23.順調な見習いの仕事
シャロの食事を終えるのを待っていたのは数時間前。現在は冒険者ギルドで請け負った薬草の採取の依頼のために王都の北、そよかぜの丘へとやって来ている。
冒険者ギルドではフィオナと少し話をしておこうかとも思ったが、朝だというのにすでにやって来ていた冒険者と話をしていたので今回も断念した。なるべく早いうちにシャロにあれやこれやと必要なことを教えておいてほしいので、話をしなければならない。
とはいえ、シャロとしては三日後の祭りで食べ歩きをするために稼がなければならないので先に依頼をこなしたいと思うかもしれないのだが。
今はシャロが薬草を採取し終わるまで待たなければならないので、カルルカンに囲まれながら岩に腰かけてその様子を見守っているところだ。
丘に来た時点で俺はカルルカンに囲まれることになり、撫でろと鳴いたり頭を押し付けてきたりと予想通りのことをされたのでシャロには薬草を採取するように言ってから集まっていたカルルカンたちの頭を撫でてやった。
カルルカンたちが満足するまで相手をしている間にシャロは薬草を採取しながら時折俺を羨ましそうに見ていたのが印象的だった。
薬草の採取に関して俺がシャロに言えることはなく、完全に暇になってしまえばやることはカルルカンの相手をしてやるくらいのものだ。
適当に近くにいるカルルカンの頭を撫でたり頬を摘まんでみたり好き勝手にやっているが、カルルカンも楽しそうにしているので文句は言われていない。
文句を言うとしたら構って欲しそうに見てくる他のカルルカンや、撫でたいのに撫でさせてもらえないシャロくらいのものだろう。
とはいえ、カルルカンたちは俺が手を離せば順番を決めているのか場所を入れ替わり、一匹だけが撫でられ続けるということはないようにしているようだった。カルルカンは群れで生活をする動物なので諍いが起きないようにそうしたところも気を付けているのだろう。
そんなことを考えて、すぐに自分には関係ないと思いなおして何も考えずにひたすらにカルルカンを撫でたりモフモフしたりと無心で手を動かし続けることにした。
カルルカンが何と鳴こうが関係なくモフモフし、カルルカンの角が当たって痛いがとりあえずモフモフし、入れ替わったカルルカンの背中を撫でたり、そんなことをしているといつの間にかカルルカンの別の群れが合流したらしくその数を増やしていたりした。
何も考えずにそのカルルカンたちの相手をしていると羨ましいという感情が駄々洩れの様子でシャロが大量の薬草を手にして俺を見ていた。
「あぁ……ほら、紐だ」
「ありがたいですけど、そうじゃないってわかってますよね主様」
「カルルカンを撫でたいって?撫でられても良いってやつ、一鳴きしてくれ」
玩具箱から紐を取り出してシャロに渡すと、それを受け取りながらも不満気な声を上げた。やはりカルルカンと戯れている俺のことが羨ましいらしい。
シャロはカルルカンを撫でたい。ということはわかっているのでカルルカンにそう聞いてみるも、撫でている最中は気持ち良さそうに鳴いていたのにその鳴き声はピタリと止まってしまった。
更にカルルカンたちはシャロから顔を背けるようにしてそっぽを向いてしまった。
「ダメらしいな」
「昨日はカルルカンさん、撫でさせてくれたのに……」
「平原のカルルカンと丘のカルルカンは別だからあっちのカルルカンが撫でさせてくれたからってこっちのカルルカンが撫でさせてくれるとは限らないだろ」
「そうですけど……ふわふわ……」
「はいはい。それよりもさっさと依頼を片付けて祭りのために稼がないといけないんだろ?」
「うっ……そ、それはそうですけど……」
カルルカンと祭りでの食べ歩き。どちらを優先すべきかシャロの頭の中では天秤が揺れ動いているようだった。どうしたら良いのかと悩んでいるのが手に取るようにわかる。
俺としてはカルルカンにはいつでも会えるので、期間が限定されている祭りのために稼いだ方が良いような気がしてならない。
悩み続けるシャロに一応そのことを言っておくくらいのことはしても良いだろう。
「カルルカンはすぐに会えるけど、祭りは期間が決まってるから今のうちに稼いでおいた方が良い気がするんだけどな」
「…………それもそうですね。わかりました、今日はカルルカンさんを撫でるのは諦め……あ、諦め……ます……」
諦めると言いながらも、シャロの視線はカルルカンから外れることはなかった。後ろ髪を引かれる、というどころではない様子だったが今回は撫でられても良いというカルルカンはいないし、俺も撫でられてやってくれ。と頼むつもりはない。
そんなことをするとシャロがカルルカンに夢中になってしまい、余計な時間を使ってしまうことになるからだ。先ほどシャロに言ったように稼ぐことを優先したほうが良いに決まっている。
「諦めるって言ったならさっさと次の薬草を採取してこい。数をこなして正規の冒険者になればもう少し稼げる依頼だって受けられるんだから」
「うぅ~……わかりました……カルルカンさんの、ふわふわ……」
大量の薬草をそれぞれ必要数紐で束ねた物をシャロから受け取って、カルルカンからはもっと採取しても問題ないことを確認済みなので更に採取してくるように言う。
するとシャロはカルルカンを何度も何度も振り返っては見ながら渋々と薬草を採取し始めた。意識は完全にカルルカンに向いているのに薬草を採取する手は一切止まらず、次々と薬草を選別しては採取している。
その様子にはただただ感心するのみだが、俺がカルルカンを撫でる度に動きを止めて羨ましそうに見てくるのはやめてほしい。
それに撫でることが出来るとしたら草原にいる昨日シャロに撫でられてくれたカルルカンくらいのものなのだから次にあのカルルカンと出会ったときにでも頼めば良いのに。と、思ったところで昨日あのカルルカンが言っていたことをシャロに伝えていないことを思い出した。
特に伝える必要はないと思っていたので伝えなかったが、この様子からしてもし伝えていたら今日は丘ではなく薬草の数が少なくなっている草原に向かうことになっていたかもしれない。主にシャロの我儘というか暴走によって。
とりあえず、伝えなくて正解だったと思いながら、シャロの羨ましそうな視線を受け流し、充分な数の薬草が集まるのを待つことにした。
そうして待つ間にカルルカンたちに生まれた子供のことを聞いてみると、まだ幼いということで巣で大人しくしているとのことだった。少しばかり見たいと思っていたので残念だったが、仕方ないことなので諦めよう。
そんなことがありつつも無事に薬草の採取という依頼今回は合計で十二回達成することが出来た。残りは十回となれば少し無理をすれば今日中に終わらせることが出来るかもしれない。
しかし、報告のために冒険者ギルドに立ち寄ると朝は忙しそうだったフィオナの前には冒険者の姿がなく、今なら必要なことをシャロに教えてもらうことが出来そうだ。
依頼をこなすことも大切だが、次はいつその機会が巡ってくるかわからない。それならば優先すべきがどちらか、など考えるまでもないだろう。
「フィオナ、今は大丈夫か?」
「あ、アッシュさんにシャロさん!丁度いいところに!」
「丁度いい、ですか?」
「はい!昨日はシャロさんが依頼を達成した後に話をしようと思っていたんですけど、忙しくて話が出来ませんでした……でも、今は時間があるので色々と話が出来ます!」
「なら良かった。ほら、フィオナから色々教えてもらえ」
今なら話が出来るというフィオナの言葉を受けて、俺はシャロの背中を押してフィオナの前へと促した。
シャロとしてはどういった話をするのか、どういったことを教えてもらえば良いのかわからないようで困惑した表情を浮かべていた。
「とりあえずは個室に移動しましょうか。ここだとたぶん、落ち着いて話も出来ませんからね」
言いながらフィオナはシャロを手招きしてロビーの奥へと歩いて行く。
これでシャロはフィオナに任せて俺は適当にギルドカードを失効しない程度に冒険者ギルドの依頼を一つ片づけておこうか。なんてことを考えているとフィオナが足を止めて振り返ってから一言。
「アッシュさんも来てください」
「は?」
「シャロさんと話をするのは当然のこととして、監督責任者のアッシュさんにもシャロさんがどんなことを教えられているのか把握しておいてもらおうかと思いまして」
「……俺も聞かないと二度手間になるってのと、俺から見た感想も必要。ってところか?」
「そういうことです。というわけで、アッシュさんも私の後について来てくださいね!」
どうにも逃げることは出来そうにない。ということを悟り、ため息を一つ零してからトボトボとフィオナとシャロの後ろをついて歩くことになった。
ギルドカードの失効までは期間があるので急ぐことではない。とはいえついうっかり忘れてしまったり、フランチェスカ家からの依頼を受けることになった場合はそちらにしか手が回らないようになってしまうかもしれない。そうなった場合は失効の可能性も出てくる。
そのため近いうちに適当に冒険者ギルドの依頼を達成する必要があるのだが、フィオナはそのことに気づいているのだろうか。もしかすると気づかないままにシャロのことをあれやこれやと心配して提案しているのかもしれない。
であるならば何処かで失効する可能性があることを伝えた上でシャロのことをフィオナに丸投げする必要が出てくる。
「さぁ、こちらです!本来は一対一で話をするための個室ですから少し狭くなりますけど……シャロさんはまだ体が小さいので三人で入ってもあまり気にならないと思いますよ」
案内された個室はフィオナの言うように一対一で話をする場合は問題ない大きさだが、三人入るとなれば少しばかり狭く感じそうだった。
唯一の救いと言えばシャロが小柄だということだが、それでも狭い物は狭い。それによって未だ警戒しているシャロとの距離が物理的に近くなることに対して少しばかり辟易としてしまいそうになる。
それでもそれを表に出さないように気を付けながら、フィオナとシャロが入って行ったその個室へと俺も足を踏み入れた。




