189.思春期?男子二人
必死に弁明するユーウェインと、それに対して困惑しているシルヴィア。そんな二人を眉尻を下げて困ったように見ているアル。
そんな三人の下にシャロと共に辿り着いたがユーウェインは気づいていないようなので話を聞かせてもらうとしよう。
「で、では!本当に手合わせをして、それから話をしていただけ、ということですか……?」
「うん、そうだけど……えっと、僕はさっきもそう言ったよね……?あれ?」
「そ、れは……そうですが……!」
心底不思議そうにしているシルヴィアの言葉を受けて視線を彷徨わせながら必死に言葉を探しているユーウェインは非常に愉快な状況となっていた。
ただ何があってそうなったのか、という点はわからない。最初から話を聞いていたアルにでも聞けば何かわかるだろうか。
そう思って何とも微妙な空気を漂わせている二人に見つからないようにアルを手招きする。
アルはすぐにそれに気づき、何となく俺の意図を察してくれたのか二人に気づかれないようにこっそりと俺とシャロの傍へとやって来た。
「どうかしたのかな?」
小声でそう言ったアルに俺も同じく声を潜めて返す。
「あの二人、というかユーウェインはどうしたんだ?」
「何やら相当慌てているように見えますけど……?」
「えっと……宴会を抜け出してから何があったのかを聞いていたんだけど……」
そこで言葉を切ったアルは少し考えるようにして言葉を探し、どうにか説明を再開した。
「その、経緯に関してはシルヴィは言わなかったけど……アッシュと手合わせをして、それから最初は乱暴だったけどアッシュは上手で気持ち良かった。と言っていたね……」
「何だそれは?意味がわからないんだけど」
「いや、僕に言われても……でも……」
アルはそう言って俺を見る。
何かあるのかと少しだけ首を傾げているとアルはどうしてか徐々に赤くなり始め、物の数秒で真っ赤になってしまった。
「えーっと……は、初めに乱暴にしたっていうのはどうかと思うよ?」
「あー……まぁ、それは反省点だな。もっとマシな手段だってあったはずなのに短絡的だったからな……」
「アッシュは、その……上手だったってことは慣れているのかもしれないけど、シルヴィは初めてだったと思うから、やっぱり優しくするべきだったんじゃないかな!?」
何かがおかしい。
乱暴な手段に出たことは確かにどうかと思うが、どうしてアルは顔を赤くして早口で喋っているのだろうか。
少し考える。アルが真っ赤になり、微妙に混乱しているように早口で喋り、シルヴィアはきっと初めてだったのだから優しくすべきだ。という言葉。
「あの、主様……アルさんはどうかしたのでしょうか……?」
「そうだな……」
何となく理解したのだが、シャロに何と伝えるべきか。
まぁ、とりあえずはあれだ。
「シャロ、少しアルから離れようか」
「え?」
「アルも、シャロから離れようか」
「え!?」
別にそんなことをする必要はない。とわかっているのだがとりあえず二人には距離を取ってもらう。
具体的にはシャロとアルの間に立ち、シャロを背に隠すようにして下がらせる。
「な、何かアッシュの気に障るようなことを言ったのかな!?」
「いや……とりあえずむっつりなアルはシャロの情操教育に悪そうだから遠ざけるべきか、と思ってな」
「むっつり、ですか?」
「僕はむっつりとかそういうのじゃないよ!?」
「むっつりだろうが。このむっつりドスケベ騎士」
意味が理解出来ていないシャロは首を傾げるばかりだが、むっつり呼ばわりされたアルは必死に否定してくる。
だが俺にとっては既にアルはどうしようもないむっつりスケベだということになっているのでその否定に意味はない。
「むっつりドスケベ騎士って何さ!?」
「事実だ。まったく……前もそうだったけど、思春期か?」
呆れながらそう返してから、とりあえずアルを落ち着かせることにした。
「最初に言っておくけど、むっつりアルの考えてるようなことはないからな」
「その呼び方はやめてくれないかな!って……え?」
「とりあえずユーウェインもアルと同じようなことを考えてるみたいだからその辺りの訂正もしないといけないんだけど……」
さて、どういった勘違いというか思い違いというか思春期の妄想というか、それをシルヴィアに伝えるのはやめた方が良いだろう。
アルとユーウェインのためにも、そしてシルヴィアのためにも。
「そうだな……シャロ、少しシルヴィのことを頼めるか?」
「頼めるか、と言われましても……えっと、少しだけ話し相手になっていれば良い。ということでしょうか?」
「そういうことだ。頑張ってくれたら……そうだな、何か欲しい物やして欲しいことは?」
「ご褒美、ということですね?」
「そういうことだ」
「ご褒美、ご褒美……むむむ……」
少し考えてから俺の言葉の意味をちゃんと理解してくれたシャロは、ご褒美と言われて先ほどよりも頭を悩ませているように見えた。
「そこまで悩むようなことか?」
「悩みますよ!何処までのラインがご褒美として許されるのか見極めないといけませんからね!」
真剣な表情でそう言い切ったシャロだったが、シャロの性格上あれが欲しいこれが欲しい。ということはないはずだ。
だから特に見極める必要のあるラインというのは存在しないようなものだと思う。
「あー……そうだな、別にすぐじゃなくて良いから考えておいてくれ。とりあえず今はシルヴィの相手を頼む」
「むぅ……わかりました。これはなかなかの難題ですからね……!」
別にそんなことはないと思う。と口にしてもたぶん意味がないのだろうな。
「では、シルヴィさんのことはお任せください!」
「あぁ……うん、頑張ってくれ」
意気揚々とシルヴィアの下へと歩み寄るシャロを見送る。
そしてシャロに気づいてとりあえず話し合いらしき何かをやめたシルヴィアとユーウェインがシャロを見る。
シャロが二人に何かを話すとユーウェインが微妙な表情を浮かべてこちらへとやって来た。
「……おい」
「何だよ」
「その……何があったのか、詳しく聞かせてもらえないか?シルヴィア様の言葉だけではどうにも理解が及ばないんだ……」
「まぁ……随分と省略して話してるみたいだったからな」
シルヴィアとしては俺に唆されて不平不満などを口にしたことをアルとユーウェインに言えなくて、適当に誤魔化すために省略して話したのかもしれない。
もしくは変なテンションになっていて意図せず非常に省略した言葉を口にしてしまったのか。
何にしてもわかりやすく説明しなければならないだろう。
「よし、わかりやすく話すからよく聞けよむっつり共」
「だからむっつりじゃないからね!!?」
「だ、誰がむっつりだ!?」
「お前たちのことだよ」
ため息交じりにそう返すがアルとユーウェインは否定するばかりだった。
「いや、まぁ……若い男だからな。そういったことに興味があるのは悪いことじゃないと思うぞ?ただ身近な人間でそうしたことを考えると気まずくなったりするだろうから控えた方が良いんじゃないか?」
「あ、アッシュは何を言っているのか、僕にはよくわからないんだけどなー……?」
視線を彷徨わせるようにして棒読みでそんな言葉を口にするアル。
「お、俺が!何を考えていたと!?」
「さてな。とりあえず……あれだな、シルヴィは随分と無理をしてる。ってことには気づいてたか?」
たぶん気づいてはいないだろうな。と思いながらそう訊ねるとアルとユーウェインは先ほどまでの様子などなかったかのように真剣な表情へと変わった。
「どういうことだ!?」
「そのままの意味だ。普通に考えて十八の小娘が第三王女として、勇者として、何て面倒な生き方を何の苦労も苦悩もなく出来ると思うか?」
「それは……難しい話、いや……不可能なんじゃないかな……」
「……シルヴィア様ならばあるいは、とも思わなくはないが……」
「無理だよな。だからこそ色々と抱え込んでたから手合わせで叩き潰して大人しくその辺りのことを吐かせた」
言葉にしてみれば本当に酷いと思う。
何だ、叩き潰して吐かせるって。
「おかしなことを言ってるって自覚はあるかな?」
「…………ここはお前を怒鳴るよりも、続きを聞かせてもらおうか」
アルは呆れ、ユーウェインは微妙に青筋を浮かべながらそう言った。
まぁ、そう言われても仕方がないとはわかっている。
「はいはい。とりあえず、乱暴だったってのはこれのことだろうな。その後は……良くわからないけど、シルヴィに褒めて欲しい。って言われたな」
「はぁ!?」
「あー……うーん……そうだねー……シルヴィならそう言ってもおかしくはない、かなぁ……」
「何でも俺が初めて友達だってことで、友達に褒められるのがどんな感じなのか気になるってことだったぞ」
だからと言って頭を撫でるように。というのはどうしてそうなったのか、理解が出来ることではなかった。
「それで褒めたんだけど、シャロを褒めるように頭を撫でて欲しいってことで頭を撫でた。俺が上手くて気持ちが良かったってのはそれのことだろうな」
シャロとシルヴィア曰く俺は撫でマスターということで非常に撫でるのが上手ということで気持ち良かった、と言葉にしたのだと思う。
つまりシルヴィアが言っていたのは、話を聞く手段は乱暴だったけどその後は褒めてもらえてアッシュは頭を撫でるのが上手で気持ち良かった。ということだ。
「まぁ……むっつりドスケベ騎士のお前たちが想像してたこととは別ってことだ」
「べ、別に変なこととか想像してないんだけどな!!」
「お前が何を言っているのか、俺にはわからないが……」
否定するアルと視線を俺からサッと逸らすユーウェイン。
「へぇ……まぁ、良いさ。ただシルヴィには勘付かれないように気を付けろよ」
否定するのも惚けるのも別に構わないが、本人に勘付かれると面倒なことになる。と、勝手に思っているのでそれだけは注意しておく。
するとアルとユーウェインは凍り付くようにして固まり、その後二人で顔を見合わせるようにしてから最後に俺を見た。
「思春期?の男がそういうことを考えるのは悪いことだとは言わない。でも相手からすると酷く不快だって感じることの方が多いからな」
そう言うと二人は何とも言えない表情を浮かべ、項垂れた。
自分たちの想像というか妄想に関してそんなことはしていないと否定しても、それをシルヴィアに勘付かれたらどうなるのか。それを考えたのだろう。
まぁ、そうしたことであれやこれやと頭を悩ませたりするのは年頃の男としては仕方がないことなので生暖かく見守ることにしよう。いや、見守りたいものでもないのだが。




