190.軽い牽制と口約束
項垂れた二人の肩にポンッと手を乗せてから優しく語りかける。
「とりあえず、シルヴィに勘付かれないように少し、頭冷やそうか」
「え?」
「は?」
間の抜けた表情を浮かべる二人に内心で小さく笑いながら言葉を続ける。
「ユーウェインはさっきまでシルヴィと話をしてた。それにそんな何かありました。って顔をしてると勘付かれるかもしれないだろ。だから少し頭を冷やして冷静になれって」
「れ、冷静に……う、うん!そうだね!まずは冷静にならないといけないね!」
「……嫌な予感がするんだが……」
「いやいや、嫌な予感なんて言うなよ。二人もシルヴィアと同じで、俺やシャロの方が手早くオークを始末したことに関して思うことがあるんじゃないか?」
そう言ってから二人の間を通り抜けて距離を取る。
「いや、俺じゃなくてシャロに、ってところか」
玩具箱の中からナイフを取り出す。
「とはいえ、それなら手合わせしてお互いの実力を理解すれば良いからシャロと手合わせをしてみるか?って気軽に言えないよな」
くるりと反転して二人を見る。
「それにはっきり言ってシャロがオークを相手にしたようにお前たちと戦うと……うん、たぶん死ぬよな」
シャロの魔法の殲滅力や無詠唱からの相手を近づけない立ち回りを考えると二人ではどう足掻いてもシャロには届かない。
というか、そんなシャロが敵わないとか思ってるお姉様は何者なのだろうか。
「だから代わりに俺が代わりに手合わせしてやるよ。ストレスの発散にはなるかもしれないからな?」
小さく笑んでからそう言って、ナイフを二人へと突き付ける。
「え、待って。その理屈はおかしくないかな?」
「いやそれよりも……あいつ、目が笑ってないぞ……」
「万が一シャロに対して抱えた感情が悪い方に転がってシャロに危害を加えられても困るだろ」
「そんなことには絶対にならないよ!?」
「おい、あいつ今度は目が据わってるんだが……」
「それにとりあえずむっつりドスケベ騎士二人を叩き潰して馬鹿らしいことを考えられないようにするのも良いかと思ってな」
そう口にした俺を見て二人は引き攣った表情を浮かべながら一歩下がった。
それを見て小さく吐息を零してからナイフを玩具箱へと収める。
「と、まぁ……冗談はこのくらいにしておいて。二人とも普段通りにするならシルヴィに勘付かれることもないだろうさ」
軽く肩を竦めてから言って、二人の間を通り抜けてシャロとシルヴィアの下へと向かう。
二人を脅すようなことをしたのは二人の思考を切り替えるというか、違うことを考えさせるためと言うか。
とにかくそういった気遣いによる行動であって、決して邪まな考えを抱いたままシャロの傍に置いておくべきではないと考えたわけではない。と、建前と本音を用意しておこう。
「……冗談、じゃなかったよね……」
「あぁ……あいつの沸点が何処にあるのかがわからないな、本当に……」
後ろから聞こえてくる二人の言葉に足を止めて振り返る。
それに気づいた二人と目が合ったのでふっと小さく笑みを浮かべてこう言った。
「何か言ったか」
「え、いや!何でもないよ!?」
「アルトリウスの言う通りだ!お前が気にする必要はないからな!!」
その言葉に小さくため息を零すことで返してから今度こそシャロとシルヴィアの下へと向かう。
いや、それにしてもあの二人は随分と仲が良いように見える。
ユーウェインはアルのことを嫌っているように見えたのは気のせいだったのだろうか。
「主様。もう良いのですか?」
「あぁ、ありがとうな、シャロ」
お礼の言葉を口にしてからシャロの頭を軽く撫で、シルヴィアを見ると俗に言うジト目で俺を見ていた。
「さて、あっちはあっちで話も終わったし、村に戻るとするか」
それに気づかないフリをしてからそう言って、背後からアルとユーウェインもこちらへとやって来る足音を聞きながら歩き出そうとした。
が、それはガッと腕を掴まれたことによって止められることとなった。
「アッシュ」
「何だ」
「シャロの頭は撫でるのに躊躇いがないね?」
「当然だろ」
「うん、まぁ、アッシュならそうだよね。ところでさ、えっと……」
言葉を一度切り、それからシルヴィアは少し気恥ずかしいのか俺から目線を逸らして人差し指をつんつんと突き合わせながら続けた。
「ぼ、僕も……何か褒められる時とか、お礼を言われるときは頭を撫でて欲しいなーって……」
「……子供みたいに?」
「こ、子供みたいにってことじゃないよ!?ただそういうやり方にちょっと憧れてるっていうか、アッシュに撫でられると気持ち良いからであって……!」
わたわたと弁解なのかわからないことを口にしているシルヴィアをどうしたものか、と思っているとそれを聞いていたシャロが口を開いた。
「主様主様」
それも袖をクイクイと引っ張るという仕草付きで、だ。シャロはたまにこうした仕草をするがやっぱりこういうところも可愛いな、と再認識しながらシャロの言葉の続きを待つ。
「シルヴィさんの言っていることは撫でマスターでの主様に一度でも撫でられてしまったのなら仕方のないことだと思いますよ」
「あー、うん、そうか」
「ですからここは主様が折れた方が……あ、でも、シルヴィさんばかり、というのはなしですからね!」
さてどうした物か。と思いながら割と面倒くさいと思ったので適当に流してしまおうか、と考えてしまう。
というか、シルヴィアの提案に関しては下手をすると白亜や桜花にまで飛び火してしまいそうなので微妙に躊躇われる。
「そうだなー……まぁ、機会があればな」
シルヴィアを褒めることやお礼を言うようなことがあるのかわからないのでとりあえずそう返しておく。
機会があれば、というのはそうするつもりはない。と言外に言っているようなものだと思うがシルヴィアは嬉しそうに、シャロはそれで良い、とでも言うように頷いていた。
おや、と思って内心で疑問符を浮かべたが良く考えればこの断り方は前世でのもので、この世界では通用するはずもない、と思い至った。
「はぁ……まぁ、良いか。ほら、戻るぞ」
ただ今更訂正するのも面倒だと思ったのでそう言ってから村へと向けて歩き始める。
色々と思うこともあるのだが、何だかんだでシャロとシルヴィアは仲が良くなり、アルとユーウェインもどうしてか仲が良くなっているようでとりあえず調査班としては問題なく活動できるようになった。ということで納得しておくことにしよう。
そんなことを考えていると足早にアルが俺の隣にやって来た。
「アッシュ、泊まる場所を知らないよね?」
「あぁ、知らないな。とりあえず村まで戻ろうかと思ってたけど……何処か泊めてもらえそうか?」
「うん、空き家があるらしくてね。そこを使わせてもらえることになったよ」
「へぇ……そいつは良いな。とりあえず色々と仕掛けることから始めるか……」
村の人間のことは完全に信用するつもりもなければ、夜のうちにオークに襲撃されて自分たちが被害を受ける。ということを避けるためには手を打っておく必要がある。
何を仕掛けようか、と考えているとアルが少しだけ眉尻を下げてこう言った。
「アッシュが何を考えてるのか、僕にはよくわからないけど……何て言えば良いのかな……僕たちに頼って欲しい、と思っているよ」
「頼れることは頼るさ。まぁ、使わせてもらえる空き家には色々仕掛けないと安心出来ないってのは俺の性分だから頼りようもないけどな」
「それだよ。僕たちだって警戒くらい出来るんだからそこまでしなくても良いんじゃないかな?」
「……悪いな、これは本当に性分だ。諦めて欲しい」
「…………僕たちのことを頼る気はない、とかそういうことじゃないんだよね?」
悲しそうな表情を浮かべてそんなことを言ったアルはどうにも自分たちを頼って欲しいと考えているらしい。
だが元々俺は色々なことを一人でやっていたこともあってかアルたちに頼る必要はないとも思っている。
とはいえ頼れることは頼る。ということはアルたちの成長のためには必要だと理解しているので頼れることは頼るつもりだ。
まぁ、今回のことに関しては頼りようがないのだが。
「あぁ、頼れることは頼らせてもらうさ」
「そっか。それなら良いんだ」
そう返して嬉しそうに一つ頷いたアルは満足したように思えた。
そして村に近づいて来たところで俺の一歩前にアルが歩み出た。
「えっと……確か村の外れだったかな?少し前までは人がいたけど、最近別の村に移ったらしくて綺麗なままなんだって」
「最近別の村に?」
「うん、急な話だったから他の人たちは驚いていたようだけど……何でもオークの襲撃がある数日前に一家揃って他の村に移ったんだって」
「へぇ……そうか、そうか」
俺が聞いた話と重なるところのある話だ。だが決定的に違うところがある。
これはどうやら明日からの調査の際にはするべきことが増えたような気がする。
「まぁ、明日からだな」
「うん、明日から頑張らないといけないね」
「どう動くのか、ってのは明日の朝にでも話し合うとして……誰がどの部屋で寝るのか、とか考えないといけないな……」
部屋の数やベッドの数はわからないが、とりあえずシャロとシルヴィアにはベッドで休んでもらいたい。
「おい」
そんなことを考えているとアルとは反対側にユーウェインがいた。
「シルヴィア様にはベッドで休んでもらう。良いな」
どうやらユーウェインの中ではそれが決定事項らしい。
「そうだね、シルヴィにはベッドで休んでもらわないと……それと」
「シャロもな」
「あぁ、それで良い」
「うん、あの二人が優先だね」
誰がベッドで、ということになればシャロとシルヴィアを優先する。ということで話がついた。
シャロとシルヴィアが聞いた場合はどう返して来るかわからないが、多数決で押し切ってしまえば良いだろう。
そんなことを考えながら俺たちは村に、というよりも使わせてもらえることとなった空き家へと向かった。




