192.明日の予定を
アルと交代でシャワーを浴び、俺は桜花によって用意されたパジャマを見る。
これを着るくらいはどうということはない。問題はシャロ以外の三人に見られることだ。
「……諦めるか……」
ついついそう零してからそれに袖を通す。
流石にシャロのような可愛らしいものではなく、パーカーのようにも見えるそれはフードさえ被らなければたぶん大丈夫のはずだ。
まぁ、シャロがいるのでたぶん被ることになるからこそこうも気が乗らないのだが。
とりあえず着替えてしまったのだからとシャロたちが待つリビングに戻る。
そこには俺のことを今か今かとわくわくしながら待っているシャロ。
後は寝るだけということもあって普段と違ってラフな格好で濡れた髪を拭いているアル。
お気に入りのパジャマを披露することが出来たためか非常に満足そうなシルヴィア。
そして最後に真っ赤になりながら視線を彷徨わせ、何やら悶々とした様子のユーウェイン。
そんな中に俺が戻った瞬間、全員の視線が俺へと集中することとなった。
「主様!ちゃんと着てくれたんですね!」
「着る以外の選択肢がなかったからな……」
「あ、でも……フードを被らないのはダメです!ちゃんとお揃いにしましょうよ!」
「いや……ほら、髪が濡れてるからな。フードを被るわけにはいかないだろ?」
俺の後ろに回ってどうにかフードを被せようとするシャロにそう言い訳をしてからどうにかフードを被らないで良いように誤魔化す。
「むぅ……なら、早く髪を乾かしましょう!それでお揃いにしましょうね!」
「あー……まぁ、そうなるよな……」
小さくため息を零してから仕方がないと雑にではあるが乾かすことにした。
シャロの時とは違ってだいぶ雑にやっているがイシュタリアに押し付けられた加護のせいで髪が痛まないので気にしない。
ついでにこの加護はイシュタリアの思い付きの加護を押し付けられたもので、同じように完全に思いつきでの加護というのは沢山押し付けられている。
しかもオンオフが自分で出来る物もあればこの加護のように常時発動する加護もある。
そしてどんな加護が押し付けられたのか、加護と祝福を記憶する加護という意味のわからない加護を押し付けられたので全て覚えている。
「アッシュ、ダメだよ。そんなに乱暴にすると髪が痛んでしまうよ?」
「そうですよ!主様はいつも自分のこととなれば雑というか、適当にやるのは良くないと思います!」
「んー……そういう話を聞くと放っておけないかなぁ……アッシュ、ちょっとこっちに来てくれる?アッシュみたいに魔法で、ってことは出来ないけどタオルで拭くくらいは僕でも出来るからさ」
「シルヴィ、の手を煩わせるのはどうかと思うが……はぁ……そんなに雑にやる人間を俺は初めて見たぞ……」
どうして全員から呆れられなければならないのだろうか。
いや、育ちの良い四人にとっては俺のように雑に髪を乾かすのが信じられないのかもしれない。
「いや、自分で乾かすから……」
「良いから!ほら、こっち来て!」
「本当であれば止めるべきかもしれないが……シルヴィがこう言い始めた以上はどうしようもないことくらい理解している。さっさと来い」
「ほら、アッシュ。こういう時は素直に好意に甘えるものだよ?」
「私も!私も主様の髪を拭きたいです!」
こういう場合にまずシルヴィアを諫めるであろうユーウェインすら何故か今回は敵だ。
またシャロは自分も、と言いながらピシッと右手を上げている。どうにも本当に逃げ道は残されていないようだった。
「はぁ……わかった。わかったよ……」
ため息を一つ零してからシルヴィアに促されるままに椅子に座る。
するとシルヴィアが俺の背後に回り、タオルを手に俺の髪を拭き始めた。
ついでにシャロはその横で自分の番を待っているようで、楽しそうにしているのが少しだけ見えた。
「うわぁ……すごいね、少し濡れてるせいか光を反射してキラキラ光って見えるよ……」
シルヴィアがそう言うとアルとユーウェンも興味深そうに近寄ってくる。
「そうだね……それにああやって雑にやってたのに、すごく綺麗な髪だ……」
「……何か手入れはしているのか?何もしていなくて、更にあんなやり方でここまでの状態を維持できるとは思えないが……」
「そうなんですよ!主様の髪はすごく綺麗で、手触りも良くて……こう、癖になりそうな手触りですよね」
「……どうしてお前たちは全員で俺の髪を触ってるんだろうな。とりあえず髪を拭くなら一人で充分だからさっさと手を離せ」
何故か集まって俺の髪を触りながらそんな言葉を口にするアルたちにそう文句を言ってから軽くアルとユーウェインの手を払う。
シャロと俺の髪を拭いているシルヴィアは別に良いとしても、何故男二人に髪を触られ、それについての感想を述べられなくてはならないのだろう。
「あ、うん……そうだね……」
「……一体何をしたらあんな髪に……?」
残念そうなアルと真剣に考え込むユーウェインに呆れながらどうせ暫くかかるならと思い、今後の予定について話をすることにした。
というか、そうでもしなければやっていられない。
「どうせやることもないんだから、明日のことでも決めるか」
「明日のこと、ですか?」
「誰が何を調べるか、ってことだよ。とりあえず……自分は何を調べたい、ってのはあるか?」
流石に何も考えていない。ということはないと思いながら四人にそう聞くとシルヴィアが真っ先に口を開いた。
「僕は村の外の畑を見てこようかな。アッシュが言っていたことが気になるからね」
「村の外の……?それはどういうことなのかな?」
「アッシュが言うには村の外の畑が荒らされてたんだって。オークはそうした畑を荒らすようなことはするはずがないのにって」
「……本当か?」
俺の話を覚えていたようでシルヴィアは村の外の畑の確認がしたいらしい。
そしてその話を聞いて興味を持ったようなアルとユーウェインも同じく畑の確認にでも行くのだろう。
「アルとユーウェインもシルヴィと同じで良いのか?」
「そう、だね……うん、僕もそれを見にいこうかな……」
「……どうしてか、見過ごすべきではない、という気がするな……」
「よし、僕はシルヴィと一緒に動くよ」
「俺もだ。本来であれば別のことを調べるべきなのかもしれないが……どうにも気になるからな」
三人で確認に行くようなことではないが、逆に三人であれば何かに気づくかもしれない。と思えた。
情報を集めるということに慣れていないのなら一人より二人、二人よりは三人の方が何かを見つけられる可能性は上がると思うので任せてしまおう。
「なら僕たちはそれで決まりだね。アッシュとシャロはどうするのかな?」
「私は……こうした場合にどう動いたら良いのかわからないので主様について行こうかと……」
「まぁ、そうなるか。とりあえずは……聞き込みとオークがどの方角から来るのか確かめる必要があると思ってる」
「どの方角から、ですか?」
どうしてそんなことを聞くのか、疑問符を浮かべるシャロ。
アルたちはどういうことか考えているようで口を閉ざしているが勿体ぶる必要はないので普通に教えよう。
「東の森から、ってのはわかった。それ以外にも来るならオークの巣が複数あることになる。そうなると数も増えて来るから先に確認しておかないとな」
もしオークの巣が複数あるのなら全員で村の外を調査、というのはやめた方が良い。ということもあるので要確認だ。
最悪なのは村を離れている間にオークに襲撃され、村が壊滅することだ。
ただそう思いながらも今まで冒険者などがいない状態だったのに壊滅することなく、多少の被害が出ているという状態で収まっていることには違和感を覚える。
「なるほど、確かに言われてみればそういうこともあり得るのか……」
「東の森以外にもあるなら厄介なことになりそうだね……」
「あぁ、だからこその確認だ。まぁ、俺たちはあくまでも調査をするために来てるんだ。厄介なことになったとしても情報を討伐隊に渡すまでが仕事だ」
だがその違和感についてはまだ口にしない。
「その先は関与しない。ということか?」
「受けた依頼はきっちりこなす。ただ下手にそれ以上の手を出すと面倒なことになる可能性もあるから仕方ないだろ?」
「んー……そういう経験はないから何とも言えないけど……確かに余計な手出しは嫌いそうだよね……」
「……あぁ、先輩方のことか……言われてみれば、確かにそうかもしれないが……」
二人はそんな言葉を交わして苦い表情を浮かべていた。
先輩方、というのは王国騎士団の人間のことだと思う。きっと貴族らしく、冒険者の手など借りる必要はない。とでも言うのだろう。
ならば尚のこと余計な手を出すべきではない。と、自分の中で結論付けながら先ほどから気になっていることをいい加減に口にすることにした。
「ところで……シャロとシルヴィは何をしてるんだ?」
先ほどからずっと俺の髪を弄っている二人に声をかけると、ビクッと二人が反応を返し、それから僅かな沈黙が流れる。
「……変なことしてないだろうな」
「し、してないよ?ただ……サラサラだなぁ、って思って触ってただけだからね!」
「はい!流石主様です!」
「何が流石なのかわからないけど……もう良いだろ。髪だって拭いたんだから終わりだ」
そう言ってやんわりと二人の手を退けてから立ち上がる。
「ほら、話はこれくらいにしてシャロとシルヴィアはさっさとベッドで休め。残りの一つは……まぁ、適当に決めれば良いさ」
言いながらすいっとシャロとシルヴィアの背後を取り、背中を押して元々寝室だった部屋へと向かうように促す。
「え、あ、そんな押さなくても……」
「そうですよ、ちゃんと向かいますから大丈夫ですよ」
「そうか。ならおやすみ、二人とも」
「うん、みんな、おやすみ」
「はい、おやすみなさい!」
急に話を変えたこと、遅い時間であること、二人とも地味に睡魔が忍び寄っていたこと、などの理由があるのだろう。二人はすんなりと寝室へと向かうこととなった。
「あ、おやすみ、二人とも」
「おやすみ、シルヴィ。それと、あー……シャロ……?」
そんな二人におやすみという言葉を返すアルとユーウェイン。
だがシャロの名前を口にする時にユーウェインは何故か俺の方を警戒しているようで、視線を向けて来ていた。
別に名前を呼ぶくらいで目くじらを立てるようなことはしないのに。
何にしてもそうして二人を見送ってから二人と見ると、すぐにユーウェインが口を開く。
「……上手く誤魔化したな」
仕方のない奴だ。というような言い方だったので俺が何を考えて二人に休むように言ったのか気づいているらしい。
「誤魔化したくもなるに決まってるだろ……それで、どっちがベッドを使うんだ?」
「……アルトリウス、お前が使え」
「え、ユーウェイン?」
何かを考えてユーウェンはアルにベッドを使うように、と言った。
さて、何を考えたのやら。そう思いながらも一つそれに乗ってみることにした。
「なら俺もアルがベッドを使うようにって言っておくか」
「アッシュまでどうして?」
「俺は元々ベッドを使う必要はないからな。ユーウェインにも何か考えることでもあるから譲った。とかその辺りじゃないか?」
「ふん……アルトリウス、明日のことがある。さっさと休め」
「……わかったよ。それじゃ、今日は僕が使わせてもらうよ。おやすみ、二人とも」
ユーウェインが何を考えているのかわからない。それでも気を遣ったのかそう言ってから残った寝室へとアルは向かって行く。
「……あまり、遅くならないようにね」
いや、何となくわかっているからこそ、なのかもしれない。
「あぁ、わかっている」
そう返したユーウェインに苦笑で返し、アルはそのまま姿を消した。
それを見送ってからユーウェインは椅子に座り、俺を見た。
どうやら俺に何か用事があるようだ。とりあえず、何を考えているのかわからないにしても話くらいはしてみるか。




