25.謝罪より感謝の言葉を
フィオナが続ける魔物の説明はやはり過去に一度か二度目撃されたが、それ以降目撃情報がない。というものばかりだった。これは王家の用意させた魔物除けのおかげなのか、単純に通り過ぎただけなのか、判断することは出来ないが、とりあえずは王都周辺を生息域にされなくて良かったと思うとしよう。
「まぁ、こうして説明はしてますけど……過去に一度か二度確認されたことがあるっていう程度なのでそこまで重要なことじゃないんですよね。ただ、そうした目撃例があることからまた現れる可能性がある。ということを頭に入れておいてください」
「可能性、ですか?」
「はい。こういうのは普段からそういう可能性があるとわかっていれば、本当にそうした魔物が王都の周辺に現れたとしても冷静に対処できるんじゃないかなぁ、と思いまして」
「確かに、何も知らない状態でいきなり出くわせばパニック状態になってもおかしくないからな……本当にそうやって冷静に対処できるかどうかは別として」
「あはは……ほら、何事も気の持ちようと言いますか、ちょっとした心構えと言いますか。そういうのって大事ですよ?」
言いたいことは何となくだが理解出来る。
こういった物は情報と覚悟さえあれば少しくらいは対処が出来る。と、思う。それを言葉にしづらくとも理解しているからこそフィオナはこうして説明をしているのだろう。
とはいってもシャロはそれを欠片も理解出来ていないようなので、とりあえず頭に入れておく。といった程度の様子だった。
「えっと……?」
「あぁ、シャロさんは深く考えないでとりあえずそういうのがあるっていうのを覚えておいてください。まだ暫くはアッシュさんと一緒に依頼を受ける必要があると思いますから、アッシュさんがどうにかしてくれると思いますよ」
「丸投げかよ。いや、ある程度は確かに何とか出来るだろうけど」
「というわけで、今日話したことは覚えておいてください。何かあったとして、アッシュさんが対応してくれるにしてもシャロさんも今後のことを考えると覚えておいて損はないはずですからね」
「わ、わかりました……あの、主様。よろしくお願いします」
神妙な面持ちで言ってから俺に対して頭を下げるシャロは、どういった考えでそうした行動に出たのだろうか。
もし自分がそんな状況に遭遇した場合に対処出来ないから俺に任せようと思っているのか、暫くは俺がシャロの依頼に同行しなければならないことを気にしてなのか、はたまた他に何か思うことがあるのか。それは俺にはわからなかった。
「はいはい。どうせ暫く面倒を見るんだからそういうことがあれば俺が対処するさ。とは言っても……そうして面倒を見てる間にそうやって過去に一度か二度しか目撃例がない魔物が現れるとは思えないけどな」
「それもそうですね。けど、万が一ということで」
「万が一、か……結構な確率だと思うけどな、それも」
「本来は起こり得ない、って風な言い方のはずですけどねぇ……何事もないとは言い切れませんから」
「確かに。おい、フィオナの話は頭に入ってるか?」
ただ知識を得るだけではなく、気の持ちようだとか心構えだとか言われたこともあってかシャロは少し困惑しているようだったのでそう声をかける。
「あ、はい。大丈夫です!」
「そうか、なら良いんだ」
「単純に教えるだけじゃなかったですから、ちょっと戸惑っちゃいましたね。これ以上説明してもちゃんと理解出来るか微妙なところですし、本日はとりあえずここまでにしておきましょう」
「わかりました。あの、フィオナさん。ありがとうございました」
「いえいえ、私としても真剣に聞いて貰えて嬉しかったですよ。それに……」
「それに……?」
確かにシャロは真剣に話を聞いていた。途中で困惑していたが、それはご愛敬ということにして。
そのことはフィオナとしてもしっかりと聞いて貰えて嬉しかったと言ってから言葉を区切った。一体どうしたのだろうかと思っているとシャロが先を促すようにそう言った。
するとフィオナは意を決したように、というよりも我慢が出来なかった、というように言葉を続けた。
「それにこれからピースフルのパンケーキを食べに行きますからね!それが楽しみで楽しみで、説明してる最中も個人的にはわくわくしながら説明してましたよ!」
「あぁ、そんな話もしてたな」
「いやぁ……本当に楽しみですよね!シャロさん、今から大丈夫ですか?」
「はい!パンケーキ、楽しみです!」
「ですよね!アッシュさんも一緒に来ますよね?」
「主様、行きましょう!」
「完全に拒否権なさそうな流れなんだけどな……いや、どうせ昼に何か食べないといけないから行くけど」
女性特有の、自身の興味がある物や好きな物に対した時の勢いというか有無を言わせない流れの作り方というか。そういった物に押されて同行する以外に選択肢はなかった。
それでも自分で言ったように元々何処かで食べる予定だったので俺としては構わない。何か問題があるとしたらきっと食事中にこの二人が色々と話をするのだろう。
男が自分一人だけで、話を続ける女性二人と食事をするとなると気まずくなりそうなのでそれだけが気掛かりだ。いや、二人くらいなら気にするほどでもないのか。
これが三人、四人と増えると流石に辛いかもしれないが、シャロとフィオナのような明るくて素直な人間であれば問題はないはずだ。
「大通りのピースフルだったな……今の時間だと座れるのか?」
「今の時間は空いてるはずですから大丈夫だと思いますよ。いつもこの時間くらいに行くと座れますからね」
「いつもこの時間に言っているのですか?その……お昼の時間は過ぎてますよね?」
「冒険者ギルドの職員なんてそんなものですよ?基本的には私は受付というか窓口に立つことば多いですから、一区切りつくまでは離れられなかったりするんですよ。今日は早めに一区切りついたかな?と思っていたところにアッシュさんとシャロさんを見かけたのでこうしてお話させていただきましたけどね」
確かに冒険者ギルドの職員というのは決まった時間に食事が出来る。ということは珍しいのかもしれない。どんな時だって冒険者を迎え入れるのが冒険者ギルドであり、冒険者を放っておいて休憩をするなんてことは出来ないはずだ。
だからこそ昼食の時間が他の人に比べてずれてしまうのも仕方がない。
「あ……えっと、す、すいません……」
「いえいえ。私としては昨日、私の都合でお話出来なかったので今日こうしてお話出来て良かったと思ってますよ」
「で、でも……」
「それに一緒にピースフルにパンケーキを食べに行くことになりましたし、きっと楽しいはずなので問題ありません!」
「それはそうかもしれませんけど……」
「そうやって謝るよりも、言うべき言葉があるんじゃないか?」
気にしていない、楽しみだから問題ない。フィオナがそう言うのに対してシャロは申し訳ない気持ちばかりを抱いているようだった。
だからこそこうして謝って、気にしていないと言われても、それでも、と言ってしまうのだろう。
しかし、こういう場合に口にするべきなのはそうした謝罪ではない。そう思って俺が口を挟むことにしたのだ。
「……そう、ですね。あの、フィオナさん」
「はい、何でしょうか」
「えっと……ありがとうございます」
「いえいえ!これくらいどうってことはありませんよ!」
シャロから感謝の言葉を聞いたフィオナは嬉しそうにそう返した。またシャロもそんなフィオナを見て安心したように小さく笑みを浮かべていた。
こう表現するのが適切かどうかはわからないが、とりあえずはお互いに納得したようなので良かった。と、思っておこう。
それに放っておいて延々と先ほどのようなやり取りをされても困る。
「話が終わったならさっさと行くぞ。どうせ食いながら喋るんだろうから、まだ続きがあるならその時にしてくれ」
「はい、そうさせてもらいますね。あ、でもアッシュさんにも聞きたいことがあるんですね」
「こいつが冒険者としてやっていけそうか、昨日今日の依頼をこなした程度だと判断が出来ないと思うぞ」
「ですよねー。普通は二日程度で判断なんて出来ませんよね。今までに見習い冒険者として登録された方は基本的には二週間から三週間くらいは判断に必要な期間にしてましたから」
「なら聞くなよ」
俺がそう返せばフィオナは舌を出して悪戯っぽく笑った。前世で見たことがある、テヘペロとかいうやつだ。これが似合わない人がやったのであれば多少なりと苛つくことになったかもしれないが、幸いなことにフィオナのそれは苛つくよりも可愛い、と思えるものだったのでそういったこともなかった。
ただそうした仕草は冒険者相手にするべきではないと思う。俺は特に何もしなかったが、場合によっては馬鹿にしていると判断して怒鳴られるということもあり得ない話ではないからだ。
とはいえ、フィオナのような冒険者ギルドで主に受付の仕事をしていて、人を見る目がある程度養われているのであればそうした行動を笑って流したり、淡々と受け止めることが出来る人くらいは見分けがつくのかもしれない。
「はぁ……まぁ、良いか。ほら、そろそろ行くぞ」
「ええ、行きましょう。あ、これを片付けてくるのでお二人はここでもう少し待っていてください」
「わかりました」
閉じた本を持ち上げてからそう言ったフィオナは、個室を出て行った。それを見送る形になった俺とシャロは言われたように大人しくこのまま待つことにした。
特に何をするでもなく暫く待っていると、どうにもシャロはそわそわした様子だった。何かあったのかと考えて、もしかすると。という考えに至った。
「もしかして、早くピースフルに行きたいのか?」
「えっと、その……」
「そんなにあそこのパンケーキを気に入ってたのか……」
どうやら図星だったらしく、俺の言葉を受けて恥ずかしそうに俯いてしまった。
俺としては別に恥ずかしがるようなことではないと思うのだが、シャロにとっては違ったようだった。
どうせフィオナが戻ってくるまで少し時間があるのだから、その辺りのことでも少し話してみようか。




