191.狐な寝巻
空き家に到着し、外装や内装を見てみるがつい最近まで人が住んでいたということもあって非常に綺麗だった。ついでに言えば寝室は三つで、ベッドの数も三つ。父親と母親、それから子供。といったところだろう。
シルヴィアとシャロには順番にシャワーを浴びてくるように、と勧めてから外に色々と仕掛けを施して戻って来ると二人ともシャワーを浴び終えていた。
ここまで来る間は水浴びなどはしても温かいシャワーを浴びることは出来なかったせいか、漸くありつけたシャワーを二人は充分に楽しんだようだった。
「ユーウェインの話だと村の人たちが急いで掃除をしてくれたんだって」
「あぁ、なるほど。それで埃や蜘蛛の巣がないのか」
空き家となっていたのであればそうしたものがあってもおかしくはないと思っていたが、そういうことであれば納得だ。
それにしてもベッドのうち二つはシャロとシルヴィアに使ってもらうとして、残りの一つはどうしようか。
そんなことを考えながら俺はシャロの髪を乾かしていた。念の為に認識阻害の魔法を使ってシャロがエルフだと気づかれないようにしている。
だからこそ三人の前でそうしていつものようにしていても一切問題はない。
ただそれを見てシルヴィアは珍しそうにしていた。
「わぁ……そういう使い方があるんだね……」
「こういうのは結局使い方次第でどうにでもなるからな……」
そう言ってからシャロの髪を確かめるとちゃんと乾かすことが出来ていた。
「よし、終わりだな。風邪引かないように温かくして休むんだぞ?」
「はい、ありがとうございます、主様!」
元気よく返事を返してきたシャロの頭を一度撫でてからシルヴィアを見る。
「それにしても……随分と可愛らしいパジャマだな」
シルヴィアのパジャマは猫が描かれているものだった。
「うん、可愛いでしょ?この間お忍びで王都を歩いてる時に見つけたんだ!」
どうしてか自慢げにそう言ってからシルヴィアはその場でくるりと回ってそのパジャマの全容を見せてくる。
こう言ってはあれだが、可愛らしいパジャマ。というのは子供っぽい、という意味を込めてのことだったシルヴィアはそれに気づいている様子はなかった。
「猫さんのパジャマ、とっても可愛いですねっ!」
「ありがとう、シャロ。でもシャロの着ている狐の耳?のフードのついたパジャマも可愛いと思うよ」
「えへへ……主様が用意してくれたんですよ、これ!」
「アッシュが……つまり、アッシュの趣味ってことなのかな?」
狐耳フードという特徴的なそれを被ってから嬉しそうにしているシャロを見て、何とも言えない表情を浮かべてシルヴィアは俺を見た。
まぁ、なかなかに良い趣味をしているので仕方ないと思う。決して良い意味ではないが。
「世話になってる人がいてな。頼んだら用意してくれたのがそれだったんだよ」
「白亜さんと桜花さんですよね?」
「あぁ、そうだ。まぁ、あの二人っていうか桜花ならこういうのを用意しそうだってのを受け取ってから気づいたな……」
俺の家での生活であれば普通のパジャマでも問題なかったのだが、流石にこうして他の人間がいる場では認識阻害以外にも耳を隠す手段が欲しいとフード付きのパジャマを探していた。
ただ王都では少し店を回ってみたが見つからなかったので桜花に相談することになった。その結果がこれだ。
正直なところ少しサイズが大きめで所謂萌え袖となっているそれを着ているシャロは非常に可愛いので俺は良いと思っているが、シルヴィアが微妙な表情になるのも頷ける。
「そっか……そっかぁ……てっきり僕はアッシュの趣味で選んだのかと……」
目線を逸らしながらそう言ったシルヴィアは気まずそうにしていた。
シャロはどうしてそんな気まずそうにしているのかわからないようで疑問符を浮かべていた。
俺は飛び火しても嫌なので何も言わない。
「あはは……あ、そういえばアルとユーウェインはどうしたのかな?」
「あの二人は村の見回りに行ったな。夜は村の人間がオークを警戒して見回りしてるらしいからそれに参加するんだとさ」
「あ、そっか。オークが夜に来ないとは限らないもんね」
「私たちも見回りに参加した方が良いのでしょうか……?」
「いや、無理に参加する必要はないだろうな。日中は調査、夜間は見回り、ってのは負担が大きくなる。調査期間は短くて人数が少ないんだから俺たちは調査に専念した方が良いと思うぞ」
長期間の調査で人数も揃っている。ということであれば夜間の見回りをするのも悪くはない。
だが今回はそうではないので夜は休み、日中の調査に力を入れるべきだ。
「なるほど……確かにそう言われてみればそうかもしれないね……」
「どうしても参加したい。ってことなら止めないけどな」
とはいえ参加するな、とは言わない。
ある程度は本人の意思を尊重すべきで、そうしたことは本人にとっても良い経験になる。かもしれないからだ。
ただシャロの場合はそうもいかない。子供はなるべく睡眠時間を確保しないと成長の妨げとなってしまう。
「そっか……でもシャロはダメ、って言いそうだね」
「子供は夜になったらちゃんと寝ないとな」
「むぅ……子供扱いしないでください、と言いたいところですけど……」
「眠いのは眠いよな?」
「……はい」
少し恥ずかしそうに返事をしたシャロだったが、大変素直でよろしい。
「あはは……うん、そうだね。夜は眠くなっちゃからね。あ、眠くなる、といえば……ベッドは三つだけだったんだよね?」
「あぁ、そのことか。とりあえずシャロとシルヴィに使ってもらって、残りの一つはまた後でアルやユーウェインと話をして決めるさ」
俺は別に使わなくても良いので、アルかユーウェインにでも使わせれば良いと思っている。
「それは流石に悪いよ……って、言ってもダメなんだろうなぁ……」
「主様は自分は優しくない、と言いますけど……やっぱりこういう時に優しいことがわかりますよね」
そういったシャロはとても嬉しそうに笑顔を浮かべていた。
またシルヴィアはなるほど、とでも言いたげに一つ頷いてから口を開いた。
「確かにアッシュならそう言いそうだね……まったく、照れなくても良いんだよ?」
「照れてない」
クスクスと笑うシルヴィアにそう言い返していると扉の開く音がした。
そちらに目を向けるとアルとユーウェインの姿があった。
「ただいま」
「た、ただいま……」
アルは普通に、ユーウェインは言い慣れていないのか、はたまたパジャマ姿のシルヴィアを見たせいなのかわからないがその言葉は尻すぼみになっていた。
「あ、おかえり!」
「おかえり。早かったな」
「おかえりなさい」
そう返した俺たちを見てアルはふっと頬を緩め、ユーウェインはわかりやすいほどにシルヴィアをじっと見つめていた。
いや、じっと見つめているというかぼうっと見ているというか。
「……シルヴィ」
「ん、何かな?」
「ユーウェインの反応が悪いから、目の前まで行ってもう一回おかえりって言ってみたらどうだ?」
「え?あ、うん。わかったよ」
良くわかっていないようだが、俺に言われるままにシルヴィアはユーウェインの下へと向かった。
それを苦笑しながら見ていたアルが入れ違いでやって来る。
「あんまりユーウェインで遊ばないようにね?」
「遊ぶとは失礼だな。ユーウェインならきっと喜んでくれるさ」
「うーん……それは、どうかなぁ……いや、喜びそうではあるけど……」
ユーウェインはどうにもシルヴィアにご執心のようなのできっと喜んでくれる。と思っている。
「何のことかわかりませんけど……それよりも、主様たちはシャワーを浴びないのですか?」
そんな言葉を交わしている俺とアルに対してシャロはそういえば、といった様子でそう言った。
「そうだね……それじゃ、ユーウェインは暫く無理そうだから僕かアッシュが浴びてこようかな」
「そうした方が良いかもしれませんね」
「なら先に浴びて来たらどうだ?俺は別に最後でも良いからな」
「そう?それならお言葉に甘えようかな」
そう言ったアルを見送ってからシルヴィアとユーウェインへと視線を向ける。
真っ赤になったユーウェインが必死にシルヴィアから視線を逸らそうとして、ついついシルヴィアの姿を見てしまい、また目を逸らす。ということを繰り返していた。
だがシルヴィアはそんなユーウェインなどお構いなしにお気に入りのパジャマ姿を披露していて、あれはユーウェインにとっては天国でもあり地獄でもあるだろうな。と思い僅かばかりの同情をしてしまう。
まぁ、助け船を出す気など一切ないのだが。
「あ、そうです!主様、ちょっと待っていてくださいね!!」
そんなことを考えているとシャロが重大なことを思い出した。とでもいうように言ってから自分の荷物を漁り始めた。
ある程度は俺が玩具箱に納めていたが、シャロは一体何を持って来たのだろうか。
不思議に思いながら見ていると、目的の物を見つけたらしいシャロがそれを手に俺の下へと戻ってきた。
「はい、どうぞ!」
どうぞ、と手渡してきたそれを受け取るとどうやら服のようだった。
「これは?」
「桜花さんから、主様に渡して欲しい。とのことでした!主様なら絶対に似合うと思いますよっ!」
「……嫌な予感しかしないな……」
言いながらそれを広げてみると大きさは違うがシャロが来ているパジャマとほぼ同じ物だった。
「桜花さんがお揃いの方が良いですよね、って言って用意してくれたんですよ!」
「……俺は何も聞いてないんだけどなぁ……」
きっと言うだけ無駄だと思いながらもそう零してしまう。
「主様も着ましょうね!お揃いの狐さんパジャマですよ!」
「…………そ、う……だな……うん、わかった……」
キラキラと輝かんばかりの笑顔で言われてしまえば断れない。
まぁ、幸いにもあくまでも狐耳フードということなのでそれを被らなければそこまでおかしなものではない。と自分に言い聞かせる。
どう考えても男の俺が来ても可愛いと言えるものではないと思う。だがシャロのためにはこれを着るしかない。
いや、着るのはまだ良いが、それをアルたちに見られる。というのは酷く抵抗がある。そうも言っていられないので本当に、本当に不服であるが諦めるしかないのだが。