18.変態狐、平常運転
桜花が白亜の後ろに立つほど近づいて来たところで俺は先ほどの白亜の言葉の真偽を確かめるために桜花を見上げながら口を開いた。
「桜花、白亜から聞いたんだけど……」
「聞こえてましたよ。アッシュくんが相手ならぎりぎりセーフかなぁ……って思いまして」
「アウトだろ。どう考えてもアウトだろ」
「桜花がセーフって言ったらセーフなんだよ!」
「お前はとりあえず元に戻ってろ」
桜花と話をしているのにそこに割って入ってきた白亜にとりあえず元の姿に戻るように言ってから、桜花を再度見るととてもニコニコしながら俺と白亜の様子を見ていた。
俺に言われた白亜は先ほどと同じように一瞬で元の姿に戻っていた。本人と桜花が言うには性別は変えられても姿形自体を変えることは出来ないと言っていたので、その言葉を信じるのならこの姿こそが白亜の本来の姿ということになる。
見た目は良くても中身は残念過ぎるので本当に何故こんな風になってしまったのか、謎だ。
いや、それよりも何故ニコニコしながら俺を見ているのだろうか。
「何だよ」
「ううん。やっぱり仲良しですよねぇ、って」
「そう!すっげぇ仲良しだからな?だからもっとこう……同じベッドで一晩しっぽりと……ってくらい仲良しになろうぜ!」
「仲良しって言われてもな……で、どうしてセーフなんてことになったのか聞かせてもらえるよな?あと、寝言は寝て言え」
「白亜は本気で抱きたいのは私だけ、本気で抱かれたいのはアッシュくんだけ、って言うんですよ。それで、まぁ……アッシュくんなら良いかなぁ、って」
「俺が上に連れ込もうとするのはほとんど遊びだけど、本気で抱きたくて抱いたのは桜花だけだからな。それで、男の相手とか普通にしたくないけどアッシュには本気で抱かれたいと思ったんだ。ってことで桜花から許可は出てるから安心してくれ!」
「そう、白亜に本気で抱きたいのはお前だけ。なんて言われちゃいまして……それで抱いても良いけど、そうしたらお嫁さんにしてくれないと呪っちゃいますからね。って返したらその夜に……」
「約束通り、ちゃんと嫁にしただろ?」
「はい、約束を守ってくれて嬉しかったです!」
何やら俺をほったらかしで盛り上がっているので、巻き込まれても面倒だと判断して俺も手を合わせてから食事をすることにした。
隣で黙々と料理を頬張っているシャロはナイフ、スプーン、フォークと用意された食器を使っているが俺は箸が使えるのでいつも箸を用意してもらっている。
それを使って食事をするのだが、やはり美味い。煮物、吸い物、焼き魚など和食で揃えられたそれに白米まである。これらは元日本人としては馴染み深く、これを目当てに通うのも仕方のないことだ。
これがあるだけで白亜にセクハラ発言されたり二階に連れ込まれそうになったりしても耐えられる。ような気がする。
「……主様、それは何を使っているのですか?」
「これか?王都だとここでしか使われてない箸って食器だ。狐の獣人は遥か東方の地域の出身で、そこで使われてるんだけど慣れないと使いづらいぞ」
「でも主様は慣れてますよね。常連のようですから慣れているのも頷けます」
「ここは料理が美味いからなぁ……それに今食ってるのは和食って言うカテゴリーなんだけど、これが好きなんだ」
言いながら自分でも少し頬が緩んでしまうのだが、美味くて好きな物を食べているのだからこうなるのも当然だと言えば当然だろう。
ただ、そうして食事を続けているとどうにも視線を感じてしまう。どうしたのかと思って食事の手を一旦止めて視線の正体を確認すると、シャロと白亜、桜花の三人が俺をじっと見つめていた。
「…………なんだよ」
「い、いえ!その、美味しそうに食べているなぁ、と思いまして……」
「アッシュくんはいつもこうですよ。本当に美味しそうに食べてくれるからたまに食べてる様子をみんなで眺めたりしますね。その様子が従業員の子たちの間でも人気ですね!」
「生アッシュの食事シーンとかご褒美すぎるだろご馳走様です!」
「そういう食い難くなること言うのやめてくれないか?あといい加減に生アッシュって言い方やめろ」
確かに食事中にたまに視線を感じることはあったが、特に気にしていなかった。そういう理由で見られていたのか。と思うのと同時に食事する姿を眺めるとかやめろよ。とも思った。
シャロのような子供なら微笑ましい、和やか、という理由で眺めるのも理解出来るが俺のような男の食事する姿など面白くもないだろう。
馬鹿なことを言っていると思いながら胡乱な目で見て、付き合っていられないと元々宵隠しの狐にやってきた目的である食事を続けることにした。
今度はついつい頬が緩む。なんてことにならないように少しだけ気を付けての食事となったが、その間も三人は俺をじっと見ていたので視線が気になるのは気になった。
だがそんなことに気を取られて何らかの反応をしたとなればまた白亜が妙なことを言うに違いない。ここは気づかないふりをして黙って食事をしよう。
「あーあ、反応しないように食べてるなぁ……」
「でも、昔を思い出しますねぇ……」
「昔、ですか?」
「そうそう。アッシュが初めてここで食事した時もこんな感じだったぞ」
「美味しいとは思いません。みたいな顔して黙々と食事してたんですよ。でも、その時のアッシュくんは幸せそうに周囲に花が飛んでたように見えてましたね」
「あの時のアッシュは可愛かった。黙々と食べてるのに追加で料理出したりしたら手を止めて少しだけ頭を下げるのとかめっちゃ萌えたなぁ……」
「そうですよね!それで料理がなくなるとちょっと残念そうにするのとか、もう可愛くて可愛くて!」
「主様にもそんな時があったのですね……」
「そうなんですよ!って、アッシュくんのことを主様って呼んでるんですか?」
「はい。主様のお世話役のシャロと申します。以後お見知りおきを」
「こんなに可愛い子がお世話役だと……!?つまりそれって当然夜も……」
人が食事をしている最中にごちゃごちゃとうるさいので手を挙げる。
すると話に盛り上がっていたはずの桜花が白亜の頭部を手に持ったお盆で強打した。
「痛ぇ!?」
「んー、今のはちょっとダメですよねぇ。そうそう、私の名前は桜花。この宵隠しの狐を切り盛りしてます。それでこっちが私の夫の白亜。一応ここの主人ではあるんですけど、普段は二階でお酒飲んだり女の子を連れ込んだりして私にお説教されてるちょっとダメな人、ってところですね」
「ダメな人、ですか……?」
「はい、何か変なこと言われたりされたら手を挙げてくださいね?そうしたら私がお仕置きしておきますから」
「は、はい……」
白亜に一撃を加えてから桜花はそのままシャロに自己紹介をし始めた。
頭部に強烈な一撃を受けた白亜はカウンターに突っ伏して悶えていたが、シャロはそんな姿を見ながら二人のやり取りと話の内容に困惑の色を隠せないでいた。
慣れていなければこの二人の会話というか、やり取りにはついて行けないだろう。
「桜花ぁ……直接は本当に痛いんだってぇ……」
「シャロちゃんみたいな子供に変なこと言う白亜が悪いんですよ?」
「そうかもしれないけど……」
ついて行けないシャロはどうしたら良いのかわからない。という様子だったので箸を止めてシャロに視線を送り、小さな声で言う。
「今のうちに食え。今のあの二人は放っておいても大丈夫だ」
「は、はい。わかりました」
返事をしてからシャロが食事を再開したのを見て、俺も止めていた箸を動かす。
シャロは自身の食事に意識を向けているし、白亜と桜花は二人で話をしている。これならば妙に気を張っての食事はもう必要ないだろう。そう判断して普通に食事を楽しむことにした。
これでカウンターの隅は食事をする二人とお盆が直撃した頭を撫でられている白亜と、自分でやっておきながら痛いの痛いの飛んでいけ。なんてやっている桜花という奇妙な状態になっている。
いつもよりも人数が一人増えた程度で、そう珍しくもない光景なので特にこちらを見てくる客はいない。見てくるとしたら従業員くらいのものだ。
「くっそぉ……アッシュももう少し判定優しくしてくれよぉ……」
と思っていたら白亜に絡まれた。よほど痛かったのか涙目になりながら慈悲を請うように縋り付いてくるが知ったことではない。
元々は俺が初めてここに来た時に桜花から何かあったら手を挙げるように。と言われているからやっているだけで、その全てが白亜の自業自得だ。だからお仕置きの判定を優しくする必要はないと思う。
「なーあー、アッシュー、もっと優しくしてくれってばー」
縋り付いて来たかと思えば今度は子供が駄々を捏ねるようにそんなことを言うのだから食事の邪魔でしかない。
そういえば桜花の教育というか、調教のおかげで白亜は物を食べている最中は口を開かないんだったな。ということを思い出したので、適当に何か口の中に突っ込んでやることにした。
「白亜、口開けろ」
「は?」
「これやるから黙ってろ」
白亜はいきなり俺に言われて、意味が分からないまま口を開いた。そこに煮物を掴んだ箸を突っ込む。本来ならこうした行為は危険なのだが、何だかんだで俺も気を遣っているのと白亜も危機察知能力が高いのでヤバいと思えば口を開かなかったはず。だから大丈夫、だと思う。
そのまま煮物だけ白亜の口の中に残して箸を引き抜こうとしたのだが、何故か引き抜けなかった。もしやと思い、良く見ると白亜が箸を噛んで引き抜けないようにしていた。
何故そんなことをするのか、と一瞬考えてからその答えがすぐに出てきたので箸を手放して桜花に向かって新しい箸を持ってくるように言う。
「桜花、箸貰えるか?」
「何で……って、白亜ったら、もう……」
「アッシュの使ってた箸ゲットォ!しかもアッシュからこれやる。って言われてたから完全にセーフだよな!」
俺の使っていた箸をゲットしたと言ってから、再度その箸を口に咥えるのだからこの変態はどうしようもないと思う。
ただ咥えるだけではなくそのまま箸を舐めるとか、普通に考えてドン引きである。それなのに白亜だったらそうするだろうな、程度にしか思えない自身の慣れにため息が零れる。
「くっ……煮物の味しかしない……!」
「煮物掴んでたからな」
「もっとこう、アッシュの唾液の味とか……そういうのを!」
「ないなー」
箸を口から離して言う白亜だが、それを聞いても言うと思った。という感想しか出てこなかった。
うん、白亜はそういう奴だ。変態でクソ野郎で狙った獲物は執拗に追いかけ続ける執念深い奴だ。
その狙われてるのが自分でなければ変態なところに目を閉じてしまえば友人として仲良くやっていけるような気もするのに、これだ。
「ないかぁ……やっぱ直接飲むしかないってことだよな?」
「それこそない」
「あ、上向いて口開ければ良い?んで開けた俺の口にアッシュが唾液を垂らす感じ。これちょっと変態っぽくないか?あ、でもアッシュとって考えるとめちゃくちゃ興奮してきた」
「白亜は普通に変態だろ。それと手、挙げるぞ」
「…………アッシュの唾液を飲めるならそれくらい……!あ、でも一撃耐えるから直接アッシュの口から吸い出すというか啜るのでも俺はイケるぞ!ってかアッシュと直接唾液交換するとかだと胸熱だな!」
「飲めないんだよなぁ……」
というわけで手を挙げる。すると箸を持ってきていた桜花が先ほどよりも容赦なく白亜の頭部をお盆で強打した。
もはや先ほどとは音が違う。強打した際の音も、カウンターに白亜が頭をぶつける音も、どちらも非常に痛そう。程度では済まない音だった。
そして白亜が起き上がる様子はないので気を失うほどの一撃だったのか、もしくは痛みのあまり動けないのか。どちらにせよ静かになったので良しと思っておこう。
それに俺へと箸を渡した桜花が一応といった様子で介抱をしているので放っておいても問題はない。
というわけで隣で食事をしているシャロに倣って俺も静かに食事をしよう。