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【投稿】異世界転生なんてろくでもない【停止中】  作者: 理緒
第三章 希望に満ちて、絶望に翳る
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Side.嫉妬心

 いつまでも宴会をしているわけにはいかない、とアッシュがアルとユーウェインを連れ出すために離れて行くのをシャロとシルヴィアの二人は見送った。

 器用に人の隙間を縫って歩くアッシュの姿に流石主様、とぼんやりと考えていたシャロに対してシルヴィアが口を開いた。


「ねぇ、シャロ」


「あ、はい。何ですか?」


「シャロってさ、すごく強いよね」


「そう、ですか?私としてはまだまだだと思っていますけど……」


 シルヴィアに強い、と言われたシャロは謙遜ではなく本心から自分はまだまだだ、と答えた。

 比較の対象はお母様か、それともアッシュか。はたまた別の誰かなのか。それはわからないが本心からの言葉を聞いてシルヴィアは複雑そうな表情を浮かべてしまった。


「えっと……本気で言ってるよね……」


「はい。私はまだまだです。でも考え方を変えればまだまだ強くなれる。ということですよね」


「うん、そう、だね……」


 シャロの前向きな発言を聞いてシルヴィアは歯切れの悪い言葉を返すこととなった。


「えっと……シルヴィさん。何かありましたか?」


 そんなシルヴィアを見ていれば、何かあったのではないか。と考えてしまうのは当然のことだ。

 シャロは少し不安そうにシルヴィアにそう問いかけると、シルヴィアは慌てた様子で否定する。


「え、いや!何でもないよ?うん、何でもないから!」


「……何でもない、ということはないと思います。シルヴィさん、何かあったなら言ってください。私のせいでシルヴィさんに不快な思いをさせてしまったのなら謝らないといけませんし、改めなければならないと思います」


 真剣に、シルヴィの目を真っ直ぐにみてそう言ったシャロに気圧されたようにシルヴィは息を呑み、それから視線を彷徨わせてから諦めたように肩を落とした。

 そして観念したようにぽつりぽつりと言葉を零す。


「……えっと、何て言うのかな……その……」


 言い難いことなのか、途切れ途切れで要領を得ない。


「……僕は勇者として鍛錬を積んできたし、強くなってると思ってたんだ」


 それでもこうなってしまっては言わなければならないとシルヴィアは言葉を続けた。


「けどそれはきっと思い上がってただけなんだよね。盗賊団の時も、今日も、強くなってると思ってたのは自分だけで、本当はそんなことはなかったんだ……」


「シルヴィさんはオークを倒すことが出来ていましたよね?本当に強くなれていると思いますけど……」


「ううん。ダメなんだ。僕は勇者で、誰よりも強くならないといけない。皆を守れるようにならないといけない。なのに蓋を開けてみれば僕がオークを一体倒す間にアッシュとシャロが他のオークを全部倒してた。本当はそれじゃダメだったのに……」


 その言葉には勇者としての役目を全う出来ていないと自分を責めているような、そんな響きが込められていた。


「素直に言うよ。僕はアッシュとシャロに嫉妬してる。どうして二人はそんなに強いんだろう、って」


 他人に嫉妬する、というのは恥ずべきことだ。とでも思っているのか、その声に普段の快活さはなかった。

 いや、それだけではなく友人であるアッシュに嫉妬し、自身よりも幼いシャロに嫉妬する。それがシルヴィアにとっては酷く醜い感情のように思えてならないようでもあった。


「言い方は悪いけど、勇者となるべく幼い頃から剣を振り続けてきた僕よりも二人が強いことに納得がいかない。っていうのもあるんだ」


 どうしても納得がいかない、と口にしたそれはシルヴィアの本心であり、同時にシルヴィアにとって唾棄すべき考えだった。


「でも僕とは違う環境で努力していたのかもしれない。修羅場を潜って来たのかもしれない。強くならなければ生きていけなかったのかもしれない。そういうこともわかってるんだ」


 そこで一度言葉を切り、シルヴィアはため息を零す。


「はぁ……僕、嫌な子だよね。こんなことを思うのも、それをシャロに言うのも、どっちも本当に良くない……」


 苦笑を漏らすようにしてシルヴィアはそう言った。

 それに対してシャロはどう返すべきかと少し悩み、自分なりの考えを口にすることにした。


「えっと……その、私が言うのもおかしなことかもしれませんけど、それはきっと仕方のないことだと思います」


「仕方のないこと……?」


「自分の努力が形としてはっきりしない状況で、他の誰かが自分よりもずっと先を行っている。そんなことになれば、嫉妬してしまうのも仕方がないと思います」


「……本当にそう思うの?」


 シャロの言葉に半信半疑、といった様子で訊ねるシルヴィ。


「私にもそういう経験はありますから……」


「シャロにも?」


「はい……お姉様は魔法も槍も私よりも上で、頑張っても頑張っても追いつけませんでしたから……」


「お姉様……シャロにはお姉さんがいるの?」


「……綺麗で、強くて、お母様やお父様からも愛されて、本当に素敵な方です」


 シャロに姉がいる。という話を聞いてシルヴィアはそちらに興味を引かれたようだったが、シャロから帰ってきた言葉には姉に対する羨望の念と、まるで自分は違うのだとでもいうような寂寥の念が感じられた。

 それを聞いてシルヴィアはあまり聞くべきではなかったかと少し後悔する。


「いえ、今はお姉様の話よりもシルヴィさんのことについてでしたね」


 話を戻したシャロの声に、先ほどまでの羨望の念や寂寥の念は感じられない。

 それが酷く無理をして平静を装っているにしろ、そんな自分の感情を抑える術を身に着けているにしろ、どちらにしてもそれはシャロのような子供が出来るようなことではないと、シルヴィアはそう思った。

 

「嫉妬というのは当然のことです。だって、自分が努力したその先を行かれてしまう。悔しくて、妬ましくて、どうして、どうして、と頭の中で繰り返して……」


「そっか……シャロにもそういうことがあったんだね……」


「とはいえ、それは置いておいて。シャロさんがそうなってしまうのは私としてはわかります。だからこそその感情は仕方のないことであり、悪いことだとは思いません」


「悪いことじゃない?それはおかしくないかな?」


「いいえ、おかしくなんてありません。まぁ、嫉妬に駆られて他の人に危害を加えたり逃げたりするのではなく、その先を行ってやろう。と思えるのであれば、ですけどね」


 まるで自分にはそれが出来なかった。とでも言いたいのか、浮かべた笑みは何処か弱々しかった。

 だがそれもすぐに鳴りを潜めて言葉を続ける。


「シルヴィさんはどうですか?他の人に危害を加えてしまいますか?どうせ自分にはどうしようもないと逃げますか?それとも……努力を続けて、主様や私の先に行こうと考えますか?」


 シャロのその問いかけに対してシルヴィアは口を噤み、俯いてしまった。

 自身がどうするのか、はっきりとわからないから。ということだろうか。もしくは努力を続けてもアッシュとシャロよりも強くなれるかどうか、わからなかったのかもしれない。

 何と答えれば良いのか。シルヴィアが考えている姿をシャロは何も言わず静かに見守っていた。

 長い沈黙が二人の間にあり、シルヴィアは未だに答えが出せず、シャロは根気良くそれを見守る。そんな状況が続くかと思われたが、二人の沈黙を打ち破る人物が現れた。


「良いじゃないか、醜い嫉妬。人に危害を加えるとか足を引っ張るとか、その程度の人間だったってことだろ?それも対象が俺みたいな奴だって話になると……笑い話としては下の下だとしか言えないけどな」


 まるで元々そこにいたかのようにシャロの隣に座り、言葉とは裏腹に笑い話にもならない、と言外に告げたアッシュにシャロとシルヴィアは驚きを隠せなかった。

 いつの間に戻って来ていたのか、ということもあるがまるで全ての話を聞いていたかのような言葉だったからだ。


「あ、主様!?何時からそこに!?」


「シャロに姉がいるって話くらいからだな。いや、アルたちを引っ張ってこようと思ったんだけどどうにも村長たちが放そうとしないんだ。理由を言って解散に、って思ってたけどもう少しだけ。ってことで諦めて戻ってきたんだけど……随分と面白そうな話だと思って黙ってたんだ」


 そう口にするアッシュだったがその表情は非常につまらない話を聞いた。とでも言いたげなものだった。


「……僕が君やシャロに嫉妬している。そういう話を聞いて、思うことはそれだけ?」


「本当のことを言って欲しいのか?いや、まさかシルヴィが被虐趣味だとは知らなかった」


 アッシュはもはや隠す様子もなくクソほどつまらない。と気怠げな態度や表情、声で示しながら言葉を続ける。


「魔獣の群れをナイフ一本で皆殺にしたことはあるか?ゴブリンを無手で縊り殺したことは?オークの腹をぶち抜いて臓腑をぶちまけたことは?飛竜種を翼を引き裂いてその首を落としたことは?」


「…………そんなの、あるわけないよ」


「だろうな。俺は子供の頃からそんなことをしてた。はっきり言ってお前よりも弱いわけがない。それなのに自分が俺よりも弱いからって嫉妬?随分と頭の中がお花畑な奴だな、お前は」


 嘲るような、といったことはないがどうでも良いとでも言いたげなほどに投げやりに言ってからアッシュシルヴィアを見た。


「勇者として頑張ってきた。そうかそうか、それは結構。でもな、血反吐を吐いて地面を這いつくばり、死の淵で足掻いて相手を殺して……そうして生きてきた俺にとっては勇者になる為に鍛錬を続けてきたとはいえぬるま湯に使って来たお前が俺よりも強いって方がおかしな話だと思うんだ」


「それは……」


「まぁ、どうしても気になるって言うなら……そうだな、手合わせでもするか」


「え?」


「主様?」


 非常に軽い調子でアッシュはそんなことを口にして立ち上がった。


「俺に強さで嫉妬する?それははっきり言って思い上がりも甚だしい。だからいっそのこと明確の力の差、格の違いってのを思い知らせるってのも悪くはないだろ」


「主様、そんな風に言わなくても……」


 シャロはアッシュを諫めるようにそう口にするが手遅れだった。

 シルヴィアと戦うことになっても自分が勝つのはわかりきっている。という自信があるからこその言葉を聞いてシルヴィアは似合わない剣呑な目つきへと変わる。

 自分の悩みを笑い話にもならないと言い捨て、自分では勝てないと馬鹿にされた。そう思ったからだ。

 

「……良いよ、手合わせしようか」


「シルヴィさん!?」


「明確の力の差とか、格の違いとか、思い上がってるのはアッシュの方じゃないかな?」


「やれやれ……相手の力量を推し量る程度のことも出来ないのか?」


「それはアッシュの方だと思うけどね」


「なら今からサクッと手合わせでもするか。月明かり、星明り。それだけしかなくて暗くて怖いって言うなら明日にしても良いけどどうする?」


「うん、良いよ。月明かりと星明りがあれば十分だからさ」


 小馬鹿にしたようなアッシュと、そんなアッシュを剣呑な目つきで睨んでいるシルヴィア。

 二人はそんな言葉を交わしてから村の外へと歩き始めた。

 シャロは慌ててその後を追うが、そのことにアルやユーウェイン、村人たちは気づくことなく宴会は続いていた。

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