28.恐るべきパフェの塔
シャロの様子や、フィオナが見てくることなどについて考えることを放棄して注文したパンケーキをフィフィが持ってくるのを待っていると、昨日と同じようにあまり時間が経っていないと言うのにトレーにパンケーキを乗せてやって来た。
「お待たせいたしましたぁ。ご注文のパンケーキと紅茶になりまぁす」
テーブルに置かれたパンケーキは昨日と同じものが二つ、それと俺の前にはその二つよりもアイスやチョコレートソース、メープルソースが増量されている物が置かれた。
「こちらがご注文のアイス、チョコレートソース、メープルソースの量が二倍になっているパンケーキになりまぁす。残りのご注文の品もすぐに持ってきますねぇ」
相も変わらずふらふらと、それでいて体の軸がぶれない不思議な歩き方でフィフィは去って行く。あれはいったいどうなっているのだろうかと疑問を抱くが、ひとまず今はパンケーキを片付けなければならない。すぐにケーキやパフェがやってくるはずなのだから。
「さて、追加が来る前にさっさと食わないとな」
「追加が来るのはアッシュさんだけですけどね。それじゃ、いただきまーす」
「ケーキを分けてもらうためには、ちゃんと食べきらないといけませんね」
「そうだな。お前が食べ終わるまでは手をつけないで待ってるつもりだから、急いで食べる必要はないからな?」
「はい!」
話を聞く限りではパフェの量が尋常ではないようなので、そちらに手を付けていればシャロが食べ終わるまでケーキには手が伸びないだろう。仮に俺が先に食べ終えたとしてもこうして約束をした以上は手を付けずに待っておくのだが。
そんなことを思っている間にフィオナはパンケーキを切り分け始めているので、俺とシャロも同じようにパンケーキを食べることにした。
シャロと二人で手を合わせてからナイフとフォークに手を伸ばして切り分けるのだが、やはり性別の違いというか何というか。俺とシャロでは切り分けたパンケーキの大きさが違っている。
「はぁー……アッシュさんは大きく切り分けましたねぇ……」
「ちまちま食ってると追加が来るからな。それに一口の大きさも二人よりは確実に大きいってのもあるんじゃないか?」
「主様のは……十字に切って四等分、ですね」
「試しにアイスとか二倍にしてもらったけど、結局それを楽しむとかよりもパフェの方に全部持って行かれてるからな……名前とか、割と気に入った」
「あの名前を気に入るような人がいるとは思いませんでしたね……」
割と本気で良い名前だと思ったのだが、イシュタリアを信仰している人間からすれば良い名前も何もないのだろう。というか、信仰心が篤い場合はあんな名前の商品があるというだけで怒髪天となってしまう気がする。
それでも俺としてはイシュタリアはろくでなしの女神だと思っているので信仰心というのはイシュタリア相手には抱くことが出来ないので、この名前で良いと思ってしまう。
こんなことを考えているとイシュタリアにばれれば何を言われるかわかったものではないのだが。
「いや、今はそんなことはどうでも良いな」
あまりこの話を続けても俺にとって意味のないものだと判断して、そう言ってからパンケーキを食べ始める。
その様子を見て俺が話を続けるつもりがないことを察したのか、はたまた単純に自分たちも食事をしようと思ったのかは定かではないが、シャロとフィオナはそれ以上俺には何も言わずにパンケーキを口に運んだ。
パンケーキというのは、ホットケーキよりも甘さを控えめにされているものなのだが、俺たちが頼んだ物はそんなことは関係ないと言わんばかりに甘い物をトッピングしているので、甘さを控えめにしているとか関係なく非常に甘い。
元々前世から甘い物は平気というか好きだった方なので気にならないが、これは甘い物が苦手な人間であればまず食べることが出来ないくらい甘い。と思う。
これの後にまだケーキやパフェが残っているわけだが、現状はまだ食べられると思う。気掛かりなことと言えばあのパフェがどれほどの物なのか実物を見ていないということくらいだ。
何てことを考えている間に自分の分のパンケーキは食べ終わってしまった。いらないことを考えていたせいか味は甘いということしかわからなかった。少しだけそれが残念だ。
「主様はもう食べ終わってしまったのですね」
「おー、流石男の人は食べるの早いですね……私とシャロさんはまだ四分の一とかそれくらいですよ?」
「別に良いだろ。本命がこれから届くはずだからな」
「確かにあのパフェが来ると考えると……いやぁ、アッシュさんが食べきることが出来るか、楽しみですね!」
「フィオナさんがそこまで言うような量、ということですよね……」
「本当にすごいんですよ、あのパフェ!私は頼んだことはありませんけど、フィフィさんが食べてるのを見たことがありまして……どうやったらあの体の中に入るのか不思議で不思議でなりませんでした」
ということは、フィフィはあのパフェを食べたことがあり、きっちり完食したということになるのか。
そう思いながら先ほど見たフィフィの姿を思い浮かべるがどちらかと言えば小柄な体型をしていたので見た目ではあまり食べるようには見えなかった。
痩せの大食いというか、フィフィは見た目に反してよく食べるのかもしれない。もしくは甘い物は別腹とでも言うように、甘い物であれば際限なく食べられるという可能性もある。いや、実際に際限なく食べられるのではなく、そうした心持ちだというだけの話なのだが。
「とりあえずは実物を見れば私がこんな反応をする理由もわかってくれると思います。本当にすごいですから」
「そこまで言われると無駄にハードル上げてるだけな気もしてくるな。これで大したことなかったら恥ずかしいぞ?」
「きっとアッシュさんのご期待に応えられると思いますよ」
別に期待はしていないのだが。というか、期待というか楽しみにしているのは俺ではなくシャロのような気がする。先ほどから自分が食べるのではないにしても、パフェの話を聞くたびに何処かそわそわとしているように見える。
もしかすると量によっては自分も今度頼んでみようかな、とでも思っているのかもしれない。もしくは単純にどういったパフェが運ばれてくるのか気になるだけ、ということもあるのだが。
そうした話をしているとまたもフィフィが姿を現した。ただし、両手で支えられているトレーにはフィフィの顔がすっぽりと隠れてしまうほどの大きなパフェが乗っていた。いや、顔が隠れるどうこうは今はおいておこう。何よりも気にするべきはその高さだ。
具体的に言うとフィフィの身長が目測で百六十ほどだろうか。それを超える高さのパフェを持ってくるとは流石に想像もしていなかったので唖然としてしまった。
「あれです。あれこそがアッシュさんが注文してしまったパフェです」
「大きい、というか……こう、高いですね……」
「確かにあれならイシュタリアを……今度試すか……」
唖然とはしたが、イシュタリアの口にでも突き刺してやれば窒息くらいするかな。ということを考えながらつい口に出してしまえば信じられないと言った風にシャロとフィオナが俺を見てくる。
「イシュタリアの口に思いっきり突き刺してやればそれなりに窒息はしそうじゃないか?」
そんな様子を気にせずに俺は考えたことをそのまま口にしたのだが、すると更に信じられない物を見るような目で俺を見てきた。
「あれを見ての感想がそれですか!?」
「いや、驚いたぞ。驚いた上であれならいけそうだって判断しただけだ」
「確かにあれを全部口に詰め込もうとしたら窒息しそうですね……普通はしませんけど……」
「お待たせしましたぁ、こちら女神突き刺せパフェの塔、溢れんばかりの憎悪を込めて。になりまぁす」
テーブルに置かれたそれは俺が立ったとしてもパフェの方が高い。そんなパフェが軽いはずもないのだがフィフィは一切重たそうにすることなく運んできていた。力が強いのかとも思ったがあの細腕でそれはないと思う。
であれば何かあるのだろうが見た限りではわからない。
「ケーキは後ほどお持ちしますねぇ。ではごゆっくりぃ」
「これの後にケーキですか……」
「あの、主様……大丈夫ですか……?」
「さて、どうだろうな……」
これは食べられないだろう。と思っているのがひしひしと伝わってくる二人の様子と言葉だったが、俺としてはたぶん、食べられないことはない。と思う。
魔法を扱う人間の間でもあまり知られていないが、食べた物をそのまま魔力へと変換する魔法というか魔力変換の方法がある。それを使えばこれくらいは問題ないはずだ。ただ、それをする場合は魔力を消耗した状態でなければならないので、今の俺は微妙なところだ。
今日使った魔法は玩具箱だけとなれば消耗した魔力は雀の涙ほど。それでも魔力変換をしなければ食べきることは不可能だろう。
仕方がないのでテーブルの下で玩具箱を使い、ナイフや紐などの小道具を数回取り出したり収めたりを繰り返して少しでも良いので魔力を消耗さえておく。
とりあえずはこれくらいで良いかと判断して、スプーンを手にして立ち上がった。
「流石にこれは座って食べるのは無理だよな」
「え、えぇ……そうですけど、え、本当に食べるんですか?」
「頼んだ手前、当然だろ」
「主様、一人では無理でしたらお手伝いさせていただきます……!」
どう考えても一人では食べられないと判断したシャロが、決心したように手伝うと言ってきた。だがパンケーキを食べ終わったシャロが手伝う場合、大した量は食べることが出来ないと思うので頼りにすることは出来ない。
いや、最悪魔力放出からの魔力変換で食べきることが出来るので頼る気もないのだが。
「何にしろ、実際に食べてみないとな」
言ってからスプーンでパフェの頂点を掬い取り、口に運ぶ。
ぱっと見ただけでも生クリームや果物、シフォン生地にアイスやチョコレートソースなどのトッピングなどなどがてんこ盛りのやばいパフェだが味は悪くない。というか甘くて美味しいと思う。
そのままパフェをスプーンで掬っては口に運ぶと言う動作を数回繰り返して、から一度スプーンを止めた。
「悪くないな」
「それは最初の間だけだと思いますよ。きっとこれからアッシュさんの地獄が始まるに違いありません……!」
「主様、頑張ってください!」
「頑張るも何もないと思うんだけどな……」
唇の端についた生クリームを舐め取ってから二人にそう返して、再度スプーンをパフェの山というか塔攻略のために動かした。




