19.平穏?な食後
白亜が黙ると平和なもので、俺とシャロは静かに食事をすることが出来た。
時折シャロがどういった料理なのかわからないということで軽く説明したり、俺は食えるからと追加で注文した料理に興味を持ったシャロにそれを分けたり、一人で食事するよりもそれなりに楽しい食事となった。
食事中のシャロは俺の世話役という役目のことをすっかり忘れて何処にでもいる子供のようで、本当に可愛らしかった。こんな子供を疑ってるなんて本当にどうしようもないろくでなしだなと思ってしまう。
でも、食事が美味いのでそんなことは置いておこう。美味い物を食えばとりあえずは幸せ。スラム街では美味い食事なんて縁がなかったのが今はこれだ。うん、幸せ幸せ。自分でも単純だと思うがそういうことにしておこう。
「ご馳走様でした」
「ご馳走様。結構食ったな」
「はい、すっごく美味しくてついつい沢山食べてしまいました」
「食い過ぎてないなら大丈夫だろ。動けない程じゃないんだろ?」
「そうですね……普段よりは食べましたけど、そこまでではないですね」
シャロとしてはついつい沢山食べてしまったと思っているらしいが、子供のうちは沢山食べてしっかり成長しなければならないので、食べすぎていないのであれば問題はないと思う。
ただ昼食として食べたパンケーキよりは明らかに量が多いのに平然としているのでそこは少し気になった。
いや、本人が食べ過ぎたと言っていたのだから単純にそういうことなのかもしれない。こうしていちいち疑っていてはきりがない。変に疑うのはやめておこう。
「食事も済んだことだし、そろそろ戻るか」
「はい。でも……」
もう用はない。という言い方はどうかと思うが食事が済んだのだから会計を済ませて立ち去ろうと思ったのだが、シャロはそう言葉を切って俺の隣を覗き込むようにしていた。
そこに何かあっただろうか。と思って俺もそこに目を向けるが特におかしな物はなかった。
「どうした。特に何もないだろ」
「え?いえ、その、白亜さんが……」
「あぁ、寝てるな。桜花は……仕事に戻ったのか」
シャロはカウンターに突っ伏して眠っている白亜のことが気になるようだったが、命に別状はないようなので放っておいても問題ないだろう。
というか、問題があるようなら桜花が離れて行くことはないはずだ。何もないならわざわざ気に掛けずに出て行っても良い、ということだ。
「放っておいて良いみたいだから早く戻るぞ。お前だって今日はそれなりにごたごたしてて疲れてるだろ。早めに休んだ方が良いぞ」
「ほ、本当に大丈夫ですか……?」
「大丈夫だ。死んでないし、起きててもうるさいだけだからな」
「えっと……そ、それもそうですね……」
一日程度ではすべてわからないが、シャロの性格からして言われるままでこうして倒れているというか、身動きを一切しない状態の人を放置する選択をするとは思えない。
これは俺に言われて納得したというよりも、先ほどの騒いでいた白亜の様子から起きていてもうるさいどころか、何を言っているのか意味が分からないなりにあまりよろしくないことを言っていると理解していたからなのだろうか。
何にせよシャロもストレンジに戻ることに同意してくれたのだからもう出てしまおう。
「白亜、またな」
それでもいつものことではあるが一言だけ白亜に告げておく。
すると白亜は腕だけ挙げてひらひらと手を振っていたので全く動けないというわけではなさそうだ。それでも重い一撃が入っているので無理には動かないようにしているようにも思えるのだが。
ただ俺が思っていたよりも重傷のようにも見えたので労いの意味を込めて頭を軽く撫でてみる。
すると驚いたように小さくビクッと肩が跳ねた。いきなりのことで何が起こったのかわからなかったのだろう。その後すぐに何が起きているのか理解したのか、顔は見えないまでもだらしない声を漏らしながらたぶんニヤニヤしていた。
「うぇへへ……」
だらしないというよりも少し気持ち悪い声だったが、それだけに留めていたので俺は何も言わずに手を放してから会計を済ませることにした。
手を放した瞬間に白亜が残念そうにする気配を感じたが、特に何のアクションも起こしては来なかったので俺も何もしなかったが、髪の手触り以上に耳のモフモフ加減が相変わらず良かったのでまた機会があれば撫でても良いかもしれない。
その時に白亜が妙なテンションになって騒いだりするかもしれないが、その時はその時ということにしておこう。
そんなことを考えながら会計にたどり着くと、従業員は皆忙しく働いているので誰もそこに立っていなかった。ただ流石に酒場を切り盛りしているだけあってすぐにそのことに気づいた桜花が足早にやってきた。
「お待たせしました。ごめんなさい、ちょっと忙しくて……」
「忙しいのはいつものことだろ。気にするなよ」
「ずっと会計に人を置いておくわけにもいかない。っていうのが困りものですよ」
「人手を増やす、ってやっても変わりそうにないな」
「白亜が手伝ってくれれば……って思うこともありますけど、会計の時に女の子にちょっかいをかけるのが分かってますからそれも出来ないんですよねぇ……」
「白亜ならやりかねないな……」
こんな会話をしながらでもお互いに慣れたもので、料金を払い会計を終わらせている。
そしてシャロが支払いを出来るように場所を譲る。
「でも桜花さんはすぐに気づいてこっちに来てましたよね」
「もうずいぶんと前からこんな感じだから慣れちゃってるんですよ。それでいつもお客さんには待ってもらってばかりで、申し訳ないと思ってるんですよ」
「客の立場からするとすぐに来るから大して待ってないって感じだけどな。それに忙しいのはわかってるから多少来るまでに時間があっても気にしないと思うぞ」
「それでも待ってもらうってなると申し訳ないと思うのが接客業ですね。でも、解決策はないのがどうにも……」
「解決策って言ってもな……というか、他の客も急いで出て行くようなこともないだろうし、今のままでも充分だと思うぞ?」
俺が今まで見たことがあるのは仲間と和気藹々と話をしながら待っている冒険者の姿が主なので、特に待たされている。という風に思っている人は少ないような気がする。
そのことを桜花に伝えてみたのだが、それでも桜花は少しばかり難しい顔をしたまま言った。
「そうかもしれませんけど、ここを切り盛りしてる立場としてはそういうところも改善したいな、と思うわけですよ。なかなか難しい話ですけど……」
流石あのダメな白亜の代わりに宵隠しの狐を切り盛りしているだけあって桜花は非常に真面目だ。真面目過ぎるような気もするが、それもまた桜花らしいのかもしれない。
ただ、そうして真面目に考えるというのも度が過ぎるようであればろくなことにならないと思うので少し心配になることもある。
とは言うものの桜花が悩み過ぎるという状況になれば白亜が程よく桜花の肩の力を抜かせることが出来るのであまり俺が気にする必要はなかったりする。
いくら変態でクソ野郎だとしてもそこは流石本来の宵隠しの狐の主とでも言えば良いのか何なのか。とりあえずは桜花のことは俺がどうこうというよりも、白亜に任せておいた方が間違いがない。
「あれだな。白亜と話し合った方が良いかもしれないな。あいつはあれでもここの主なわけだしさ」
「それもそうですね。白亜が何か良い案を出してくれることを期待しておきます」
白亜と話し合うように言ってみれば桜花はそれは名案だとでもいうように声に楽し気な響きを込めて言った。本当に良い案を出してくれるかどうかはわからないが、あれで白亜は真面目な時は真面目なのできっと話し合いは有意義なものになる可能性は充分にあると思う。
そんな会話をしていながらも桜花はシャロの会計をちゃんと済ませていて、子供用のおまけなのかわからないがシャロに飴玉を渡していた。
「はい、シャロちゃんには飴玉をプレゼントです」
「ありがとうございます。あの、料理、とっても美味しかったです」
「いえいえ。シャロちゃんみたいな可愛い子ならいつでも歓迎しますから、またご飯を食べに来てくださいね?」
「はい!明日もお邪魔します!」
「明日ですね。それならまたカウンターの隅の席に来てください。白亜もシャロちゃんなら大歓迎だと思いますから。あ、でも何か変なことを言われたり何処か体を触られたら手を挙げてくださいね?お仕置きしますから!」
良い笑顔でお仕置きすると言い切った桜花だったが、流石に食事のためとはいえ子供一人を酒場に。というのはどうかと思うのできっと俺も明日はここで食事をすることだろう。
二日連続となると白亜がうざそうだがこれは必要なことだと諦めよう。それにここで食事をするのはどちらかと言えば好きなので悪くはない。
「こいつがここで食事をするなら俺もついて来るから大丈夫だと思うぞ。白亜は基本的に俺を標的にしてるからな」
「本当に?それなら白亜だけじゃなくて私とか従業員の子たちも喜びますね!」
「そんな喜ぶことか?」
「喜びますよ。アッシュくんにはお世話になった子も多いですから。それに私と白亜はアッシュくんのことが大好きですから!私は何て言えば良いんでしょうね……親戚の子供を見ているような気分だったりします。白亜は……その、アッシュくんのことが大好きですからねぇ……」
白亜が俺のことを大好きだから。と言っているが目を逸らしているので白亜のあの言動のことを考えると素直に喜ばれるようなことではない。とわかっているのだろう。
外見は美少年で、そんな相手から大好きだと言われればそれなりに嬉しいのかもしれないが中身はセクハラばっかりしてくる変態のクソ野郎なので素直に喜ぶことは出来ない。
「それは酔った俺を二階に連れ込んで押し倒す程度に?」
それに以前に起きた事件というか、あれのことを考えると大好きだということはそういった行為の標的にされているということになる。
あれは本気でやばいと思ったのを覚えている。目がマジだったというか、狐の獣人ということもあってか獲物を前にした肉食獣の目だった。
「その先のこともしようとしてましたけど、あれは許せませんでした。あくまでも私がセーフだって言ったのはお互いに合意の上でなら、ですからね」
「ってことはあの時は我慢できなかったとかそんなところか……自制してくれよ……」
我慢してくれ。ずっとずっと我慢していてくれ。と思うのだが下手に隙を見せるとまた暴走しそうだ。
「そうなりますね……酔ったアッシュくんを前にして、俺の十本目の尻尾と言っても過言じゃない前尻尾が暴発しそうだった。とか言ってましたねぇ……」
十本目とか言っているがあいつはいつも一本しか出してないだろ。と思ったがそのことは口にする必要はない。白亜は気分で尻尾の数が増えたり減ったりしているのでそんなことを気にしても仕方がないからだ。
尻尾の数が多い方が非常にモフモフしているので俺は好きなのだが、それを伝えると調子に乗るので言わないようにしている。白亜にはきっと勘付かれてはいない。と思う。
「ただのセクハラ発言だろそれ……いや、待て。子供の前でする会話じゃないな」
「あ……そ、それもそうですね……ついついいつもの感覚で話しちゃいました。シャロちゃん、今の私とアッシュくんの話は気にしなくて大丈夫ですからね?というか気にしないでください」
よく考えなくても子供の前でする話ではないと気づき、シャロの様子を見ると疑問符が大量に浮かんでいたので俺たちの話の意味は理解出来ていないようだった。
そんな状態のシャロに桜花が気にしないようにと釘を刺していたのでシャロは意味が分からないまま、言われるがままに頷いていた。
「とりあえず俺たちはこれで失礼させてもらうぞ」
「ええ、また明日来てくださいね」
「えっと……桜花さん、また明日、美味しい料理を楽しみにしています」
「シャロちゃんに言われたら張り切って用意しないといけませんね」
大量の疑問符は既に消え去り、明日の食事のことを考えているようでそんな話をしていた。
桜花もそれに答えて張り切って用意すると言っていたので明日は期待しても良いのかもしれない。なんてことを考えているとそれが桜花には伝わったようで微笑ましい物を見るような目をしてから言葉を続けた。
「アッシュくんも期待してるみたいですから、頑張って美味しい料理を用意しておきますよ」
「あー……まぁ、期待してる」
気まずいとかではなく、単純に気恥ずかしくなってしまったのでそう言葉を濁しながら口にした。
そんな俺の様子を見てくすくすと小さく笑う桜花と、珍しそうに見てくるシャロの二人に見られてさらに気恥ずかしさ増していく。
「……桜花、また明日来る。ほら、行くぞ」
なのでさっさと出て行くことにした。桜花はそれが気恥ずかしさからくるものだと察しているらしく何も言わずに見送ってくれた。
シャロは宵隠しの狐を出る前に桜花に頭を下げて、それから急いで俺を追ってきた。シャロには気恥ずかしさから、ということは気づかれていないようだがまた珍しそうに見られると嫌なので少し足早に歩く。
その後を小走りについて来るシャロには少し申し訳ないと思いながらもストレンジへと歩を進めた。