185.溜め込んだものをぶちまけろ
「良いですか!主様はいつもいつも飄々としてふわりひらりと自由過ぎます!!」
「そこまで飄々もふわりひらりともしてないと思うぞ?」
「してます!さっきだって私が怒っているのにあんな風に気にも留めずにシルヴィさんと話をして!」
「いや、あれはシルヴィの緊張を解そうかと……」
「僕は別に緊張してなかったし、それよりも本当にシャロを優先するんだなって呆れてたくらいだよ」
「そうか。そうかぁ……」
「そこで微妙に残念そうな表情になる理由が僕にはわからないよ……」
俺としてはシャロを優先するのは当然として、ついでにシルヴィアの状態を鑑みて緊張でもしているかと思っていたがどうやら徒労に終わったらしい。
それを残念なことだ。と思っているとそれを察したシルヴィアがまたも呆れたようにそう零した。
「むー……そうやってシルヴィさんのことを考えて、と言われると私としてはそれならば仕方がないのかな、とも思いますけど……いえ、やっぱり主様にはそうだとしても少しお話があります!」
「ダメか……」
「その言葉は誤魔化す為に言った。みたいに取られるから言わなかった方が良いんじゃないかな……?」
「あーるーじーさーまー!!」
「冗談だ、冗談。シャロが言いたいこともある程度はわかってる。手合わせのはずなのにお互いに度を越していたからな。それを見てることしか出来なかったシャロには心配をかけた」
「わかってるなら話を逸らしたりしないでください!!」
シャロがどうして怒っているのかわかっているからこそ話を逸らしている。
俺の意図というのはシルヴィアに関することが終わってからなら話せるが、今はその時ではない。
というか、本当ならさっさとシルヴィアと話をしておく必要があるのかもしれない。
「悪いな、シャロ。本当なら先にシャロの話を聞きたいんだけど……シルヴィと話さないといけないことがあるんだ」
「…………何か考えがあっての行動、ということですか?」
「本当に、察しが良くて助かるよ」
「わかりました。後でお話ですからね!」
俺に考えがある。ということを察してくれたシャロは俺に釘を刺してから引き下がった。
それを有難いと思いながらシルヴィアを見る。
「よし、シャロの許しも出たことだから話をしようか」
「……僕としては忘れてくれた方が嬉しいんだけど……」
「ダメだな。シルヴィみたいな奴は放っておくと後で面倒なことになるって経験則で理解してる」
「…………なら、何を話せって言うのかな」
どうやらシルヴィアが何もなかったように振る舞っていたのは、色々と俺が言っていたことをなかったことにしたかったから。らしい。
それを理解してため息を一つ零してからシルヴィアを真っ直ぐに見据えて口を開く。
「シルヴィ。とりあえず座れ」
「え?」
「座れ」
「あ、アッシュ?」
「聞こえないのか?座れ」
「あ、はい……」
三度目で漸くシルヴィアは観念したようにその場に座った。三角座り、という奴だ。
「さて……まずはそうだな。不平不満愚痴弱音。そういうのをまずは吐き出してもらおうか」
「……特にないけど……」
「シルヴィ。俺もシャロもお前を第三王女だとか勇者だとかそういう目で見てない。お前はただのシルヴィアって名前のただの人間だ。ただの……そうだな、俺たちの友人だ」
俺の言葉を聞いたシルヴィアは意外そうな、というよりも驚いたように目を見開いた。
そんな言葉を聞くことになるなんて思ってもみなかった、とでも言うように。
「元々は王族、勇者、そういう者として見ていたけど……まぁ、何だな。人となりが見えて来れば見方も変わる。お人好しの正直者で、人並みに嫉妬したり苦悩する。言ってしまえばただの人だ。特別視する必要もないし、敬遠する必要もない」
元々は関わるのも面倒だと思っていたし縁を結ぶ必要もないと思っていた。
だが出会ってしまい、奇妙なことに縁を結ぶこととなり、情が湧いてしまった。
「だからシルヴィが溜めに溜め込んだ思いの丈を好き勝手ぶちまけても仕方がない奴だな。ってくらいで済ませてやるぞ?」
「……もう、何、それ」
とはいえそうして情が湧いた。ということを伝える必要はないだろう。
そんなことを考えながら軽い調子で、冗談めかして言えばシルヴィアは少しずつ表情が崩れ、困ったような、嬉しそうな、何とも言えない表情へと変わると小さくそう呟いた。
「事実として仕方ない奴だろ。溜めに溜め込むのも、それをこうしてぶちまける機会を作らないとぶちまけられないのも」
「んー……一理ある、のかな?でも、そうだね……せっかくだから少しだけ付き合ってもらおうかなぁ……」
「あぁ、付き合ってやるさ。不平不満愚痴弱音泣き言何でもござれだ」
「泣き言が増えちゃったかぁ……」
あくまでも軽い調子で。ということを心掛ける。
少しでも話やすいようにしなければシルヴィアが口を閉ざしてしまう可能性もある。まぁ、可能性でしかないのだが。
「うん、それじゃ……それ以外にも色々と聞いてもらおうかな」
「仕方ないな、聞いてやるよ」
「うん、仕方ないから聞いてよ」
そんな言葉を交わしてから俺はシルヴィアの隣に腰を下ろした。
真正面から向き合い続けるよりもこうして隣にいる方が俺にとっては気が楽だからということもある。だがそれよりも向き合った状態よりこれくらいの方が話しやすいのではないか、思ったからだ。
「とはいえ、何から話せば良いのかな……」
「そうだな……第三王女って立場に関する愚痴か?勇者って立場と縋り付いた理由に対する弱音か?友達を作ろうと思っても作れないことに関する泣き言か?」
「なら第三王女ってことに関してかな。順番にやっていこうか」
「あぁ、それでも良いさ」
何から話をするのか。それは重要なことではない。
今回はとりあえずシルヴィアのガス抜きをする必要があると判断したからこそのことであり、内容にはあまり頓着していない。
「うん、それじゃ……第三とはいえ王女ってほんっっっっっっっっっっとうに辛い!!王族としての振る舞い?そういうのが大切だってことはわかるけど、僕は剣を振ってるのがわからないのかな!?勇者として鍛錬は大事なんだからそれを王女らしくないからって邪魔しないで欲しいよ!!」
「あぁ、なるほどな。第三王女として下手に目立たず、あくまでも第一第二の王子や王女である兄や姉を立てるべきだ。って考えの貴族か」
「そう!それ!!別に僕は王位継承者から遠いから勇者になって、その功績で王位継承者になろう。とかそんなこと考えてないから!確かに考えとか目的はあるけど、王位継承とか一切興味ないよ!!そういうのは兄上や姉上の方が絶対に相応しいって理解してるんだからさ!!」
「勇者として功績を立てても別に王位継承は出来ないだろ。政治や治世ってのは簡単な話じゃないと思うぞ」
「本当にね!それなのに僕を見かける度にグチグチ言って来るんだから……!!」
普通に考えて第三王女という立場はクソほど面倒だと思う。
もっと下であれば王位継承の話などないに等しいのに微妙に上の方にいるからそういう話になってしまう。
例え本人にその気がなくても、だ。周りが勝手に下衆な勘繰りをしてあれやこれや言って来るというのはある意味では仕方のないことだとも思うのだが。
そんなことを考えながら周りに燃え移らないように気を付けて手早く焚火を用意する。
流石に月明かりや星明りがあるとはいえ他にも何か光源があった方が良い。
それにこうした焚火などは見ていると不思議と落ち着いて来る。まぁ、シルヴィアに意味があるのかはわからないので何とも言えないのは置いておこう。
それと、焚火の温かさと言うのは嫌いではない。
「かと思えば別の人は貴女は勇者なのですからー、とか言って来るし……!面倒だからどっちかにして欲しいよまったく!!」
「無理だろうな。シルヴィには王位を継承されたくなくて変に勘繰って邪魔してくる奴と、あくまでも勇者として活躍してもらわないと困る奴、それからシルヴィに上手く取り入って利用してやろうと考えてる奴。とかにも色々いるだろうけど王城内はドロドロした人間の悪意に満ちてそうだな?」
「そういうのは僕に関係ないところでやって欲しいよ!元々父上や母上たちとは話をして僕は王位を継承するつもりはなくて、ただ勇者としての役割を果たすって話はしてるんだよ!?父上たちもそれを了承してくれたのに、周りは勝手なことばっかり!」
どうやらシルヴィアは俺が思っていたよりも溜め込んでいる物があるらしい。
これは思っていたよりも長くなりそうだな。と思いながら玩具箱からあれこれと取り出して少しは落ち着けるようにとホットミルクを用意する。
蜂蜜とブランデーを少し混ぜて甘く、身体が温まるようにする。いつアルルサグ山脈からの吹き下ろしがあるかわからない状況であれば悪くはない判断のはずだ。
「ほら、これでも飲んで少し落ち着け。ヒートアップしすぎだぞ?」
「あ、うん……でも仕方ないでしょ?ほんっとうに嫌になっちゃうよね、ああいうの」
そう言ってから俺の渡したホットミルクを口にするシルヴィアに苦笑を漏らしながらシャロも焚火の傍に来るようにと手招きをする。
するとシャロもシルヴィアの様子に困ったように眉尻を下げながら、それでも何も言わずに俺の隣に腰を下ろした。
シャロにも同じようにホットミルクを差し出すと、シャロはあまり自分は喋らない方が良いと思っているのか頭を下げてからホットミルクを受け取った。
「あ、美味しい……」
「蜂蜜とブランデーを少し。随分と庶民的だろ?」
「庶民的、かどうかは置いておくとして。王城だと頼んでもこういうのって作ってもらえないんだよね……」
「へぇ……これくらいは作っても良いと思うけどな」
「僕もそう思うんだけどね……みんな変に頭が固いって言うか……凝り固まってるからなぁ……」
「それはそれは……ストレスが溜まりそうだな。いや、実際に溜まってるんだろうけど」
「本当にね……あー、もう……本当に面倒なんだよね……」
大きなため息を零してからシルヴィアはホットミルクにもう一度口を付けた。
とりあえずは色々と溜め込んでいたシルヴィアがむしろ止めた方が良いのではないか、と少し思ってしまうくらいにぶちまけ始めたので暫くは付き合うとしよう。