「まだ返そうとか思ってるのか?」


「いえ、そうではなくてですね……ありがとうございました」


「別に礼は必要ないだろ。俺が勝手に贈ったわけだしな」


「いえ、そうではなくて、似合ってるって言ってもらえたのがちょっと嬉しかったです」


 言ってからはにかむように小さく笑うシャロの様子にどうしてそんなことを言うのか、すぐにわからなかった。あの帽子を渡したときに似合っていると言わなかっただろうか。とその時のことを思い出すと確かに似合っているとは言っていなかった。

 確か俺は悪くない。としか言っていなかったような気がする。


「あー、いや……まぁ、似合ってるのは事実だからな」


「そうやって褒めていただけるとは思っていませんでしたから、ちょっとの驚きと、それ以上の喜びというのでしょうか……とにかく、ありがとうございます」


 何だろう。非常にやりにくい。

 言葉にしづらいのだが、妙な雰囲気になっているというか、シャロにこうして言われていると変に照れ臭くなってくる。何とかそれを表情には出さないように努めてはいるものの、内心はあまり穏やかではなかった。


「うわぁ……何でしょうね、あの二人の雰囲気というか空気感……」


「甘いようなぁ、甘酸っぱいようなぁ……初々しいですねぇ……」


「歳の差的にはお兄さんと妹さん。みたいなはずなのに、この初々しい甘酸っぱい感じは……ちょっとときめいてしまうというか、外から眺めていたくなりますよね」


「そうですねぇ……私のコレクションを眺めている時と似た気持ちになりますねぇ……」


 そして外野の話している内容もどうにも穏やかではないような、穏やかと言えば穏やかなような、どうにも微妙な内容だった。

 とりあえず黙ってほしいという思いを込めて二人を見ればどう言えば良いのだろうか。にやにやというか、にまにましながら俺たちを見ているのがわかった。


「あ、どうぞどうぞ、続けてください」


「私たちのことはお気になさらずにぃ」


 勘でしかないがこういった状態になった女性には何を言っても意味がないような気がした。なのでテーブルに置かれたフィフィの持ってきたケーキなどに手を付けることにする。

 ただそうしている俺の周りにはぽやぽやと何処となく幸せそうな雰囲気かつ、はにかんでいるシャロとにやにやにまにまと俺たちを見てくるフィオナとフィフィという、非常に居心地の悪い状態となっていた。

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